表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
194/286

第一八六話 俺はペットじゃありません

前回、凪と未来は話しました。

 挿絵(By みてみん)


 ――バケモンが来たでー!

 ――逃げろみんなー! 死神のお出ましやー!


 悪意。いいや、ちょっとした『からかい』のつもりなんだろうか。


 ――死人菌がうつるぞー!!


 子どもは残酷だ。

 思ったことを笑って発するだけで、人の心をズタズタにする。

 こいつらが口から出すものは、全部トゲだらけだ。


 ――いいよ隆。私といたら、ほんとに死人になっちゃうかもしれないから。


 周りに言われた言葉を、そうかもと信じるほどに。

 死人菌がうつる。私といたら、隆も死人になる。

 ……黙れよ。


 ――逃げろ、早く……!


 大人も残酷だ。

 危険と思えば平気で子どもに凶器を向けるんだから。

 それを正義として疑わないのだから尚更タチが悪い。

 ……きらいだ。


 ――泣いてくれ。もう、我慢せずに、泣いてくれ。


 俺も、残酷だ。

 心が死なないように自分へ『大丈夫』と言い聞かせていた未来へ、弱音を吐く選択肢を与えてしまったのだから。

 弱さを見せず、泣きもせず、大丈夫だと暗示をかけ続けることが、自分の心を守る唯一の方法だったのに。

 だから……。


 ――相沢ちゃんの瞳は、綺麗やよ。


 だから、アイツが言ったあの言葉は。

 未来にとって初めての肯定で、賛美で、幸福で。

 だからだろう。


 ――そんな顔せんと。土屋君が大阪おらんなるんやったら、ボクが全力で守るさかい。安心してええよ。


 東京に引っ越すと話したあの時も。

 向けられた柔和な笑顔を、俺は疑ったりしなかった。




「だぁーからさぁ。いつまで精鋭部隊って名乗らなきゃなんねーんだって話! 直接すぎてダセーし恥ずかしーし、もっと他にあるだろ他にさぁ……って、おいコラ聞いてんのか湊!」


「はいはい、うるさいなぁ流星は。名前なんてどうでもいいでしょ? ご飯中だから後にしてって何度言ったらわかっ、いぁああああっ!? ちょっと!」


「うげっ、さっきから何をうまそうにと思えば……んだこれ、かっら、いや、辛ぁーッ!!」


「はぁん、褐色イケメンの悶える姿っ! 急いで作った甲斐があったわぁ〜」


「相変わらずの味覚ですねぇ、結衣さんは。なんでもいいですけどデレデレしないで真面目に運転を……って、前ッ! 言ったそばから前ぇッ!」


「ひゃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


 オオオォンッ!

 横風よこかぜに煽られ、パニクったのか急ハンドルを切る。足を離せと女性が叫ぶ。

 俺はその様子をぼんやりとした視界で見ていた。


「はぁっ……はぁっ……な、なんで……バイクは、あんなに華麗に乗りこなすのに、車はダメなんですか、結衣さんは……」

「えーっとあいかちゃん? バイクと車は違うのよ?」

「それはわかっています、が。危険度が違いすぎることにわたしは疑問を抱いてるのですよ……」


 ぜぇぜぇと、助手席からハンドルを押さえるアッシュの髪の女性。運転席にいる女性は「ごめんねぇ」とへらへら笑ってる。

 少しずつ、見えるものがクリアになる。


「国生さん」

「はい……何でしょう、凪くん」

「ごめんなさい。運転、代わってください。悪化する」

「謝らないでください……むしろこんな運転でご飯を食べられる湊くんや未来ちゃんが不思議なんです」


 はー、とため息をついた女性は運転手に次のパーキングエリアへ入るよう指示をした。

 スピードを出さないで、くれぐれも事故は起こさないでくださいねと言い聞かせながら。


「隆。起きた?」


 大切な人の声。だいたい認識できるようになった視界で隣を見てみると、真っ赤な米の集合体――ケチャップライスではないと悟るほど赤いおにぎりを手に、俺の顔を覗き込む未来がいた。


「……おはよ」

「おはよう。食べる?」

「なに? それ」

「結衣博士が作ってくれたハバネロのおにぎり」

「やめとく……」


 絶対辛いだろそれ。寝起きでもわかるよそのヤバさ。


「ようやくお目覚めかー、イチ。重役出勤かよ」


 状況がわからないままバキバキの体を伸ばそうとすると、ひょい、と前の席から誰かが身を乗り出してきた。

 特徴的な銀髪と色黒の肌。


「流星さん?」

「一年ぶりぐらいだな。イチのくせにでっかくなりやがってよー」


 ぐりぐりと俺のおでこを指で押してくる。

 痛い。めり込みそうに痛いからやめてほしい。


「流星さんそれやめて……痛い。あとイチって呼ばないでって前に言ったと……」

「いーだろ別に。犬みたいで可愛いじゃねぇか」

「だから嫌なんです。俺はペットじゃありません」


 回らない頭でなんとか言い返す。

 いつからだっけ、イチなんて呼ばれるようになったの。

 確か凪さんの近くに未来がずっといることにヤキモチ焼いた流星さんが当て付けみたいに未来をガキんちょ呼びするようになって、ムカついた俺が口を出して、そしたら飛び火してあだ名つけられて……だっけ?

 ダメだ、思考が働かねぇ。


「ごめんねぇ隆一郎君。その呼び方やめたげてって僕も言ったんだけど、流星のやつぜんっぜん聞かなくて」


 流星さんの隣からもう一人顔を覗かせた。

 おにぎり以上に真っ赤な何かを箸で掴み、食べる? とばかりに差し出される。湊さんだ。


「湊さん。お久しぶりです」

「うんうん、久しぶり。食べる?」

「いえ、結構……辛そうなので」


 見た目は俺の好きな卵焼きかもしれない。しかしこの赤いもの、卵焼きと認めるわけにはいかない。認めてはいけない気がするのだ。


「うーん……受け答えはできるけど、まだぼんやりしてそうだねぇ。ここがどことか何の集まりかとか、気にならない感じ?」

「気にならないというか、頭と体が分離してるというか……ここ、どこですか? 車?」

「重症だな。おい弥重、お前のせいなんだから責任もって介抱してやれよ」

「あははー無理だよ。今は凪の方がやられてるもん」


「ねー」と、隣にいる人物へ呼びかける湊さん。二人が座り直して大丈夫かと聞くも、放っておいて、みたいなニュアンスの言葉が返ってくる。

 小さくてよく聞こえない。でも今の声って、もしかして。


「……凪さん。大丈夫ですか?」


 体の重さはさておき前の席を確認すると、やっぱり。顔色の悪い凪さんがいた。


「どうしたんですか? 顔が真っ青だけど……」

「なんでもない。話しかけないで」

「いや、でも……」


 見るからに体調が悪い。凪さんのこんな姿は初めて見る。

 昨日の晩は元気だったのに俺が寝てる間にいったい何が――昨日?


「……これ、北海道行きのメンバー?」


 気付いたその瞬間、頭が活性化した。


「うん、今向かってる最中。隆が寝てる間に岩手まで来たよ」

「岩手!? いつの間にそんなとこまで、てかなんで俺もっ? だって連れてってもらえないはずじゃ!?」

「りゅーちゃんうるさい。頼むから静かにして……」

「酔い止め飲んでましたよねぇ、凪くん。結衣さんの運転も相当ですけど、もしや体が強い分お薬が効きづらいのかしら」


 なんで俺も車に乗せられてるのか聞けないまま、凪さんの体調不良は車酔いのせいだと理解。

 運転してる本人、結衣博士の嘘泣きは完全無視で国生先生は鞄から一つの小瓶を取り出した。


「凪くん、これを」

「……酔いを治すために完治薬かんちやくって、正気ですか」

「あなたには動ける状態でいてもらいたいんですよ。ここから先は、特にね」


 意味ありげに先生は強調する。

 助手席からやり取りをして、警備員のいる赤い踏切を渡った。


「二人には話していないのでしょう? 境界のこと」

「……この子たちだけじゃありません。境界について知っているのは、ここに住んでいる方々と高校生マダー、本部のひと握りだけですから」


 凪さんたちの会話はよくわからない。俺と未来は首を傾げるしかなかった。

 なんだろう、境界って。


「薬、頂きます」

「はい。どうぞ」

帰京ききょうしたらすぐにお返しします。あなたに借りは作りたくない」

「お気になさらず。わたしのわがままですから」


 微妙に距離のあるやり取りをして受け取った凪さんは、完治薬を一気に飲み干した。

 外傷じゃないからどうやって使うのかと思えば、まさかの飲用とは。マズそう。


「あぁそうだ、土屋くん。あなた昨日、ゴミ箱当番だったのではありませんかぁ〜?」

「えっ? ……あッ!?」

「秋月君、何度も連絡してたみたいですよぉ。いくら掛けても出ないと、心配して本部に報告くださったくらいにはぁ」


 遠出の用意は未来がしてくれたみたいだから、携帯どこに入れた? と聞いて慌てて確認する。

 不在着信五件、メール三件、留守電一件。表示された通知は全て秀からで、最初のメールは心配そうなのに三件目はお怒りが見てとれて、その後に入ってる留守電なんてキレる寸前の声だった。


「やっ……ちまった。当番だったの、完全に忘れてた」

「事情が事情ですし、許してくれるんじゃないですかねぇ〜。パーキングエリアで少し買い物しますから、その間に連絡を入れてみては?」

「そうします……」


 早い方がいい。早急に連絡を入れるべし。

 謝るのと、事情説明するのと、しばらく当番に出られなくなりそうだって話と他には……。


「凪さん。体調大丈夫なら秀に説明するために経緯を教えてもらっても?」


 やはり薬の効果は凄まじく、既に元気を取り戻したらしい凪さんへ、俺は昨日の夜からの話を聞くことにした。

【第一八六回 豆知識の彼女】

精鋭部隊の名前を考える機会はあった。


未来たちが所属する特別部隊も然りですが、実は名前の候補はあったようです。

ただあまりにもその名称が酷すぎて(強者集団・凪とか日本国の救済者とか)絶対嫌だと汗ダラダラになった凪が「単純でいい」と司令官にお願いして今に至ります。

ちなみにその酷い方の名称、考えたのは流星と噂で聞きまして、その流星が今の精鋭部隊を「ダサい」と言ってる現状に凪は……おっとこれ以上言ったら消されそう。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 空を通じて》

パーキングエリアにて秀へお電話です。未来視点で明らかになった裏事情は隠しつつ、隆も同乗している理由について知ります。

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ