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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第一八四話 実力不足だと言うのなら

前回、大事な話があると凪に言われ、家に帰ることになりました。

 挿絵(By みてみん)


 炎が上がる。

 日没後の暗い町並みを、赤くたける炎が照らし出す。


「【(いと)】」


 その明るさよりも。神々しい光を纏う絹のような糸が、目に見えない微細な棘を持って俺の体を引き裂こうとする。

 それらを――斬る。

 間に合わない分は後ろへ跳んで回避する。

 着地した廃家はいかに火花が散った。


「さっきの話。もう一度言ってください」


 静かな声で、けれど怒りは隠さずに。

火炎(かえん)(つるぎ)】を握り直した俺は、正面にいる師匠へ剣の切っ先を向けた。


「……未来を連れて、北海道へ行く」

「なぜですか」

「捕縛したへ技をかけるために、未来の協力が必須だからだ」


 数分前にも言われたその文句。聞き入れたくない。


「国生先生の【る】を使うために、奴の拘束を解いてほしい。未来にそう言いましたよね」

「うん、言った」

「拘束したままじゃダメなんですか。なぜアイツを自由にさせるんですか」


 ギリッ……と、必要以上にグリップを握る。

 わからない。凪さんの意図が。

 危険だからと捕縛したのに解放する理由も、トラウマになってる未来にそれをさせるのも。

 ドス黒い感情がわく。

 剣先に炎を集め、攻撃の準備をする。

 ――なんで。どうして。


「自由にさせるとは言ってない」


 答えながら、凪さんは【(いと)】を再度出現させる。

 指から伸びる十本の光を結い、引きしぼって造形。

 とらを思わせる巨大な獣を作り上げた。


「未来が使った拘束の技、【むこ露草つゆくさたけ】。僕が【(いと)】で縛り上げてからみなとの【拘泥(こうでい)】で支配下に置いて、その後未来に『紋章』と『竹』を解除してもらう」


「……意味がわからない。何を言ってるのか、俺にはまったく理解できません」


「お前はわからなくてもいい。手順を踏む二人がわかってくれていれば、それで」


 堂々と、俺には関係のないことだと言われた。


「【る】を使っても今の奴は話せないと思う。未来の技は強力だから、あれを外してもらわない限り動くどころか言葉も発せない。もしまじないの影響を受けないにしても、何一つ語れないんだよ」

「……外せたら」

「そう。だからあの子が――」

「凪さんならっ! ……なんでもできる凪さんなら。未来じゃなくたって拘束を外せるんじゃないんですか」


 この問いかけは、一種の懇願だ。

 凪さんの指が動く。


「わざわざ未来を危険にさらさないで、今ある平和を奪わないでって俺は言いたいんですよ! 【炎神(えんじん)】!!」

行けタクト!」


 剣先から【炎神(えんじん)】を生み出して放つ。

 龍を模した炎は渦を巻いて飛びかかり、【(いと)】でできた獣はめいに従い主人を守ろうとする。

 虎の爪と龍の牙。

 双方が打ち消し合い、火の粉と光の粒子が舞う。

 足場あしばの屋根に降り注ぐ。


精製せいせい――【火炎(かえん)(つるぎ)】!」


 両刃だけでなく纏う炎も鋭利にして俺は畳み掛ける。

 動こうとしない凪さんへ振り下ろした。


「【(つるぎ)】」


 キィンッ! ふせがれる。

 鈍い音は鳴らない。凪さんが持つ光の剣が鋭い証拠。

 切れ味の良い炎を想像したが、そこにある美しい武器は俺じゃ壊せないらしい。


「……隆一郎」

「もう一回、聞きます」


 押し合い状態で問う。この国最強の凪さんなら、くだんの技を外せるのではないかと。

 けれど、凪さんは目を伏せた。


「『竹』が心臓に刺さってる。力任せにやれば、最悪奴が死んでしまう」

「死ぬ、なんて言い方は。違いますよ」


 剣の炎を増幅させて言い返す。

 アイツは死人だ。例えその『最悪の場合』が起きたとしてもガラス玉に変わるだけ。死と表現するのは違う。


「アイツを人間扱いするのは、未来のためですか」

「……そうかもね」

「未来が何をされたか忘れたんですか!?」

「忘れるわけがない!」


 凪さんの顔が憎悪でゆがむ。

 剣はカタカタと音を鳴らす。


「半年かけて……ようやく回復したんだ。リハビリを終えてもうすぐ一年。心身ともに以前と同じく過ごせていること、友だちに囲まれて幸せであること。本当に……心の底から嬉しく思う。あんなつらい経験はもう、僕はしてほしくない」

「ならっ……」

「だけど!」


 声が被る。剣が重くなる。


「時間が惜しい。僕らの知らない死人が、ヘンメイを介してあの子の殺しをはかった。あの子が狙われた理由はわからないし呼称の意味も知らないけど……今後、同じことが起きてもおかしくない。不明の危機を知るために、よく知る危険へ手を伸ばすんだよ」


「……だったら、尚更じゃないですか。どうして、俺はここに残れ、なんて……言うんですか」


 声が潤む。

 力が抜けて【火炎(かえん)(つるぎ)】が手から離れ、あやうく凪さんの【(つるぎ)】に切り裂かれるところだった。


「ちょっと……!」

「わかってました。未来を連れていく理由も……それがどんなに大切で必要なことなのかも。未来の心の傷を、意味なく開くなんてことあなたは絶対にしない。わかってたけど、納得がいかなくて……色々言いました。すみません」


 信頼してる。信用してる。

 強く優しい先導者を、俺は心の底から信じてる。


「どうして……なんで、連れて行くのは未来だけなんですか。あいつが恐怖で動けなくなるとわかっていて、どうして俺をそばにいさせてくれないんですか」


 家に帰ってからされた、凪さんのいう大事な話。

 未来と今回の件に関わる全員が、明朝集合して、奴を捕縛している北海道へと向かう。

 本当なら司令官も行きたいそうだけど、立場上、本部を長期間不在にするわけにはいかない。

 司令官には残ってもらい、必要に応じて電話で指示を。現地へは国生先生と結衣博士の運転で、休憩を取りつつ一日かけて車で行く。できるだけ未来に負担がかからないよう気をつけるとのことだった。


 ここまではいい。今言ってくれた詳細も含めて完全に納得した。

 俺が物申したいのは、向かう人員の中に俺を含めてくれなかったこと。

 凪さんと流星さん、湊さん、北海道で合流する精鋭部隊の一人と、【る】を使う国生先生、相手が死人ならばと結衣博士。そして、未来。計七人で行動すると説明された。


 ……隣で見ていたのに。

 未来がアイツに傷つけられて、その後どうなったのか。今の状態になるまでどんなつらい日々があったのか。

 誰よりも知っている俺を、凪さんは連れていかないと言った。

 東京ここに残れと、言ったのだ。


「ねぇ……どうしてですか」


 何度も聞く。

 何度も何度も同じ質問をする。

 取り落とした剣の炎が、感情のままに揺れ動く。


「言ったはずだ。実力不足だと」


(つるぎ)】が霧状に消え、凪さんのキューブが立方体に戻った。


「……北海道は、奴を捕縛していることもあって、国内中心へ人が移り住んでいる最中なんだよ。住民が消えたのをいいことに死人の巣と化した家屋かおくも少なからず存在する」


『ゴミ箱』での戦闘は続けているが、土地が広いこともあり逃げられたら見つけ出すのは困難。目撃情報も得られず知らぬ間に強くなって、遭遇したら最後。待っているのはむごい死。

 それが北海道――正しくは、アイツがいる端段たんだん市の現状だと、凪さんは言う。


「死人がくう土地へ出向くのは、いつだって精鋭部隊だ。力のない者は邪魔になる。数が必要なら募る場合もあるけど、生きて帰れない人も多い。人の数が増えれば増えるほど、僕らの目が行き届かなくなるんだよ」


 実際の現場を見ている凪さんは、声を絞り出すようにして告げた。

 自分の力量を把握できない者から死んでいく。それが前線だと。


「……俺は。ちゃんと指示に従います」

「そういう問題じゃない」

「実力不足だと言うのなら、今ここで成長してみせます。未来がどうしても必要で、危険だからと俺を引き離すなら。――連れていく価値があると証明すればいい。それだけの話ですよね」


 凪さんの顔が険しくなる。

 いつもならこんな反発はせずに、師匠の命令ならと受け入れるところ。俺も自分らしくないなと思う。

 でも今回は。……退けない。退けるわけがない。


「口じゃ聞かないから外へ連れ出したんでしょ? やってくださいよ。あなたの十八番おはこ、『殺すつもりで』の戦闘を」


 涙を拭い、【火炎(かえん)(つるぎ)】を持ち上げる。

 本気で戦ってくださいと行動で示した。


「……後悔するよ。絶対に」

【第一八四回 豆知識の彼女】

虎を動かす際の掛け声行けタクトは指揮棒が由来。


音楽を指揮する際に使う指揮棒、ドイツ語でタクトシュトックと言うらしいのですが、日本ではタクトと呼ばれることもあるそうです。

(いと)】の使い道がいっぱいで凪さんの技は優秀だなぁと感心してました。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 大切だから》

未来視点でお送りします。家で待ってる未来さんのもとに帰ってくる二人。戦った後のお話です。

よろしくお願いします。

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