第一話 ゴミ箱
ゾンビなら良かったと、そういう映画を見るたびに俺は思う。
感情を持たない襲うだけの存在であれば、無心で倒して倒して倒しまくればいいだけだから。生き残るために必死で戦って、戦えないなら逃げればいい。実際ゾンビを目の前にしている人には非難されそうな言い方だけど、そういうやつらを倒すのは俺たち『マダー』にとっては簡単だ。
だけど、今のこの国が恐れているのはそんな単純な生き物じゃない。
「くそっ……! わるい未来、そっち行った!」
月明かりだけが頼りな東京都の外れ。『ゴミ箱』と呼ばれる施設がある広場で、標的を取り逃した俺は幼なじみに向けて叫んだ。
ちょこまかと動き回る敵――白熱電球に一つ目をつけたような見た目のそいつは口金をバネ代わりにして跳ね回り、俺が作った炎の壁を難なく突破していった。
ごめん、ともう一度謝ろうとするも、それより先に彼女から怒号が飛んでくる。
「隆の下手くそ! 絶対捕まえれたやろ今の、眠いんやったら帰って寝とき!」
「なっ……怒ってんのか優しいのかどっちだそれ!?」
「どっちでも! とりあえず元気なんやったら、爆破させろ!」
ひゅんっ、と音が鳴ったかと思えば、俺が取り逃した白熱電球が未来のほうから飛んできた。
条件反射で俺は手に炎を纏わせる。
未来の手のひらから作る植物の蔓でぐるぐる巻きにされ、青い瞳から赤い涙を流す十センチくらいの小さな敵。自分の最期を唐突に理解したそいつは表情を器用に歪ませていた。
「……ごめん」
パリン、という小さな音が耳を撫でた。
未来の指示通りに俺が炎で爆砕した、白熱電球が出した最期の音。
抗う間もなく粒子となり、一箇所に集まっていく。丸いビー玉ほどの大きさの透明な『ガラス玉』に変化するのを見届けたところで、周囲に明るさが戻ってきた。
「やっぱりこの子やったね、街の明かり吸い取ってたの」
闇に溶け込んでいた未来の黒髪が見えた。戦闘の際、気を引き締めるためにするらしい腰まであるポニーテール。
さっきまでは輪郭を捉えられないくらいに暗かった『ゴミ箱』の周りの電気がついている。遠くに見える住宅街の街灯も。
一つ目の白熱電球が起こしていた現象は、討伐したことによって消滅していた。
「なあ、未来さんよ」
「なんでしょう隆さん」
「あのな、爆破させろはいいんだけどさ、こっちに投げてきたら俺巻き込まれるじゃんか。ちょっと考えてほしかったなって」
思ってもいない愚痴を吐いて、今はガラス玉と化した白熱電球の涙を忘れようとする。
「……巻き込まれたって、隆は怪我せんやろ」
「そりゃあ、自分の能力だから痛くないけどさ」
「あの子を元に戻す努力はした。これ以上時間かけたら明かりどころか電気まで奪い出す可能性があった。しょうがなかったんよ」
俺の内心を見透かしたように諭し、未来はガラス玉を優しく拾い上げた。
「俺が気にしてんのは、お前のほう」
え、と未来は俺に顔を向ける。
「お前のほうが、しんどいと思って」
俺が同情の気持ちを持ってしまうのは、そういう姿勢で彼らと向き合う未来を見てきたからだ。
大丈夫かと言外に聞けば、未来は俺からガラス玉へと視線を移して微笑んだ。
「この子さ、『ゴミ箱』から独りで出てきたやん」
「ああ」
「他にも捨てられた白熱電球は沢山あったやろうに、この子は諦めんかったんやなって思ってさ。今普及してる電気よりも有能やって、自分のほうが照らせるでって証明したくて頑張った」
でも今の街にある電気よりもずっと弱くて、もっと強い光になりたくて、街の明かりを吸い取った。そういう力を持って、生まれてきた。
「周囲のことがなかったら、もう少し話聞いてあげたかったなって……やっぱり思うよ」
「……だよな」
「うん」
六年前に現れた、感情と力を持つ異形。
誰が称したのかは知らないが、彼ら異形――今夜でいう白熱電球は『死人』と呼ばれ、捨てられた哀しみから命を宿し、深夜に生まれてくる。
不必要な物を小さく細かく圧縮する巨大な機械――通称『ゴミ箱』。
ゴミを捨てる場所が将来なくなるならば、問題がないほど小さくしてしまえばいい。そんな思考から出来上がった新しいゴミ処理場『ゴミ箱』が、今となっては人間を襲う死人の生成機となっている。
人間に捨てられたという哀しみの心が、物に命を宿らせる。
「全部、人のせいやよ」
悲しみとも怒りともとれる顔で未来が言う。
「この子たちは、なんも悪くない」
「……俺もそう思うよ」
本心から同意した。
時が移ろうにつれ、物も生き物もより良くなって新たにうまれていく。必要ないと判断されれば衰退し、環境の変化に耐えられない生き物は数を減らしていく。人間という気ままな者に翻弄され、そうして忘れられていく古いものたちも死人となり、哀しみを伝えるために何らかの力を持って暴れ出す。
場合によっては、人の命を奪うほどに。
不意に未来が自分の目に手を当てた。この国ではあまり見ない瞳の色を隠すような仕草。今日はもう何度も見たその行為に、俺はいたたまれない気持ちを抱く。
「怖いか、明日」
大阪からの転校生として、未来は明日から俺と同じクラスに入る。答えてくれないだろうと思って聞かなかったが、案の定、未来は俺の問いに返事をしない。
「とりあえずさ。お前が気にしてる関西弁どうにかしなくちゃな」
「……あっ」
「思いっきり出てたぞー。口調もやわらかくしたいって言う割に下手くそとかキツめに言うし」
「あれは、ついっ」
「そういえば今日の朝も――」
できるだけ明るく話を広げていった。
それは未来の気分を変えさせるためでもあり、どうにかなると自分へ言い聞かせるためでもあった。
今の日本では異質と見られる瞳だけど、きっと受け入れてくれる。今度こそ平和な学校生活になると、信じきれない自分に何度も言い聞かせた。
初めましての読者様、お久しぶりですの読者様、お読みいただきまことにありがとうございます。ほくろこと、さんれんぼくろです。
トラブルで小説が消えちゃいました……と報告してからはや十日。少しお休みをいただいてから連載再開しようかと思ったのですが、あまりにも碧カノがないことがつらすぎて、じゃあ投稿できるところまではしよう!という考えのもと再開いたしました。
ゆるゆるとまた頑張っていきますので、良ければお付き合いくださると嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。
【第一回 豆知識の彼女】
白熱電球は、千時間程度の寿命を持つ。
対してLED電球の寿命は約四万時間といわれている。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 二年三組①》
彼女が学校に行きたがらない理由と反応。
よろしくお願いいたします。