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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第一九一話 尾びれが二対の人魚姫

前回、境界の先はどうなっているかを知りました。

 挿絵(By みてみん)


 海が赤くなる。

 血海けっかいと呼ばれる膝上にあるツボを己の血液で刺激して、名前の通り血の海へと変えていく。


『が……くは……っ!』


 血の洗礼を受けた半魚人はんぎょじんの死人は全身を覆ううろこを赤黒く変色させ、あえなく絶命した。

 死んだ魚のように腹を上にして、四肢を浮力に任せ潮の流れにのっていく。指先から粒子に変わり、ガラス玉となる。


「海は流星の独擅場どくせんじょうだもんね」


 死人の体内から力任せに引き抜いた青い心臓を叩き割り、血のにおいが充満する海を見て湊は笑った。

「サメが来るよ?」と。


「大丈夫だろ。あいつらバカじゃねぇし」


 血のにおいには寄ってこない。己の経験から流星はそう結論づけた。

 死人が恨んでいるのはあくまで人間であり無関係な自然の動物たちとはイザコザを起こさない。むしろ好んでいるようにも見える。

 しかし当の動物たちは、人間を殺すためなら手段を選ばない死人と進んで仲良くなろうとはしなかった。

 巻き込まれるなんてごめん。マダーがいるとわかればすぐに逃げてしまう。いくら美味しそうなにおいがしていようと近付かず、戦争はお前らだけでやってくれと行動で示すのだ。


 ――ちっとも愛されない哀しい種族。ガキんちょが同情すんのも無理ねぇな。


 彼女の場合同情ではなく本心なのだろうが、そのまごころが遠征中に変わらないことを祈る。


「主の登場だよ」


 船で確認した四体の死人がガラス玉に変貌すると、下から湧いてくるのは愛憎あいぞう

 心臓を掴まれるような好意と憎しみ、反してここから去れという拒否の感情が、海水となってまとわり付く。


「こっからじゃ届かねぇな」


 忙しい考えの主は、広い【血海けっかい】の範囲外にいるようだ。


「深い所に住んじゃって。流星、【血まみれ(ブラッディ)】は?」

「無理。敵が視認できなきゃ使えねぇ。お前も?」

「【拘泥(こうでい)】も無理だね。いつも通り『殺戮さつりく』と組み合わせても逃げられる。物理的距離がある相手にこだわりは押し付けられないから」


 互いの得意技は使用不可。適当に攻撃すれば周りの魚に被害が出る。

 ならば近付くしかない。ここにいても時間の無駄だ。


「湊。あの技どれくらいなら持つ?」


 流星は【血海けっかい】をやめて問う。

 海に潜るにあたり湊が施した技――【うみかかずらう】。連想しづらい彼の文字『拘』から生み出されたそれは、かかわりあいを持つという意味の言葉から得た隔たりをなくす技。

 海と関わり、離れられない状態となる。さながら海の住人と化した二人は現在、酸素や水圧の問題を無視して泳ぎ回れるのだ。

 技の効力が失われた場合、肺が潰れてオダブツとなる寸前の位置にいる。


「……これより下へ行くなら五分。延ばせなくはないけど、人間離れしたこと続けて魚人化ぎょじんかしたくないでしょ」

「わかった、それまでに片付ける」


 ひれや鱗のある体なんてまっぴらごめんだ。

 湊の「気をつけてね」に短く返事をした流星は、【血管伸縮けっかんしんしゅく】で赤い管を伸ばす。手探りで海の底に突き刺して、縮めて瞬時に移動。

 感情をこれでもかと撒き散らす海の主は、立派な海底洞窟の中にいた。


『――去れ、人間』


 太陽光が届かない。暗闇で姿が見えない。

 しかしハッキリとした話し方から人型の死人であることはわかった。


「討伐に来た。隠れてないでさっさと出てこい」

『人間を殺す気は我にはない。船の進路を邪魔したりもせぬ。だからどうか去っておくれ』

「そいつはありがてぇな。でもすまん、見つけたからには倒さなきゃなんねぇの」


 害があるかどうかは関係ない。海を行き来する彼らのために討伐しておくだけだ。

 目の前を深海に棲む生物が通る。


『海を汚さないでおくれ。生き物を殺さないでおくれ』


 死人を守るように泳ぐ魚。どうやら結託しているらしい。


「お前を始末したらすぐ帰る。こちとら時間がねぇんだ、さっさと出てこい」


 強く言えばよよと泣き出す死人。面倒くさい。

 魚もろとも【血海けっかい】の餌食にしてしまおうか。死んだ魚が死人として新たに魂を宿すかもしれないが、人型を放置するよりはずっといいだろう。

 考えている暇はない。強硬突破に出ようとした。


『――始末などと、笑わせるわ』


 ドシュ、ブシュッと。体を突き破る二つの音。

 流星は目を細める。

 胴体に燃えるような熱さを感じる。

 見れば、二種類の尾びれが右胸と左腹部を貫通していた。


『そなたも彼らと同じよ。話しかければ返事を寄越す。ここへ来た者はみんな、我の寂しい声に惹かれ戦意を落とし、我の美しい尾に刺されて死んでいった』


 くすくすと笑いながら敵が姿を現した。

 美しい容姿をした人魚だった。冠をつけた長い髪は海に揺れ、大きな青い瞳と腰から続く尾びれの鱗が燐光を宿し煌めいている。

 その伸び縮みする輝く尾びれが、付け根から四つに割れて流星の体を突き破っていた。


 ――なるほど。こいつは光源を求めて死人を守ってやがんのか。


 じわ……と染み出る血が、燐光に照らされている。

 光の届かない深海。人間と違い暗闇で生きるはずの彼らが美しさに抗えずり寄っている。

 自然のあるべき形を乱す生き物。やはり害だ。


『案ずるな。そなたにも彼らと同等の価値を与えてやる。己の未熟さを恥じたりせず、我の美しさのためにその身を差し出すがいい。血肉を捧げ我の中で生きるのだ』


 さすれば極楽浄土へも行けるだろう。わけのわからないことをうっとりと語りながら、人魚姫は麗しい顔を近付ける。

 こちらの頬に手を添え舌なめずりをする。

 ――しゃらくさい。流星は「はっ」と笑ってやった。


「刺して殺して喰って、美貌のエネルギーにしてやがんのか。クソほど気持ちわりぃな」

『ほう? その体で元気に喋るとは。痛まないのか?』

いてぇよ。テメェの大好きな人間様だからな」


 刺さった箇所から血が溢れ出す。

 脈打つままに体外へ出る血液は海を漂っている。

 人魚姫は眉をひそめた。


『貴様……何をしている?』


 問いには答えない。

 避けようと思えば避けられたことも伝えない。

 不自然な血を見る死人の反応は、いつだって面白い。


「何って? アンタが刺したんだろーが、当然血は出るだろうよ」

『違う、我は尾を抜いていない。抜けば大量出血だろうが、刺さったままならこんなに血は出ないだろう』


 気味が悪そうに彼女は指摘する。

 予想以上に溢れる血――失血死してもおかしくないのに笑って話していることが、彼女にとっては恐ろしいのかもしれない。

 いつもと違う有り様がなぜなのか、答えを求めるように手近の石で流星の頭を殴りつける。

 人間くさい攻撃。さすがは魚姫。


「なるほど? そーやって体力ジワジワ削って、細ーく人血じんけつが出るのを楽しんでたわけか」


 血が頬へ流れていくのも気にせず、流星は彼女の行動を嗤う。

 普通なら海水に浮くだろう血液がなぜ体に伝うのか、人魚姫は更に知ろうと三本の爪で流星の首を切り裂いた。


『……どうして』


 ぶくぶくと泡のように出血する。しかし流星からは離れない。

 立ち所に傷の内部へと戻り、皮膚の代わりとなって出血を止める。治癒する。


『化け物め……』

「テメェには言われたかねぇなぁ」


 心臓を守ればほぼ死なない生き物。

 お前もそうだろう?


「んで、そのお顔の綺麗さは何から作ってんの?」


 焼けた褐色の手を伸ばし、人魚姫の白い頬に触れる。


『何って――』

「ここで得た人肉か? それとも若い人間の生き血……臓器も栄養あるもんなぁ」


 だから心臓を狙わなかったのか。食事のために肝臓を避けたのか。即死させない理由を考察するのも面白い。

 血が周囲に充満する。

 浅海せんかいで使用した【血海けっかい】とは違い本物の血でできた赤い海はおどろおどろしい何かを感じさせる。

 人魚姫の顔から血の気が引いていく。


「それで? どこから俺を喰ってくれんの?」

『い……いい。そなたは、喰わぬ』

「喰うから捕まえたんだろ? 遠慮すんじゃねぇよ」


「ほら」と血で濡れた腕を差し出した。

 なぜだろう、人魚姫は涙する。青い瞳から大きな雫を零して海と同化させ、体を震わせ逃げようとする。

 もう遅いというのに。


「なぁ。アンタ……死人の上にいる組織のこと、知ってんの?」


 びくっと、体を強ばらせる人魚姫。

 彼女も知っているのだろう、産月うみつきの存在を。


「知ってること話してくれんなら、しゃーなしで助けてやってもいいぞ」

『は、話せるものか!』

「そーだよなぁ。綺麗な顔がボロボロになるもんな?」


 答えは彼女の表情が述べていた。

 真っ赤に染めた頬で、泣いている。

 彼女は『まじない』の影響を受ける。『喜びの死人』ではない。


『……死にたくないなら、彼らについては調べない方がいい』

「死にたくねぇのはお前だろ?」

『良心で言っている! 奴らのことなんにも知らないくせにっ……』

「だから知ろうとしてんだろ。言えねぇなら黙っとけよおひいさま」


 この国の将来を見据えるなら、よくわからない存在ものを見過ごすわけにはいかない。

 それが危険ならば壊滅させるまで。そして未来が目指す平和な関係に産月を使えるのなら――利用するだけだ。


「それにしても、アンタよく喋れるな?」

『……え?』

痛まないのか・・・・・・? 俺の血を吸って」


 人魚姫と同じ問いを流星は笑って言った。

 その意味に気付いた途端、彼女の表情が先ほどまでの必死さから蒼白へと変わる。

 美しく輝いていた二対についの尾びれは周りに浮く流星の血液を取り込んで、真っ黒に染まっていた。


『――ア』


 絶叫。


『ああああああああぁぁぁッッ!! イタイ、イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイあ、ぎあああああああぁぁぁッッッ!!』


「【血まみれ(ブラッディ)】」


 ドパンッ!

 体液を噴き出し破裂した彼女は息絶えた。


「うるせぇよ、ダミ声人魚」


 眼前にあった偽りの海底洞窟と尾びれが、粒状になって消えていく。

 体に刺さっていたものが無くなり視認できるようになった大きな傷口へ、流星は止血の細胞である【血小板テープ】を巻きつけ固定する。

 血の流出を防ぎつつ、海水に浮いた血液が自然と帰ってくるのを待った。


『血』の文字を授かる者。

 己の血が体外にあろうと知ったことではない。自分の力が届く範囲にあるならどれだけ出血しようと死にはしない。

 敵からすれば猛毒であり、自身にすれば心強い加護。


 深呼吸をしながら大人しくしていると、浮いていた血が【血小板テープ】をすり抜けて体内に入ってくる。

 数秒後には元の血液量に戻り、肉も臓器も何事もなかったかのように癒えていた。


 ――化け物……か。んなもんキューブから『血』を貰った時点でわかってたっつの。


 体を構成する血液全てに『恩恵』が与えられているようなもの。その治癒力も段違いだ。

 人魚姫のガラス玉を回収する。

 時間がやばいと思いながら【血管伸縮けっかんしんしゅく】で急ぎ海上へ出ると、既に船へ上がっていた湊がすんとした顔で言った。


「十秒遅刻」

「……大目に見てくれ」


 彼に謝ったところで意味はない。引き上げられ、海から出た流星は幸い魚にならずに済んだが、干物ひものにならないよう航海中は室内に籠ることとなった。

【第一九一回 豆知識の彼女】

流星は人間離れしていることを自覚し割り切っている。


凪が『怪我をしない』に対し流星は『怪我を治す』ことに特化。湊はサポートのイメージも強いですがそこは精鋭部隊、ちゃっかり強かったり。強敵を相手にしたくてうずうずしてるはず。


敢えて怪我をする流星の戦法は、二章最後でロボ凪相手に頑張った隆一郎と似てるかもです。しかしこちらは未来に却下され断念。りゅーちゃんはしっかり防御できるように頑張りたまえ。


ちらっと話に出た【拘泥(こうでい)】は第七十五話『遠征《一日目》』で使った技でした。こだわることを意味する熟語から取ったもの。

補助の言葉『殺戮』と組み合わせることで、残忍な方法で殺すことにこだわる→相手をグロく即死させる技として使用中。前々回に死人を撃ち落としたのもこれです。

由来が『こだわること』から来ているので、『自分のこだわりを相手に押し付けられない』状況下だと使用できないクセの強い技でした。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 猫背》

未来視点で、凪の戦いを見た後の話です。

よろしくお願いします。

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