第三十一話 食事中の共闘
前回、凪さんが広島風お好み焼きを作ってくれました。
ピッシャーン!
言葉で言い表すならこういう感じ。
口いっぱいに広がるそれぞれの食材の美味さと親和性に衝撃が走る。
「うま……」
自然に口から出てきた俺の言葉に凪さんは安心したように笑った。
「良かった、熱いから気をつけてね。教えてくれた店主さんに感謝して、味わいながら食べ……ってあっ、そんなに一気に口に入れたら」
「ゴフッ」
「ちょっと、大丈夫!?」
凪さんの心配も余所にあまりの美味さから口に次々と駆け込んで食べていた俺は、熱さと突っ込みすぎでむせてしまった。
珍しく慌てた様子の凪さんがコップに水を注いでくれる。
何とか落ち着こうと貰った水を一口飲んで、また何度かむせてもう一度喉を潤したのち、咳はようやく治まりを見せた。
「うへ……ついなにもかんがえずに」
「声が掠れちゃってるじゃないの。全く、みーちゃんを見習ってゆっくり食べなさい」
そう軽く怒られて、隣の席に座る何だかすごく大人しい未来に目を向ける。
美味いものを食べて未来が一切感想を言わないというのは中々珍しいことだから、どうしたんだろうと。
そして彼女に何が起きているのかを瞬時に把握した俺は、少しだけ椅子を引いた。
「……凪さん、そっちはお願いします。こっちは俺が」
「わかった。任せたよ」
先に状況を理解していた凪さんは、余裕の表情で未来の側部を俺に託した。だけど声だけはとてつもなく真剣で、何より……驚くほどに静か。緊張が走る。
「音を鳴らしちゃダメだよ。気付かれる」
「はい」
囁かれたとおり、机に置いてあった長方形の黒い機械を音を立てずに手に取った。凪さんもポケットからライトグリーンの機械を取り腕を突き出して構える。
「照準は、顔ど真ん中。恐らく勝負は一回きり。合わせてあげるから自分のタイミングでやりなさい。絶対ブレないようにね」
「わかりました。では、三つ数えます」
一度ゆっくり深呼吸をしてから左手でこちらの武器を構え、未来の顔の真ん中に狙いを定める。
両腕使えたらまず間違いなく成功するだろうけど、片手しか使えないから緊張し過ぎると失敗するかもしれない。
だから、焦るなよ。俺。
「大丈夫、やれる」
三度小声で自分を鼓舞してから凪さんをちらっと見た。視線を感じ取った凪さんが、未来から目を離さずに一度小さく首を縦に振ったのを見て覚悟を決める。
「いきます。さん、に、いち」
俺の声に合わせて、二人同時に機械の画面にあるボタンを確実に押した。
未来の顔に合わせられた照準は、無音のシャッターを切ってその瞬間を保存する。
昇天してしまいそうなほどに美味しかった凪さん特性広島風お好み焼きを食べて、幸せを顔いっぱいに広げた子どものような未来の表情を。
「ん?」
ぱちっと、未来の閉じていた目が一瞬で開かれた。
やべっ。
慌てるなと焦る自分に言い聞かせ、未来から見えない位置に携帯をさっと隠す。
「隆、どうかした?」
「いや、なにも」
凪さんの予想どおり、音を一切立てなかったにも関わらず幸せ空間から急に戻ってきた未来は、音や悪意が無くても『何かされた』ことは肌で感じ取れるらしい。
「凪さん? 何かした?」
「ううん、なんにも。せっかく作ったから写真を撮ろうとしたら、みーちゃんが凄く美味しそうに食べてくれてたからね。嬉しいなあと思って見てただけだよ」
凪さんは持っていたライトグリーンの携帯を置いて、改めて箸に手を伸ばす。誤魔化し方が自然すぎやしないだろうか。
「隆も、何もしてない?」
「ああ。やっぱり未来は食べてるときが一番幸せなんだろなーって思ってただけだ。いい顔してたぞ? 昨日も今も。見るからに『幸せ〜』って感じで」
「なにそれ。味わってただけなのに」
俺の言い訳も不審に思われなかったらしく、未来はそれだけ言ってまたお好み焼きを食べ始めた。
食欲のほうに意識がシフトされたことに安堵して、未来側から見えないよう自分の体の影になるところで携帯の写真フォルダを開いた。上手く撮れているかが気になって。
「ふーん、思ってただけじゃなくて写真まで撮っちゃったんだ?」
「うん、撮った。だってさ、あんまりにも可愛い顔してたからつい……」
そこまで言った瞬間、震慄。
恐ろしく感じるほどの悪心を背中に感じて、ぜんまい式のおもちゃの如くカタカタと後ろにゆっくりと振り返る。
そして悟る。詰んだと。
後ろからこちらを覗き込んでいた未来は目にも止まらぬ速さで携帯を奪い取る。さらに俺が止めることも取り返すことも許さず迷いなく消去ボタンをポチり。
「あー!」
「あー! ちゃうわ、当たり前やろ!」
キレのいい関西弁は、それ以上何も言わさないぞという未来からの脅迫だ。
完全に手綱を取られ、未来の説教を受けて凪さんに笑われる中、俺は少し先の未来を思い浮かべる。
凪さんとの付き合いは長いけど年上だからかすごい人だからか、未来は今のところ俺ぐらいにしかこんな口調は使わない。
だけど、友達だったら。
昨日みたいに色んな所に連れていってもらって、遊びに行って。それであいつらともっと仲良くなっていったら、俺じゃなくてもこういう会話ができるようになるのかなと。
――そうなったら、いいな。
無慈悲にも未来の手によって消去されたあの写真は、結局一目見ることすらも叶わなかった。
「聞いてんの隆! こんなこともう絶対させへんからね!」
それでも、普段は見せない少し怒り気味な未来がこうして見られたから、これはこれで良かったのかもしれない。
そう思うようにして、勝手に俺の分までご飯を口に運んでいる未来を全力で止めにかかった。
「わかった、わかったって! 俺がわるかったから最後に一口だけ食べさせ――」
「知らん!」
「ああああああ!!」
抵抗の甲斐もなく未来にするりとかわされ、口に入るのか怪しいレベルの大きさのまま、残っていたお好み焼きは全てぱくっと食べられてしまった。
俺が悪い。隠し撮りなんてしようとした俺が悪いけど、でも……へこみそう。
【第三十一回 豆知識の彼女】
隆一郎の携帯が黒いのは、一度炎で焦がしてしまったかららしい。本当かどうかは不明。
凪は歳にそぐわぬ精神をお持ちですが、まだ高校一年生。こういう時はいたずらっぽい事をするのも大好き。日常においては自由なお方です。
隆一郎は……ね。もう少し隠すの上手にならないとね。
未来さんは本当に本当に幸せな顔をしていたようです。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 巧み》
りゅーちゃんに問題が出されます。どうぞ一緒に考えてみてくださいませ。
よろしくお願いいたします。