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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第二十五話 先導者の誓い

前回、隆一郎と未来は、凪と由香に見送られゴミ箱へと向かいました。

 挿絵(By みてみん)


 角を曲がって二人の姿が見えなくなると、隣で見送りをしていた隆一郎の母由香(ゆか)は、我が子たちの心配を口にした。


「ねぇ凪ちゃん、あの子たち反抗期みたいなのが今まで一度もないのよ。大丈夫? 来年あたりが怖いかもしれない?」


 そうは言いつつも嬉しそうに笑って「こんなふうにならない?」と全力でパンチの真似をするのを見て、凪もつい笑ってしまった。


「あはは。どうでしょうね。案外二人とも達観してるところがありますし、今後も変わらず過ごしていくかもしれませんよ?」


 凪の返答に由香はパンチをやめ、ん? と悩むように手を顎先に置いた。


「未来はそうかもしれないけど、隆は年相応じゃない?」


 たびたび垣間見える、周りの環境のせいで大人びてしまった未来とは違い、隆一郎のマダーとしての姿を見る機会がない彼女からしてみれば、日常の明るくて優しい我が子のイメージしかないのだろう。それは当然の反応だ。


「そうですね、普段のりゅーちゃんは年相応かもしれません。でも……」


 マダーとしての感性は優れている。

 恐らく本人ですらわかっていないことに凪は気付いていた。

 自分や未来とは戦闘に出ている年数が違う分、戦い方も単調だしどうしてもとっさの判断や対応ができないところはある。人の死を目の当たりにするのも酷く心を蝕むだろう。


 だけど、それはただの経験の差。

 今はしんどくても、あと数年すれば()()()から。

 知識と技術がきちんと身について、それらは彼の正義感と優しさを助ける力となってくれるはずだから。


「ちゃんと、大人になってきてますよ。とはいえまだまだお砂糖みたいな子ですけどね?」

「あっはっは! 違いないねー」


 マダーとしては頑張ってますよとだけ伝えた凪は、由香に次いで笑った。

 最低限の今日中に伝えたかったこと、しておきたかったことを終えられたところで由香のほうに向き直り、ぺこりと一礼する。


「じゃあ、僕は失礼します。遅くまで長居してしまってすみませんでした」

「いいのよそんなの気にしないで。またすぐにでも、それこそ明日にでも長居しにおいでなさいな」

「ははっ、ありがとうございます」


 唐突に来てもいつも変わらず歓迎してくれる由香には感謝しかない。

 凪はもう一度謝意を述べてから土屋家に背を向けた。


「ねぇ、凪ちゃん」


 迷ったような躊躇いがちな声に呼び止められ振り向こうとすると、由香はそのままでいいと優しく制してきた。

 なんだろうと不思議に思うも、凪は言われたとおり後ろを向いたまま彼女の言葉を待つ。


「立場も、家のことも、そのほかも沢山大変だろうけど、無理しないようにね。あんまりないかもしれないけど、もしこんなおばちゃんにもできることがあれば遠慮しないで言って。本当に、何も気にしないでいつでも来てくれていいからね」


 ――ああ。僕がその言葉を、あなたの顔を直視して聞くことができないとわかっているからこそ、振り返らせなかったんですね。


 由香の細やかな優しさに、凪は心からの感謝を述べた。


「お気遣い、ありがとうございます」


 そうさせなかったのも、その温かな言葉自体にも。

 大人はすごいなと、こういうときは素直に思う。

 自分が隠し上手だとは到底思えないけれど、それでもある程度は他人に心配をかけないようにしていた。だからこそこうして自分を思ってくれる言葉があったときだけは、素直に甘えようと決めている。


「また、ご飯食べに来てもいいですか? 自分で作って自分一人で食べるのは、やっぱりちょっと寂しいので」


 よくご馳走になることもあって、家庭環境については形だけ伝えてある。わかってくれているとはいえ、お願いごとをするのなら顔を見て言うのが礼儀。

 己の顔がおかしくなっていないかどうか心配ではあったが、凪は気にしないようにして振り返り、由香の正面にきちんと向き直った。


「もちろん。いつでもおいで。食欲旺盛な二人がいるから、一人増えたところで作る量は変わらないからね!」

「ふふ。ありがとうございます」


 にかっと笑ってくれたその顔は、時々見せる隆一郎の笑顔とよく似ていた。


「では、失礼します」


 改めて一礼し、見送られながら帰路に就く。

 恐らく彼女からは見えないだろう位置まで歩みを進めたところで立ち止まった凪は、一度大きく深呼吸をした。


 ――いち……に……さん……。


 気持ちを落ち着ける呼吸法。四秒吸って六秒止め、そのあと、八秒かけて吐き切るのが一セット。

 それを数回繰り返したのち凪が口元に浮かべたのは、微笑。


 ――仕事かな、多分。


 ポケットにしまったライトグリーンの携帯を取り出して、きていた死人(しびと)死滅協議会(しめつきょうぎかい)本部からのメールに『お待たせしました』と簡単に返信を打つ。

 今日の放課後は未来のところへ行くので連絡しないでくださいと、事前に言っておいたから日中は音沙汰がなかったが、さすがに夜更け前ともなるとそうはいかないらしかった。


 ――ピロロロロ。


 本部からの連絡だけは変えている電話の音が、わずか数秒後、深夜の町に響く。

 ワンコールで応答のボタンを押し、やや真剣な声で電話を取った。


「弥重です」

『私だ。すまん、休暇日に』


 電話越しの渋い男性の声は、事ある毎に凪へ直接指示を出している本部の司令官だ。


「いえ。もう用事は終わったので大丈夫ですよ。どうされました?」


『それなら良かった。今から東北に向かってもらいたい。一週間ほど前に現れた死人の中にどうも強い個体がいたらしく、現場のマダーだけではゴミ箱周りで押し(とど)められずに街を蹂躙(じゅうりん)。以降、休む間もなく近くのマダーが総出で討伐に当たっているが、惜しくも全員返り討ちにあっているとのことだ』


「返り討ち、ですか。随分可愛らしい言い方をされていますが、つまりは殺されている。そう思って良いですね?」


『無論、そのとおりだ』


 確認の問いを肯定され『惜しくも』と述べられた彼の言葉の意味が、『もう少しだったのに』ではなく『命が失われたことに対して』であったと気付かされる。

 それが向かったマダーの全員であるならば、もちろん危険度は並大抵のものではないだろう。


「承知いたしました。現在わかっているマダーの数と現場の状況を教えてください」


 確実に討伐できるよう、さらにはこれ以上の被害を出さぬように、凪は必要な情報を集めていく。


『すまんな、ずっとお前にばかり危険を背負わせてしまって』


 情報を頭に入れ、どう動こうかと思考を巡らせていると、そんな心配交じりの声がかけられた。


「問題ありませんよ。僕が力になれるのなら構わず丸投げしてください。全て叩き潰しますから」


 今までよりも明るい声で伝えると、電話越しの彼はふっと笑った。


『恩に着る』


「あ、でももう少し学校に行く時間は欲しいです。僕この調子だと出席日数が足りなくて留年しちゃうんですよ。あの子たちと同学年だなんて、そんなの絶対嫌ですからね?」


 話の流れで言えそうだと思って、凪は隆一郎に漏らした愚痴をそうさせている本人に冗談めかして伝えた。

 実際歳は二つ離れているから今年進級できなくても問題はないが、今のままだと来年も留年して最終的に同じ学年になる可能性は極めて高かったのだ。

 凪の願いに、司令官は考えておくとだけ言って話を戻す。


『できれば三日以内で頼めるか。厳しいようなら今後の予定を今から見直して』

「三日も要りません。()()で終わらせます」


 司令官は驚いたような声を出した。


『バカを言うな。いくらお前が強くとも、これだけ被害の出ている案件でスピードまで重視すればお前の体が持たん』


「お言葉を返すようで申し訳ありませんが、被害が甚大だからこそ急ぐ必要があるのです。これ以上一般の方もマダーも死なせてはなりません。僕なら終わったあとに少し休めば大丈夫です」


 反論する間も与えず言い切った凪は「それに」と若干頬を緩ませた。


「……可愛い弟子ができちゃったので」


 素直でからかいがいのある、心の優しい少年を思いながら、凪は制服の胸ポケットに入れていた小さなスケジュール帳を開く。

 隙間なく書き込まれた中に一日だけあった空白の今日から、既に文字が羅列されていた明日まで、ビシッと真っ直ぐに矢印を引いた。


「絶対、帰らないといけないんです」


 遠征。矢印の上にそう書き足した次の日の欄には、数十分前に書いた星のマーク。隆一郎との鍛錬の日。


「だから、大丈夫です」


 凪は心に刻み込んだ。

 自分の役目を果たして、必ず明日帰るのだと。


「向こうにいるマダーに伝えてください。五分後に合流しますと」


 その五分は、今からするちょっとした願掛けのための時間。どんなに急いでいたとしても必ず取り入れている習慣だ。


『……止めても無駄だな。わかった、よろしく頼む』

「承知いたしました」


 諦めてくれた司令官に礼を言って電話を切り、しばし瞼を閉じる。


 ゆっくりと、自身の呼吸を感じる時間。

 無心になること数分。

 目をすっと開けた凪の表情に、優しさは無い。

 ギラりとした鋭い眼光。

 頬の緩みは消え、真一文字に口を結ぶ。

 ゆるりとした動作でキューブに手を伸ばした。


「今日もよろしく頼むね」


 落ち着いた声で一言添えた凪はキューブを展開する。

 左腕に絡む感覚を大事にして、そっと手のひらに刻まれた文字を撫でたあと、風を瞬間的に唸らせた。

 瞬く間にその場から消え去ってしまった体は、既に東北の空にある。


「……ひどいな」


 目に映る残酷な街並みに小さく呟いた。

 眼下に見える現地のマダーらしき人物たちの前に降り立ち、簡単に挨拶を交わす。


「弥重凪です。よろしくお願いします」


 自身と同年代から少し下だろう十代の集まりに軽くお辞儀をして、ゆっくりと顔を上げた。


「では……」


 びくりと、周りのマダーたちに戦慄がはしる。


「反撃開始といこうか」


 向けられた表情――凪の美麗な顔に浮かぶ冷酷な笑みが、ここにいる全員の心を瞬時に纏め上げていた。

【第二十五回 豆知識の彼女】

凪の家庭環境は少し特殊。


必要だから由香には伝えていますが、隆一郎には伝えていません。なので、隆一郎視点から見てみると『ただ遊びに来て長居をしている』になります。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 無戦の夜》

隆一郎視点に戻りまして、いざ戦場。ゴミ箱前で未来とお話です。

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