第五十五話 俺の答えは⑩
前回、体育館にいる斎と加奈子は凛子の無事を知りました。
『うざいですよニンゲン様ああああ!!』
弱点だとわかってから頭のヘビに狙いを定めた俺たちは、隣り合って挟撃を撃ち放つ。だが彼女の自慢のスピードと模造のヘビの盾で全て防がれ掠り傷一つ付けられなかった。
「んのやろ! あの速さどうにかしねーと全部避けられるな」
「うん。それと、弱いけど無限に出せるヘビがかなり厄介だね」
距離を保って攻撃を続けながら、「ちと気になってんだけど」と前置きをして俺は秀に問いかける。
「あいつさ、反撃に出る頻度がさっきと比べて低くなってねーか? 俺の思い違いかな」
「いや、それは僕も同意見だよ。多分これまでみたいに全力で戦ってはいないんじゃないかな」
防御を引っぺがすべく【爆破】で少女の周りを爆破させ、ヘビを吹き飛ばしながらどういう意味かと聞き返す。
「だって僕らが執拗に頭を狙う理由をあの子がわかっているとすれば、必死に抵抗する必要なんてないじゃない? あくまで、自分を倒してほしいと本気で望んでいればの話だけどさ」
あくまでの部分を強調する秀はもう一つ理由を述べた。
「それにさっきまでは全然余裕がなかったはずなのに、今はこうして話し合いまでできてるでしょう。自由にさせすぎだと思うもん」
「なるほど。確かにって、うぉわ!」
神速で飛びかかってきた少女の口がガパッと大きく開かれ、俺の肩が食いちぎられそうになる。
いくら慣れて反応できるようになったところでくそ速いのは変わりない。身を翻してかわしたが間一髪だった。
「あっぶね、【炎の槍】!」
目の前にある彼女の頭部に炎を纏った槍を押し付ける。盾で防がれるより先に頭のヘビを直接貫こうとしたが、手応えはない。一番最初に攻撃したときと同じように逆に押し返されてしまう。
『無駄ですよぉ、オニーサン。いくら力の底上げがされていようとも、ワタシの頭はアナタ程度では貫けない』
にっこり。可愛らしく満面の笑顔を見せた彼女は左手にある鉤爪を振り下ろした。
「【氷剣】!」
俺の頭を切り裂こうとする爪は、硬い。
斬れないとわかっている秀は少女の手首部分を氷の剣で切断した。
腕の断面が目視できる状態で空を切る。
「距離を取れ土屋! まともに刺突や斬撃を加えてもあの弾力だ、軽く遇われる!」
「ああ、そうだな!」
痛みに片目を細めた少女が怯んだ隙をつき、槍を持ち直して死角になっているだろう左太ももを突き刺した。
『んっ……!』
叫ぶのを我慢するような短い声を出した彼女は槍が刺さったまま後ろへ回転し自ら遠ざかる。
「物理的な攻撃以外じゃないとあの頭どうにもできそうにないね」
「ああ、焼いたり凍らせたりはできるみたいだからその系統でなんとか……って、は!?」
ポキンッ。なんて可愛らしい擬音語が聞こえてきそうなほど簡単に真っ二つにされた【炎の槍】。
突き刺さっていた槍の柄を両手でへし折った少女は、無表情で肉から引き抜いた。
体液が流出して周りの水が霧状に赤く染まる。
無言だけど痛くねーのかと動揺した次の瞬間、傷口が消えた。
閉じたのだ。俺が瞬きを数回するだけのわずかな時間で、彼女は全身の怪我を修復させてしまっていた。
『ああ……ダメですね。やはりアナタガタではワタシを倒せない。アナタガタも死なない代わりにワタシも死なない、殺せない』
壊死していた右腕が復活し、木の幹のような捻れが再度出現する。しかも元と同じサイズのものが、二つに増えて。
『不毛な戦いは終わりにしましょう? ねぇ、おにぃーさん?』
覚えのあるイントネーションにやばいと思ったときにはもう捻れの打撃を受けたあと。
水の中とはいえ壁に強打した背中の衝撃は凄まじかった。
「いってぇ……! 今の、【痛み無し】なかったら俺たち真っ二つにされてたぞ」
「いたた……鋭利な攻撃じゃなくてもあの速さだもんね、可能性大だよ」
浮力を利用して立ち上がり攻勢をかけるが、奴の二度目の捻れが放たれ阻害される。もう一度秀が右腕に【凍傷】を使い壊死させても修復が行われ、やはり捻れの復活が押さえられない。
「どうしよう、いくら怪我をしても大丈夫とはいえあんなに一瞬で回復されてしまうんじゃ手の打ちようがないよ!?」
「いいやっ、確かにあの軒並み外れた回復力はきついけど、多分延々と続けられるもんじゃない。よく見てみろ。あいつ、肩で息してる!」
余裕っぽい表情で隠してはいるが、彼女はわずかに肩を上下させていた。
「怪我と違って体力は回復できねーんだろ。だったら攻撃を続けてりゃ、そのうち限界がくるはずだ!」
「それってつまり、何かしらで体力を削れたら勝てるって解釈でいい? 長谷川さんがやってたみたいに!」
俺に確認を取った秀は【氷柱】を打っ放してから周囲を眺め回す。そして顎先に指を添わせ考える仕草を見せたのち、「ああ」と呟いて微かに口の端に笑みを浮かばせた。
「ねえ土屋。本部はどうして僕らをチームにしたんだと思う?」
「あ!? どうしてって、仲良いから上手くやれそうとかそんなんじゃねーの!」
「馬鹿なのか。例えどれだけ仲が良くたって能力の相性ってモノがあるでしょう! だからきっと、二人でならできる強い技があるんじゃないかって、そう思わない?」
……ほう、なるほど。
炎と氷。これは同じ場所で存在できない物質だと思っていた。炎が氷を溶かす。氷が溶けて生まれた水が炎を消火する。
二人で同時に攻撃するとお互いの力で消し合ってしまうから、基本的には違う箇所を狙うか片方が防御に入るかって戦法を取るべきだと考えていたけど。
もしそれが可能なら。
「【火柱】!」
こちらの攻めを上手く掻い潜り近づいてきた少女を遠ざけるべく、奴の進行方向に連続して円柱状の火を立ち上らせる。
『ふふっ。オニーチャン、それすーっごく熱くて痛いの、ワタシ知ってるよ。でもね? 水の中だとあんまり痛くないんだあ。ふひひっ』
「な、おいっ!?」
少女はケタケタと狂ったような声を上げながら炎の中を突っ切ってきた。
避けようとは微塵も考えていないらしい。ただこちらと距離を詰めるためだけに水を蹴って真っ直ぐ泳ぎ、炎の内側に隠れながら迷いなく秀に飛びかかる。
――待て、違う!
奴が振り上げた鉤爪を防ごうと秀は体の上半分に【氷盾】を作り出していたが、俺の位置から見えた彼女の視線は爪の向きと一致していなかった。
見ているのは下半身。
狙いは秀じゃない。さっき秀がズボンのポケットに入れていた、斎から預かってきた赤いキューブのほうだ!
『黒髪のオニーサンあの世行き〜っ!』
「させねぇよ! 【プラズマ】!!」
生成された【氷盾】ごと秀を【回禄】で覆って守り、水中全体に雷を発生させる。
炎は良くても雷は嫌らしい。彼女は切り付けるのをやめて後退した。
『アハっ、あははっ! オニイチャンすごいね! よくわかったね! うんうんっ! すごいすごいっ! すごいよぉ!! すごぉくたのしーねぇ!』
【プラズマ】を避けながら手がぱちぱちと叩かれる。嫌がらせのように俺を褒めては顔に花を咲かせる少女を、秀は「おかしくなっちゃった」と表現した。
「あれ以上戦いに快楽を感じる前に元に戻してやろう。んで、さっきの話。俺はどうしたらいい?」
本部が俺たちをチームにした理由について、二人でできる技があるんじゃないかと仮定した秀に俺はその先を促した。
「お前は頭がいい。そんでもって断定できないことは言わないやつだ。なんとなくなんかで俺に話したりしない。つまり……勝つための作戦を思いついた、そう言いたいんだろ?」
色素の薄い茶色の瞳がよく見えるほど、秀は目を大きくする。それから一呼吸置いて、待ってましたとばかりに口角を引き上げた。
「大惨事になっちゃうかもしれないけどね」
【第五十五回 豆知識の彼女】
赤いキューブが壊されると、全ての付与効果が解除される。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 俺の答えは⑪》
少女の隠された葛藤を知る。決着です。
よろしくお願いいたします。