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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第五十六話 俺の答えは⑪

前回、秀が何かを思いつきました。

 挿絵(By みてみん)


【プラズマ】を撃ち続け少女の反撃を封じながら、作戦を静かに教えてもらった。

 でも俺がやることは至極単純。今いる廊下の全方位に炎を作り続ける、ただそれだけ。


「本当にそれだけでいいのか? ほかに何か手伝えることねーの?」

「うん、むしろそれだけに集中してほしい。身の危険を感じたらあの子も全力で抵抗してくるかもしれないから」


 俺が動けない間は攻撃、防御の全てを担うつもりらしく、秀の細っこい親指が立てられる。


「ただこのやり方の場合、ここにある水を一掃しなくちゃならないんだよね。だからあの子がさっきみたいに消してくれるのを待つしかないんだけど……」


「や、それについては俺に考えがある。任せてくれ」


 一つだけ欠陥のある作戦を、確実に遂行できる方法。

 最近考えていた、水を消し去る技を想像する。


「雨の日ってさ、俺苦手だったんだ。湿気とか雨粒とかで、自分の能力を十分に発揮できなくなるから」


 急に語り出したからか秀は片眉を上げて訝しむが、俺はひとりごとのように続けた。


「あの小さな粒一つひとつに、火を消すような力はないと思ってた。けど未来はさ、【蒸散(じょうさん)】で作り出した雨で炎を弱らせちゃったんだよな」


 さらには多大な水量で猛火を消し去ってしまった。その瞬間を映像で知ったあのときは、凄い以外の言葉は出なかった。

 拳をゆっくりと天井へ向け、やるぞと行動で秀に告げる。


「キューブの力に限界はない。『炎』の文字が、イコール『炎』である必要もない。想像が全てのこの武器ならきっと、火が水を食らっても不思議じゃねーんだ。――いくぞ! 【蒸発(じょうはつ)】!!」


 上げた拳の先からブクブクと泡が出る。

 ボコボコと泡が大きくなる。

 炎の『加熱』を利用して水を気化させていく。

 でも秀を火傷させんのは嫌だ。

 だからどうにかしろキューブ。

 湿気をなくせ。水分を飛ばせ。

 沸騰する間もなく水から気体に成り代われ。

 水という概念そのものを、この空間に入れさせるな!


「できんだろっ……キューブ!!」

『お水……! 消すなああああ!!』


 何をしようとしているか少女が気付いた瞬間、パァンッ! 風船が割れるような音が鳴る。校内を浸食していた水が水蒸気と化して一気に消えた音だ。


「【回禄(かいろく)】!!」


 今まであった水の代わりに、天井から地面まで五つ重ねた円形の炎を張り巡らせる。

 水を消され怒りをあらわにする少女は両手を前に突き出した。


『ムダだよ? 水が(そんなもの)に負けるはずないもん!』

「来るよ!」


 秀の声。少女の目が赤く光り【回禄(かいろく)】に凄まじい重みが乗ってくる。


「こいつッ……外側から無理やり水を起こそうとしてんのか!」


 汎用性が高い【回禄(かいろく)】も基本的には守りの技。頭の回る彼女は敵側である自分がこの中に水や捻れを生み出せないと最初からわかっているらしい。


「く……ッ! こんの馬鹿力のくそガキ……!」


 拳を胸の前に下ろしギリギリと力を込めるも、炎の表層が徐々に消されていくのがわかる。

 だけど負けられない。また水の世界にされてしまえば作戦を実行できなくなる。

 二度目の【蒸発(じょうはつ)】なんて奴はきっと許さない、必ず阻止してくるはず。ならばこの機会、何があっても逃してはならない。


「お前がどれだけ頑張ろうがっ、絶対これ以上は浸食させてやらねぇよ! 秀!」

「おーけー! 【純氷(じゅんぴょう)】!!」


 張られた炎の内側に、丸くて平たい透明の氷が大量に作り出される。

 余裕がなくて「しくじんなよ!!」と怒鳴るように言ってしまったが、秀は嫌な顔一つせず「わかってる」と真剣な声で答えてくれた。


「こんな大掛かりなことさせておいて、僕が失敗するわけにいかないでしょう」


 だけどまだ何も起きない炎と氷を見るなり、少女は水を生みながら目にも留まらぬ速さで秀に襲いかかる。


『ふふっ、タダの氷! なにがしたいのオニイチャン!』


 ぐちゃっ! 耳を塞ぎたくなる細胞の壊れる音は、秀の左鎖骨に食らいついた少女の歯牙(しが)によるもの。

 鋭く大きな牙は肉まで奥深く突き刺さり、真っ赤な血を溢れさせた。


痛み無し(ノーペイン)】が自動付与され傷を治し始める。

 新しくできた組織は刺さったままの牙に自ら食い込んで、治ると裂けるを繰り返す。

 攻撃に集中するため防御を捨てたらしい秀は、声を押し殺して痛みに耐えていた。


「ただの氷。……後悔させてあげるね、その言葉」


氷剣(アイスソード)】が裂けた肉から直接突き出され、少女の顔を刺そうとした。しかし瞬時に反応してバク転で避けられる。


「【プラズマ】!!」


 水の剛力に耐えて顔に汗を滲ませながら、俺も彼女の頭上に雷を落とした。だけどそれすらも身をひねりかわされる。


「くそ……っ!」

「いいって言ったのに! でも助かった、【風雪(ふうせつ)】!」


 少女の足を取るように雪と風が床面すれすれで吹きすさぶ。

回禄(かいろく)】を消す。それだけに注力していた彼女は【プラズマ】をかわしたあとの足元にまで意識を向けられなかったらしい。大いにバランスを崩して尻もちをついた。

 その瞬間を秀は見逃さない。


「【凍結(とうけつ)】!!」


 床についた少女の下半身を凍らせ動作を封ずる。

 迫る危機を感じ集中が切れた少女の水は急に不安定になる。何度も大きく揺らいで、揺らいで、そしてついに――果てた。


「土屋、いける!?」

「ああ! しっかりサポートしろよ【回禄(かいろく)】!!」


 水の影響を受けなくなった炎を五重に復活させ、空間内に残っていたわずかな湿気を【蒸発(じょうはつ)】で消し去ると、大量に作り出されていた秀の【純氷(じゅんぴょう)】が火の光を浴びて赤々と輝きを放った。


「随分と好き放題してくれたけど、フィナーレだよ」


 秀の右手の指全てが少女の頭に向いて照準が定められ、氷とは結び付かないはずの『炎』の技名が音になる。


「【氷像(ひょうぞう)】……ファイア!!」


 轟く爆発音。

 少女は両腕で頭のヘビを覆い防護する。

 だけどそれはあまり意味がなく、彼女の上半身全てに火が回る。

 全力で【回禄(かいろく)】を作りながら俺は秀の説明を思い返した。


 ――小学生のころ、理科の実験でやったでしょう? 丸く黒塗りした紙に虫眼鏡で太陽の光を集めて発火させるってやつ。あれと同じものを、規模を大きくして死人に全方位からぶつけるんだ。火を()()んじゃなくて、そこに火を()()()んだよ。


 つまり俺の【回禄(かいろく)】が続く限り、秀の【純氷(じゅんぴょう)】が消えない限り、狙った少女に直接火が上がる。

 もがけばもがくほど、火の範囲は広大になる。

 回復する時間も与えずボンボンと火が出て焼けていくその光景は、思っていたよりも惨いものだった。


 力を入れられなくなった両腕がだらんと落ちる。

 それでも少女は足掻く。赤い涙を伝わせる。

回禄(かいろく)】を消し去ろうと外側から水を生成し始める。


『いやです、いやです……っ! ワタシは、復讐を! 家族のために、ワタシは!!』


「ごめん……! 【炎神(えんじん)】!!」


 泣き叫ぶ少女へ龍を模した炎をぶつけ、失われつつある体力と抵抗する力をさらに奪った。

 ――ビシッ!!

 背中にある青い心臓に、ヒビが入る音がする。


『ああ……。待って、まって、かあさま……まって……とうさま……』


 強大な火の手は彼女の頭のヘビたちを焼き尽くしていく。

 形状を失わせ、淡い光が外へと散る。

 小さくなっていく家族のカタチへ、少女はか細い声で呼びかけた。


『まって、にいさま……まって、ねえさま……まって、まって……おいていかないで……』


 散りゆく光は一箇所に積もり、まりもを思わせる柔らかそうな糸を纏った玉の形へ変化した。

 玉は声に呼ばれるようにして炎の中へ入り、力の抜けた彼女の手へ収まっていく。

 もう彼女に戦う気力は感じられない。俺は感傷に浸りながら【回禄(かいろく)】を静かに消去した。


 光源を失った秀の【純氷(じゅんぴょう)】は彼女の体を攻撃できなくなり、燃え盛っていた炎はゆっくりと衰える。

 頭にいたヘビの姿は完全に消え、代わりに赤子のような柔らかそうな髪が頭部を覆う。ぼんやりと淡い光に包まれた少女の体は、鱗は残っているが鉤爪はなく、人と同じ小さな手に変わっていた。


 しばらく経って火が完全に消失し、虚ろな青い瞳がはっきりと見えたころ。これまでのいくつも重なったような声ではなく、家族を失い自分だけになった小さな声で少女は呟いた。


『ワタシの家族を、殺しましたね』


 彼女からしてみればそうだろう。

 心情を思うと胸が痛む。

 だけど俺はその哀しい気持ちに敢えて一歩踏み込んだ。今その手の中にいるのは、本物の家族ではないと伝えるために。


「わかってたんだろ? 自分で言ってたもんな。お前が最後に生き残ったら、みんなの()を集めて復讐するって」


 ぼんやりとした瞳は虚空を見続ける。

 少し力が入るようになったのか、手のひらに乗った光の玉を少女は抱きかかえ、消え入りそうな声に怒りを乗せた。


『そうですよ……わかっていました。魂を集めたところで家族はかえってこない。誰も生き返るわけじゃない。今アナタガタが殺したのはワタシが呼び戻した家族の心であって、本当に家族を殺したのはアナタガタではない。ちゃんとわかっていました。でも同じですよ。家族は二度、殺されたようなものです』


 少女は俺たちを睨め上げる。

 自覚があって反論できない俺の代わりに、秀は一歩前に出た。


「その家族の魂なんだけど。僕が自然へ送り届けさせてもらってもいいかな」


 唐突に出された提案は少女の瞳に若干の光をともらせる。

 驚き顔で秀を見上げる彼女と同様に、どうやって? という思考に取り憑かれた俺は、申し訳なさそうに目を伏せる秀へ視線を寄せた。


「君たちの家を壊しちゃったのは、人間のせい。本当にごめん。だからせめて、君の家族だけでも少し幸せなところへ」


 言うが早いか秀は腕を広げて手のひらを上に向け、「【明治(めいじ)】」と囁いた。

 連想元のわからないその技名は、俺たちがいる場所を除いた廊下に亜空間を創り出す。

 小さな木造の建物と、緑豊かで綺麗な水がさざ波を立てる世界。今の日本では見られない鮮やかな自然の色は、少女の目にさらに光を宿らせた。


『これ、は……ワタシのおじいちゃんが生きていたころの風景です』


 小さな足をその世界に恐る恐る踏み入れる。すると、待っていたかのように周りの景色が動き始めた。

 さわさわと風に揺られる木々の音。川のせせらぎ。

 人の往来は少しあるみたいだけど、『ゲコゲコ言って跳ねるやつ』と彼女が話していたカエルは持ち歩いていない。


 少女が呆然としていると、腕の中にいた魂が離れ、浮かび上がった。くるくると踊るように舞って自然を堪能し、木や草や花に、川に、挨拶をする。


『……家族が、これでいいと言っています』


 少女は涙声で言った。


『もう、許してやってくれと、家族が言っています』


 そばにある木に片手をついてこちらへ振り向いた彼女は、透明な液体で瞳を濡らしていた。


『ワタシは、人間がきらいです。ワタシタチの家を奪うから。水を汚すから。あんな変な建物のために、ワタシタチの憩いの場を壊すから』


 紡がれる言葉を静かに聞く。


『でも知っていました。人間が、ワタシタチが全員いなくなってしまうかもしれないと気付いて、保護してくれていたこと。ゲコゲコなんて今は持ってこない。捕まって殺されたと思っていた仲間たちは、このままだと生きていけないからと人工の自然に避難させてもらっていただけなのだと』


「え……」


『いえ、間違ってはいませんでしたよ、黒髪のおにいさん。実際本当の自然に生きているワタシたちは絶滅していますから、あなたが仰った報道というものは正しかったのでしょう。ただ、種族が途絶えたわけではないという話です』


 秀へ説明する小さな体は、淡い光を帯び始めた。


『いつの間にかみんな死んでしまって、消えてしまって。ワタシが最後の一人になって。住むところもご飯もなくて弱っていると、女の子がワタシを拾ってくれたんです。だけどワタシは既に弱りすぎていて、もう生きていけない体でした。ワタシは少ししてから死んでしまった。でも女の子はワタシを丁寧に埋葬してくれたんです。沢山の木と、草と、お花と、お水を作って』


 その情景から思い浮かぶ人物がいて、俺と秀は顔を見合せた。


『でも、家族が死んでしまったのは人間のせい。やっぱりそれだけが許せなくて、哀しくて、こうして帰ってきました。家族を取り戻せないとわかってはいても、自分の心を抑えられなかったんです。……でも結局、復讐なんてできませんでしたね。失敗です』


 少女の光がいっそう強くなり、体の形が変わり出した。


『できればあの子にお礼を伝えたかった……。ワタシを看取ってくれたあの子に、家族を自然の中にかえすことができましたって、伝えたかったです……』


「伝えとく!」


 寂しげに心残りを語る彼女へ、俺は必死に言った。


「そいつ、多分俺らのよく知ってるやつだから……!」


 変わりゆく少女は目を大きく見開いたあと、年相応に無邪気に笑った。

 ありがとう。

 そう、幼く優しい声を最後に残し、キクノサワヘビの形へ変わった彼女は、家族とともにゆっくりと自然の中へ消えていった。

 魂を癒すように、木漏れ日が辺りを照らしていた。

【第五十六回 豆知識の彼女】

協力して生み出す技はとてつもなく強い。


新たな技、【氷像】のファイアは理科の実験を思い出しながら書いてたのですが、作者が実際に授業でしたときはクラスの一人がめちゃくちゃ発火させてしまって、先生が慌てて踏んで消していました。

急に火が出るのでびっくりします。こわやこわや。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 他者比べ》

【明治】の説明が入ります。

よろしくお願いいたします。

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