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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第一九〇話 境界の向こう側

前回、船が死人に襲われました。

 挿絵(By みてみん)


 こそこそと話す声が聞こえる。

 操舵室そうだしつで身を寄せ合う船員たちの恐怖や怒りの感情が、緊迫した空気を裂いて俺の耳に届く。


「本州の方は昼なら安全なんだってさ」


 羨ましいを吐露したその声は、酷く妬みに近かった。


「らしいな、東京に移住したやつらから聞いた。夜も建物ん中にいたら安心だって」

「しかもマダー様が死んでも誰も悲しまねぇんだとさ」

「一般人の自分には関係ないってか? んなもん実際に死人を見てねぇから言えるんだべな」

「航海中ずっと戦ってるのを見てるわしらからすりゃ、思いっきりぶん殴りたくなる話だわな」


 妬みは怒りへと変わり、一度静かになってからまた羨ましさへと戻っていく。


「仕事じゃなきゃ、こんな危ない所にいたりせんのに」


 その呟きはきっと、船員のみんなを代表するものだ。

 危ない環境での仕事。会話を聞く限りマダーを連れて航海する決まりらしいけど、それはつまり、いつ死人に襲われてもおかしくないということ。

 危険だとわかった上で船を動かしてくれているのだから頭が上がらない。きつい職務だ。


「先ほど、『境界』と言ったのを覚えていますか」


 死人を警戒しながら彼らの話を聞いていると、国生先生のヒソヒソ声が交じった。


「はい、車に乗っていた時に……なんのことかよくわかんなかったですけど」

「わたしたちが話していた『境界』とは、この国の過疎と過密の境目。東北ではあの話をした直後に渡った踏切がそれに当たります」


 そういえばやたらと赤い警備付きの踏切を通ったな、と思い出す。あれが、境界。住んでいる人数の境界線。


「凪くんが既に説明しているかもしれませんが、今回の目的地である端段市。あそこにいるから影響を受けないように、北海道にいる住民たちは本州へ、できればマダーが多くいる境界の内側へ移動するようお願いをしています。人が疎開して過疎になった土地は死人の隠れ家に最適なんですね」


「あ……少し聞きました。ゴミ箱から逃げた死人が見つけられずに強くなって、運悪く遭遇してしまえば、その……惨たらしく殺されると」


「話が早くて助かります。それがこの状況の正体なのですよ」


 船が大きく傾く。

 声を上げて外へ投げ出されそうになる乗船客を未来が【朝顔(あさがお)】で支え、俺は波に煽られた船体に【難燃の紐(ストリング)】を巻き付けて引っ張り流星さんのやり方を真似て転覆を防ぐ。

 動く死人を間近で見る機会だと窓に張り付く結衣博士は国生先生が庇ってくれた。


「正体って……! じゃあ、凪さんたちが戦ってる死人は全部っ?」

「ええ。端段市に棲息せいそくする死人です。彼らはその場にとどまらず、北海道全域、更に海を渡って本州へ進出しようと試みるのですよ」


「今はまだ守り抜いていますが」と、博士から体を離した先生は不穏な言葉を舌へ乗せる。進出を許してしまう日がいずれ来ると宣告されているようで、胸の奥がざわついた。


「極端に言えば、北海道から津軽海峡つがるかいきょう全ての死人を葬れば済む話なんです。ところがキューブによる索敵を躱し、逃げおおせる死人が多いのですよ」

「先生の【る】を使っても、ですか?」

「はい。信じかねますが」


 知りたいものを知れる技が通じない。

 未来が会った碧眼の男の所在がわからなかったことといい、【る】を回避する何らかの手段があるんだとは思う。

 それが土地的な問題なのか、相手から【る】を相殺する技を使われているのか、はたまた別の理由か。

 正解に導くヒントがない今はどうにもならないのだろう。


「そんな状態ですから、現地のマダーや応援に駆けつける皆が頑張ってもやはり限界がありまして。だからこうして、目視できる分を倒しながら向かっているのですよ」


 全てはここにいる人たちへ安全を届けるために。

 国生先生は現状の説明をそう締めくくった。

 俺は操舵室の外へ意識を向ける。

 さっきの大波は多分、海中での戦いで引き起こされたもの。

 窓越しに見える凪さんは船首の中央に立っているだけで何もしていない。だらりと力を抜いて、視線を海に縫い付ける。


「【――】」


 いな、そう見えるだけ。

 壁に阻まれ聞こえない技名を発するたび、周りにいる全ての死人が命を落としていた。

 船に影響を及ぼすこともなく、攻撃の時間すら与えられず。姿を現さなくても【(いと)】によって切り落とされる。抵抗などできやしない。

 朽ちていく死人を一瞥いちべつもしない先導者。

 圧倒的な力を前に何ひとつ成せず消えていくその様を、見慣れているとしか言いようがない。


 ――実態を目にした上で彼らとどう接していくのか、この遠征中に決めなさい。


 凪さんが未来に向けた憂いの表情と、命令の意味を理解する。

 死人を想いいつくしむ未来には耐えられないだろうこの光景を、敢えて見ていろと言った凪さんの冷徹さも。


「……凪らしいな」


 ぽつりと呟いた未来は、手とおでこを壁につけてしゃがみ込んだ。もう見たくない。小さな背中がそう告げる。


「誠実過ぎるんですよ、あの子は」


 現実を知る人間が教えなければ、知らぬ者はいつまで経っても変わらないから。

 言葉はキツいが、先生は優しい声色で未来を諭す。


「『境界』の向こう側……すなわち、昼間も気を抜けない土地のことを、わたしたちは『前線』と呼んでいます。陸地ならまだしも海に出れば死人の心を聴く余裕などない、討伐しなければこちらがやられてしまう。全てを正しくとらえる彼は、あなたを傷つけるとわかっていてもそれを知ってほしかったのですよ」


 未来は縮こまったまま反応しない。俺もかける言葉が出てこない。

 教えが耳から反対の耳へ通り抜けていくようで、されど『当番』で目にする死人との違いは認知する。

 マダーに服従させた上で共存を望む先生の気持ちも、ほんの少しだけわかったような気がした。

【第一九〇回 豆知識の彼女】

凪は未来の考えを否定しているわけではない。


あいか先生は未来のやり方では無理だと思っていますが、凪は実現は難しいだろうと思うだけで未来の気持ちを尊重しています。決定権は未来のまま。彼女の心からの優しさが凪は好きなのです。


そんなわけで、北海道での未来さんに課された任務は二つ。

・トラウマの相手に対し拘束の技を解くこと

・死人と共存するMCミッションを『心』と『力』どちらなら成し遂げられるかを見定めること


隆は可能な限り未来のそばにいると決めています(お風呂や寝室はちょっと)。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 尾びれが二対の人魚姫》

流星視点での戦闘です。日焼けした肌の銀髪高校生……ギラギラしてる。海の中でも目立ちそう。

よろしくお願いいたします。

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