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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第三十話 広島風お好み焼き

前回、凪さんとの鍛錬。感謝の気持ちとしてキーホルダーをプレゼントしました。

 挿絵(By みてみん)


 しばらくその状態で他愛のない話をして、時計の針が夜の七時を指したころ。メシをくれと腹が盛大に訴えかけてきた。


「腹減った……」

「もうこんな時間だもんね。お土産で持ってきたおやつでも食べる?」


 キーホルダーからやっとこさ目を離した凪さんは、未来と一緒にリビングに来るよう言って起き上がった。

 そういえば昨日遠征に出て今日帰ってきたんだっけ。疲れが全然見えないからつい忘れそうになるな。


「今回は色々頂いちゃったからね。沢山食べられるよ」

「マジですか? よっしゃ」


 大量だと両手で表現しながら部屋を出ていく背中に小さくガッツポーズをした。

 凪さんからの土産はもみじ饅頭って未来が言ってたな。色々って何貰ったんだろう、めちゃくちゃ気になる。


「……ていうか、あいつどこ行ったんだ?」


 下校のときは一緒にいたはずの未来の姿をしばらく見ていない。というか家の中にいる気配がしない。

 どこにいるのかと探しに行こうとすると、バッと窓の向こう側に顔が現れた。()()()()になった女の顔が。


「呼んだ?」

「ほああっ!?」


 逆さま女の正体が未来であることはすぐにわかった。だけどいないと思っていたやつにいるとも思わない場所から急に声をかけられて、しかもそれが上下逆とか驚いてもおかしくないだろ。いや、誰かおかしくないと言ってくれ。


「何してんだよお前は! びっくりすんだろ!!」

「ごっ、ごめん! つい」


 窓枠に手をついてひらりと部屋へ入ってきた未来は、俺の剣幕に動揺したのか慌てて経緯を述べた。

 俺たちが地下にいる間、最近よく見ている分厚い花図鑑からの情報収集タイムに入ろうとして自室でページを開いたものの、何だかしっくりこずに気分転換で外へ出てみたと。

 すると日が沈み始めていて、それがとても綺麗だったから消えないうちにと写真を撮っていたのだそうだ。

 普段使わない携帯のカメラ機能に、必死に頭を悩ませながら。


「んで、一番綺麗に撮れそうなスポットが屋根の上だったと」


 なるほど、家の中に姿が見えないわけだ。


「せっかくやしと思って、凛ちゃんと加奈子ちゃんにメールで送ってみたんよ。そしたら返事どんどん送られてきて、返すのでいっぱいいっぱいで中に入れんくなって……」


「あー、打ち慣れてないとメール返すのも時間かかるもんな」


 落ち着きを取り戻したのがわかったらしい未来は、ほっと息を漏らした。それからすぐに眉を落として、俺の左頬に優しく手を添える。


「痛そう。ここも、右肩も」


 ぴくりと、自分の体が未来の言葉に反応したのを感じた。

 顔の怪我を心配してくれるのはわかる。でも、服を着てて見えないはずの肩についてまで触れられるとは思っていなかったから。


「お前、なんで?」

「驚かせちゃったとき、右肩だけ妙に動きが硬かったから」


 おいおい、簡単に説明してるけど驚いた肩の動きなんて一瞬だろ。よく気付いたな。


「大丈夫?」

「必要過程と思えばなんてことねぇよ。またすぐに治るしな」


 痛いのは事実だけど。


「それより、凪さんが呼んでたぞ。土産があるからリビングに来いってさ」


 土産というワードに反応した未来と一緒にウキウキで階段を下りる。すると、キッチンの冷蔵庫前に立っている凪さんと目が合った。


「あ、りゅーちゃん。お母さんから連絡があったよ。今日残業になっちゃったから少し遅くなるって」


 今通話を切ったらしい携帯をゆらゆらと揺らす凪さんにわかりましたと返事をして、キッチンに入りながら思った。

 なぜ俺には連絡をよこさないのだ我が母は。


「ということで、今晩は僕がご飯作るよ。教えてもらった広島風お好み焼き、完璧に再現してみせるね」


 凪さんは自信に満ちた顔でリュックの中から丁寧に畳まれたエプロンを取り出した。元よりそのつもりだったのか、他の材料も既に揃ってるみたいだ。


「何か手伝いますよ」

「怪我してたら手伝えないでしょ。ほら、座ってて」

「ぐっ!」

「いいよ隆、私手伝うから」

「ん、そう? じゃあみーちゃん、薄力粉取ってくれる?」

「うん」


 未来に指示を出しつつエプロンを着けた凪さんは、慣れた手つきでキャベツを刻み始めた。

 トトトトトと一定のリズムで包丁がまな板を叩く。

 凪さん料理もできるのか。ハイスペック男子かよ。

 薄力粉を戸棚から出してきた未来はすぐにホットプレートの準備を始めてくれたけど、俺は本当に何もできそうにないから凪さんの包丁さばきを延々と見続けた。

 こんなに速いのになんでここまで均等に切れるんだ。


「そうだ。リビングの机に置いてあるの全部お土産だから、りゅーちゃん今のうちに少し食べてきていいよ。あとは焼くだけだからみーちゃんも見ておいで。ありがとう」


 要領よく下ごしらえを終えた凪さんに隣の部屋へ行くよう促され、俺たちはありがたく宝の山を見に行った。

 そして、机に並べられた土産たちに仰天して声を張り上げる。


「なんだこの量!? 凪さん、広島に行ってたんじゃなかったんですか!?」


 本人に聞かずにはいられなかった。

 何せそこにあるのは所狭しと積み上げられたお菓子たち。

 当初予定していたもみじ饅頭はちゃんとあるものの、それ以外に広島と全く関係のないものがありすぎる。

 俺の社会で習った内容の覚え間違いでなければ、確か青森県が生産量堂々の第一位のリンゴなんて五箱、いや、六箱もあった。


「うん、行ったよー!」


 焼きに入っているのか、キッチンからいつもより大きめの凪さんの声が飛んでくる。


「じゃあなんで岩手とか山形とかパッケージに書かれてるんですかー!?」


 同じように大きな声で問い返すと、凪さんから笑い声が返ってきた。


「他のところにも行ってきたんだよー! 一昨日の夜中にここを出て、昨日の夕方までは東北で、そのあとに広島に行ってきたのー! 七県も跨ぐと本当に色んな物を持たせてくれるんだよねー!」


「二日で七県!? 全部遠征ですかっ?」


「そうだよー! 一匹残らず排除してきたから安心していいよー!」


 愕然として未来の顔を見ると、俺ほどではないがやっぱり驚いたようで、手を口に当てて目をまん丸にさせていた。

 さすがと言えばそれまでなんだろうけど、凪さんマジで半端ねぇ。


 一つ一つじっくり見ていると次第にいい匂いがしてきて、誘われるままキッチンに顔を出す。

 するともうほぼ完成に近いらしく、丸く整えられた玉子の上に麺、キャベツ、モヤシ、肉の黄金コラボレーションが乗せられた瞬間だった。

 未来が俺の横をサッと通って、出来上がりを待ち侘びるようにホットプレートの前に立つ。俺も後を追って横についた。


「お、おぉお」

「しっ」


 つい声を出すと凪さんが自分の口に人差し指を当て、喋らないよう仕草で命じてきた。

 俺を静かにさせ、ヘラを構え直した数秒後。


 ――パチッ。


 玉子が一番良い状態を知らせる瞬間を待っていた凪さんは、その音を聞き逃さない。

 一気にヘラですくい上げ、美しい動作で素早くひっくり返す。

 綺麗な黄と白の面にソースが落とされ、青のりがさらに彩りを豊かにした。


「うん。上出来」

「おおおおっ!」


 凪さんの完成の言葉で俺たちの声が解放される。


「これが本場の広島焼き! 美味そう!!」

「うん、美味しそう!」


 凪さんは俺たちに相槌を打ちながら三人分出しているお皿に丁寧に乗せてくれた。


「そうでしょ? 僕も教えてもらう前に一人前頂いて、店主に同じように言ったんだよ。そしたらね、広島の方たちは広島焼きって言わないんだって。『広島風お好み焼きじゃ!』って怒られちゃうから絶対間違っちゃダメだって教えられたよ」


「へぇ、そうなんですか? 全然知らなかった」


 危ない、もし食べに行く機会があれば失礼になるところだった。


「凪さん、店主にってまさか、お店の人に教えてもらったの? すごいね」


「何事も極めるならそこに秀でた一流の人に教えを乞わなくちゃね。さあさあ、ちゃんと席に着いてください」


 凪さんは得意げに未来に答えてから、いつも言う母さんの言葉を真似て俺たちを座らせ手を合わせた。

 出来たてホッカホカ。本場の店主さん直伝、料理はプロ級凪さんの特製広島風お好み焼きの食欲をそそる香りに、ごくりと喉を鳴らす。


「尊き命に感謝の気持ちを込めて。いただきます」

「「いただきます!」」


 ざっくりと大きめ一口サイズに箸で切って、熱々のまま口へと運んだ。

【第三十回 豆知識の彼女】

さんれんぼくろの家のすぐ近くには、広島風お好み焼き専門店がある。


凪は元から予定していた広島に加え、東北全てを回って帰ってきました。

司令官に最初に指示されたのは『三日以内』なおかつすぐに向かえとのことだったので、広島は無しになる予定でしたが、そちらもキチンと終えました。

深夜零時すぎに飛び立って夕方からは広島。十七時間程度で東北の討伐を終わらせてきた計算です。恐ろしい子!


お読みいただきありがとうございました。


《次回 食事中の共闘》

凪と隆一郎で何かと戦います。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 美味しそうで良いですね。羨ましさを感じます!
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