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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第五十七話 他者比べ

前回、戦闘が終わりました。

 挿絵(By みてみん)


「ああーーーー……」


 疲れた。そんな感情をダミ声で吐き出した俺はその場に仰向けで倒れた。目を閉じて、重力に任せてバタン、と。


「土屋、ガラスの破片とか危ないよ」


 秀の呆れ声が注意してくるがどうやら遅かったらしい。肩甲骨付近からチクッとグサッの間ぐらいの痛みを感じた。


「もう刺さった……」

「じゃあ早く起きて。奥までいくと取れなくなるよ」

「無理……俺、ふあ、あ……眠い……」


 あくびは勝手に出てくるけど痛みの原因を引き抜く元気はない。

 秀に返事をするのが精一杯でそのまま微動だにしないでいると、まだ効果が残ってる赤いキューブの回復作用が施された。

 ガラスが突き刺さったままの状態で傷を治療して、復活したそばからまた皮膚と肉が切れていく。


「お前さ。痛かったろ、あれ」


 たかがガラスの破片でも怪我と修復を繰り返すのは結構キツイ。これをあのでっけー牙が奥深くまで刺さっていたとなると、相当だったろうと思う。


「はは……まあ、ね。でも必死だったからさ。矛も盾もなんて土屋みたいに器用な戦い方、僕にはできないし」


「ああ? 俺からすりゃ秀のほうがよっぽど器用だと思うぞ?」


「何を言ってるのさ。そんなわけないでしょう」


 なんとか重い瞼を開けて、必要以上に自分を卑下する秀を見やる。

 俺と違ってちゃんとガラスが飛散していない辺りの壁に背中を預け座っていた秀は、ぎゅっと目を閉じていた。

 戦いに必死でつり上がってしまった目つきを、元に戻そうとするように。


「……疲れたな」

「うん」


 俺はそれ以上何も言わないようにして、腕を目の上へ置いて視覚を遮りほかの感覚に意識を向けた。

 ついさっきまであった、自然独特の水と校舎を焼いた火のにおい。

 でこぼこになったマテリアルの感触。

 怪我はないのに鉄の味がする口内。

 耳に入ってくる二人分の呼吸音。

 外からは特に音がしない。未来も、終わったんだろうか。


 あいつなら大丈夫だろうと信じてはいるけど、こんなにも姿が見えなきゃ心配にもなる。なんとか眠気に逆らって右手を左腕に添え、キューブを展開したまま未来の状態を確認した。


「……無事か。よかった」

「相沢さん?」

「ああ。とりあえずは大丈夫みたいだ」


 映し出された名前の横にある文字は、『戦闘中』から『平常』に変わっていた。怪我を知らせる表示もない。

 気になっていたのは秀も同じだったようで、「なら安心だね」と目をつぶったまま微笑んだ。


「ふあ……」


 意思に反して出た二度目のあくび。

 疲労はもちろんだが、何より未来の無事が確認できてほっとしたからだろう。さっきまでとは比べものにならない強い眠気が襲ってきた。


 ――寝たいのは山々だけど……でも。


 斎たちにもう大丈夫って報告しに行かなきゃいけない。先生にも言って、避難してるみんなも家に帰らせて。それから。

 気になることがたんまりとある俺は体から来る『眠れ』の命令に背いて起き上がり、戦闘が終わってから初めてしっかりと周りを見渡した。


 教室や廊下は当然ボロボロ。窓はほぼ全てが割れ散らばっていて、どう修復すればいいだろうかと頭を悩ませる。

 だけど秀が作り出していた亜空間はもう存在しない。普段通りだなんて間違っても言えないが、いわゆるよく知っている校舎内といったところか。


「なあ、秀。さっきの【明治(めいじ)】ってあれ、()()明治か?」

「ん……そだよ。()()()()


 眠そうな声。気持ちは超絶わかるから寝かせてやりたいけど、俺はどうしても技の連想元が気になってさらに質問を投げる。


「どうやっても俺には氷と明治が結びつかないんだけどさ。いったい何から繋げたんだ?」


 脳はすぐにその答えを欲しがった。

 俺に残されたへろへろの思考力じゃ、秀だし色々知ってるんだろうなーぐらいにしか思えないらしい。


「あんまり複雑に考えなくてもいいよ」


 少しでも眠気を払おうとしたのか、視界の端で秀が身動(みじろ)いだ。


「昔の夏場はね、今と違って簡単に氷を入手できなかったんだって。日本が夏でも飲み水に使えるようになったのは、明治時代以降の話らしいんだ」


「ほー」


「詳しくは知らないけどね」


「つまり、あれか。氷に関係する事象がある時代だから秀が干渉できるのか」


「そう。上手くいって良かったよ。下手すれば僕らまであの時代に取り込まれる可能性もあったから」


「うぇ、露骨に怖いこと言うなよ……」


 苦虫を噛み潰したような顔をしてみせると、秀は力のない声で笑った。


「土屋、ありがとね。僕の無茶な作戦のんでくれて」


「全然。むしろ、作戦立てるの俺は苦手だから正直助かったよ」


「でもあんなに広範囲の技の生成なんてしんどかったでしょう? 空間の大きさを認識する必要があるし、技の想像と、死人に消された火だって補わないといけない。頭三分割にされてたようなものだもの」


「僕には無理だよ」とまた自分を下に見る言葉が少々、いや、割とムカついて、重い体を四つん這い状態で動かし俺はネガティブ野郎の隣に座った。

 なに? とでも言いたげな顔は無視。秀の肩に狙いを定め、勢いよく平手打ちをしてやった。すっげー盛大な音を鳴らして。


「いったっ! いきなりなに!?」


「調子狂う。普段自信満々で上から目線なくせに、こういうときだけ妙にしおらしくすんのやめろ」


「なっ、上から目線って!?」


「そうだろうがよ。いっつもピーチクパーチク静かに(さえず)りやがって。たまにグサッときてんの知らねーだろバーカ」


 静かに囀るってなんだよと自分にツッコミを入れたくなったが、秀は珍しく言い返してこない。

 俺はここぞとばかりにバーカバーカと連呼した。もちろん気が済むまで。終始バカの二文字だけを。今の俺に語彙力なんて求めてくれるな。


「大体さ、頑張ったのは俺じゃなくてお前だろ? 作戦考えて実行して、きっちり最後までやり遂げた。あの子が笑ってくれたのだって秀の気持ちが伝わったからだろうが」


「で、でも成功したのは土屋のわけがわからない馬鹿力のおかげでしょう!? 僕はそれを利用しただけでっ」


「誰がわけわからん馬鹿力だって?」


 反論を遮りジト目を向けて数秒、いち、に、さん。

 ぷっ、と揃って笑った。何を言い争ってんだよ俺らは。


「でも本当に、土屋じゃなきゃできなかったと思ってるよ。だからありがとう」

「んだよさっきから……照れんだろバーカ」


 なんだかムズムズする気持ちになって、再度全力の暴言を吐き散らした。


「でもやっぱ、今日のMVPはお前だぞ、秀。初心者だからーなんてもう言わせてやらないからな」


「ワーヤメトケバヨカッター」


 カタコトで冗談っぽく言った秀は、死人に噛まれた左の鎖骨付近を押さえた。怪我は既に治ってるはずだけど、眉間には徐々にシワが寄ってくる。


「痛むか?」

「ん、ちょっとね。いくら回復するって言ってもさすがにやられすぎたみたい。体のあちこちがズキズキしてるよ」


 そういえば阿部が何か懸念していたような気がして、足を投げ出して天を仰ぐ秀を見ながら俺は記憶を遡った。

 確か……身体能力を極限まで上げてるから無理しすぎると元の体にダメージが残る、だっけ。

 実際思い返してみれば全体的に力に頼りきりだったし、無理もないかもしれないな。


「土屋は? どこも問題ない?」


「俺は……そだな。ちょっと体が重いぐらいで、つらいのはガラス刺さってるとこだけかな」


「なら早く取りなよ……」


「仕方ないなあ」と秀は面倒そうに言いながらガラスを摘み出してくれた。

 大きな破片ではない。二センチ程度。俺の血だってほんのちょこっとついてるだけだった。


「こんなもんでも痛いって感じるんだなー人間って」

「こんなもんって。頭大丈夫? 感覚麻痺してきてない?」

「ほら、そういうとこだぞお前」

【第五十七回 豆知識の彼女】

秀の【明治】はさんれんぼくろのお気に入り。


今後ともどこかで出せたらいいなあと思いつつ、亜空間をちょくちょく作り出す訳にもいかないよなあという葛藤があったり……模索中!です。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 決意》

戦いを通して、隆一郎は自身の気持ちをしっかりと理解。そこから導き出した答えを告げます。

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