第十九話 プリンと薬
前前回新キャラ登場、前回詳細に触れました。
彼は無傷の先導者という異名を持つ弥重凪さん。
隆一郎の知り合い。そして、未来とも何かしらの関係があるらしいですが、小学生の頃にお世話になったお兄さんとだけ開示されました。
授業が全部終わって、ふと教室の窓から外を見上げると、暗くて厚い雲から小雨が降っていた。
少し視線を下へ向ければ見える人工の木々の葉が、溜まった雨粒に耐えかねてしなり、その透明の粒を地面に落とす。元の位置に戻ったすぐそばから雨を拾ってまたその葉先を下へと向ける。
「お前らも……俺と同じで大変そうだな」
雨の日は苦手だ。雨の日は、自分の能力を十分に発揮できなくなるから。
あの小さな粒一つ一つに炎を消すような力はなくても、晴れてる日と比べればその差は歴然だ。場合によっちゃ、湿気でさえも脅威になり得る。
乗り越えないといけない課題だけど、未だに解決策が思いつかない。そもそも自然の摂理には逆らえないのだから。
「どうしたもんかな」
早めに家に帰ろうと、勢いよく鞄を持ち上げた。
「あっ」
カツン。ファスナーが開いていたようで、携帯が床へと落ちてしまった。
幸いにも画面が割れたりはしていない。それだけ確認できればいいやとズボンのポケットに押し込もうとすると、小さなポンという通知音が鳴った。
表示された『プリンが食べたい』という未来からのメッセージに、風邪ひいて休んでるみたいだと思う。
斎と秀にまた明日と手を振って、帰りのコンビニで買って帰ってやるかと考えながら教室を出ると、後ろから服を引っ張られた。長谷川だ。
「つっちー。未来ちんとこ連れてって!」
「あー、そうだった。忘れてた」
割と本気で忘れてしまっていた俺の隣を「まったく!」と腕を組んで歩く長谷川には、周りの生徒からちらちらと視線が向けられていた。
「ねぇ。アタシ、ダサくなった? だからみんな見てんのかな?」
その理由は本人もわかっているらしい。不安そうな顔をする長谷川は黒くなった自分の髪をいじる。
確かにあの派手なイメージがなくなって、頭を下げたりとかしたし、取り巻きも……いないからみんなが気になるのはなんとなくわかるけど。
でもダサいなんて思わない。
「むしろカッコよくなったと思うよ。前よりずっと」
綺麗な顔立ちしてるしな。
「あ……そ?」
おい、頬を赤らめるな。
「コンビニ寄る。未来さんはプリンをご所望だ」
照れたような素振りをする長谷川を知らんぷりして、俺は話を逸らした。
相合い傘でもしてあげようか、なんてからかってくるのもどうにかあしらった。見た目が変わってもぐいぐい来る性格は変わらないらしい。
次第に見えてきた学校と家の間にあるコンビニへと入り、スイーツコーナーへ直行。いくつかある種類の中、迷わず一つのプリンを手に取りレジへと向かう。
「え、決めるの早くない?」
「未来がプリンって言ったらこれって決まってんだよ」
カラメルソース無しのとろっとしたたまご感の強いプリン。何よりこれが好きらしい。
体づくりのためにあんまり無駄なものは食べようとしないから、今日は食べてもいい『特別デー』にでもしたんだろう。
「あ」
あと数歩でレジカウンターだったところで、俺はくるりと方向転換した。
「お? どうしたの?」
「買い忘れ」
すぐそこにある商品棚から一つ、小さな箱を取る。
「なに、痛み止め? どうかしたの?」
「ん。ちょっと昨日から頭痛くてな」
家のストックがもう無かったのと、昨日飲んだ分で最後だったからついでにそれも買おうと再度レジに向き直った。
「無理しないよーにね。体調管理はマダーの基本だよ?」
「わかってるよ」
なんでもない話をしながら、楽しみに待っているだろう未来のところへ足を運ぶ。
まあそうは言っても……住んでる家は同じなんだけどな。
「あ、合鍵!?」
「え? あ、違う違う! ここ俺ん家!」
俺の家で俺の鍵! なんだこの説明。
コンビニを出てから数分後、着いた一戸建ての玄関で何も気にせず鍵を差し込んだ俺は必死に弁解した。ここが未来の家だと長谷川は思っていたために、俺が鍵を持っていたから合鍵と思ったんだろう。
「や、つっちーの家は別に興味ないんだけど?」
「なんか酷くないか……。俺だって未来以外に女入れるつもりなんてなかったっつーの」
どういうこと? と言いたげな顔をして、いそいそとついてくる長谷川を誘導する。
玄関から二つ奥の右側の部屋。コンコンと軽く二回ノックをして、ゆっくりとドアを開けた。
「お!?」
「ひゃ!?」
俺と長谷川は思わぬ事態に同時に声を上げた。開けたドアのすぐ真ん前に、なぜか……凪さんが立っていたから。
「しー」
俺の口に人差し指をそっと置いて微笑む美青年。
やめろ。変な気起こすぞ。
「未来、今寝たところだから。痛みであんまり眠れてなかったみたい。寝かせてあげて」
――未来。今、未来って、呼んだ。みーちゃんじゃなくて。
「あっ、未来ちんと同じクラスの長谷川凛子です。今日は授業ありがとうございました」
「丁寧にありがとう。改めまして、弥重凪です」
「あの、未来ちんは大丈夫なんですか? 何があったのか、ちょっと把握できてなくて」
様子を一目見ようと背伸びをする長谷川。だけど背の高い凪さんに隠れて中の様子は窺えない。
「心配してくれてありがとう。……大丈夫って、あの子はいつだって言うよ。どんなに痛くても、ね」
未来が寝てるのを確認した凪さんは、部屋に入ろうとする俺たちを押し出すようにして廊下側へ出てくる。自分の家かのようにキッチンへ行き、堂々とお茶の用意をする。
「凪さん、いつもどうやって家の中に……」
「んー、秘密?」
にっこりと笑って、はぐらかされる。
大方キューブを使ってるんだろうけど、マジで、どうやって入ってんだろ。
「みーちゃんね、昨日亡くなったマダーのご遺族に報告に行って、そこでかなりやられてね。僕はそのお見舞いに来たんだ」
今度はみーちゃんと言った凪さんは、リビングに座らせた長谷川にお茶を渡して事情を短く説明した。
「……アタシ、全然知らなくて。連絡先交換してれば良かった。そしたら愚痴でもなんでも聞けたのに」
「愚痴なんて吐かねぇぞ、あいつ」
「気は楽になるかもしれないじゃん。つっちーには言わなくてもアタシには言ってくれるかもだし」
持ってきた長谷川薬店の薬を凪さんに差し出して、未来が起きたら渡してくださいと長谷川はお願いする。なんでこの家の住人に渡さないんだろう。
「ねー、つっちーってさあ。もしかして未来ちんと一緒に住んでんの?」
女の敵とでも言いたそうな目が俺を見る。凪さんと俺への対応の違いがとてもとても気になるんだが。
「色々あったんだよ。そもそも中学生一人じゃ住むとこ確保できねーし。だいたい親もいるんだから何もねぇよ」
「でもねぇ、りゅーちゃん。年頃の女の子だよ? 来年はそうも言ってられないかもね?」
「なっ!」
「ちょっとつっちー……」
凪さんは余裕な笑みでからかってくる。
それはなんとも言えないからその……ってそうじゃない!
「そうだ長谷川さん。りゅーちゃんが小さいころの可愛い話教えてあげる」
「ちょっ、凪さん!?」
「えっ、いいんですか? ぜひ!」
やめろ乗るな長谷川!!
ひそひそ。ひそひそ。俺に聞こえないぐらいの小声で伝えられたそれは何だったのか。
「へぇ……つっちーがねぇ?」
にやりと、長谷川は良いものを聞いたと笑う。
「あとは、そうだなぁ」
ひそひそ。ひそひそ。
ああ……凪さん。勘弁。勘弁してください。
あなたのことは尊敬してます。めちゃくちゃ尊敬してます。でもごめんなさい。
今だけは、心の底から恨みます。
いいですよね? ね?
【第十九回 豆知識の彼女】
未来は凪の前では強がらない。
隆一郎には大丈夫だから学校に行くと聞かなかったけれど、凪には痛くて寝れなかったと本音をこぼしています。
彼女らの関係はもう少し先で徐々に明かされます。是非お楽しみくださいませ。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 先導者の垂教》
通常モードの凪と、その正反対の一面とは。
よろしくお願いいたします。