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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第三十九話 祝賀のジュース

前回、お説教をされました。

 挿絵(By みてみん)


「よーし! じゃ、無事に終えられたお祝いを兼ねて! かんぱーい!」

「「かんぱーい!」」


 カツン! と、六人分の缶ジュースが当たる音が公園の一角で鳴る。

 長谷川の乾杯の音頭に合わせ、ノリよく答えたのは斎と阿部。秀は二人に掻き消されるぐらいの小さな声で「乾杯」と言っていた。

 残念ながら出遅れたのは未来。


「お、おー!」


 おーって。

 まあ今までこういうのしてこなかったし、わかんなくても無理はないか。


「長かったねぇお説教〜。みんなおつかれさま〜」


「おつかれ、おつかれー。てかよっちゃんさあ、校長の手前ガッツリ怒ってたけど、多分気付いてたよね? アタシらが嘘ついてるって。未来ちーにかけた声、すんごい優しかったもん」


「ぷはっ、それ俺も思った! 顔がごめんって言ってたよなー」


 斎がゴクゴクと勢いよく飲んでいたオレンジジュースを口から離し、世紀末先生の顔を真似た。


「ふふ。谷川君、似てる」

「あっ、本当? 相沢さんが言うなら俺、自信持てるや!」 

「待って斎、その顔で少しストップしてて」


 秀が何かを閃いたようにいちごミルクのジュースを自分の座っていたテーブルベンチに置いて、モノマネ状態の斎の髪ゴムに手を伸ばす。


「お? 秀君は何をしているんだね」

「顔崩さないで」


 再度指示した秀は取った星のゴムを机に置いて、斎の髪をぐしゃあっ! と束で掴み逆立てていく。


「ぶふっ!」

「あっ、秋月君! それはっ、だめ……っ!」


 完成間近で長谷川と阿部が笑い始めた。

 未来はまだよくわかっていないみたいだったが、秀が「どう?」と見せた完成した斎の姿には目が細まった。


「似てる」

「でしょう?」

「秀さんや、秀さんや。君はいったい何をしたんだね」


 自分がどうなってるのかわからない斎が説明を求めるので、長谷川が鞄から折りたたみミラーを取り出して見せてやった。

 斎がそこで見たものは、秀の手によって精巧に再現された世紀末先生の髪型。つまり、若干モッサリ頭。


「ぶははっ!! お前は何やってくれてんだよ、俺先生そっくりじゃんか!」

「だって表情が既に似てたから」


 笑い転げる斎の髪は笑うたびに揺れて元の形へと戻っていく。

 その動きと呼応するように、公園に広がっていたみんなの笑いが少しずつ消えていって、落ち着いた雰囲気が顔を見せた。

 俺は今しかないと思って、蓋の開いていない自分のりんごジュースを静かに置いて立ち上がる。


「隆?」


 対面する席にいた未来に次いで、みんなの目が俺を見る。

 だけど俺はその視線を合わせようにも合わせられなくて、瞼を閉じ、頭を下げた。


「みんな……今回の件、本当にごめん。迷惑かけた」


 みんながいなかったらこんなに平和には終わらなかっただろうと、もしかしたら起きたかもしれない惨劇が何度も頭を駆け巡る。

 見えもしない視界がどんどん下へ向いていく中、斎の「はあああ……」と長い呆れたような声が届く。


「さっきから全然喋らねーなと思ってたら……なに気にしてんだよ。誰しもなり得ることなんだろ?」


「そうだよ土屋。怒られたのはさておき、いい感じに収まって良かったじゃない。僕らがもし同じようになっちゃったとき、助けてくれたらそれでいいよ」


 秀のぶっきらぼうな声に続き、斎がそうそうと相槌を打ったのを聞いて顔を上げる。

 二人の表情は、いつもと全く変わりなかった。


「まーアタシらもいい経験になったよね。手伝うとか言っといて、今回完全に未来ちーに任せっきりだったし。これで次からは力になれそうだわ」


「そうだねぇ。だから、むしろ良かったんじゃないかな? ジュース飲んで元気だして〜」


「はいっ」と、りんごジュースをもう一度俺の手に握らせる阿部。その笑顔になんだか空気が和んで、俺も少し気が楽になった。


「ありがとう。本当に」


 俺の精一杯の感謝に、長谷川はしっしと払うように手を振った。


「もーいーよ。まーでもさあ、まさかつっちーが死人化してたとは思わなかったわあ。未来ちーよく気付いたね?」


「一度経験してたからわかっただけだよ。そうでなければ多分、私も気付けなかったと思う」


 対処法を知っていたという未来に、斎が結局何をして収拾をつけたのかと首をひねった。

 動画を見ても胸部を刺してるってぐらいしかわからなかったから、俺も疑問に思っていた点である。

 未来から返ってきた答えは至ってシンプルで、いつもと同じように死人の心臓を壊すだけなんだとか。


「意識を集中して、死人の心臓がどこにあるのか探すんだ。禍々しい物の気配の中心を探り当てるみたいに、できるだけ人の体に攻撃しないで済むようにね」


 容易にみせてめちゃくちゃ難しいその方法に、説明を聞いているだけでも感嘆の声が上がる。


「はー……すっごいなあ。さすが未来ちー、世界最強伝説のおひと」


「もう、凛ちゃんそれは違うって前に言ったでしょ? 凪さんを差し置いてそんなのあるわけないよ」


「でも未来ちゃん、私も聞いたことあるよ〜。火の無い所に煙は立たぬって言うし、今回みたいなのが理由だったりしないのかな?」


 述べられた阿部の予想を筆頭に、俺以外の全員が悩み始める。

 未来本人もその噂を聞いてはいるみたいだけど、同様に悩んでいるのを見る限り、その根拠までは知らないみたいだ。


「未来が世界最強なんて言われるのは、奴らと心を通わせられるからだよ」


 言いながらカシュッと、缶ジュースの蓋を開けた。


「もちろん全ての死人とまではいかないけど、討伐以外のやり方で奴らを止める(すべ)を持ってる。その思いやりの行動を知った一部のマダーが口に出して広まっていってるらしい」


 簡単に説明をして、俺はやっとこさりんごジュースを口に運んだ。

 夕刻であっても暑い気温の中、ずっと手で握られていた缶の中身は既に生温い。申し訳ないが、美味しいとは言い難かった。


「なるほどね、それはアタシもこの目で見た。死人側から見れば、未来ちーは神様とか仏様とか、そういう存在に近いんだろうね」


 あの日を思い出したらしい長谷川は空を見上げる。

 未来は少し恥ずかしさを表情に浮かべていたが、長谷川を思ってだろう、何も言わず彼女が戻ってくるのをただ静かに待った。

 チリン……と、近くの民家から聞こえる風鈴の音が、風に運ばれるまま何度か消えていく。


「ところで加奈っちさー、つっちーに言ってた席替えの話って」

「ぴっ!?」


 ぴってなんだ、ぴって。

 天にいる友の存在から意識をこちらに向けた長谷川は、突然阿部に話題を振った。


「席替え? なんの話?」


「あっ、う、ううん、なんでもない! なんでもないよ谷川君! 何もしてないから大丈夫だよ、忘れて!?」


「いやいや加奈っち、その言い方は肯定と一緒だよー?」


 バカだねぇとでも言いたげな顔が阿部に指摘する。記憶がない間の会話なのか、席替えという言葉だけでは俺はちょっと話についていけない。

 きょとんとした秀の顔が阿部に向けられて、視線が交わった。阿部の顔は見る見る赤く染まっていく。


「あ……あ……」


 そして、発火。


「わわわわ私! なななんにもしてないからああああああああ!!」

「あ、阿部!?」


 斎が驚いたのも気にせず脇に置いていた鞄とジュースをガッと鷲掴みにした阿部は、奇声を上げながら逃げ帰っていった。


「ふふーん。やっぱりねぇ」


 長谷川はにやにやとしながら秀をチラ見する。


「なに」

「いんや? 人気者はつらいですねぇ?」

「別にそんなのじゃない。帰るよ斎」

「お? おお」


 からかわれたくないらしい秀は早々に切り上げ、斎を連れて強引に場を離れようとした。

 だけどおちょくるのが大好きな長谷川がそれを許してくれるはずもなく。


「あ、逃げたー」


 頬杖の奥に見えるにやにや顔とその言葉に少々ムッとしたらしい秀は、持ち上げていた鞄をバスッと大きめの音を立てて置き直した。


「逃げてない」

「逃げてるじゃん」

「まだ逃げてない」


 珍しい組み合わせの二人が何度も繰り返す逃げた、逃げてないのやり取りに、斎がまあまあと止めに入る。

 それでもまだ何か言いたげな秀を見て、意外だなあと俺は思った。


「クール男子秀でもやっぱ長谷川には勝てないんだなー」

「土屋、何も言ってやるな」


 さーせん。いじられる側としての親近感が湧いちまったんだ。

 斎に宥められる秀は長谷川を軽く睨んではブツブツと文句を言い放つ。


「僕、長谷川さん苦手。阿部さんもそうだけど調子狂う」

「またお前はそうやって壁作って……。好き嫌いせずみんなと仲良くしろ。な?」

「そんな野菜嫌いの子どもみたいに言わないでよ」


 的確すぎるその例えに長谷川が噴き出しそうになって、口を手で覆った。


「やっばい、秋月案外おもしろいやつだね?」

「意味がわからない。帰る」


 会話を打ち切り今度こそ鞄を持ち上げた秀は公園の外へと体を向ける。それを見るなり斎も慌てて鞄と飲み終えたジュースを手に取った。


「待て待て秀、俺も帰るから! じゃ、みんなまた明日な!」

「斎、明日土曜日。次は月曜日だよ」


 秀の指摘に斎はあれっ? とほうけて頬をかいた。

 そっか、明日学校休みか。


「待って秋月、これで最後」

「なに。まだ何かあるの?」

「いやいや、からかうのはこの辺にしとくよ。そーじゃなくてさ、アタシのこと呼び捨てでいいよって話」


 長谷川はにんまりと口角を上げ、ピンと人差し指を立てた。


「多分加奈っちもさ。そうしてくれると嬉しいんじゃないかな?」

「それさ、どちらかというと後者のほうがメインなんでしょう」

「げっ、バレた」

「バレるよ普通」


 俺たちに背を向けたままの秀は持っていたいちごミルクのジュースをぐびぐびと飲み切った。

 そして数秒固まったのち、「考えておくよ」と素っ気なく言って一人先に歩いていってしまった。


「ま、あんな感じだけどさ。頑張ってはいるんじゃないか? 秀なりに」


 すっげぇわかりにくいけど。


「まあなー。そもそも女子と一緒にいるだけで十分進歩ではあるんだけど。とりあえず俺らは帰るわ。土屋、相沢さん起こすか、起きなかったらおぶって帰ってやれよ」


「おう」


「ばいばーい谷川〜」


 斎に返事をして手を振ったあと、しばらく声を発していない人物に目を向ける。

 疲れや安心、怪我で奪われた体力も重なってだろう。俺の正面に座る未来は、さっきから何度もこくりこくりと頭を揺らしていた。

 そしてついに――ゴッ! 


「いっ……!」


 完全に寝てしまったらしい未来は木製のテーブルにおでこから突っ込んだ。


「うおっ、未来大丈夫か」

「すごい音したねぇ。大丈夫? 未来ちー」


 さすがに痛かったのかぱっちりと目を開いた未来は、こくりと頷いて顔を上げた。


「だいじょうぶ。タンコブにはならないと思う……痛い」


 最後に漏れた本音を聞いて、長谷川が未来の前髪を掻き上げ少し赤くなったその場所に指を添える。

 位置は、左眉の上。

 長谷川の表情が少しだけ強ばった気がした。


「……暗くなるまでまだ時間あるし、少し様子見てから帰ろうか。大丈夫だとは思うけど、念のため。アタシも、その……ね。話したいことあるからさ」

【第三十九回 豆知識の彼女】

実力から見ると、世界最強の人物は弥重凪。


秀のクールさというか無愛想なのは通常運転です。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 バカ正直》

凛子さんの話したいこととは。

よろしくお願いいたします。

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