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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第二十二話 呪いと決心

前回、凪さんは隆一郎に未来を守れと言い続けるも、理由を語ろうとはしませんでした。

 挿絵(By みてみん)


 反省してからサウナ室から出ると、洗練された筋肉は既に服で包まれていた。覚悟を決めたような目で俺を見た凪さんは、外で体を冷やそうと、家の前にある自販機で即吸収プロテインを奢ってくれた。

 名前の通り超吸収性の高いプロテインのドリンク。よく飲んでいるらしい。


人気(ひとけ)のないところに行こうか」


 神妙な面持ちの凪さんの後ろをついていくと、誰も住んでいないマテリアルでできたとある家に着いた。

 誰も住んでいないというのは、少し前までいたはずの住人がいつの間にか殺されていて、今はいないということだ。


 住んでいたのはマダーではなくて、ごく普通の一般人。危ない夜の時間帯はマテリアルで守られるし、昼間に死人は生まれないはずなのに、死因はなぜか死人による刺殺だったとニュースで報道されていた。


 一般の人から見れば謎に見える事件でも、俺たちマダー側の視点から見てみればありえない話ではない。

 誰かが夜の討伐の際に死人を取り逃して、そのまま見つけられず日中になり外にいるときに襲われた。そう考えれば簡単に説明がつく。


 だけどそれは、ありえる話であってもよくある話ではない。そうなる前にマダーは全力で死人を止めるし本部も動く。被害は出させない。

 そんな極々稀な事件が起きたのは、未来がこっちに引っ越してきたすぐだった。

 そのせいだろう、この近隣に来るとどうしても考えてしまう。

 それは本当に、死人による事件だったのかと。


「ついておいで」


 一言告げた凪さんは、壁を利用したパルクールを思わせる動きで屋根の上まで軽やかに登ってしまった。


「キューブなしでかよ……」


 俺には無理だと思いながらも頑張って凪さんを真似てみると、ギリギリではあったがなんとか同じ位置までたどり着けた。

 ほっとして無茶振りしてきた張本人を見ると、待ってくれていたようで、こちらをじっと見据えていた。


「この先……もっと死者が出る」

「え?」


 俺を隣に座らせ、あとから腰を下ろした凪さんの顔は、今までに見たことがないぐらいに険しかった。


「奴らどんどん強くなってる。それだけなら対策を打てばいいんだけど、強くなってるだけじゃない。こちら側の死亡率が高すぎる。そのうち都は堕ちるだろう」


「あの……授業で言ってた一六六年後、ですか?」


「いや。僕の中では、このままだと十年持たないと思ってる」


「なっ、十年って、どういう……!?」


 反射的に聞き返した俺に凪さんの視線が刺さる。

 落ち着けと言うように。


「なぜこんなに死ぬのか考えてたんだ。正規の流れでマダーになったんじゃない人は、申し訳ないけど仕方がない。キューブが使用者として選ばなかった以上、その人は戦いに出る力を持っていないということだからね」


「俺も昨日その話を知りました。キューブを作った本人に言われて」


「なら丁度いい。その人たちがどうしてそんなに死んでしまうのかは聞いた?」


「文字の与えられ方が違うとは聞きました。けど、死に直結する理由までは」


 政府が付与した文字だと百パーセントの力を発揮できないと斎は言っていた。そこにどんな違いがあるのか、もしくは単に素質だけの違いなのか。話の腰を折ると思って踏み込んでは聞かなかった。


 凪さんはさらりと理由を語る。

 受ける『恩恵』――身体能力の向上の有無と、扱える能力の幅の問題だと。

 わかりやすく俺の文字で説明してくれた。


 俺は『炎』の文字から連想して、爆発だったり、火を纏った槍や弓を生み出せる。だけど意図的に文字を付与した偽物のキューブだと、炎という単一のものしか生成できない。大きさを変えることはできても武器を形成したり爆撃したりはできない。


 どれだけ考えたところで炎を別物にすることはできず、ただ燃やすだけの力でしかないのだと。


「じゃあ、文字によってはかなり戦闘に不向きな人もいるってことですよね?」


「そうだね。例え使いやすい能力であっても、全く同じ物体で戦うには荷が重い。奴らはそう甘くはないからね」


 加えて身体能力も上がらない。高所から落ちるだけでも死ぬ可能性は十分にある。

 ……なるほど。死亡率が上がるわけだ。


「でもね。隆一郎が現場に居合わせた、昨日、一昨日に亡くなった六人。彼らは正規の戦闘員だったんだ。キューブに選ばれた、いわゆる『本物』のマダーだった。だからキューブが選んだその人である限り、例え敵が強くたって簡単には死なないはずなんだ」


 淡々と告げられる内容に、その共通している事項に、そして、昨日一昨日に焦点を合わせてきた凪さんに。俺はまさかと問いただす。


「未来が、東京(こっち)に来てからだって言いたいんですか」


 ――あたまがいたい。


「そう」


 頭が痛い。


「あなたまであいつを否定するんですか!?」


 どうして。


「違う、聞いて」


 どうして、あなたまで。


「あいつも昨日言ってた、死神みたいだって! そんなんじゃない、ここは元々死者が多い街なんだ。あいつがいるからなんてそんな理屈は……ッ!」


 肩を、ぐっと掴まれた。


「聞きなさい」


 激昂する俺の体は凪さんの真正面に向けさせられる。

 瞬き一つしない鋭い目に、気持ちの昂りが徐々に抑えられていく。


「あの子の否定なんて僕がすると思うの? 心外だよ」

「……すみません。立て続けに色々あって、頭がパンパンになってました」


 未来のことも、長谷川のことも。斎と秀が抱えているキューブと政府についても、自分の不甲斐なさも。

 急に情報過多になってしまった俺の頭と神経は、とうに限界を迎えていた。

 ズキズキと続く鈍痛は、きっとその証拠なのだろう。


「その『立て続けに』っていうのも被るように思う。とにかく僕が言いたいのは、未来に呪いの類をかけている奴がいるんじゃないかってことだ」


「……のろい?」


 それは、現場に残っていたありとあらゆる残骸から徹底的に調べてわかったという、初代の死人の話のはず。


 一番最初に生まれた死人は、その場にあった全てを壊し、全ての生命を喰らった。だけど取り込んだ莫大なエネルギーを消費しきれなくて、自分を分裂させて力を分散する方法をとった。

 その内の一つに呪いというものを授かった死人がいて、その呪いをかけられた者は、一生解除できないという。


「でも実際、どんな影響があるかは解明できてないですよね?」

「うん、だけどね。僕が集めていた情報の中から有力な一説を見つけたんだ」


 矢継ぎ早に話す凪さんの顔に、いつもの余裕はなかった。


「その呪いは愛に似たもので、その人を大事だ、愛してると思えば思うほど強くなるって説だ。愛されれば愛されるほど、呪いが強くなる」


「愛……?」


「そう。あの子は生まれつき碧眼だと思ってるけど、隆一郎いつか言ってただろ。幼稚園頃までは()()()()()()って」


 凪さんのその言葉を聞いて、俺は昔の記憶を辿った。

 今と同じ綺麗な黒髪と白い肌。そこにあったのは、碧眼じゃない。神秘的に思うほど澄んだ()()瞳。


「その呪いで、あとから変わっていった可能性はないかな。東京に来て突然周りの人間が死んでいくのも、物事が急に動き出したのも、半年前の……右腕のことがあったあのときも、全部」


 凪さんの仮説が、不思議な死に方をしたこの家の住民の事件と結びついてしまった。

 敢えてここまで来させたのだということも。

 ごくりと、唾を呑んだ。


「だとしても、誰が?」


「わからない。だけど、未来に対して愛情を持つというなら、もしもそれが正解だとするのなら、敵は身近にいると僕は思ってる。何らかの形で忍びあの子を近くから見ているかもしれない。狂った感情であればそれこそ、あの子自身が殺されるかもしれない。だから無闇に情報を流さないでほしい」


「それで凪さん今日……」


 未来のお見舞いというのが完全に建前であったとは思えないけど、本来の目的はこちらだったのだろう。

 余裕がなかったのもそのせいか。


「本心を言うとね、誰も信じられないから他人に言うつもりなんてなかったんだ。僕が近くにいて守ればいい。そう思ってた。だけど相手は未知の存在だし、呪いについても不確かな点が多い以上、限界があるとわかってお願いに来た。それと……」


 凪さんは少し目を伏せた。


「最悪の事態として、あの子が呪い殺されたあとを想像した。愛情を向ける先がなくなったら、その呪いはどこに行くんだろうって」


 もしも矛先がこの国へ向くならば、いくらマダーが強くなったところできっと意味がない。何もできないままみんな死んでいくだろう、と。

 凪さんが口にした十年とは、全てをひっくるめて出した結論だった。


「ごめん、隆一郎の言う通りだね。こんな大きな問題の詳細を語らずにただ守れだなんて、無茶苦茶だった。これには僕も反省。次からは一部の信頼できる人にだけ情報共有するよう気を付けるよ」


 切り替えるように、凪さんは一度深呼吸をする。

 ゆっくりとこちらへ顔を向けた凪さんは、「隆一郎」と、俺の名を優しく呼んだ。


「あの子を、守ってくれる?」


 泣きそうな顔で笑う凪さんに、俺は決意を告げる。


「守ります」


 強くなりたいじゃない。

 強くなるんだと。


「あいつの悲しそうな顔、もう見たくないんです」


 思いの丈、拳を力いっぱい握った。


「うん、僕もだよ。これ以上の不幸なんていらない」


 一人でなんでもできる凪さんが頼ってくる。それがどれほど恐ろしいことなのか、考えるだけでゾッとする。

 それでも、あいつが傷つけられるのを黙って見てるなんて嫌だ。

 人間からの悪意でも、死人による脅威でも。

 これから先、何があろうとも。全力で守り抜く。

 だからそのためには――。

 少し姿勢を低くして、遠慮気味に聞いてみた。


「凪さん、しばらく鍛錬付き合ってもらえますか?」


 この人についていけば、確実に強くなれるから。


「うん。次は僕を殺すつもりでおいでね」


 うっ。


「……うす」

「声が小さい」

「ぐっ……うす!!」


 仕方なく全力で返事をすると、凪さんは優しく微笑んでくれた。


「やるからにはビシバシ鍛えるからね。覚悟しなさい」

「はい、師匠」


 続いていた頭痛は、いつの間にか消えていた。

 成り行きとはいえ圧倒的な強さを持つ凪さんからの指導を直接受けられるようになって、ありがたいと高揚したのはいいのだけど。


「かしこまるな。いつも通りでいい、やりにくい」

「あああああああっ!!」


 凪さんがしてきた()()デコピンの痛みに悶絶してのたうち回る俺は、めちゃくちゃ頑張っても絶対追いつけない気がした。

【第二十二回 豆知識の彼女】

凪にデコピンされたおでこは、暫くぷっくりと腫れていたらしい。


凪さんはデコピンでも十分痛いです。

お読みいただきありがとうございました。


《次回 理由》

隆一郎はとあることを疑問に思います。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
ここで隆君のあの言葉が出てきたわけですね。 それにしても「呪いは愛に似たもの」かぁ。 どちらも強い思いから生まれてくるものですね。 それがもし彼女をさいなむものであったとするならば…。 むぅ、謎は深ま…
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