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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第四十五話 選択

前回、秀と隆一郎はケンカをしました。

 挿絵(By みてみん)


 目を大きく見開き何か言いたげにしている未来には気付かないふりをして、秀の背中を追いもせず、俺は一人席に着いて突っ伏した。だけど。


「おーまーえーはー!」


 バンッと机を叩かれ、びくりと肩を震わせる。


「なんっで火に油を注ぐような接し方をする!? 秀が素直なやつじゃないことぐらいお前だってわかってんだろ!?」


「たっ、谷川君も落ち着いてぇーっ!」


 俺を指さす斎の手を阿部の手が包んで止めようとするが、斎は俺たちとは違い言葉はこんなでもあくまで冷静に指摘している。

 だから大丈夫だと言って、むしろ今現在、一番慌てている阿部に落ち着くよう促した。


「あー。ったく、どうするかな。秀がキレたら元に戻すの結構大変なんだぞ」

「めんぼくないです……」


 普段は怒ったりしないやつに怒鳴られ平静を取り戻した俺は、起き上がってしっかりと座り直した。

 申し訳なさから若干上目遣いになって斎の様子を窺うと、眉を寄せながら頭を掻いてキョロキョロと周囲を見渡していた。


「ねー谷川。秋月が怒ってる原因って?」


「それは当事者たちに聞いてくれ。俺が思ってんのとじゃ違う可能性もあるし、直接本人の口から言わせたらお互い思ってる内容もしっかり整理できるだろうから……って、あっ! よっちゃーん!」


 真面目に俺たちの仲直りを考えてくれる斎は、弁当片手に教室へ入ってきた世紀末先生を見つけ、いつもの明るい口調で呼びかけた。

 長谷川への答え方は、なんだか大人だった。さすが斎といったところか。


「ごめん、よっちゃん先生。ちょっと頼みがあるんだけど!」


「なんだ頼みって。この間みたいな危ない真似は許可しないからな?」


「あー違う違うっ、今回はそういうんじゃないんだ。ただちょっと、一肌脱いでくれないかなと思って」


 低姿勢になりながら、斎はパチンと両手を合わせ懇願した。


「可愛い生徒のために!」


 そんな必死のお願いのもと、世紀末先生という助っ人を拾った斎は俺たちを置いて秀を捜しに行った。ガキのころからの付き合いだからか、こういうときどこにいるかは既に見当がついていたらしく、思いのほかすんなりと見つけて帰ってきた。

 こいこいと俺に手招きをした斎は、近寄った途端こちらの腕をがっしりと掴んでくる。


「お、おい!?」

「ほいっ、先生から大事なお知らせがあるんだってよ。並んで聞け二人とも!」


 ツンとした態度を崩さない秀と俺を無理やり隣に引っ付け、お願いしますと先生に敬礼をする斎。それを見るなり先生は同じポーズで応え、俺たちの外側の肩に持ち前の大きな手を置いた。


「あのなー。先生ずっとみんなに黙ってたんだけどさ、誰かに言ってみたくなっちゃって。聞いてくれるか? なんで『世紀末』と書いてよぎみって読みの名前なのか」


 小さい子と目を合わせるように、ガタイのいい体がしゃがんで俺たちを少し下から見上げてくる。


「名字ってなあ、漢字は変えるの大変だけど、読み方なら簡単に役所で変えられるんだよ。でな? 最初はちゃんとまんまの読みだったから、周りにからかわれるわけよ。セイキマツって名前ヤベェよなって。だから先生が子どものころに先生の親がその手続きをしに行ったんだとさ。期待したよー、『ヨギウラ』とか『ヨキスエ』とかさ、カッコよくなるんだろうなーって。でもな」


 笑って話していた先生はそこまで言うと、急に頬を膨らませた。


「読みを変えに行った張本人がさ、(まつ)()だと読み違えてたみたいでな。『ヨギミ』しか思いつかなかったって言ってそれで提出して帰ってきたんだよ。自分の名前なのに。しかも役所の人も気付いてくれなくて、結局これで決まってしまったんだと。ウケるだろー」


 しん……と、空気が冷える。

 近くにいる長谷川と、聞こえていたらしいクラスメートからワンテンポ遅れて笑い声が上がるが、俺と秀は表情筋をピクリとも動かさなかった。


 ずっと気になっていた先生の名字の由来も、こんな状態の俺たちからしてみれば正直どうでもいい。

 あと、多分説教のときと比べてめちゃくちゃテンポが悪い。みんなが笑ったのも恐らく今の話についてじゃなくて、単に俺たちの無反応が面白かったんだと思う。

 それとな先生、ウケるは死語らしいぞ。


「こ、渾身の自虐ネタが……」

「ああえっと、先生どんまい!」

「何でもいいから笑わせろなんて無茶ぶりしておいて、どんまいで終わらせるのかお前は!」


 ぐりぐりとおデコを指で押され笑いながら謝る斎には目もくれず、面倒そうに席に戻った秀は無言でパンの袋を開けた。


「ああっ、土屋! 俺はあとから合流するからお前は先に行け!」


 なんだその漫画でよくあるようなセリフは。

 とは、思っていてもツッコむ気にはなれず、俺は素直に甘えて席に座る。


「秋月っていっつもパンだよねー。授業の途中からお腹空いてこない?」


 気まずい俺たちに長谷川の温情を始めとして、みんなが話題を出してくれた。


「私は最近太ったみたいでねぇ。克復軟膏みたいな強い効果の痩せ薬版が開発されないかなあって思ってるよ〜」


 阿部の切り出しにはちょっと答えにくいけど、女子二人は笑っていた。


「それで思い出した。隆が前に凛ちゃんに聞くって言ってた液体のお薬って買ったの?」


 未来もどうにか場を和ませようとしてくれる。食の話からは微妙に遠ざかったが。


「ああ、ちゃんと持ち歩いてるよ。どこかのポケットに入れた」


 すぐに話が途切れてしまう俺たちだったけど、斎が「お待たせー」と戻ってきてからはどんな会話でも驚くほど滑らかになるもんで。改めて話術のすげぇやつだなと尊敬する。

 だけどみんなからの力添えがあっても、俺と秀は言葉を交わしたりはしなかった。


「きりーつ、礼。ありがとうございましたー」

「じゃあみんな気をつけて帰れよー」


 結局秀とは一言も喋らず下校の時刻になり、もう気持ちは落ち着いているもののお互い譲る気はないせいで、終礼が終わると同時に教室のドアの前後から廊下に出た。

 そのまま校舎の両端にある階段を使って、顔を合わせないで下校しようとしたんだけど。


 ――カタン。


 意図せず響くのは、靴を落とす音。その後、沈黙。

 まあそりゃ靴箱が同じ場所にあるんだから顔合わせるよな。

 心底嫌そうな表情をする秀を俺は睨みつけ、顔を背けた。


 ……こんなふうになりたかったわけじゃないのに。


 明日からどうすればと思いながら靴を履き替え校舎を出ようとすると、妙な人影が見えた。

 俺の足が止まる。

 後ろから「どいてよ」と秀に言われるが、俺はその場から動けなかった。


「なんだあれ……」

「ちょっと、出られないからどいてくれないかな」


 腹立たしそうに再度言うその声には返事をせず、俺は振り返ってその妙な人影を指し示した。


「なああれさ、もしかして」


 一瞬だった。

 紡いでいた言葉が止まるのも。

 鮮血が宙を舞うのも。

 不快をあらわにしていた顔が驚いて、目が落っこちそうなぐらい開かれるのも。

 何かが横を通って、ゆっくりと倒れていく友だちの姿も。


「――秀!!」


 血まみれになった秀の体を俺は必死で抱き起こした。

 体を伝って聞こえる秀の心臓の音が、激しく脈を打っていて。

 腕の中にある白い制服のシャツが秀の血で濡れて。

 抱きしめる自分のシャツも赤く染まって。 

 荒い息が聞こえて。


「秀、秀っ! しっかりしろ、大丈夫だ!」


 右ポケット。左ポケット。違う、鞄のポケットだったかもしれない。

 マダーなら絶対持っときなって言われて、長谷川の家で前に買って持ち歩いているのだから、どこかにあるはずなんだ。

 どんな大ケガも瞬時に治す最強の薬、完治薬(かんちやく)! 

 代わりに強烈な痛みを伴う。俺も凪さんに内臓をズタボロにされたときに体験した。あれは相当痛かった。だけどなりふり構っていられない。


「あった!!」


 見つけられたのに、ようやく見つけられたのに。

 焦る俺の腕が、手が、指が、大きく震えて薬の蓋が開けられない。

 液体だから間違って零してしまえばもうあとがない。

 やめてくれ。止まってくれ俺の体。

 慎重に慎重にと思えば思うほど、体はカタカタと震えてしまう。

 急げ、急げ。

 こうしてる間にも秀が、秀が。


「つ、ちや……」


 か細い静かな声が、腕の中から聞こえた。


「ご、め……こんな、ことな、るなら、あんな……」

「いい、そんなのいいから! 喋らないでくれ、喋ったら」


 喋ったら、血が。


「ごめん、ごめんな。俺が意地張ってたばかりに」


 乱れる呼吸も、大きく動く肩も、脈打つ心の臓も。全てが秀を奪っていく。

 止まらない俺の手。蓋が開けられない。回せばいいだけだ。ペットボトルの蓋と同じ。

 なのに、目の前で消えようとしている命が、温かさが、そうさせてくれない。


「い、い。つちや……いい。ぼくは、おい、て……みん、なを」

「な……駄目だ、そんなの絶対許さねぇ!!」


 拒否を告げた俺は強引に蓋部分を口に咥え、震えて使えない自分の手の代わりに歯で噛みちぎるかのように開けた。


 こんな状態になっても、秀は自分の身よりも周りの心配をする。正真正銘、戦士の(かがみ)。俺みたいな甘ったれとは違う。

 俺は、マダーにはなれない。あるべき姿勢のマダーにはなれていないから、そんなのできっこない。


 何より優先しないといけないのは、この国で、この国の人たち。未来はそう言った。

 俺たちの使命は、その場にいる仲間を助けるのではなく多くの人を助けること。

 誰一人仲間の犠牲なしで勝っていける。凪さんの言うようなそんな根拠、今の俺にはとても証明なんてできない。

 現実の惨劇を知っている自分が、本当にそうできるだなんて微塵も思えない。それでも。


「俺がどれだけ弱くとも、強くなってあいつを守るって決めたんだろ」


 弱くても。

 この先ちゃんとした『マダー』にはなれなくても。

 目の前の命を見捨ててほかの何かを守るなんて、やっぱり俺はしたくない! 


「生きてくれ秀。もう、これ以上……これ以上大事なやつが死んでいくのは、もう見たくないんだ!!」


 力が抜けて重くなった友の体に、ただ一つだけ願いを込めて。

 大きく開いた右肩から左腹部へと薬をかけた。

【第四十五回 豆知識の彼女】

完治薬:どんな大ケガも瞬時に治す最強の薬。代わりに強烈な痛みを伴う。液体タイプでポケットに入る大きさ。少量で効果が得られるので、一本あれば大人の全身の怪我を治療できる。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 俺の答えは①》

秀の安否と戦いの始まり。

よろしくお願いいたします。

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