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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第五十四話 俺の答えは⑨

前回、死人を元に戻す手段を見つけました。

 挿絵(By みてみん)


「……大丈夫だよね。二人とも死んじゃうなんて、そんなことないよね」


 隆一郎と一緒に赤いキューブの説明を受けた加奈子は、新たな武器を携えほぼ九十度の礼をしてから体育館を出ていった彼を見送り、不安げに眉を落とした。

 これまでに類を見ない強敵と直接戦っている二人と違い、力を貸す手段はあっても自分だけ安全な場所にいるという事実はやはり歯がゆかった。


「大丈夫だよ。絶対誰も死んだりしないから」


 隣に座って加奈子を元気付ける斎は、確信を持っているようにハッキリとそう言った。

 加奈子は呆気にとられ、余程新しいキューブに自信があるのだろうかと考える。


 説明を聞く限り、赤いキューブの力は確かに素晴らしいものであった。

 延々と身体能力を強化し続けられる上、その時々で必要な要素を自動的に付与してくれる機能。自分が通信機の音を頼りに判断してサポートするよりもずっと彼らの助けになると、加奈子自身もよくわかっていた。


 しかし、付与する側にかかる負担は相当なもの。

 気にするだろうからと斎は隆一郎に教えず送り出したが、加奈子には常に技を想像し続けるための精神力と体力が求められる。

 何せ赤いキューブが脳を勝手に使っているような状態なのだから。


 ゆえに、もしも自分が疲れ果て、倒れてしまったら力の供給は途絶えてしまう。

 それなのになぜ絶対など言えるのだろうかと、加奈子は疑念を抱きながら体育館を見渡した。


「どうしてこんなに緊張感がないの……」


 唇を、ぎゅっと縛る。

 教師は必死に恐れを隠し子どもたちの安全を見守っているが、対する生徒はみな思い思いに遊び喋っていた。

 まるで外が戦場であることなど忘れているかのよう。


 ――腹が立つ。


 最前線で戦っている友だちがいるのに。

 既に消されてしまったクラスメートがいるのに。

 どうして。どうして。


「何で誰も助けに行こうとしないの」


 少しだけ声量を上げ、立ち上がった加奈子はみんなに問いかけた。

 近くにいた何人かがこちらに注目する。


「何で誰も一緒に戦ってくれないの。マダーは私たちだけじゃないでしょ」


 心身ともに余裕がない加奈子は必死に声を上げた。

 東京は他県と比べマダーの数が少ないとされているが、主に中高生が主力であるのはどこに行っても変わらない。

 つまるところ三学年で二百人以上いる生徒の中で、凛子を含め自分たち五人だけしかいないなどあるはずがない。


 しかし誰一人立ち上がる意志を見せず、彼ら二人に任せきり。

 さらに言えば、ついさっきまでボロボロで神妙な面持ちの隆一郎がいたにも関わらずだ。


「ねぇ、誰か答えてよ。どうして誰も一緒に戦ってくれないの?」


 加奈子の声を聞きザワついていた体育館は多少静かになったが、すぐにまた騒がしさが戻ってきてしまう。

 発言力のない自分が悔しくて、無意識に拳を固く握った。


「阿部、無駄だから落ち着いて。そもそも聞く気なんかないんだよ」


「いやだよ……何で? 秋月君も土屋君も今必死で戦ってるんだよ。なのに何でこんな……」


 静かに諭す斎の声は届いても、加奈子はこの事実を受け入れられない。何で。それだけが頭の中を駆け巡る。


「だって、相沢さんがいるじゃん」


 不意に上がる、誰かからの答弁。


「そう、相沢さんがいるから大丈夫」「相沢さんがいれば俺たちが死ぬことはないからな」「相沢さんがどうにかしてくれるよ」「相沢さんが守ってくれるよ」「相沢さんが助けてくれるよ」「相沢さんが」「相沢さんが」「相沢さんが」


 相沢さんが相沢さんが相沢さんが相沢さんが相沢さんが相沢さんが相沢さんが相沢さんが相沢さんが相沢さんが相沢さんが相沢さんが相沢さんが相沢さんが。


 ――相沢さんが。


 絶句した。斎も加奈子も。

 加奈子の目は怯えの色を隠せなかった。

 クラスメートのほとんどがした同じ回答に、体が震えて止まらなかった。


「違うんだ……」


 止まっていた涙が溢れ出した。


「違うんだね……転校してきた未来ちゃんを受け入れたのは……クラスの一員としてみんなが認めた本当の理由は……」


 ボロボロと大粒の涙を流す加奈子を斎は座らせ、険しい表情を浮かべながら背中をさすった。

 その先に続く、『自分たちが助かるための切り札』といったニュアンスのワードを口から出させないために。


「初日の空気の変わりよう、妙な気持ち悪さ……なるほどね」


 ずっとあった違和感の正体が剥き出しになり、さする手を止めた斎は怒りをあらわにする。

 声を押し殺して泣く加奈子もすぐに限界がくる。

 信じていたものが崩れ、我慢できなくなったとき。

 誰かの手が、加奈子の両頬をむぎゅっと押さえつけた。


「あららー、泣き顔も可愛いねー加奈っちは。アタシ羨ましーなー」


 自身の嗚咽と混じって耳に入り込んだ、茶化すようなこの話し方と明るい声を、加奈子はよく知っている。

 まさかと思いながら涙で濡れた重いまつ毛を上げ、その人物の確認をとった。


「凛ちゃん……?」


 目の前にいたのはやはり、ヘビに喰われ殺されてしまったはずの長谷川凛子その人だった。

 怪我をしている様子もなく、いつもと違うのは纏められていた黒髪が下ろされている点だけ。


「やっほー。ごめん驚かして」


 彼女が元気にここにいる理由がわからず呆然とする加奈子に対し、斎は「おかえり」と微笑を浮かべた。まるで凛子が生きていると最初からわかっていたかのように。


「あんれ、谷川は驚いてくれないんだ?」

「いや、姿が見られて安心したよ」


 凛子は二人の正面にあぐらを組む。

 エイコやナツを失ってしばらくはきちんと着ていた制服も日が経つごとに元に戻りつつあって、以前までとはいかないが短く折られたスカートでするような姿勢ではない。

 斎は視線を下に向けず、上半身だけを見るよう心がけていた。


「あ……うあ……」


 言葉にならない。

 無事で良かったと完全に脱力してもたれかかる加奈子を、凛子はぬいぐるみを扱うように力いっぱい抱きしめた。


「あー、どうしよう。この子可愛いわ」

「そんなのどうでもいいよぉ! 凛ちゃん大丈夫なの〜っ!」

「おぉーよしよし。いい子いい子。いやーあのね? 殺されたと思ったんだけどさ。なーんか気がついたらここにいたんだよねー」


 セミロングに揃えた加奈子の髪を撫でながら、「ついさっきまでぼーっとしてて、動けたのは今なんだけどね」と補足が入る。


「最初から狙われてなかったしさ、どうやらアタシを殺すつもりはないみたい」


「どうして……?」


「さあねぇ、アタシにはちょっとわかんないな。でもここまでされちゃーまた戻るわけにもいかないじゃん? だからあのヘビ子ちゃんの優しさに甘えて、アタシもここで待っていようと思うよ。……みんなが言うように、そのうち未来ちーが助けに来てくれるかもしれないし。ねっ!」


 そう言って凛子は加奈子のおでこを指で小突く。

 その行為で大事な物を預かっていたと思い出した加奈子は、左の手首に通したそれを慌てて引き抜いた。


「凛ちゃん、これ! 土屋君が」

「おっ、ありがと。つっちーやるじゃーん」


 渡されたシュシュを受け取りながら詳細が語られる。ヘビの中から逃げるべく暴れた際に、引っかけて取れてしまったのだと。


「それより二人とも。今みんなが言ってたこと、絶対未来ちーに言っちゃダメだよ。いいね」

「わかってる」

「言えないよ、あんなの……」


 未来の心境を考え冷たくなっていく加奈子の手は、凛子の温かい手に優しく握られる。


「今の未来ちーは独りじゃない。前の学校とかこのクラスのヤツがどうだとか関係ない。アタシらがそばにいてあげられる。だから大丈夫だよ」


 強い瞳は加奈子を勇気づける。

 しかしそんな凛子にも不安の要素はあるのだろう。口にしていいものかと何か迷っている様子が見受けられた。


「もし秀や土屋が死んじゃったらどうしよう、とか考えてるなら心配ないよ。あいつら絶対死なないから」


 やはりハッキリと言い切る斎に二人は困惑する。

 見えない体育館の向こう側に思いを募らせる斎は、さらに自信たっぷりな声で続けた。


「それに俺の予想が正しければ、もうそろそろ決着もつく。だから二人を信じて待とう。大丈夫だから」

【第五十四回 豆知識の彼女】

行われたのは消化ではなかったため、シュシュには粘液がついていない。


凛子さん復活、次回から登場人物紹介のイラストが凛子ありバージョンに戻ります。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 俺の答えは⑩》

秀君考えます。

よろしくお願いいたします。

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