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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第一八五話 大切だから

前回、隆一郎と凪は本気の勝負に入りました。

 挿絵(By みてみん)


 リビングにある時計の音が、随分と大きく聞こえる気がする。

 ソファーに座った未来を両端から包み、安心させるように背中をさする由香ゆか克明かつあきへ、ありがとうよりもごめんなさいと言いたくなった。


 家族みんなが集まってからされた、凪のいう『大事な話』。曰く、未来を連れて北海道へ行くといった内容に声を荒らげた隆一郎は、全ての話を終えてから外へと引っ張り出されてしまった。

 二人でもう少し話し合います、と凪は隆一郎の両親へ伝えていたけれど、未来にはわかる。話では終わらない。

 未来が今こうしている間にも、彼らはきっと論争しているのだろう。

 口論ではなく、力の行使こうしによって。


 針が回る。


 深夜二時を過ぎ、由香と克明に疲労が見え始める。

 仕事でぐったりな上に慣れない深夜。これ以上付き合わせてはいけない。

「もう寝て、私も隆も大丈夫だから」と寝室へ促した。

 見送れないと謝る寂しそうな顔に、精一杯の笑顔を返す。お土産いっぱい買ってくるね、なんて明るく返せたなら良かったが、残念ながらそこまでの余裕はない。

 二人も未来の心情を理解しているために、何も言わないでいてくれた。


 リビングにひとり。彼らを待ちながら、未来も由香たちの心情を考える。

 隆一郎を連れ出した相手が凪でなければ、遠出の保護者が別の誰かだったなら、二人はどうにかして起きていたかもしれないと。

 兄のようで、身近な大人のようで、普段から家族のように接している凪だからこそ。

 未来と隆一郎どちらの気持ちもわかる彼だからこそ、全てを任せられたのだと納得した。


 針が回る。

 三時を示す時計をぼんやりと見る。


「……おかえり」


 リビングの扉が開かれて、かすれ声で言った。

 もうたくさんといった雰囲気の凪と、彼に担がれた隆一郎が入ってくる。


「起きてたの?」

「……寝れないよ」


 わかってるくせに。

 わざと聞くその真意――おそらく、見せたくなかったのだろう。自分の疲労困憊した様子も、ボロボロにしてしまった隆一郎の姿も。


「手当てをしてあげて。小さな怪我だから、軟膏で」

「うん」

「明日の昼には全部治るよ」

「……うん」


 チクリとした。その時間、自分はそばにいられない。

 脱力した隆一郎を凪は未来の前に寝かせる。服で隠れた傷を指定して、克復軟膏こくふくなんこうを手渡される。

 見れば見るほど痛々しい打撲、切り傷。

 小さいなんて嘘じゃないか。そう言いたくなるが、大怪我とされるものは一つも無かった。

 深い呼吸で起きそうにない隆一郎は、なんらかの手段で眠らされたらしい。


「まったくもう……手間をかけさせる。抑え込むだけでこんなに時間がかかるとは思わなかった」


 おでこに張り付いた前髪をかき上げながら愚痴を吐く。意外にも凪は汗だくになっていた。

 暑い時期ではあるが夜中の気温はそれほど高くない。

 普段さらさらの髪が束となり、邪魔くさそうにしているその仕草。未来からすれば異様であった。

 気になる点はもう一つ。


「凪。襟元……どうしたの?」


 洗面所へ向かおうとした彼の足が止まった。


「……連れていかない理由が、実力不足なら。今ここで成長してみせる、だって」


 凪はこちらを見ない。隆一郎が述べた言葉を教え、洗面台の前に立つ。

 鏡に映った彼のワイシャツの襟は、右側だけ()()()()()ような色と形をしていた。


「ヒヤッとしたよ、珍しくね。僕がこっちにいなかった一ヶ月、相当頑張ったんだなって思った」


 顔を洗いタオルで拭いて、焦げたシャツを不服そうに脱ぐ。ちょっとごめんと断りを入れた彼は肌着で階段を上っていった。

 替えの服を取りに行ったのだろう。ちょくちょく泊まりに来るので何着かは隆一郎の部屋に置いてある。

 出発の時間も近いためすぐに戻ってくるはずだ。


「……すごいね、隆」


 二人きりの静かなリビング。傷の治療をして待つ。

 痛む塗り薬だ、負担にならないよう手早く塗って、必要な箇所にはガーゼを当てる。

 包帯をぐるぐると巻いていく。


「未来に言われたとおり、連れていかないって伝えたけどね」


 いつの間にか戻ってきた凪に包帯をひったくられた。

 巻いた分をいくらか取られ、ぐるぐる巻きになっていた腕をスマートにしてからテープで固定される。過剰だったらしい。


「隆一郎はやっぱり……どうしたって未来のそばにいたい。未来がどこかへ行くなら、一緒に。離れたりしないよ」


 手際よく残りの手当てを終えた凪から、「それに」と携帯を渡される。何かと聞き返すと、斎の家で受け取ったメールだと説明された。

 そこに打ち込まれた、北海道へ行くメンバーの記載。未来は激しく顔を上げる。


「これ……!」

「隆一郎は、前線でも戦える・・・・・・・。認めてるのは僕だけじゃないんだよ」


 動揺する未来を置いて、凪はキッチンへ向かう。

 戸棚を開く音がする。


「未来」


 優しい声で、名を呼ばれる。


「大切だから……残っていてほしかった?」


 ――見透かされていた。


「だから行かせないでって僕に言ったの?」


 隆一郎も一緒に行かせるからと凪に言われ、未来が迷わず断った理由を。

 斎の家で彼が帰り支度をしている間、『隆はここに残らせて』と頼み込んだ未来の心中しんちゅうを。


「……私はきっと、迷惑をかける」


 無意識に右腕へ手を置く。


「自分から行くと言ったんだ、迷惑なんて思わない」

「あっちにいる間、隆は私を心配する」

「心配させていい。その方が未来も隆一郎も、周りにいるみんなも安全だ」


 何を言うか予想されているようで、間髪を入れずに返される。


「でも……」

「いいんだよ」


 黙れとばかりに作ったココアを渡された。


「少しくらい甘えなさい。自分を大事に思ってくれる人の力を、怖がらずに借りなさい」


 隆一郎をソファーに寝かせた凪は、多くは語らず家を出た。旅の準備のため一度帰宅したのだ。

 静まり返るリビング。未来はひとり、ココアを飲む。

 甘く温かいそれを感じながら、眠る隆一郎にそっと触れてみた。

 努力でできた力強い腕。未来より大きな手。

 硬い指先を握ってみるが、まったく起きそうにない。


「……用意、しなきゃ」


 コップを洗い自室へ向かう。

 数日分の着替えと戦闘服、キューブ。その他にも必要そうなものを鞄へ詰め込んだ。

 あまり綺麗とは言えない見た目。自分の脳内を映されているようで苦笑いせざるを得ない。

 嵩張かさばる荷物と一緒に階段を下りようとすると、すぐ横にある由香と克明の寝室に目がいった。


 ――顔だけでも見ていきたいな。


 音を立てずにそっと中へ入る。

 ベッドの脇に立って、仲良く眠る二人を見つめた。

 次に会えるのはいつなのだろう。

 考えながらしゃがみ、シーツにおでこを付ける。


る】を使うにはまず未来が拘束を解く必要がある。

 凪の策は万全だと思えたけれど、恐怖して自分が『竹』を消すことができなければどんな準備も意味がない。

 やらねばと思うほど体が強ばって、見えない何かに喉を塞がれる。……苦しい。泣きそうだ。


「……?」


 え、と言いかけて、飲み込む。

 頭の上にあたたかい何かが乗せられている。

 それがゆっくりと動く。髪を撫でられる。


「帰ってきたら……由香さん、特性ハンバーグだから」


 寝入るギリギリの声。


「由香さん、かっちゃんと一緒に待ってるから。だからね、頑張れ……未来」


 夢うつつの言葉。

 彼女が起きた時、今言ったことを覚えているかはわからない。未来の大好きな由香特性ハンバーグの約束も、普段は『お父さん』と呼んでいるのに、二人の時は『かっちゃん』と呼んでいると教えてしまったことも。

 覚えているかはわからないけれど、気持ちを受け取るには十分だった。


「ありがとう。……行ってくるね」


 由香が寝息を立ててから答えた。

 涙ぐんだ顔を見られたくない。声をかけて起こすなんてしたくなかった。

 鼻をすすり、出てくる涙を引っ込める。


 ――隆の分は、頑張って綺麗に入れよう。


 鞄の中身を反省した未来は、階段を下りずに急ぎ隆一郎の部屋へと向かった。

【第一八五回 豆知識の彼女】

凪の首を狙ったのは【火炎(かえん)(つるぎ)


殺すつもりでやれと凪にお願いしたので、隆も全力でやりました。もちろん凪に当たるわけはないのですが、それなりに危なかった模様。汗だくの様子といい、壮絶な戦いだったようです。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 俺はペットじゃありません》

噂の彼らが登場です。

よろしくお願いします。

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