第四十九話 俺の答えは④
前回、加奈子が全員に身体能力強化をしてくれました。
「アタシらもここから離れよう。多分そのうち崩れるよ」
長谷川に賛同し、全員通信機を耳に装着したとき。
立ち上る炎の奥から金切り声が聞こえ、熱さをもろともせずに突き抜けてきた単体のヘビが、ガパッと大きな口を開けこちらへ飛びかかる。
「「「盾!」」」
狙いがわからず揃って防壁を張ると、ヘビは少しの迷いも見せずに俺目掛けて噛み付いてきた。
しかし俺を守る【回禄】に触れた途端、炙られ燃えて瞬時に消えていく。これまでにない繊細さに違和感を覚えた。
『ふふ、強化してきたんですね。なるほど……』
死人の頭から直接伸びてきていなかった。ただの一匹のヘビだったとさらに疑問を重ねていると、奴は嘲笑しながら姿を現した。
「へぇ? 頭にヘビって聞いた時点で思ってたけど、やっぱメデューサみたいなヤツね」
俺もそう思っていた死人の見た目について、長谷川も嘲笑で返し煽り立てる。すると死人は無表情になり、無機質な声でゆっくりと反論してきた。
『いいえ。ワタシはそんな怪物とは違います。ワタシタチはワタシタチの種族に誇りを持っています。そんなモノと一緒にしないでいただきたい』
「だったら何から生まれた死人なのかちゃんと明かせ。さっき聞いても答える義務なんてねぇって突っぱねたのはお前だろ」
【弓火】を消し、飛ばされたときに落としてしまった【炎の槍】を再度作り出した。
臨戦態勢を取る俺を睨みつけ、死人はしばらく無言になってから口を開く。
『ワタシは、アナタガタニンゲンの呼び方で言うと……キクノサワヘビという種類のヘビのかたまり』
奴の名前に、構えていた秀がピクリと反応した。
「キクノサワヘビ? 確か、絶滅危惧種に指定されていた希少なヘビだよね」
『ええ、そうです。アナタは知っていますか、黒髪のおにいさん。ワタシタチがそのあとどうなったのか』
知っていそうな口ぶりであったからか、死人は表情を変えずに問いかけた。秀は目を伏せる。
「少し前……絶滅した可能性があると報道されていた」
『ええ、そうです……!』
正解の答えに死人は目を見開き、丁寧な口調のまま流れ出るように種族の最期を語り始めた。
『ワタシタチはなにもしていませんでした。無駄にニンゲンを襲うなんて野蛮な行為は一度だってしませんでした。だけどワタシタチ種族は全員滅んでしまいました。悪いことはしていませんでした。なぜ家族はみな死んでしまったのでしょう? どうして生きていけなかったのでしょう? それはアナタガタのせいなのですよニンゲンのみなさん。アナタガタがワタシタチの家を奪うから。水を汚すから。ゴミを捨てるだけのあんな変な建物のために、ワタシタチの憩いの場を壊したからですよ』
見開かれた哀しそうな青い目から、赤い涙が溢れる。
『ワタシタチはただ生きていけたらそれで良かったんです。例え住処が小さくなったって、みんなで一緒に居られればそれで良かったんです。だから今までだってアナタガタに反逆したりしなかった。しかしです。死んでいく家族が増えて、どこに行ってしまったのかわからない家族が増えて、気付きました。アナタガタに見つかったら帰って来られないのだと。だって変なゲコゲコ言って跳ねるやつを放たれて殺されてしまうから。食べられてしまうから。それに逃げられたとしても居場所がないんですよ。だってお水が汚いんです。おうちにならないんです。だからワタシタチは諦めました。自然の中で生きるなんて、家族とともに過ごすなんて、もう無理なんだって』
死人の背中側で、校舎が崩落し始めた。
『それでワタシは母と約束したんです。もしワタシが最後に死んでしまったら、ミンナの魂を集めて復讐しますって。ミンナで元の世界を取り戻そうって! ワタシタチは死ぬべきじゃなかっタ! 死ぬベキはオマエタチニンゲンのほうだっタ!! ワタシタチをコロシタ罪は、オマエタチニンゲンがシンデ償エバイイ!!』
「……いくよ」
長谷川の声に、俺と秀は頷く。
『トモダチを、カゾクをッ、オウチをッ! シゼンをッ!! かえせ、カエセぇええええええ!!』
泣きわめく少女は、死んでしまった仲間の恨みを晴らそうとしているのだ。
頭にいるヘビ全てがこちらへ飛びかかる。その大きなヘビの牙は俺たちを一思いに噛み潰そうとするが、全員が体に纏う盾はビクともせずにそれらを弾き飛ばした。
阿部の【防御】の効果がハンパない。
秀の【氷盾】は先ほど簡単に粉砕できたのに今回はそうできなかったからか、死人は大きな目をさらに見開いて一直線に跳び、鋭利な鉤爪で俺を襲う。
『ワタシタチノウラミ!!』
「【風雪】!」
秀が生み出す横殴りの雪が爪の軌道を強制的に逸らし跳ね上げる。
「なるほど、雪も中身は氷だもんな。【爆破】!」
近い距離で空を切った手を俺は爆破させて押しやり、さらに長谷川の【鎌鼬】が炸裂した。
破壊できれば一気に優位に立てるが、こちらの防御を突破した威力を持つあの鉤爪はそれだけでは壊れなかった。
死人が少し怯んだ隙にグラウンド側へと跳び、奴の速さ対策のために距離を保つ。
「【氷河】」
秀は全員が無駄なく動けるように、凍った川の道を上空、地上どちらにも大量に作り上げた。
「援護は僕がする。二人とも頼むよ!」
「了解!」
「おっけーっ!」
【氷河】を滑走しスピードを増した俺たちは、追いかけてきた死人から放たれるヘビと鉤爪をかわしながら仕掛けにいく。
「【竜巻】!」
長谷川が死人の足元に風の渦巻きを起こす。しかし死人の手から新たに作り出されたヘビに邪魔をされ、不発に終わる。
「それがさっきの弱っちいほうのヘビの正体か。ならこれでどうだ!」
俺の【回禄】に簡単に燃やされたあの単体のヘビは、奴の頭にあるヘビとは違って能力により生み出されたものらしい。
消えかけた竜巻に俺は火種を飛ばした。
着火した瞬間爆発音が辺りに広がり、柔いヘビは高く宙を舞い吹き飛んでいく。
「【可視化】」
見えにくい炎の先を、秀がつけているものと同じ氷のコンタクトが透過して見えるようにしてくれる。
氷は透明、つまりその奥の景色が見えるという連想らしい。
昨日の当番の際に教えてくれたが、あのときはそれどころじゃなくてあんまり反応してやれなかった。
「ぅあッ……!」
急に感じた右肩の痛み。そこに張り付いている何かを引き剥がそうと手で力いっぱい押し返した。
――なんなんだこいつ、速くなりやがった……!!
透過して見えた爆発の向こうから、今までと比べものにならない速さで死人が俺に襲いかかってきた。
頭のヘビかと思えば、肩に突き刺さっていたのは死人自身の牙だった。上手く隠していたらしい奴の大きな口が歯が牙が、防壁を食いちぎり俺の右の僧帽筋を捕らえていた。
ミシッと食い込む音が鳴り、俺は顔を歪ませる。
「【鉄扇】!」
奴の動きを認識できず驚いた長谷川はとっさに鉄扇を作り出し、俺に噛み付いた死人を切るように払う。
仰げば風を起こせる扇子からの連想だろう。
スパッと良い音が鳴るも、死人が着ている葉っぱに似た服の生地が切れただけで避けられてしまい、傷は付けられない。
「【氷柱】!」
俺たちの後ろから秀が氷柱を撃ち込んだ。しかしそれも全て器用に跳ねてかわされる。速さが桁違いすぎる。
『小癪ナコトヲ!!』
着地した死人の目が一瞬赤く光り、足元から水が湧く。津波の勢いで俺たちを飲み込んだ水は屋上の高さまで上った。
『水による制限の解放……なら! 【泳者】!』
耳に着けた通信機から、阿部の声を聞く。
すると水圧で動きにくかった体が自由になり、息もできるようになった。
『怪我したらちゃんと言って! 【痛み無し】!』
若干怒り気味に言いながら、阿部は俺が噛まれた傷をすぐに修復してくれた。
「わるい、助かるっ」
『フン、我ガ水ノ中デモ動ケルトハ、サポート役ガ優秀ナヨウダナ? デモソレダケジャア勝テナイゾ!』
死人がニヤリと唇の端を広げ牙を見せた瞬間、俺の周りの水が赤く変わった。
【第四十九回 豆知識の彼女】
凛子の【鉄扇】は、彼女が持つ技の中で唯一の物理攻撃。
『風』の文字とあって、凛子は空間に作用する系統の技を好んで使います。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 俺の答えは⑤》
とあることを疑問に思います。