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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第一八八話 幸せと争いを運ぶ食

前回、秀に電話をしました。

 挿絵(By みてみん)


「うふふ〜助手席はいいねぇ。怖くないし緊張しない。イケメンを存分に見ていられる! こりゃ最高よぉ〜」

「最初からわたし一人で運転していれば良かったですねぇ。そうしたら無駄に疲弊することもなかったはずですしぃ……」

「ふひゃっ!? お、おーいあいかちゃーん? 笑顔が怖いよ〜」


 ふふふ、ふふふ。黒いオーラを纏って国生先生は悪態をつく。

「いつもいつも無駄な心配をさせて……」とぶつぶつ言ってるけど、そんなに日常茶飯事なんだろうか、結衣博士のあれやこれやって。

 

「あぁ、それはそうと、杵島きしま君?」

「あ?」

「先程からグルメを楽しんでいるのは結構なのですけれどぉ……なんだかねぇ、こぼしてはいませんかぁ〜?」


 押ボタン式の信号で車を止めた国生先生は、ニコニコ顔でこちらに振り向いた。

 八人乗りの車の中央、その右側でバリボリとお菓子を食べる流星さんに笑顔を向け続ける。

 疑われた流星さんはまた不機嫌そうに「あ?」と返した。


「こぼしてねぇよ、ガキん……未来じゃあるまいし」


 ガキんちょって言おうとしたな、今。


「本当ですかぁ〜?」

「ほんとー。欠片がポロポロ飛んでってるだけで」

「それをこぼしていると言うんですよぉ。後できちんと拾ってくださいね? 車内がありだらけになるなんて、わたしはぜーったいに嫌ですからねぇ?」


 警告した先生は信号が青に変わったのを見てアクセルを踏んだ。キツくはない。優しい発進だ。

 でも声のトーンというか雰囲気がマジギレ寸前だったから、さすがにマズイと思ったのか食べ方に気をつけ始める流星さん。パッと見でわかる欠片を素早く拾い上げた。


 ――やっぱこのひと怖ぇ。


 俺が口で勝てない流星さんを、国生先生は容易く支配下に置いてしまう。

 逆らえない空気がちょっと凪さんに似てるな、なんて非常にビビっていると、携帯がバイブで震えた。

 メールらしい。噂の凪さんからだ。


[未来、意外と落ち着いてるね。]


 前後にいるのに直接話さない理由に納得。

 文面から目を離し、隣でアップルパイを食べる未来をちらりと見る。

 お皿もフォークもないから手掴みで直接口へ運ぶ豪快な食べ方だけど、引き合いに出されるほどこぼしてはいない。

 それが一番美味しい食べ方だろうし、幸せそうだ。


[昨日はシュークリーム、お昼は珍味のおにぎりとご当地弁当、今はアップルパイなんで。幸福度が高いのかも]


 おちゃらけ半分、ありえそうな答えを返事として送ってみる。

 文章を読んだ凪さんは微かに笑った。


[いつも通りに見せてるだけで、内心ぐちゃぐちゃな可能性もあるからね。気をつけてあげて。]


[はい]


 簡単に返事をしてやり取りを終えた。

『大丈夫』の仮面を被り続けた結果、必要以上に演技が上手くなってしまった未来。

 この表情は本当に至福なのか、それとも作り物なのか。毎日一緒にいる俺や付き合いの長い凪さんでもわからない。正しい答えを知るのは本人だけだ。

 ――幸せに浸っていると信じたい。


「わかってたけどさ……人が全然いないね。ほぼ点滅信号だし」


 バリッと煎餅の音。

 外を眺める湊さんは、暇つぶしだと言ってすれ違った人と車の台数を数えている。けれどその数はついさっき横断歩道を渡った人を入れても片手で足りる程度だった。


「だな。昼メシ食って出発して、そろそろ一時間。過疎もいいとこだ」

「うん。その間流星はお菓子を食べ続けてたんだよね」

「成長期だから大目に見てくれ」

「まともな言い訳もできない成長期の子ども?」

「同い年ッ!」


 せっかく綺麗に食べていたお菓子をぶちまけながら、流星さんと湊さんのじゃれあいが始まった。

 なんだろうこのやり取り。反応に困る。

 俺がからかわれてる時ってみんなこういう気持ちで見てたのかな。

 いやでも、割と哀れみの目をしてたような……あれ、おかしいぞ。考えたら悲しくなってきた。


「お二人とも……いい加減にしてくださいねぇ〜?」

「ひっ、さーせん!!」

「あはは、ごめんなさーい」

「まったくもう……青森から出るフェリーに乗ります。あと少し走れば着きますので、どうぞお片付けを」


 黒いオーラ再来。またニコニコ笑顔で怒りそうな国生先生を前に、流星さんと湊さんは素直に従うしかない。でも。


「はぁん……ギラギライケメンと可愛いイケメンのお片付けタッグ……! そう、きゅーーーーっと!!」


 変態博士の餌食となった。


「うっわ、離せおばはん!」

「おばはん!? 待って何かに目覚めちゃいそう……もっと罵って!」

「はぁ!? ざけんな誰がんなこと……っておい! 今片付けたやつだろそれ、ひっくり返してんじゃねぇ!」

「ふへへへぇ、もっと暴言吐いてぇ〜っ」

「もー博士、シートベルト外さないで、捕まっちゃいますよー」


 ドッタンバッタン、とはまさにこのこと。

 車壊れないか。お菓子ポロポロよりも怒られるんじゃないか、この暴れ方。

 三人のかわりにビビりまくる俺がそっと国生先生の表情を確認すると――ああ、ダメだ。見なきゃよかった。


「……杵島くん」

「いっ!? は、はい!」

「わたしは結衣さんより五つ年上ですので……どうぞ、覚えておいてくださいね」


 静かに告げられたその事実。

 流星さんが顔を引き攣らせる。


「美人すぎて、そうは見えませんでしタ」

「見え見えの嘘を」

「ホントデス……あ、あ……」


 ぎゃあああああ! 何をされて叫んだのか、俺は知らない。見てない。聞きたくない。


「あー……凪さん、良かったらアップルパイ食べますか。一切れ残ってるんで」

「……頂こうかな」


 ずっと静かにしていた凪さんは、俺と同じで疲れてるんだと思う。青森県産リンゴをふんだんに使ったアップルパイを上品に口へ運んで、じゃれあいから目をそらすように無言で味わっていた。

【第一八八回 豆知識の彼女】

結衣博士が21歳の時に斎が生誕。


常にきゅんとするものを摂取している結衣博士、とっても若く見えるけれど現在35歳。本人曰く、綺麗の秘訣は心の若さらしいです。だからといって若者に変態っぷりを押し付けるのはいかがなものか。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 空から海から》

フェリーですフェリーです!いざ、ひろーい海の旅。しかし戦闘が入ります。

またどうぞよろしくお願いします。

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