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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第四十二話 在り方

前回、様子のおかしい隆一郎でした。

 挿絵(By みてみん)


「そのままでいい。ちゃんと聞くから少し待ってなさい」


 そう言って俺を座らせた凪さんは、鍛錬場から出ていった。

 一人取り残された俺は、落ち着こうと深呼吸を繰り返す。


 ――情けないな、これは。


 多分だけど、拒絶反応を起こしたのは凪さんの口から出た言葉――殺すつもりで。

 何度も何度も言われているはずだ。どんなときも、誰が相手でも殺しにかかれと。そうじゃないと、これから先は勝っていけなくなる。守りたいものも守れなくなる。


 そう、言われたんだろ。

 いつまで順応しないつもりなんだ。

 いつまで逃げてるんだ。

 わかってる。わかってるけど……でも。


 モヤモヤとした考えが積もる。

 本当にそれでいいのか。本当にそれが正しいのかと。

 もう一度、今度は自分の意思で右胸に手を当てしばらく考えていると、階段を下りてくる足音が聞こえた。

 ドアが開き、その向こう側から小さなペットボトルとマグカップを持った凪さんが再度姿を見せる。


「……顔、真っ青だよ」


「ん」と、ボトルのほうを手渡される。

 受け取ったのは柚子入りのホットドリンク。リラックスさせるためにわざわざ買いに行ってくれたみたいだ。

 触れたそこからじんわりと熱が感じられ、冷えきっていた手が徐々に温められていく。


「ありがとうございます」


 まだ掠れ気味な声でなんとか言い切り、一口飲んだ。喉を経由して体内に伝わる温度へ意識を落とし、ゆっくりとした深呼吸を続ける。

 凪さんは何も言わなかった。ただ俺が落ち着くのを隣に座ってずっと待っていてくれた。

 そうして震えが止まり、やっとこさ喋れそうだと思って声帯を動かしたのは、十数分が経ってからのことだった。


「凪さん……教えてください」


 ぐっとボトルの筋に指を突き立て、両手で握りしめる。


「人を守るために、人を見捨てないといけないんですか。人を守るためなのに、どうして人を殺すつもりでいなければならないんですか」


 俺はゆっくりと凪さんに顔を向けた。


「未来は死人の俺を倒したとき、『必要なら殺す』と言いました。これからも死人を倒していきたければ、俺もそうするべきなんですか。それが、必然ですか」


 右胸にある心臓。迷いのない一突き。

 培って来た経験によるものだとわかってはいても、一歩違いが生じれば俺は確実に死んでいた。

 未来は、必要であれば俺を殺せる。

 凪さん同様、常に相手を殺すつもりでいる。

 必要であるならば、きっと必要な分だけ。

 それがどれだけ親しい人であったとしても、そこに例外はないのだろう。


 だけど自分がそうできる光景は一切浮かばない。

 殺意を向けられる怖さを知った上で、自分がほかの誰かに同じ恐怖を与えたいなどとは今の俺には思えなかった。


「隆一郎次第だね」


 経緯を知った凪さんは、こちらを見ず前を向いて静かに答えてくれた。


「未来は、お前よりも幼いころから戦闘に出てる。幼いゆえに、当時亡くなったマダーも数多くいる。だから未来は人を殺しすぎたと言うんだ。直接手を下していなくとも見捨てたことには変わりない。助けられなかったことに、変わりはないとね」


 少量のミルクが入ったコーヒーで一度喉を潤して、凪さんは続ける。


「最初のころってね、わからないんだよ。相手の情報も、こちらのできる範囲も。だから必要最低限だけ、つまり国と人を守ることに司令官は重点をおいた。そのためなら仲間を捨ててでも敵を粉砕しろとね」


 コトンと床にカップが置かれる音がして、視線を誘導される。その横にあった凪さんの膝がこちらへ向いた。


「モノの善し悪しがわからないころに習ったから、ずっとその言いつけを守ってきた。だけど今は違う。もう正誤がわかる歳になって、それでもなおあの子はそう言った。さらに言えば、僕も未だに同じように思ってる。だから隆一郎にもそう教えてる。本部もその姿勢を崩さない。意味は、わかるね?」


 下を向いたまま、こくりと一つ頷いた。

 ただ、凪さんの言っている意味がわかってもそれを受け入れられるかどうかは別の話であって、俺はそのまま顔を上げられなかった。


「そうあるべきじゃないと言うのなら、隆一郎自身がそれを証明しないといけない。人を守りながら仲間全てを守り抜く力をつけなければならない」


「……証明」


「そう。先の見えない戦いにおいて、今後どれだけ強くなるかもわからない敵に対して、誰一人仲間の犠牲なしで勝っていける。その、根拠をね」


 ぽんと頭に手を置かれる。

 色々な理不尽を見てきたのだろう凪さんの言葉の重みは凄まじかった。

 だからこそ、守るための犠牲は(いと)わない、そんなあるべき形のマダーには俺はなれていない。

『人殺し』を意味する『murder(マーダー)』が語源にあるその存在には、俺はなり切れていないとわかるのだ。

 教えを上手く消化できない俺の頭を、凪さんの手が優しく前に向けさせる。


「ところで、前回の宿題。答えは出た?」


 話題が切り替えられた理由はきっと、もう伝えるべき言葉がないからなのだろう。あとは自分で考えるしかないんだ。


「あ……凪さんのキューブの文字ですよね。まだ少しかかりそうです」


「わかった。ごめん、僕はまた明日からしばらく帰ってこられないんだ」


「また遠征ですか?」


「ううん。都外だけど、今回は本部のお手伝い。ただのバイト。だから気にしないでゆっくり考えなさい。文字が何なのかも、今の疑問の件も含めてね」


 話を締めくくり、コーヒーを静かに飲み切った凪さんはスッと立ち上がる。そして挑戦的に片眉だけを上げてみせた。


「さて。震えは止まったみたいだけど、どうする? 今日はもうやめとく? りゅーちゃんは怖がりさんだもんね」


 カッチン。


「いいえ、やります。続きお願いします」

「うんうん。それでこそりゅーちゃんだよ」


 上手く乗せられたのはわかっていたが、ここでやめておくという気は元よりない。俺は残り少なくなった柚子ドリンクを壁際に寄せ、凪さんの前に立つ。


「そういえば、落ち着かせるなら柚子かココアって勝手に思ってたんだけど、苦手じゃなかった?」


「柚子も好きです。ありがとうございました。でも圧倒的に好きなのはりんごジュースですかね」


「あははっ、了解。次はそうするよ」


 前触れもなく戦闘に入る凪さんに、相変わらずだなと思い対応しながら宣言する。


「次はありません。もうガタガタプルプルなんて凪さんの前でしませんから」

「ぷ、微妙に笑かしてくるのやめてくれないかなあ、もう」

【第四十二回 豆知識の彼女】

murder : 殺人、殺害、ひと殺し


ずっと考えていた、凪の教えと隆一郎の気持ちの違いでした。

しかし現実は凪の言うように犠牲が必要な世界。それが無くても勝っていけるのか、彼は更に考えます。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 違い》

ウブな子は可愛いです。中学生、可愛い。

よろしくお願いいたします。

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