第三十八話 後始末
前回、隆一郎の感情の死人を倒した未来さん。
その後です。
「よっちゃんごめんってばー! 未来ちーのためと思って許して? ね?」
「許す、許さないの問題じゃないだろう! 全く、こんな規模で騒動を起こして、怪我までして! 土屋もだ。周りが危なくなるかもしれないって想像できなかったのか!」
「すみません、俺もそこまでは」
ぺこりと頭を下げるも、「もう少しやり方を」とまた世紀末先生から長い説教の前触れが訪れる。
長い、と言っても先生が何度も言っているのは俺たちを心配してのことだ。
学校全体を巻き込んだ争闘の引き金となった件について、もっとよく考えなさいと。
先生だし、大人として言わなければならないのだとわかってはいるけど、本来の理由を隠すために施した細工のせいでみんな一緒に怒られているのだと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「なんで僕らまで……」
「はは、まあ一役買ってるからなー」
秀の小声での文句に、斎はへらりと笑って諦めろと促した。
「こら、聞いてるのか秀才二人組!」
「ちょっ、よっちゃん先生それ、怒ってんのか怒ってないのかわかんないよ!」
二人への敬意が垣間見える先生の呼び方に、斎は怒られているにも関わらずブハッと噴き出した。
釣られて笑う長谷川と阿部に対し、秀は一応なのか、少しだけ背筋を伸ばす。俺の隣に座る未来も、依然として聞く姿勢を取り続けていた。
「まあまあ世紀末先生、君も少し落ち着きませんか。菓子とお茶でも持ってきますから、ね」
「えあっ、いや校長そんな、お気遣いなくっ……!」
何も言わず隣で説教を聞いていた校長先生は、遠慮する世紀末先生を視界から外し、ここ、生徒指導室を出ていった。にこやかな表情を浮かべ、歩くたびまん丸のお腹をたぷんたぷんと揺らしながら。
「……はあ」
「先生って大変なんだね〜」
「誰のせいだ誰の」
恐らく悪気はないんだろう阿部の心配に、先生は額に手を起き再度ため息を吐いた。
「……もう一度説明してもらえるか、最初から」
その要望により、校長が帰ってくるまでの数分間、俺以外のみんなから順を追って二度目の説明、もとい建前が語られる。
話を聞きつつ俺ももう一度頭の中の整理を試みた。
俺が意識を取り戻したときに見えたのは、天井に並んだ小さな丸い複数の電気と白いカーテン。保健室だと認識した瞬間目の端に映りこんだ、俺を心配する、未来の顔。
死人がとはいえキューブを使っていたから、適切な治療さえすれば死には程遠く、回復も早い。
でもやっぱり反応がないのは怖かったと、ぼんやりとした俺を未来は不安に思って見ていたらしい。
頑張れ、頑張れと、何度も俺に声をかけてくれていたのは覚えてる。
死人の討伐のために抉った俺の右胸は植物の蔓らしきもので縫われ、薬を塗られていた。
かなりの出血をさせてしまったから、貯蔵庫の輸血パックを使ったと言われた。
能力を生み出す力以外にあるもう一つのキューブの機能、貯蔵と経由。
キューブ内にはちょっとした収納庫があって、立方体のどの面にもある真ん中の四角い埋め込まれたボタンを押せば、そこに入れてある物を転送して取り出せる仕組み。
収納時の鮮度のまま保つ効果があるため、みんな予め自分の血液を採って保存しているのだ。
そうしておけば、もし何かヤバい事態が起こったとしても、生き存える確率が上がるから。
――輸血パックしか入ってなくて、これだけでどうやって血を体内に入れるつもりだったのかってちょっと焦っちゃったよ。
機転の利く未来は、植物の道管と棘のイメージから作った即席注入機で輸血をしてくれたみたいだ。
未来は……怪我を負っていた。
俺が作った炎の防壁の中に飛び込んだ際にできたという広範囲の糜爛。
あとから聞けば、爛れた皮膚が制服とくっついてしまうほどに酷かったらしい。
痛々しいその怪我の手当てと服の処理をするべく、長谷川に後ろを向かされた俺は、未来に今回の件の詳細を聞きながら待った。
長谷川と阿部は俺の爆撃による熱と衝撃で、水の防壁があっても気絶してしまい、軽い火傷を負ったから保健室の専用ベッドを使って治療した。
長谷川は数分で目を覚まし、阿部も少ししてから意識を取り戻して、今はもうどちらも全快なのだそう。
――このベッドってすごいんだねぇ? 私初めて使ったよ〜。
阿部がまじまじと見る自身の寝ていたベッド。
ただの寝台と違うのは、手すり部分に付いているパネルを操作すると、足側にあるドーナツ型の機械から出るふわふわの霧が体を纏って、軽傷であれば処置できる治療台だという点。
学校以外にも色んなところに設備されているけど、一日に使えるエネルギーに限界があるらしく、基本的には何度も使っていいものじゃない。
だから俺としては未来のほうが治療すべき。そう思ったが、未来もキューブを使っていたから薬を塗れば明日には治ると言いくるめられた。
死人の俺が捕まえてしまったクラスメートの二人は、校舎の裏側で口をぱくぱくさせていたところを秀が見つけて避難誘導してくれたらしい。
――なんか、長谷川と阿部を見つけた瞬間捨てられたっぽいよ?
そう避難先から電話で教えてくれたのは、斎。
その二人については怪我も見られず、ただ抱えられていただけだったそうだ。
携帯を回してもらって電話越しに謝ったあと、顔を見てもう一度謝罪しようと思っていたのだが、今思えばジェットコースターみたいで楽しかったからもういいと笑われた。
炎の影響で見るも無惨な状態になってしまった校舎は、未来が完全修復したとのことだった。
どうやってやったのかは……知らない。
ただ『直したよ』としか言われなかった。
――そう。知らないんだ、俺は。
乗っ取られ、意識がない状態で口走った内容も、何をしたのかも、どれだけ未来が頑張ってくれたのかも。
全て全て、あとから聞いた話だ。
俺が俺でいなかった間、未来はどんな気持ちでいたんだろう。
傷つく発言はしなかっただろうか。
トラウマになるような行為はしなかっただろうか。
どれだけ考えても、思い出せないものは思い出せないのだ。
昼休みの数十分間の記憶が、俺には残っていない。
ただはっきりと思い出せるのは、未来に刀を向けられたときの、恐怖。
俺に放たれた『殺す』の言葉。
……怖かった。心の底から。
殺されるのだと、本能的に覚悟したんだと思う。
未来は、必要であれば俺を殺せる。
口先だけの言葉なんかじゃない。感情を抜きにして、長く共に過ごしてきた俺相手でも、命を奪う覚悟を持っている。
――どんなときも、戦いになるならきちんと殺しにかかりなさい。どんなときも、誰が相手でも、だ。
凪さんが俺に教え諭したあれは……つまり、そういう意味なんだろう。
「谷川や秋月がやばいって気付いて、先生に火事になっちゃったって言いに行ってくれて助かったよー。校長も放送してくれたしさあ」
「うんうん、みんな無事で良かった〜」
説明を終えた長谷川は、先生側を立てるようにそう締めくくった。
「お前ら以外は、の間違いだろう、まったく。避難訓練の重要性はみんな分かっただろうけどな」
駆けつけてくれた消防の人たちからも同じ話を聞かされた。身を守るために何ができるのか、何をすべきなのかを決して忘れないでくださいと。
「何度も確認するようだが、お前らはもう大丈夫なんだな? 薬があるとはいえ、変なところがあるなら言いなさい。病院連れていくから」
怪我の具合、特に未来の火傷の状態を窺う先生は、俺たち一人一人と順に視線を合わせていく。
阿部、長谷川、斎、秀……俺。そして、最後に未来を見つめた先生は、なんだか申し訳なさそうな表情で尋ねた。
「相沢、隠していることはないか。長谷川が言うように、本当にお前の歓迎会をするためにした行為で、間違いないんだな?」
先生からの質問に、俺はちらっと未来を見る。
俺たちが怒られた原因である話の再確認をされた未来は、全く動揺せずに「はい」と肯定した。
「凛ちゃんがしたいって言ってくれて、すごく嬉しくて、つい……」
その歓迎会というのはつまるところ嘘なのだが、はにかむ未来の様子は多分、演技じゃない。
実際騒ぎが終結したあとには、改めて多くの歓迎の言葉をもらったのだから。
「……そうか、ならいいんだ」
少し眉を落とす世紀末先生は、みんなの提示した理由とは別の何かがあると勘付いているんだろう。
今回の騒動、教員と大体の生徒は何らかの原因による火事だと信じたけど、うちのクラスにいたやつらはそうはいかない。
俺がクラスメートを連れ去ったのを見た人がいるし、異様な雰囲気を纏っていたのも知られてる。
隠すつもりなんて毛頭ない。
全部話して、しっかり謝ろうと思っていた。
だけど、一般人を巻き込まないのが第一優先のマダーの仕事において、敢えて混乱を招くような話はしたくないという未来の意志から、俺は少し考えを改めさせられる。
すると、保健室にいたときに長谷川が提案してきたのだ。
『未来の歓迎会』という名目で、全部芝居だったふうにしたらいいんじゃないかと。
「よくできたストーリーだったでしょー? 今朝からつっちーが寝っぱなしだったのはこの昼休みのための下準備で、おかしくなったつっちーがクラスメートを誘拐。それを見つけたアタシと加奈っちが窮地に追いやられ、そこへ未来ちーがヘルプに入ってつっちーを倒し、事なきを得る! どうよ?」
「はいはい、よくできてました。しかも消防の方たちが話をしている間にこーっそり抜け出しパソコンルームで動画制作。その上、超高クオリティー。どこまで準備がいいんだか」
「わーいっ、よっちゃんに褒められたー!」
「り、凛ちゃん褒められてはいないと思う……」
テンションが上がる長谷川に未来はあわあわと助言した。
「だってさあ、せっかくならかっこいい未来ちーをみんなに見てもらいたいもん。学校の上に沢山飛んでるあの鳥型の防犯カメラ、なんて名前か知らないけど、二人の戦闘もみんなの顔もよく撮れてて助かったわあ」
「監視鳥な。というか、どうやって映像いじったんだ、セキュリティーは厳重だったはずだろう」
「あっ、ごめんよっちゃん先生。それ解いたの、俺」
にぱーっと笑う斎からの告白に、「こんなにも納得以外の言葉が出ないのは初めてだ」と項垂れる先生は、怒る気力を根こそぎ持っていかれたみたいだった。
けど当然だと思う。俺も未来と一緒に呆然として見てたから。
要するに、消防の人たちが全校生徒の前で話している最中、未来が【葉隠】で俺たち五人をこっそり連れ出してくれたのだ。
木の葉や草木のかげになって見えなくなるって意味の葉隠は、いわゆる『透過』させる技。みんなから視認できなくなるから抜け出すのは簡単で、ダッシュでパソコンルームへと移動。
そこで、その監視鳥ってやつのセキュリティーを斎が瞬く間に解いちまって、必要な箇所の戦闘映像を秀がかき集めると同時、長谷川が撮影視点を切り替えつつ修正を加え、阿部が厳選したBGMを合わせていく。
もはや異様とまで言えるような素晴らしい超スピードの連携プレーに、俺と未来は目をぱちぱちとさせるだけだった。
そうして出来上がったのが、死人関係だと思われるシーンを完全カットして、おかしくなった俺を未来の木刀による突きの攻撃でノックアウト。めでたしめでたし、という動画だ。
それを教室に戻ってからみんなにスクリーンを使って見せ、歓迎会という名の、未来のカッコ良さを伝えたい一心だった長谷川の企画でしたーと俺たち全員で説明したのだ。
結果、クラスは大いに盛り上がった。
疑いの余地なんてなくて、俺たち六人が密に企てた、ただのイタズラの延長線として事件は収束した。
全ては長谷川の狙い通り。
一番怒られる羽目になるとわかっていたはずなのに……本当に、感謝しかない。
「サプライズにしたい気持ちはわからないでもないが、こういうのは先生側にちゃんと相談しに来なさい。危ないし、混乱を招くだろう」
「だってさあ、ド迫力映像にしたいじゃん。みんなに緊張感を持ってもらいたかったんだもん……」
文句を言いながら唇を尖らせる長谷川に、世紀末先生は前傾姿勢になって腕を組んだ。
「そんなに可愛らしくぶぅたれてもダメなものはダメです」
「えぇー! よっちゃんのケチ!」
「なにがケチだ。まあいい、とにかくこれからは気をつけるように! 校長先生が帰ってきたら各自もう一度きちんと謝りなさい」
「ひゃっほーい! お説教おーわり! 自由の身だー!」
「こら! 長谷川!!」
わざと大きく伸びをして、反省していないように見せる長谷川と先生のやり取りに、斎と阿部は笑いをこらえて肩をプルプルとさせていた。
だけど、みっちり叱ってくれた世紀末先生もきっと、俺たちが下校してから校長に怒られるんだろう。
先生にも本当に申し訳ないことをしてしまった。
【第三十八回 豆知識の彼女】
薬や建物、ベッドも対死人用に作られている。
キューブはかなり便利な機械です。
能力を作る、貯蔵と経由機能。こんな魔法みたいな道具ほくろも欲しいなぁ。
ベッドについてはエネルギーに際限あり。あくまで軽傷用なので、毎回使うことはなく、基本はお薬で凌いでもらっています。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 祝賀のジュース》
お説教を終えたその後です。
よろしくお願いいたします。