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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第一九二話 猫背

前回、流星の圧勝でした。

 挿絵(By みてみん)


 死人との戦闘を終えた夕刻。

 安全を確認した船は再度北海道へと向かっていた。

 夕日に照らされた海は綺麗だろうが、それを見ようと外に出る気は今の未来には起きない。


 マダー用に設けられた客室のひとつ。そこにある真っ白なベッドに隆一郎と並んで腰掛けて、淡々と戦う凪の姿を疑似的に見つめている。

 圧倒的な力で容赦なく切り伏せるあの光景が眼球の裏に貼り付いているかのようで、目を閉じても開けても未来の思考と感情を縛り付ける。占領しているという表現が正しい。


 隆一郎は未来へ話しかけようとはしなかった。何を考えているか容易に想像できる彼は隣にいるだけで、離れはしないが未来に一人の時間を与えてくれている。

 お互い自分のことをしようぜと言わんばかりに昨日深夜に巻いた包帯をゆっくりと取っては傷の有無を確認していた。

 その優しさを素直に受け止めて、未来は更に自分の世界へと入っていく。


 ――死人を見つけたらすぐに討伐しなきゃ危ない。危険だから、人を守るために討伐をする。なら、その危険をすぐに排除できたとしたら戦わなくて済む?


 言うのは簡単だが、果たしてそんなことができるのか。

 ゴミ箱の当番でさえ心を通わせられる死人は多くない。可能な限り話し掛けて哀しみを聞こうとするも、人型でない彼らは言葉を知らず、口では伝えられないために暴力という手段をとる。

悲しみは続かない(ヒペリカム)】が通じるならなかば強制的に元の姿に戻すことはできる。が、伝えられないままの彼らがどう思っているかは未来にだって不明だ。


 ――その後はあかねちゃんの『おはらい』を受けてゴミ箱に戻されることが大抵……本来の持ち主の元へ帰れる子はあんまりいないって言ってたな。


 必要ないから捨てたのだ、死人化したからといって返されても困るんだろう。

 全ての問題を解決できる手段。それが、討伐。相手の気持ちなんて構わずただ強さを求めて毎日頑張れば、誰にも負けない強さを手に入れられたとしたら。


 そうしたら哀しみを聞く必要も、元に戻す努力も必要ない。多くのマダーが見いだす方途ほうと


 わかってる。何年もマダーとして戦ってきたのだから、危険を排除する適切な方法が何かぐらい考えなくてもわかる。

 だけど、それでも。

 伝う赤が、未来の首を横に振らせる。

 彼らが流す赤い涙。それと同時に溢れる哀しい感情は、未来にとって無視できるものではない。

 聞いてやりたい。彼らの声を。

 たとえそれが、人間に対する恨みであったとしても。


 コン、コン。躊躇いがちなノックの音。

 隆一郎が腰を上げて応対する。

 こちらを気づかってか、彼は訪ねてきた人と小声でやり取りをした。用件を把捉はそくして、未来のそばへ寄り下から覗き込む。


「未来。凪さんが、ちょっと話そうって」


 ――優しいな。素直にそう思った。

 残酷さを露呈ろていした。必要とはいえ酷なことをした。自分の行いを百パーセント『善』だと思えなかった凪は未来を心配してわざわざ来てくれたのだ。

 厳しいけれど優しくて、誠実な先導者。ごくたまに臆病な一面を見せることを元チームメイトである未来は知っている。


「ありがとう。入ってもらって」


 代わりに応対してくれた隆一郎に微笑んでお願いをした。頭に広げていた思考を一旦端っこに追いやって、しまっておく。

 静かに部屋へ入ってきた凪は暗い顔をしていた。


 ――そんな顔しなくていいのに。


 未来の変わらない様子にいくらか安心したようだけど、それでもいつも通り話すにはしんどいらしい。口を閉じたままだ。


「凪さん。俺ちょっと外に出てますね」


 不意に隆一郎が言った。


「えっ? いやいいよ。りゅーちゃんだって話を……」

「大丈夫っす。今は夕日が見たいだけなんで」


 なんてわかりやすい嘘。けれどここを離れる理由を夕日と真顔で突き通した隆一郎は部屋を出ていった。

 そそくさと、凪の追及から逃げるように。


「……気をつかわせちゃったか」

「隆らしいね。しばらく帰ってこないよ」


 未来としてはいてもらって構わない。むしろ一緒に話を聞かなかったことで後から悶々とする隆一郎の姿が目に浮かぶ。

 けれど凪を思っての行動は尊重したかった。

 だからもし話の内容を知りたがったなら、全部教えてあげようと思う。彼に隠すことなど何もない。


「凪。外はもういいの?」


 戦闘に参加しなかった未来が言うことではないが、切り出しにくいだろうと思い関連する話題を先に出す。

 隆一郎が開けっ放しにした引き戸を閉めに行って、突っ立ったままの凪の背中を押して歩かせベッドに座らせた。


「国生さんが【る】で索敵してくれてる。少し外してもいいかって聞いたら、むしろ早く行きなさいって怒られたよ」


 未来が隣に座るのを待たずに凪はため息をついた。


「どうせ掻い潜られるから聞いたのに……」

「もしかして襲撃を受ける前から【る】を使ってくれてた?」

「そう。だから僕もフェリーの散策を楽しんでたんだけどね。どちらにせよ前線でひとりにさせたくはないし、信用できないから湊にも声を掛けてきた」


 今は船尾にいるとのこと。

 二人の関係を未来はよく知らないが、相変わらずピリピリしてるなと思う。凪の感情が大きく乱れるのはあいかと、これから会いに行く人物・・に対してだけだ。


「さっきはごめん。嫌なものを見せた」


 未来が聞くに徹していると、愚痴も大概に彼は頭を下げた。


「凪が謝る必要ないよ。あの時はちょっとつらかったけど、今は本当にありがたいって思ってる」


 操舵室で見た凪の戦い方は確かに未来の心をえぐった。けれどそれは優しさから来たもので、時間を置いた今ならきちんと受け入れられる。

 未来が気付けなかったこと、頭のどこかではわかっていたはずのことを凪は明確にしてくれたのだ。感謝の方が上回る。


「なんで、責めないかな」


 掠れ声でよく聞き取れなかった。うん? と聞き返すも凪は言い直してくれず、代わりにポケットから何かを取り出して未来へ渡す。

 ひんやりと冷たい触感がした。


「可愛いぃ……っ!」


 つい声を上げさせたのは、プリンのキーホルダーだった。透明のグラスにちょこんと入れられて、ホイップクリームとさくらんぼがカラメルソースの上にお行儀よく乗っている。

 洒落たカフェで出てきそうなぷっくりと立体的なプリンは、未来の理性を吹っ飛ばしてしまうほどに可愛らしかった。


「クレーンゲームで見つけてね。みーちゃん喜ぶよねって湊と話しながら頑張ってたんだけど、なかなか取れなくて。いつまでやってんだって流星に呆れられちゃった」

「あははっ、それで星ちゃんこっちに来たんだ?」

「そう。ミスって言っちまったってメールが入ってた。ただの嫌がらせだよ」


 サプライズにならないと凪は苦笑いを浮かべる。

「どちらにせよなんでもないプレゼントとしては渡せなかったけどね」と、微笑みすら顔から消して再度本題に入っていった。


「前線について、わざと教えてなかった。ごめん」


 凪の視線が足先へ向く。

 敢えて教えずにいたこと、言葉で伝えるのではなく自分の目で悲惨さを認識させたことは本当に正しかったのか、また考えて悩んでいる。

 堂々としていればいい。あなたの判断はいつだって正しいのだから、こちらを思うあまり申し訳なさげにされては困る。


「謝りすぎだよ、凪。北海道に行きたいって最初に連絡してきた時からずっと謝ってる」


 何かあればすぐごめんと言ってしまう隆一郎はともかく、凪が何度も謝る必要はない。

 彼はMCミッションに対する『これから』をぼやけたものではなく実践の形で考えていかなければならないと、未来に光景で教えただけだ。


「他にやり方はあった。酷い方法を選択したのは僕だ」

「見せてくれたから私がしっかり考えられるようになった。口頭で説明されても難しいよ」


 残酷と知りながら行う。相手だけではなく自分の心を蝕んででも正解の道を歩む。

 感情に流されないその強さを未来は心の底から尊敬しているし、こうありたいと目標にもしている。こんなわがままは口にはできないが、どうか揺らがないでほしかった。


「猫背、似合わないからビシッとして。早く」


 私がプリンを付け終わる前に。そう宣言して、携帯のストラップホールに紐を通そうとする。

 案の定、とでも言うべきか。不器用な未来はそう簡単には付けられない。それなりに時間がかかる。

 姿勢を正すには十分すぎる時間だ。


「可愛いね、プリン。すっごく可愛い。ありがとう」


 このキーホルダーがサプライズに失敗したプレゼントでもお詫びの品でも関係ない。

 可愛いの連呼で言いそびれたお礼を伝え、これ以上凪が自分を卑下しなくて済むよう間を開けずに口を動かした。


「……敵わないな、本当に」


 くすっと笑った彼の呟きも、聞こえないふりをした。

【第一九二回 豆知識の彼女】

その後いつまで経っても付けられず、結局凪へお願いする羽目となった。


不器用な未来さん、凪が姿勢よくなったのを見て「付けて……」と頼みましたとさ。凪は笑いをこらえていましたとさ。めでたしめでたし。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 明確でない探し物》

船の旅ラスト。未来と凪が話している最中、隆一郎もとある人とお話をしていました。

どうぞよろしくお願いします。

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