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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第一八二話 エンカウント

前回、死人討伐のためにキューブを製作したわけではないとわかりました。

 挿絵(By みてみん)


「馬鹿でしょう? 敵を倒すために敵と酷似した青い玉これを使って戦え。それが神のお告げだって言うんだよ」


 ほんの少し緊迫した空気を塗り替えるように、シュークリームが入っていた箱を秀は片付ける。

 それなりに硬い材質だったと思うけど、バリッと大きな音を鳴らして四分割に引き裂いた。


「あの、谷川君。その球体は、すっごく死人の心臓に似てるけど……違うんだよね?」


 ハッキリ言ってほしい、という気持ちが阿部の声に滲む。俺がわかるのだから勘のいい斎はもちろん阿部の願いを読み取れるだろう。だからこそ、


「わからない」


 嘘はつかなかった。


「キューブを作る前も作ってからも、俺だけじゃなく親父やおふくろが調べてくれてる。でも死人について不可解な点が多い以上、全く関係がないって言いきれないのが現状だ」


 万物を作り出す魔法みたいな武器、キューブ。何からできてるかわからないなんて言ったらみんなを怖がらせるから、可能な限り話さないようにしている。

 多かれ少なかれ誰もが思うことを、斎は敢えて口にした。


「死人についてはちんぷんかんぷんな俺にできるのは、青い玉(こいつ)が力を発揮できるようにしてやること。ひとの脳と結びつけるプログラムを構成して、安全かつ、自由を再現するのが俺の役目。そう考えるようになった」


 大事なものだからと斎は球体を元の場所へ保管する。

 五つ分のロックを掛けて、にっと笑った。


「怖いか?」


 神が授けたとされる力の源。それがもしかしたら死人と関係があるかもしれない。

 死人の心臓と瓜二つなあの球体が実際そうである可能性は捨て切れない。

 怖いか。問いの答えを各々考える。

 話を全て咀嚼して飲み込んで、思考する。

 俺は自分のキューブに手を添えて、これまでの日々を回想した。


「……怖いもんか」


 自然と、口角が上がる。


「キューブが意思を持ってることが、ずっと不思議だった。けど……こいつに命があるって言うなら、理解できる」


 呼びかければ応えてくれる。

 敵を滅ぼす力を持ちながら、ときに心を癒し、守りたいものを守る手段をくれる。

 人の思いにそっと寄り添うこの立方体を、俺は怖いとは思わない。


「そう言ってくれると信じて話した。……ありがとな」


 斎の表情が和らいだ、次の瞬間。


「外か?」


 ドドドドドド……ヴァンッ! という独特なエンジン音。地響き。


「あー、帰ってきたな」

「帰ってきたね」

「うるさいから正規品にしろっつったのに」


 まったく……と、斎と秀は同時にため息をついた。

 ソッコーで阿部が慰める。ぶつぶつと続く文句をポジティブに置き換える語彙にすげぇやと感心していると、事情を知ってるらしい未来が窓際に寄っていった。


「ほんとだ、帰ってきてる。二人は車かな」

「ねー未来ちー、今の音って?」

「カスタムバイクだよ。ギリギリ違法じゃないって本人は言ってたけど、家の中が小さいぶん外の音が大きく聞こえるんだって」


 未来の答えに長谷川が首を傾げる。

 俺もなんのことだと困っていると、加藤が「ああ」と平手に拳を打った。


「そういや縮小しとるんじゃったか、この部屋」

「あーそれだわ」

「待ってくれ、縮小って……あ。そっか、玄関通った時点で俺らも小さくなってんだったか」

「そうそう、キューブのシステムと同じ。違和感ないから忘れちゃうよね。でも防音効果のある研究室であの音なら……うん。前に見せてもらった時よりも改造してるんじゃないかなぁ」


 うるさいと思うのも無理はない。そんなニュアンスを含ませて、未来は微笑んで戻ってくる。


「そのうち哲郎博士に怒られるよ」

「味方が一人もいねぇのな……んで、その改造車に乗ってんのは」


 誰、と尋ねようとするも、バンッ!! と大きな音が遮った。


「いっちゃん、ただいまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 天才母様かかさまのおかえりよ――っ!!」

「ひっ!?」


 ドッゴォン!! 戦闘で聞くような激しい衝突音。

 部屋のドアが勢いよく開いて、驚いた俺は斎が押し倒される瞬間を目撃した。


「はら……はらりら……」

「お、おぉぉい斎、大丈夫か!?」

「おほし……きらきら……」


 言って、脱力。


「斎ぃーッ!?」

「あららぁ〜? 相変わらずヒョロい子ねー」

「んなこと言わずにどいてやってください!?」


 咄嗟に頼んだがスルーされた。

 斎の上に乗っかるその女性。見るからに重そうなバイクジャケットにパンツ、グローブとフル装備で、気絶した斎のほっぺにほっぺを擦り付けて「はぁん、もちもち……」とかなんとかほざいてる。

 誰なんだこの人は。ていうか、なんで未来も阿部も笑って見てる!?


挿絵(By みてみん)


「あぁ〜超絶愛おしき我が子ぉ〜……母様を癒してぇ」

「無理だよ結衣ゆいさん。今のタックル受けて斎がすぐに起きられるわけないでしょう」

「できるよぉ! あたしの子なんだからー!」


「こうしたらきっとー!」と、今度は両頬を引っ張られる斎。痛そう。伸ばしすぎですんげぇ痛そうなんだけど、衝突のダメージが大きいのか斎は復活しない。眉根を寄せて唸るだけ。

 でも、今出た名前って、


「えーっと、斎の代わりに僕が紹介するね。こちら斎のお母さんで、死人の研究に関わる結衣ゆい博士。さっきのうるさいバイカーさん」


 やっぱり!


「初めましてこんにちはー、いっちゃんの母親やってます結衣でぇーす! 不思議な谷川家へようこそー……って。ちょっと秀? うるさいとは何よ、バイクちゃんに失礼じゃないのー?」

「本当のことを言ったまでだよ」

「あの音の良さがわからないなんて。……あぁんでも、その呆れた目つき、さいっこう……!」

「変態だから気をつけて」

「きゃぁああああっ!」


 秀に襲いかかる変態、もとい結衣博士。

 大いに空振りする。ハグの対象にされた秀はそれはもう夜の死人を相手にしているかのように全力で、けれど華麗に避けて俺の背中に張り付いた。


「あと、僕が女苦手になった原因のひと」

「……小声で言うの優しいな」

「一応ね」


 幼い頃からこの調子で接されたとなれば……そりゃ、女苦手になってもおかしくないよな。


「それにしても結衣さん、かなりの重装備だね。待ち時間で走ってた?」

「ふふっ、そー。お国の会議があまりにも長くって。終わるまでぷらっとしてたら千葉に突入しちゃってたわ」

「だからって遠くへ行かないで。帰れなくなるよ」

「ならない、ならない。愛するいっちゃんがここにいるんだもの、どこに行こうと迷うもんですか」


 会話もそこそこに気絶した斎を結衣博士は堪能する。

 胸もとに顔をうずめ、すぅーっと深呼吸。大きくにおいを取り込んで赤面して、後頭部を撫でながら頭のにおいをかぐ。また赤面する。


「変態ね……」

「言ったでしょう?」

「うん……行動まで変態だったわ」


 猫吸いならぬ斎吸い。長谷川がドン引きした。


「仲良きことは美しきかな……とか言うが。しかしまぁ、顔がそっくりじゃな」

「それは僕も思う。前髪上げてると特にね」

「このひとがさっき言っとったスーパー博士……失礼じゃけど、人は見た目によらんというか」


 しかもMCミッションの重要人物。変化したケトを元に戻して、中段階まで成長させたすごいひと。

 忙しそうだし、いつか挨拶できたらいいなとは思ってた。けど実際に目の前にすると……なんか、なんて言ったらいいんだろな。

 話しかけるには勇気がいる。性格も行動も濃い人だ。

 ――コツン。近くで鳴る、ヒールの音。


「はぁん……My dearest son……好き……」

「結衣さ〜ん。斎くんとの愛はそこそこにしておいてくださいねぇ」

「えぇーっ! 親子愛を邪魔するの、あいかはー!?」

「先ほど司令官に言われたでしょう? 会議内容を共有しなくてはいけないのですよぉ」


 聞こえた研究室の入口に顔を向けると、ピシッとしたスーツに身を包んで、いつもと雰囲気の違う国生先生がいた。

 そして、後ろから顔を出した美青年も。


「凪さん?」


 真っ黒なリクルートスーツを着ていた。

【第一八二回 豆知識の彼女】

秀がマダーになりたての頃、初心者らしからぬ動きをしていたのは結衣の変態タックルから毎日逃げていた成果。


去年未来が転校してきた次の日に、隆が「秀は最近シフトに入ったばかり」と説明してるので、マダー歴長そうに見えて実は戦闘経験一年もない秀くんです。

そんな彼、運動が得意だったというよりはどうにかして女性との密着を避けるべく、毎日逃れ方を研究して反撃の機会を探っていました。それが戦場で活きていたりします。

結衣博士、ある意味ナイス。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 ダイス》

斎の家からはそろそろおいとま。キューブとはちょっと違うダイスの文字の選び方と、顔を出した凪さん。

よろしくお願いします。

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