第四十八話 俺の答えは③
前回、隆一郎は吹き飛ばされました。
校舎外にある鉄の避難階段に接触。ぶつかった勢いで崩壊させ、地面に落下した俺は血反吐を吐いた。
鉄骨の一部が真上から降ってくる。やばいと肩を強ばらせたのも束の間、俺を呼んでいた二人分の声がまた上空から飛んできた。
「【鎌鼬】!」
「【運気の解放】!!」
シャキンッと鉄が簡単に切断される軽い音が続く。細かくなった鉄骨は一切俺に当たることなく半ば避けるようにして落ち地面へ突き刺さった。
軌道が急に変わった現象を不思議に思い、まだ何かを吐きそうな状態で起き上がろうとすると、「ノーペイン」と可愛らしい声が聞こえた。
重たかった体がふと軽くなる。
「なあに一人でカッコつけてんのよ、つっちー」
「遅くなってごめんね、土屋君」
傷が修復され、痛みも和らいだ体を何事だろうかとペタペタ触ってから顔を上げた。
目に入るのは、今すぐにでも「バカだねぇ」と罵ってきそうな呆れ顔の長谷川と、心の底から心配してくれているとわかる眉尻が下がった阿部の姿。
彼女らは、俺に手を伸ばしてくれていた。
頭の片隅に大事に仕舞った記憶が、カタンと音を鳴らして引き出される。
「あ……はは。そうだった。一つ大事な約束をしたんだったな、俺は」
――自分を大切にして、周りを頼ること。力が十分になってから、自分も周りも守れるようになりなさい。
抱きしめられ、震える声で願われた言葉を思い出しながら、少しの鈍痛を我慢して差し出された手を借り立ち上がる。
「わるい、助かった」
「いいえー、耐えてくれてありがとね。参戦しますよアタシらも」
にひっと自信ありげに笑う長谷川は「まあ一筋縄ではいかないだろうけどね」と付け加え、グラウンドにいる死人へ顔を向けた。
奴は遠目でもわかるほど目を見開き、足を地面に張り付けたままこちらを凝視して動かなかった。
「どうしたんだ、ついさっきまであんなに暴れてたくせに」
「さあ……。何考えてんのか知らないけど、動かないなら利用するまで。今のうちにこっちの態勢を整えるよ」
長谷川は刻まれた『風』の文字がよく見えるほど左手を大きく開き、巨大な風の防壁を作り出す。校舎と同じぐらいの高さ横幅のそれは、当たれば体が微塵切りになりそうな勢いを持っていた。
「お前らが来てくれたってことは、みんな避難できたと思っていいんだよな」
「もち。避難先が死人に知れたらマズイから前みたいに校内放送はできなかったけど、案外襲われてない通路がいくつかあったのよ。そこからアタシが風で飛ばして、今は体育館に集まってもらってる」
「凛ちゃんが全員送ったあと先生が点呼してくれて、みんないるのも確認できたからそれについては安心なんだけどね? 大変だって本部に知らせようとしても、どうしてか連絡が取れないの。全然繋がらなくって」
「本部が? あの死人、何か妨害できるような能力でも持ってんのか」
「うぅん、ちょっと理由はわからないけど、とにかく今はみんなで頑張るしかないみたい。ということで土屋君!」
阿部は話を締め、こちらにズイと一歩踏み込んできた。
「ほかに怪我はない? 今治した分だけで大丈夫そう? さっきの破片も当たらなかった? 何かあれば言って、全部どうにかしちゃうから!」
「おっ、おう。今は大丈夫だ、ありがとな阿部。何してくれたんだ?」
矢継ぎ早に行われる質問の圧にどもりながら問い返すと、彼女はへにゃっと照れたように笑った。
「運を引き寄せる【運気の解放】と、怪我を治す【痛み無し】! 【痛み無し】は痛みからの解放って考えたよっ」
楽しげに手を握って開いてが繰り返され、刻まれた『解』の文字が見え隠れする。
「谷川君が、『解く』じゃなくて『解放』って考えたらいいって教えてくれてから色々試してみたんだけど、すごいんだよ。なんでもできちゃうの! 例えばこうやって、元々持つみんなの能力値の上限を解放したりねっ」
阿部は誇らしげに俺と長谷川へ手を翳し、三つ分の技名を口にした。
【プロテクション】、【クイック】、【アビリティ】。言葉のニュアンスから、恐らく防御、速さ、力の底上げが施されたのだろう。
見た目の変化は特にないように思えたが、左腕に展開して張り付いているキューブの模様がさらに深く濃く刻まれているのが確認できた。タトゥーみたいで格好いいなと俺は少し興奮してしまう。
「あんがとね加奈っち。んで、つっちー。とりあえず情報が欲しいんだけどさ。相手はどんなやつ?」
にこにこして頷く阿部に俺も礼を言ってから、死人を見続ける長谷川に今わかってる分だけ奴の特徴を話した。
「とにかく速さが尋常じゃない。攻撃にもかなり重みが乗っててパワーがハンパねぇ。速さがある分、力が分散して弱まるんじゃねーかと思ったんだけど、逆にその勢いを利用してパワーアップしてるような感じだな」
「なるほど。か弱いアタシなんてマトモに喰らえば即終了ってわけね」
「お前をか弱いなんて言ったら全国民にブーイング食らうわ」
言葉だけは冗談を交わしながら、俺は瞼近くに残っていた血を指で拭う。
「攻撃自体は物理系。両手の爪と頭にいるヘビの牙が特にヤバい。右腕からもなんか捻れた変なやつが飛んでくる」
「変なやつ? 見た目は?」
「大樹がぐねったみたいなやつ。何なのかはよくわからん」
「んん……もしかしたら死人さんが生み出した能力なのかもしれないね〜」
話しているうちにほんの少し死人が動きを見せた。
微動だにしなかった足が一歩前に出る。
俺たちも身構える。
「あと、弾力性。頭部だけらしいが槍も拳も通らない。狙うなら体。背中側に心臓が露出してる」
「へぇ、的が見えてるってわけ? 随分と甘く見られたものじゃないの」
「そう簡単にやらせてくれねぇんだよ、死人さんは。――来るぞ!」
死人が地面に穴を開ける勢いで一蹴し、二十メートルは離れていた俺たちのいる場所まで迫る。
長谷川の風の防壁を突破しようと両手の鉤爪で引き裂くが、すぐに新たな風が生み出され侵入を許さない。
後方へ引き下がった死人は右腕から捻れを生み出し先を地面に付け、バネのように使って跳び上がった。
「あれか」と長谷川が捻れに眉を寄せる。
死人の小さな体は高く張った防壁のさらに上を通り軽やかに中へと入ってきた。
「やっだ、頭の回るヤツ大っ嫌い! 【暴風】!」
「同感っ! 【弓火】!!」
まだ上空にいる死人を長谷川の風の嵐が押しとどめ、狙いやすい状態で俺は火を纏った弓矢を放つ。
しかし人間にはできない体の動きでぐにゃりとひねってかわされ、さらに風の合間をすり抜けた死人は校舎前に降り立った。そこは、俺が吹き飛ばされて開けた穴がある位置。
「させねぇ」
校舎内にいる斎と秀に狙いを定めたのだろう死人へ、もう一発極限まで力を込めた【弓火】を放つ。
先ほどよりも速さを増した矢にすんでのところで気付いた死人の視線が、俺と一瞬交わったように見えた。
ドゥンッ!!
手応えのある音にシンクロして炎が荒々しく変わる。
「当たった!」
「いいじゃんつっちー! いくよ!!」
「あっ、注意して! 身体能力極限まで上げてるから、無理しすぎると元の体にダメージが残るからね!」
阿部の心配に長谷川と同時に「了解!」と短く返事をして、死人のいる位置へと跳ぶ。
――軽い……!
自分の体だとは思えないほど動きのキレが良くなっていた。身体能力が二倍になったような爽快感。
「すげぇな、これはっ」
「ほんとだね。加奈っち最高!」
高揚を隠さず炎の向こう側にいる死人へ二人で手を広げる。長谷川が風を、俺は炎を送り込み、炎を纏った強風に変化させて撃ち出した。
初めての長谷川との連携攻撃。名付けるなら、
「「【炎風】!」」
ドバンッ!! と衝突音が広がり、炎が風に煽られ爆破した。目の前が火で赤く染まり、驚いてこちらを見る秀と斎を照らす。
「あっ、長谷川さん!?」
「やっほー、お二人さん。無事?」
俺たちが着地したすぐそばでくっつくように身を屈めていた二人は、長谷川のおどけた話し方に少し安心したらしい。こちらを見上げ、少し困ったように笑った。
「僕らは大丈夫。斎のメカが守ってくれた」
炎の中にいる死人に向け追撃の【炎風】を繰り出しながら秀の足元を見ると、いつだったか、作ったから見てくれと斎が自慢していた最新の小型防御兵器の丸い球体があった。名前は確か『まもるくん』だっただろうか?
そのメカを中心として二人を囲む水色に光る壁が、マテリアルを壊すほどの猛攻から守ってくれたらしい。
長谷川が「ほぉ……」と笑みを漏らす。
「相変わらず凄い物作るヤツねぇ」
「いや……もう何発か食らってたら多分壊されてたよ。数回で諦めて土屋に狙いを変えやがったんだ」
斎は首を自信なさげに横に振り、下を向いてまもるくんを胸に抱えた。
「ごめん。僕も牽制しようとしたんだけど、めまいがしてどうにもならなくて」
「気にすんな。当然だろ、あんな怪我してたんだから」
大丈夫だと言い、秀の様子を確認する。
大怪我による顔の血色の悪さはもうすっかり戻っていて、壊れた眼鏡の代わりに当番のときと同じ氷のコンタクトがつけられていた。
「ありがとう。もう平気だから、僕も一緒に戦わせて。次はやられない」
死にかけたにも関わらず、恐れもせず立ち上がる秀の瞳は強かった。肯定の頷きで返事をすると、走ってきた阿部が俺の後ろからひょっこりと顔を出す。
「じゃあ任せてっ! 秋月君も身体能力解放するね!」
役に立てるのが嬉しいのだろう。顔をほころばせ、秀にも効果を付けてくれる阿部の存在は、張り詰めた空気を穏やかにして無駄な緊張を削ぎ落としてくれた。
「ありがとう阿部さん。斎を連れてどこかに隠れててもらえる? できるだけ安全な所に」
「わかった。全員通信機持ってるよね? それ絶対に着けておいて。音を拾ってサポートするから!」
指示を残し斎の手を引く阿部は、校舎から急いで中庭へと走っていく。ともに避難した斎の顔は一瞬だけしか見えなかったけど、それでもわかってしまったほど、死人への恐れと煮え立つような怒りで溢れていた。
【第四十八回 豆知識の彼女】
まもるくん:マテリアル以上の防御力を誇る。大きさの兼ね合いで中に入れるのは二人まで。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 俺の答えは④》
何から生まれた死人であるか、少女は語ります。
よろしくお願いいたします。