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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第一八〇話 星のまたたき

前回、宇宙から落ちた球体を、掻き回して出来たものがキューブだと斎は言いました。

 挿絵(By みてみん)


 六歳の夏。不思議な夢を見た。

 煌々こうこうと輝く星の中、ただ一つだけ、全く別の光を放つものがある。

 あれは……流れ星だろうか。

 迷いなく真っ直ぐ線を描くその星に目を奪われる。

 しかし同時に訪れる、宇宙の端から端を見ているような感覚。

 頭上を飛び交う星屑ほしくずと麗しい月の光。

 生身のからだで拝むことは決して叶わない神秘。


 ――死んでもいい。そう思った。こんな景色を見ていられるのなら、己の体なんていらないと。

 この幻想的な世界に住まわせてくれないか。この景色の一部にしてもらえないか。きらめく星々へ願おうかと考えた。


 途端、墜ちる。

 先ほど見つけた流れ星が、隕石の如く真下へ向かって走り落ちたのだ。

 衝突の音は聞こえない。

 地面に不時着した位置からぼんやりと光が届くだけ。

 高度百キロもある上空へ、その光は寂しそうに嘆く。


 ――みつけて。

 ――だれかみつけて。

 ――すくって、わたしを。


 声に導かれるまま地上へ降りた。

 深碧しんぺきの植物を掻き分けて、向かう。

 痛ましく頼りないそれはすぐに見つかった。

 夢なのだろう。恐れる必要はない。

 手を伸ばして拾い上げる。


「……まるい」


 見たままの感想を抱く。

 斎の小さな手に収まる青い球体。のちに死人の心臓と酷似していることに気がつくが、当時の斎には知る由もない。

 耳を当てる。

 声は聞こえない。

 光のぬしは死んでしまったのか。

 だが手の中にあるそれは、まだぼんやりと光を灯す。


「きみは……だれ?」


 問いかけても応えない。

 光は消えていく。

 夢の終わりを示唆するように、暗黒が周囲に広がる。

 ひとり取り残される。


「救ったら、いいの?」


 何も無い虚空へ聞く。


「ここに来たら、またきみに会えるの?」


 答えのない質問をする。

 弱々しく助けを求めるあの声が、耳の中で木霊こだまする。


「……あした、もういっかい来るね。今日はもう、おやすみの時間だから」


 届くかもわからない暗がりへ声をかけた。

 どうやって来るかなど考えていない。

 ただなんとなく、また来れる気がする。

 約束すれば、また明日会える気がする。

 理由なんてない。直感のような何かがそう思わせた。


 闇の中でひとり、小指を立てる。

 何もないはずの、誰もいないはずの空間で。

 知らない誰かと、指切りげんまんをした。


     ◇


「その次の日、目が覚めてからな。親父とおふくろに頼み込んで、夢の場所を調べてもらったんだ」


 話を聞いてぽかんとする俺たちをよそに斎はまた席を立つ。

 呼び方おふくろなんだって思ったけど、脱線するからそれは置いといて。


「まさか……本当にあったのか? 夢で見た、その場所が」

「あった。今はもう取り壊されちゃったみたいだけど、数年前まで実在してたここ。大阪にある公園の森の中」


 忘れないようになのか、コルクボードに押しピンで刺した地図に赤丸がついている。指さされたその位置と、斎の不思議な夢の話。俺は関連性にぞくりとした。


「隆、落ち着いて」

「……ああ」


 小声で言われ、態度に出さないよう心がける。

 だけど未来も似たザワザワを感じていると思う。

 なにせその赤丸の位置。それは、俺たちが大阪にいたころの家の近所。一番近くにある公園で、幼い頃はよく遊びに行った場所だったから。


「いざ公園に来てみたらさ、その森のどこに行けばいいかすぐにわかったんだ。導かれるみたいになんの迷いもなく、ひたすら森の端っこを目指して歩いた」


 そうしたら、と語尾が強まる。


「あったんだよ。光を失った、夢で見たのと同じ青い球体が」


 輝く瞳で熱く語って、斎はダイスが入っていた引き出しの一つ下の段に指を置いた。

 指紋とパスワード、その他にも解錠の手順があるらしい。手が動く。

 現物の登場を身を乗り出して待っているみんなを視界に入れながら、俺は未来に耳打ちをした。


「ただの夢だよな?」


 勘繰かんぐってしまう。なぜそんな夢を見たのか。

 斎の知らない場所が夢に出て、実在して、現実で青い球体を見つけた。

 それを掻き回して出来た代物しろものがキューブだと言うのなら、どこから来たかもわからないその物体がキューブの起源。死人と戦う唯一のすべ

 人を守る力の在処ありかを、忘れた記憶、もしくは別の何かに教えられた・・・・・ことになる。

 それこそ……俺が模擬大会の少し前に見た、未来の危険を知ったあの夢のように。


「……ただの夢だよ。気にしなくていい」


 ささやく優しい笑顔は、俺を安心させるために作った表情だった。

 とても自然で、いつも通りに見えるけど。未来が纏う空気に若干の緊張が見えた。


「……だよな。わるい」

「ううん。ゆっくり情報を集めよう」

「ああ」


 未来の微笑みを前にして、俺は相槌を打つほかない。


 ――ただの夢だよ。


 今朝話をした後の、未来の答えを思い出す。


 ――模擬大会前に見た夢も、今日の夢も。内容が内容だったから心配になってるだけ。気にしなくていい。私はこの通り、ピンピンしてるから。


 静かに笑って、もう忘れるよう未来は言った。

『ただの夢』とは思ってないと思う。でもそう言わなければ、不安を取り除けないとわかっていたんだろう。

 俺を安心させるために、努めて明るく振舞った。だから今日俺はいつも通りに過ごせた。

 なのに今、似たような現象を聞くとは思わなかった。


「マジで死人の心臓そっくりじゃん」


 長谷川の声。

 ぐるぐる回るものを頭から完全に排除して、視線を机の上に戻す。

 透明の箱に入った青い球体が、ダイスとキューブの間に置かれていた。

【第一八〇回 豆知識の彼女】

斎が球体を見つけた当時、未来は既に土屋家に住んでいる。


未来の瞳が青色に変わったのがいくつの時か明確になっていないものの、隆の証言から幼稚園ごろであることはわかっています。

目を気味悪がった両親は未来を捨て、その事実に気付いた隆の母・由香が引き取って以降一緒に暮らしているので、由香や隆の父・克明に連れられ公園で遊んでいました。

その頃から未来はお花が大好きだったそうです。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 キューブの歴史》

今まで触れられなかった、キューブとマダーの最初の関係。初めて作られたキューブから今に至るまでのお話です。

よろしくお願いします。

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