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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第二十三話 理由

前回、隆一郎は未来を守るため、死人へ立ち向かうため、強くなると決意。そして、凪の仮説による未来には呪いが掛けられているのではないかという話をしました。

 挿絵(By みてみん)


「あの、凪さん。少し話を戻してもいいですか?」

「うん?」


 凪さんの予定が空いている日と照らし合わせて今後の鍛錬の日程と方針を決めてもらったあと、俺は会話最中で気になった点を復唱した。


「さっき凪さんが言ってた、昨日、一昨日に亡くなった六人は、正規の戦闘員だったっていう……」

「ああ、うん。それがどうかしたの?」


 それを聞いて、ふと昨日の夜のことを思い出したのだ。

 斎はあのとき、未来に対して『周りが死んでいくのは君のせいじゃない』と伝えてから政府が作ったキューブの話をした。

 だから俺は、今回亡くなったエイコやナツ、顔のわからない四人の全員が偽のキューブの使用者だったのだと思い込んでいた。特にエイコやナツに関しては、『影』か『命を吹き込む』以外の方法で戦っていなかったから。


 多分未来も俺と同じように理解したと思う。

 斎の思い違いだったのだろうか? 


「いや、谷川氏が知らなかったとは思えない。隆一郎たちより本部と密に連絡を取ってるとはいえ、僕でも知ってたことだからね。何よりキューブに関する情報は全部彼のもとに集められているし、秋月君の情報処理能力も桁外れだから、例え谷川氏に把握漏れがあったとしてもフォロー体制は万全だよ」


 本部が色々と教えてくれるのか、キューブの研究所についても知っているらしい凪さんはついでに教えてくれた。

 エイコの文字は『与』、ナツは『影』だったと。

 能力の連想できる振り幅が彼女らにとって狭かったのかもしれないな。


「じゃあ、どうして?」


「恐らく未来のためだろうね。自分のせいだと思い込んでしまわないように気を遣ってくれたんだと思う。他にそれらしい話があれば少しは気が楽になるじゃない?」


「なるほど……」


 さすがムードメーカー斎。俺ができなかったフォローをすんなりやってのけてしまったというわけだ。


「まあ実際のところは本人に聞かないとわからないけどね」


 凪さんはその正誤をぼやかしたのち、にやりと笑う。

 なんだ。なんだその、今からイタズラしますみたいなちょっと悪い顔は。


「……なんですか」

「ううん、なんでもないよ。ただね? りゅーちゃんが未来を好いてるのはわかるんだけどなあって」

「好いっ!?」


 唐突に何を言い出すんだこの人は。

 にこにことまた余裕の笑みを浮かべてそんなことを言ってくる凪さんは、もうすっかり『いつもの凪さん』に戻っていた。普段通り、のほほんとした柔らかな表情に。

 難しい話はもう終わりにしようと言うように。


「守りたい理由だってあの子が好きだからでしょ? うんうん、かわいい子だ」

「ちょっ」

「中学生はいいなあ、初々しいなあ」


 子ども扱い。

 完っ全に子ども扱いだ。

 しかもやたらめったら指先まで綺麗な手で俺の頭を撫でてくる。優しく撫でて、ぽんぽんと置いてくる。

 このやろう、さっきまでの深刻な雰囲気が嘘みたいだ。


「やめてください! からかわないで!!」

「えー。だってこんなに近くに応援したくなる子がいるんだもの、仕方ないじゃない?」

「仕方なくないです!!」


 くそ、隙あらばみんなして俺をからかいのネタにしやがって。こんなの絶対してこない未来をちょっとは見習えってんだ。


「で、あの子のどこが好きなの?」


 まともに反論できていない俺を見るなり、凪さんは目を細めて聞いてきた。それが今までよりも少し優しい声だったから、今度はおちょくってるのではなく単純に知りたいという欲求なんだろうと悟る。


「答えないとダメですか?」

「もちろん。僕が鍛錬見るお礼としてね?」


 卑怯だぞその言い方! 

 答えるしかなくなるじゃねぇか!! 

 それでもなかなか言えずにいる俺に、凪さんは「ほらほら早く」と()かしてくる。


 ――ああもう、こうなったらやけくそだ。なるようになれ! 


 隠そうとするのは諦めて素直になる。恥ずかしさ全開で、真っ赤になっているであろう自分の顔を手で隠しながら小声で答えた。


「相手の気持ちに、心の底から寄り添ってくれるところ、です」


 それがどんなやつであっても、理解しようとしてくれる。そして慈悲の心でその全てを受け入れてくれる優しさと、そうできる強さを持った未来のことが、俺は――。


「うん、そうだね。未来の優しさは僕も本当に尊敬してるし、すごく好きだ」


 納得。そんな感じの顔をした凪さんは、一度大きく頷いた。


「気が済みましたか?」

「はい。済みました」


 じろっと睨み、態度でこれ以上は何も言いませんよと伝えると、凪さんは両手を上げてみせた。


「さ、そろそろ家に戻ろうか。りゅーちゃん今日当番でしょ? 準備しないといけないもんね」

「あ、いけね!」


 言われて携帯に表示された時計を確認した。23時01分。それはゴミ箱に向かうまではまだ余裕があるけど、いつもなら用意を終えているぐらいの時間だ。


「家帰ったらダッシュで着替えて、夜食のおにぎり作らないと」


「みーちゃんに言わせてみれば、夜中のおにぎりなんて。って話なんだろうけどね」


「あいつ持っていくのいつも疲労回復用のチョコ一つですもんね。残念ながら空腹で集中が切れちまう俺みたいな人間はそんなんじゃ全然足りない。ちゃんとしたエネルギー源が必要なんですよ」


 意見に同意しながら屋根の端っこに寄っていく凪さんを見て、帰ってからだとタイミングがないから思い切って俺も聞いてみた。


「あの。凪さんが未来を守りたい理由って?」


 決してやり返しではない。多分ちゃんと興味本位のはずだ。

 凪さんは一瞬「え」と声を出す。

 律儀な人だから、お礼とは言え俺に無理に答えさせておいて自分が答えないという選択はしない。

 ちょっと考える素振りを見せた凪さんは諦めて理由を教えてくれた。


「あのとき、守ってあげられなかった。もしかしたら危ないかもしれないっていう疑惑があったにも関わらず、未来を()()()から引き離さなかった。さらには消えない傷を残させてしまった。あれは完全に僕の失態。罪滅ぼしじゃないけど、もう二度と同じことは繰り返させない。そう決めたんだよ」


 聞かなければよかったと、少し後悔した。

 思い出させてしまった。

 未来が真夏でも長袖を着る羽目になった、右腕のあの痛々しい傷ができた日の情景を。


 俺もまだ鮮明に思い出せる、半年前の冬。

 大阪にいた未来が、あいつから逃げるために東京に――俺のところに隠れることになった。

 ぐったりとした未来を抱きかかえて来た凪さんの血の気の引いた顔が、今でもハッキリと頭に浮かぶ。

 止血が追い付かなくて、出血多量で危なかったから無理やり傷口を閉じたと。普段使わないキューブを使って。あんなに必死で。


「凪さんのせいじゃないです。むしろ、あのときあなたが助けてくれたから、未来は……」


「ありがとう、そう言ってくれて。それでも僕は僕を許せないし、許すつもりもない。だから絶対に、『次』は起こさせないよ」


 凪さんはハッキリと言い切ってから、ふわりと軽やかに飛び降りた。

 待ってくれ、ここ三階建てなんだが。

 心配はいらないのだろうがびっくりして、家の出っ張りを利用して俺も屋根から降りる。慌てて凪さんを見るも、やはり彼は何食わぬ顔でそこに立っていた。

 火の海の中でも平気だったり、マテリアル素手で壊したり、この人マジで体どうなってんだろう。


「ああ、そうだ。もう一つ」


 家の方面に一人歩き始めた凪さんは、ゆっくりとこちらに体を向けた。


「これから先、隆一郎と未来の間で起きたこと、見たこと聞いたことを、いつもじゃなくていいから全部僕に報告してほしい。僕よりもずっとそばにいる隆一郎のほうが気付く点も多いはずだから。情報の整理をするのも含めて、今後のためにね」


「あっ、わかりました」


 ありがたい申し出だった。

 俺の頭だけだと、次また情報過多になってしまったら対処できないなと思っていたから。

 それなら一旦今までに見たものは伝えておこうと思って、帰りはここ数日の出来事を話しながら隣を歩いた。

 凪さんは基本的には黙って聞いていて、気になった事柄があれば最後に聞き返すようにしてくれていた。


 そんな凪さんがふと足を止めたのは、見えてきた土屋家のすぐ近く。玄関前に、何やらモコモコとした何かが突っ立っているのを認識したときだった。

【第二十三回 豆知識の彼女】

凪のキューブには、傷口を閉じる技がある。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 お見送り》

モコモコの正体はいったい。

よろしくお願いいたします。

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