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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第二十八話 学生が学校帰りに行く所と言えば

前回、授業中爆睡だった隆一郎は、眠気を遮るガムの効果で目が覚めました。

 挿絵(By みてみん)


「ガムの効果、本当にすごいよねぇ?」


 阿部がそう驚いたのは放課後のことだった。


「結局土屋が寝てたの、一時限目だけだったもんね」


「さすが十二時間継続を謳ってる商品だけあるよなー! どっちかと言うといつもより集中してたんじゃないか?」


 秀と斎がこくこくと頷いて、阿部に次いで睡眠阻害ガムの有用性を語る。


「おうよ。俺こんなに集中したのいつぶりだろ? 少なくともテスト前じゃなきゃまともに授業聞いてないしなー」

「先生の話はちゃんと聞かないとだよ、もう……」


 普段は身を入れて勉強してない俺を軽く咎める未来に、俺たち全員の視線がじっと寄せられた。

 急に集まった五人からの目に、未来は挙動不審になってなに? 何か言っちゃった? と顔に書いてあわあわとこちらを見回してくる。

 別に未来が特別変なことを言ったわけじゃない。実際授業は集中するべきだし毎日頑張る必要もあるとは思う。それは正論だ。でも。


「じゃあ授業で()されてぜーんぶ答えられなかったのはどこのだーれだ?」


 お前にそう言われてしまうと、少々面白く感じてしまうだけだ。


「うっ」


 ぎくりと体を硬直させた未来が、今日授業で先生から答えを求められたのは三回。

 朝一の現国の最後のほうと、昼からあった世紀末(よぎみ)先生からの問題。

 現国は全く答えられずに「わかりません」。社会はなんとか頑張って考えたものの思い浮かばず、世紀末先生がじゃあこっちならと二問目に回してくれたがそちらも答えに辿り着けずと、残念な結果に終わっていた。


「意外だったわ。未来ちん勉強苦手?」

「うぅ……聞いてても全然理解ができなくて……」

「真面目に授業受けてる割にはなー。ちなみに今までのテスト結果で一番やばかった点数は」

「隆! 言っちゃだめ!」


 暴露はさせないと未来の手が光の速さで俺の口を塞いできた。

 言葉通りマジで見えなかったぐらいの全力阻止に斎がブハッと笑ったのをきっかけにして、ネタにされた張本人以外にも笑いが広がってしまう。


 もっと勉強頑張るから言うなと何度も優しく脅され空気が和んだところで、これ以上はわるいからと斎が鞄を手に帰る素振りを見せた。

 それを見て秀も立ち上がったと同時、長谷川が「ああっ」と声を出す。


「そうだ未来ちん、アドレス教えて?」


 なんで今ので思い出したんだ。

 よくわからないが、未来は素直に鞄の奥へ押し込まれた藤色の携帯を引っ張り出した。


「そう言えば連絡先交換してないって言ってたもんな」

「そーそー」

「未来ちゃん未来ちゃん。私も欲しい〜」


 阿部とも今日一日で随分仲良くなったらしい。

 三人でわいわいと連絡先を交換する中、画面が見えたのか長谷川がギョッとした顔で未来の携帯を二度見した。


「ちょ、未来ちん連絡先ほとんど入ってないじゃん!」


 長谷川の驚愕に阿部も未来の携帯画面に吸い寄せられていく。


「ほんとだ、土屋君と土屋君のお父さんお母さん。あと弥重先輩だけ? びっくりだよ〜」

「連絡する人もいないし、あんまり携帯使わないんだよね」


 あまりにも寂しすぎる登録アドレス欄に、帰ろうとしていたはずの斎と秀が顔を見合わせた。


「斎、僕の分もついでにやっておいて」

「自分で言えよお前は……」

「いいから」


 斎は呆れ顔で秀から携帯を受け取って、長谷川たちの輪の中に入っていく。


「ありがとな、秀」

「別に。お世話になっちゃったし、クラスメートの連絡先聞くくらい大したことじゃないでしょう」


 ツンとして返ってくる今考えたのだろうその理由に、ぷっと声が漏れた。


「なにを笑ってるのさ」

「いや? やっぱいいやつだよなと思ってな」


 意味がわからないと知らん顔をする秀は、賑やかに話す輪の中から斎を連れ戻しに向かう。

 連絡先が一気に増えた未来は輪の中心で頬から嬉しさをにじませていた。

 数日の間で起きた表情の変化に、環境ってのは大事なんだなあと心から思う。ありがたい、本当に。


「ねぇつっちー。未来ちんさ、このあとちょっと借りていい?」

「は?」


 唐突の未来を連れ去る発言に反射的に聞き返すと、阿部がずずいと俺の目の前まで体を寄せてきた。


「もちろんいいよね? 土屋君。おっけーでしょ?」


「阿部までやたらぐいぐいと……お前、今までのふわふわ要素はどうした。なんか長谷川に汚染されてないか?」


「やだ、本当に失礼なやつね!?」


 最低最悪変態と三拍子で長谷川に文句を突きつけられ、変態はないだろうと抗議の声を上げて言い争いを始めると、未来が宥めるように両手をこちらに向けてきた。


「でも二人とも……私、人の多いところはちょっと」

「あっ、未来ちゃん苦手?」

「ううん、そうじゃないんだけど。その、騒ぎになっちゃうから」


 未来が人差し指で自分の目を指し示した。

 それを見るなり二人がハッとする。どうしようと。

 そして直後にまたハッとしたように今度は俺を見てきて、ついそこから目を逸らせば少し寂しそうにしょげている未来が視界に入って。最初から俺に選択肢はないのだと直感する。


「あー。そしたら、俺も行くわ。俺が前歩くから二人は隣についてやってくれ」


 未来は人の前だと下を向いて歩く癖があるから、案外目の色はバレにくいけど、壁を作る意味合いでついて行くことにした。


「ねぇ? 隠さなくてもみんなで隣を歩いてたら、コスプレと思ってもらえないかなあ?」


 阿部のくりんとした大きな瞳が俺を見上げてくる。

 近くに立つ理由がなかったから今まで気付かなかったけど、背は未来より若干高いぐらいだったのか。


「そう思ってもらえる確証がないからな。用心するに越したことはねぇんだよ」


 もちろん可能性としてはあるんだけど、それとは別に、俺が未来たちと並んで歩きたくないっていうのがある意味理由の一つだったりする。

 女の子三人と一緒に横を歩くなんて周りの視線が怖すぎるからな。


「じゃあ楽しんでこいよー!」

「また明日ね」


 斎と秀と校門を出たところで別れ、おうと返事をしてから話の言い出しっぺ、長谷川に詳細を聞いた。


「で、どこに行くんだ?」


 結局場所も何をしに行くのかも知らされていないから、答えによっちゃやめておけばよかったと後悔するかもしれない。けど今さら断れないし、その場合は潔く諦めようと思う。


「くっくっく。学生が学校帰りに行く所と言えば?」


 なんだその微妙な含み笑いは。なに企んでんだ。


「……ゲーセン?」


「はいブッブー!! 今回行くのは食べ歩き! 商店街でーす! 一番初めに口から出るのがゲームセンターとは……まだまだお子さまだねぇつっちー?」


「あん!?」


「やめなよ二人とも〜!」


 阿部が必死に止めてくれるけど、続く長谷川のからかい方があまりにも意地が悪いもんだから、俺も同じく真正面から受けてそのままヒートアップしてしまう。

 俺が返す文句を一つ一つ絡め取って自分が有利になるよう言葉を並べて、極め付けはやはり「お子さまだねぇ?」の一言。そろそろ黙れ。


「この、いい加減にっ!」

「ふ……っ」


 突然聞こえた小さな吹き出しに、その声の主をはたと見た。

 未来が、耐えられなくなったように手を口に当てて笑っていた。

 大きく笑ってしまうのを我慢しているのか、少しだけ声を漏らしながら肩だけは全く抑えられずに大きく揺れる。


「ふ、ふふ。二人とも、なかっ、仲良すぎやね?」


 (こら)えるのに必死になって方言が飛び出た未来を見て、俺はいとも簡単に戦意喪失。

 からかいのお返しはまた今度にしようと決める。


「長谷川、今回だけは許すわ。今回だけな」

「次やったらどうする?」

「んなもん、ぶっ飛ばすに決まってんだろ」

「やっだこいつ危ないわー! 未来ちん、ちょっと距離を置いて歩こうね!」

「てめ、言ったそばから!」


 前言撤回、こいつは今のうちに叩き潰す!! 


「くたばれ獰猛女!」

「はあ!? 暴言だからねそれ!?」

「知るか!!」

「落ち着いてってば二人とも〜!」

「あはははっ」


 未来がこれで腹から笑うことができるんなら、悪くはないのかもしれない。

 けど絶え間なく続く長谷川からの扱いに全力で返していれば体力がいくらあっても足りないのだ。

 そんなわけで、延々とからかいのネタにされ続けた俺は目的地に着いたころにはもう既に瀕死状態だった。


「さっ、どこから回ろうかー!」

「いっぱいあるからね〜。未来ちゃん、なにが食べたい?」


 わくわくしながら辺りを見回す長谷川と阿部とは反対に、未来は縮こまってキョロキョロとする。

 目を隠すべく手を翳して、指の間から周囲を見物しているらしい。


「人、多いんだね?」


「そうねー、この辺りは特に多めかも」


「少し歩けば慣れちゃうよ〜。でも人が少ないほうが安心できるなら、もう少し進むとここより静かなところに出るよ」


「本当? じゃあそっちに行きたいな」


「おっけー! 『食い倒れの街』にも負けないぐらい美味しいもの沢山教えてあげる!」


 ガッテンだとガッツポーズをした長谷川は未来に任せてと言ったのち、なぜか俺の顔を見た。


「じゃ、つっちー。道案内よろ!」


 ……は? 


「いや、長谷川さん? 『学生が帰りに行く所と言えば』の返しが『ゲーセン』だった俺にこんなとこの案内ができると思いますか?」


「男なら気合いで頑張りたまえ」


「頑張れる範囲のことならな!?」


 無慈悲だろう、あまりにも!! 

 さすがに今回はどうにもならないから長谷川を必死で説得して、当初の予定とは違い俺と阿部で未来を挟んで前は長谷川に歩いてもらった。


「なんかもう疲れたんだけど……」


 クタクタになっている俺が呟くと、未来は目尻を下げた。


「でも隆、楽しそうに見えるよ?」

「……まあ、悪くはねぇな」


 楽しそうなのはお前だけどなと、つい口から滑りそうになった。

 できればこのまま自然な未来でいてほしいから、それだけはなんとか我慢して歩くこと数分。

 外観は派手だがあんまり人のいない一軒の店の前で長谷川が足を止めた。


「未来ちん未来ちん! ここ、おすすめ!」

「肉まん、専門店?」

「そう!」


 にこにこと明るく紹介してきた店の名前は、肉まん専門店『SHIGEKI』。丁寧かつかっこよくデザインされたその文字は、店主さんの名前だろうか? 


「おっちゃんハロー。いつものお願いしていい? 四人分ー」


 長谷川は慣れた様子で店主らしき人に注文する。メニューには複数の商品が載ってるけど、どうやら今回頼んだのはこいつのおすすめの一品らしい。


「わあ……」


 少しして長谷川が受け取った、トレーに鎮座する四人分のホカホカの肉まんを見るなり、未来はこれでもかと目を輝かせた。


「こっちこっち。熱々のままここで食べるのが至高よ」


 早く早くと促され、店の真ん前からは少し横にそれたところで揃って立ち食いの姿勢をとる。なるほど、これがゲーセン以外の放課後の過ごし方か。

 完成された食べ物を前に、未来は我慢できずそのうちの一つを手に取る。


「い、いただきます」


 自分の小さな口を限界まで開け頬張ると、目がさらに輝きを放った。


「おいしい」


 一言呟いた未来はそのあと、一切喋らなくなってしまった。

 口に入れては味わって飲み込んで、また食べてはパッと頬を紅潮させてを繰り返す。


 ――美味いもん食ってるときが一番幸せそうだ。


 柔らかな表情に勝手に癒されながら、じゃあ俺たちもと肉まんに三人ほぼ同時にかぶりついた。

 もちろん美味いはずだと思って。


「あああああああああ!!」


 叫び声を上げたのは、俺。


「だっ、大丈夫、土屋君!?」


「あっはっは! マジで今日のつっちーさいっこうだわあ!」


「はせ、長谷川てめ、ロシアンルーレットだったのかよこれ!?」


「いえす! ほら、言わないほうが楽しいことってあるじゃん?」


 くそが、やられた側の気持ちを考えやがれ! 

 店の名前の『SHIGEKI』ってあれ、人の名称じゃなくてまさか『刺激』って意味かよ!?


 抗議もできないほど喉にくる凄まじい辛さに耐えながら、悲しく残りを口に入れ込んで一気に平らげる。

 多分、この辛味がなければ本当に美味しいのだろう。皮のもちもちがすげぇ良かったから。

 もったいなさすぎる……。


「でもほら、悪くない役回りっしょ?」


 ウインクをした長谷川に何のことかと聞き返そうとすると、先に食べ終わったらしい未来が俺を見て笑っていた。

 目がなくなって見えるほど顔をくしゃっとさせて、腹から声を出して。

 俺は――言葉を失った。

 幼いころ以来だった。こんな笑顔を見せたのは。


「せっかくだもん、楽しんでもらいたいからさ。ちょっとだけアタシのわがままに付き合ってやってよ」


 耳元で小さく告げてくる長谷川の願いは、未来を思ってのこと。同時にそれは、俺の心からの望み。


 ――背に腹は変えられねぇなこれは……。


 泣きそうになったのを必死に隠し、長谷川から距離を取ってほんのり睨みながらわかったと伝える。


「今日一日だけだからな。明日からはしばらくからかってくんなよ」

「え? しばらく経ったらまたからかい倒してええって? ドMやんかねぇ?」


 わかっててもウゼェぇぇぇ!!


「んの、黙れエセ関西弁野郎!」

「野郎じゃありません女の子ですぅうう!!」

「ちょっと、二人ともってば! もーーっ、未来ちゃんも止めてよぉ!!」

「あははははっ」


 慌てふためく阿部には悪いけど、俺たちのやり合いにまた笑ってくれる未来のため。

 この日一日、俺はそのからかいを真正面から全力で受け切ったのだった。

【第二十八回 豆知識の彼女】

創業五十年、肉まん専門店『SHIGEKI』

隆一郎が食べた中に入っていたのはハバネロ。

その他、バリエーションとしてワサビ、山盛り砂糖などがある。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 鍛錬と傷痍》

隆一郎、叫ぶ。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
あーもう、あーあーもう~~~!! 可愛いね、みんな可愛いね。 放課後にこうやって何気ないたわいない会話をしていっぱい笑う。 未来ちゃんが一緒にそれが出来るという幸せ。 これからもいっぱいそんな時間を作…
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