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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第四十一話 低声の接続詞

前回、門限に遅れて家に帰りました。

 挿絵(By みてみん)


「あははははっ、びっくり。僕の知らないところでそんな事件があったの? あははっ!」


「笑い事じゃないですって! マジで俺ヘコんだんですよ!?」


「いいのいいの、気にしなくて。みーちゃんの言うとおり、それだけ大事に思ってるって証拠じゃない。うんうん。いいことだよ」


 昨日家に帰ると、定時で上がれたらしい母さんは俺たちよりも先に帰宅していた。

 怒られる前に遅くなった理由――学校での出来事とそのあとあいつらと喋ってましたと説明したら、心配のほうが優ったようで説教は免れた。


 だけど連絡だけは寄越せと、もっともな怒られ方をされ、今はそれも含めて自分の意思が死人化したと凪さんに報告している最中……はいいんだけど。その間ずっと笑い続けているのだこの人は。それはもう驚くほどに。


「どちらかというと母さんよりも凪さんに怒られると思って覚悟してたのに! そんな笑わなくてもいいじゃないですか!? ていうかっ、知らなかったんですか? 結構騒ぎになってたのに!」


「あははっ、一般人に被害が出ないなら僕は別に怒らないよ。高等部と中等部は結構距離が離れてるのもあって、感情なんていう小さい邪気はさらに感知しにくいからこっちはいつもどおりの昼休みだったし、消防車が来てそのとき初めて気付いたくらいで」


「えぇっ! それ、未来がいなかったらかなりマズかったって話じゃないですか!?」


「逆、逆。みーちゃんがいるって知ってるから僕がそんなに気にせず学校生活送れるの。それに裏を返せば、丸二日もどうにか死人を抑え込んでたんでしょ? 上出来だよ」


 にこにこと笑う凪さんにそんなものだろうかと不安になるが、とりあえず全体の報告を終え、昨日未来と二人になってからされた話に助言を求めた。


「なんか死人の俺が、未来がそのうち壊れる、だから守らないといけないんだって言ってたらしいんですけどっ! 未来自身はそんなふうに見られるほど追い詰められているとはどうしても思えない、よくわからなかったって言っててっ、どういう意味かって聞かれたけど俺もよくわかんなくて」


「ああ、それは無理もないよ。死人っていうのは深層心理に近い生き物だからね。考えられるのは、りゅーちゃんの心の声が、今後のあの子を心配しているのかもしれないってくらいかな?」


 なるほど、記憶がないとかそれ以前に、俺がその意思を認識できていないってわけだ。そりゃ考えても答えは出てこないよな。


「ところで、隆一郎?」


 突如たる冷ややかな空気。


「お前はいつまで()()()()の?」

「ひっ!?」


 脳が避けろと危険信号を出してとっさに身を後ろに引いた。風を切り裂く音が聞こえ、今まで俺がいた位置に見えたものは、横薙ぎされた凪さんの手刀。


「僕はね、お遊びをしに来たんじゃないんだよ? さっきからぬるい攻撃ばっかり。普段どれだけ能力に頼りきりになってるのかわかるでしょ?」


「ぐっ……。け、けど! キューブなしで話しながらやれってお題を出したの凪さんですよ!? 集中できると思いますか!?」


「言い訳するな。能力を過信せず、相手の動きを自分の目と肌で読み取れるようになりなさい」


 詰め寄られ、死角から飛んでくる凪さんの長い足。腕でガードするのが間に合わず横腹に接触、振り抜かれる。

 痛みによろつくのを必死に耐え反撃に出た。


 今日の鍛錬の目標は、意識を前方の敵におきながら周囲の判断、指示ができるようになるというもの。プラスアルファ、キューブなしでも戦える身体能力の獲得。


 それはわかっているのだが、自己流の鍛錬は必ずキューブを使っていたせいか、体が思うように動かない。

 なおかつ話しながらとなると息も乱される。気が散って余計に戦いづらかった。


「ほらほら口が止まってるよ」

「わかって、ます! 話題ください!!」


 頼みながら何度も拳を振るう。

 きっちり体重は乗せているのになかなか決まらない。当たらない。

 避けられているというよりは単純に俺が命中する場所に攻撃できていないのではないかと錯覚するほど、凪さんはギリギリのタイミングでそれらをかわしていた。

 だけどそれは、俺が追い詰めているからではない。

 いわゆる、彼からの『ハンデ』というやつだ。


「あああああああ!!」


 何十回も突き出した拳。何十回も振り上げた足。

 どちらも間一髪で避けているはずなのに余裕を感じさせるその風格に、半ばヤケクソになった。


 そもそもあの凪さんに攻撃が当たるのか? 知らん。知らんが、それでも一発。一発だけでも入れてみたい。

 そんな思いが頭を支配して、俺は大きく足を踏み込んだ。

 凪さんの懐に潜り込み、今までよりも割合い近い位置から骨を隆起させた拳を打ち放つ。

 一瞬凪さんが怯んだように見えた次の瞬間、今までの空を切る音じゃなく、肌と肌のぶつかる音が耳に届く。


 ――当た……った? 


 踏み込みすぎて下を向いていた顔を、もしやと思いガバッと勢いよく上げる。

 そこで見たものに、俺の希望は儚くも崩れる音がした。


「威力は良かったよ。さすが、一人で当番を任せられるほどの実力の持ち主。周りの子たちより群を抜いてる」


 珍しく褒められているのに全く喜べない。

 だって、全力で振るったはずの拳は凪さんの頬になど当たっていなかったから。

 容易く手のひらで受け止められ、彼の長い指が徐々に俺の拳を覆っていくのだから。


「だけどさ」


 低声の、接続詞。


「殺すつもりでおいでって前に言ったよね」


 びくりと、自分の身体がこわばったのがわかった。

 全身の毛が逆立つ。目が開く。自分で動かしてもいない足が、勝手に床から剥がれ浮いていく。

 胸ぐらを掴まれたのだと認識すると、凪さんは右拳を後ろに引いた。

 それは、何度も見た俺を力ずくで叩き潰すための構えだ。

 恐怖でガタガタと震え始める俺を鋭い眼光が睨みつける。


「そんな半端な覚悟でどうするの。強大な敵が現れたらどう戦うの。恐怖に呑まれながら最大限の力が発揮できるなんて、まさか本当に思って――」


 吐き捨てるような教えの途中で、凪さんは言葉を切った。

 その不思議さに俺はバイブの如き状態で視線を送る。ただ、どうしたのかと聞きはしなかった。いや、唇まで震えて聞けなかったのだ。


 掴み上げられていた体は床へと下ろされる。

 凪さんの手が離れた瞬間、尻もちをついた。

 力が入らない。怪我をしたでもないのに立ち上がれない。おでこに脂汗が浮き出てくるのがわかった。

 様子がおかしいと先に気付いていたらしい凪さんは、俺の顔を覗き込んでくる。


「どうしたの。大丈夫?」


 答えようとしても全く声が出ない。

 代わりに無意識で手を右胸へと持っていった。そこは、未来の治療の甲斐もあり昨日の今日でもう完全に閉じた、『改』の【木刀(ぼくとう)】による刺傷があった位置。

 それを認知した俺は、自分が震えている理由が凪さんへの恐怖ではないと知る。


「隆一郎?」

「すみ、ません。ちょっと……」


 なんとか腰を上げるが、またすぐに膝が折れてしまう。

 どうしたものかと思っていると、凪さんは眉根を寄せて俺の肩に手を置いた。


「そのままでいい。ちゃんと聞くから少し待ってなさい」


 そう言って俺を座らせた凪さんは、鍛錬場から出ていった。

【第四十一回 豆知識の彼女】

未来が隆一郎と戦っていた時、凪は銀髪の友だちの肩に頭を預けてお昼寝をしていた。


凪さん、本当に知りませんでした。

知っていたとしても未来がいる手前わざわざ参戦はしなかったかも。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 在り方》

隆一郎の疑問と、凪さんの答え。

よろしくお願いいたします。

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