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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第一七九話 神

前回、未来がグラジオラスの花束を渡しました。

 挿絵(By みてみん)


 賑やかに話すみんなの後ろで、未来がこそこそと動くのを見た。

 その背中はとてつもなく真剣で、しかし上手くできないらしく頭をあっちこっちに傾ける。

 いったい何を苦戦してるんだろう。

 話の輪から抜けてじっと見ていると、何度も繰り返し動く手の間から鮮やかな花の色を見た。


 ――ああ。


 その瞬間、気付かされた。

 忘れてはいけない言葉を斎に伝え忘れていること。

 どうして俺たちが今ここにいるのか。

 何のためにここへ来たのか。

 研究所の仕組みに気を取られ、すっかり忘れていた自分を殴りたくなった。


「キューブ完成、おめでとう」


 お祝いの言葉を添えて、差し出された華やかなプレゼント。

 なんとか聞き取れるくらいの声で花の名前を呟いた斎は、そこに込められた意味を理解して泣いた。


 未来が驚いて俺の顔を見る。

 泣いた理由がわからなくて、助けを求める表情は本当に焦っていて。

 困惑してどうしたのと聞く。何度も、何度も。


 涙の意味を一番理解できるはずなのに、当の本人がそんなだから斎はいっそう泣いてしまう。

 贈り物に込められた意図が、天秤てんびんに掛けて選んだものではないこと。未来の心からの思いであると、その慌てっぷりが証明しているのだから仕方がない。

 どうしていいかわからず目をキョロキョロさせる未来の隣で、俺は斎の涙に同意していた。


 ラテン語で『剣』を指すグラジオラスの、たくさんある花言葉。

 花全般としては、密会、用心、思い出、忘却、勝利。

 けれど色別にするとまた違う意味を持つ。

 いつだったか、勉強も兼ねて未来がケトに教えていた。


 白は、密会。

 赤は、堅固、用心深い。

 紫は、情熱的な恋。


 そして未来が斎へ贈った、ピンクのグラジオラスの花言葉は。


「……『たゆまぬ努力』」


 泣いた理由を教えるように、俺は呟いた。

 逃げない強さを知っている。

 向き合い続けた日々を知っている。

 だからこそ、祝いを意味する花を使うのではなく、その『努力』をたたえる花を贈る。

 斎にとって、これ以上ない賞賛の言葉。


 ――渡した本人が何で泣いてるのか気付かないってのは、ほんとおかしいな。


 口の端が緩む。

 花言葉を意識して作ったはずなのに、どうして泣いているのかはわからない。

 鋭い時もあれば、めちゃくちゃ鈍いところもある。

 手先同様、不器用なやつだ。


「新しいキューブ……な。今日、国に申請して、名前決まったんだ」


 全員からきっちりおめでとうを言われた後、落ち着きを取り戻した斎が鼻をかんで言った。

 気持ちの切り替えなんだろう。大きな音を立てる。

 俺もしんみりした気持ちを心の中にしまって、斎の話を聞く姿勢をとった。


「へぇ、『キューブ』じゃないんだ? アタシらが使ってるのとは別物ってこと?」

「あーううん。使い方は一緒。与えられた文字から連想できるなら何でも作り出せる。ただ文字の選び方が違ってさ……」


 ちょっと説明が難しいらしい。今後見る機会があればいいんだけど、と言って、斎は机の引き出しから四角い箱を持ってくる。

 コトン、と軽い音で中央に置かれ、折りたたみテーブルを囲うみんなの目が釘付けになった。


「新しいキューブの名称は、『ダイス』」

「……ダイス」

「ん。サイコロだな、意味は」


 繰り返す俺に斎が付け足した。

 心の準備をする間もなく蓋を開けられて、努力の結晶と対面する。

 強い存在感を放つ立方体『ダイス』は、キューブの半分くらいの大きさで、ほんのりと赤みを帯びていた。


「これって、お前が模擬大会前に見せてくれた……」

「そう。持った人によって色が変わるあのキューブがベース。もっと言えば、去年土屋たちに貸した試作段階のやつ。二つで一セットの赤いキューブが発想の起源かな」


 箱に手を入れた斎はダイスをそっとつまみ出した。

 三本の指で持って丁度いい大きさのそれは、斎が触れた位置から徐々に色を変えていく。

 体温を感じ取るかのようにゆっくりと、赤から青に変化する。


「本当はさ。素体そたいで怪我しても【痛み無し(ノーペイン)】とか【治癒(ノコギリソウ)】を使えるようにしたかったんだ。どんな状況でも絶対に傷を治せるなら怖いものなんてない。戦場に立つ人もそうじゃない人も、今より安心して生活できる。……そんな未来みらいを、目指して頑張ってた」


 過去形から入った斎は、でも、と打ち消しの言葉で繋げる。

 苦く笑った。


「ダメだった。いくらやってもそこだけはクリアできない。多分、クリアさせてもらえない。人間の域を出る力を、神は許さないんだと思う」


 そうわかって、目指す方向を変えたという。

 神の領域には踏み入らず、人間に許された範囲で最大限力を発揮できる物を作る。

 マダーになるのはキューブに好まれた人だけという、好き嫌いの壁をぶち壊すことに心血を注いだのだと。


「てことは……まさか!?」

「じゃあこのダイスって……!」


 未来と同時に声を上げる。

 斎から返ってくる言葉に期待が高まる。

「ああ!」と頷くその姿に、全員の目が輝いた。


「キューブの好みなんて関係ない。戦場に出る覚悟さえあれば、ダイスを持つ人間は誰でもマダーになれる。政府が作った間に合わせのキューブは――廃止だ!」


「うぉっ、しゃぁああッッ!!」


 両手でガッツポーズをした!

 俺だけじゃない、みんなだ。みんなが叫んででっかい声を出して、腕を掲げて大喜びする。

 マジか、やった、すげぇ! 違う、そんな言葉じゃ収まらない。

 このテンションをどう言葉にしたらいい?

 なんて言えば狂いなく斎に伝えられるだろう。


「まっ、待って谷川、確認していい!? つまりさ? キューブに備え付けられた色んな機能が、このちっちゃいダイスにもあるのよね?」

「そっ!」

「身体強化とか、怪我したら早めに治る力も!?」

「そう!!」

「すっごいっ!」


 身を乗り出すように確認した長谷川も再度「わぁああ」と声を出した。

 俺も気持ちのたかぶりが抑えられない。斎の肩を持ってぶんぶん大きく揺さぶった。ぶんぶん、ぶんぶんと。

 激しく前後にぶんぶんぶん!


「酔うわ!」

「ごめん!!」


 振りほどかれて我に返る。

 でもしょうがねぇだろ、政府の作った偽キューブが終わりを迎えるんだぞ?

 本物と違って身体強化もなく、生み出せる技の範囲も狭かったまがい物の武器が消える。

 キューブに選ばれていない人間は死にやすいなんて残酷な統計も、これからはきっと……!


「ちょぉおお、みんなワシを置いてくな! 間に合わせのキューブとか本物のキューブとか、そんな違いワシにはわからんのじゃ。詳しく説明せんか!」


 噛み付くように加藤が喚く。


「ああそっか! 今の話、加藤はわかんなかったよな」

「一般人をなめんなよ……」

「なめてねーよっ」


 ぶはっと笑って、斎は丁寧に説明してくれた。


 キューブにはそれぞれ好き嫌いがあって、自分が好きだと思う人間を使用者として選ぶこと。

 好みの人がいなければ動こうとしないただの箱であること。

 だからこそ、正規のマダーがあまり増えなくて、業を煮やした政府の連中が誰でも使えるよう無理やりキューブを改造した事情の全てを。


「本物のキューブには『恩恵』って作用があってな。展開時はケガをしにくくなったり早く治ったりするんだけど、政府のキューブにはそれがないんだ」


「ないんか」


「うん。高い場所から落ちたら骨を折るし、完治に数ヶ月かかる。生み出せる技の範囲も狭い。正直言って、無理やり戦ってるような状態なんだよ」


 時間をかけて、加藤の理解を促す。

 新学期に入ってからずっとマダーの輪にいる加藤だけど、初めての情報も多いだろう。混乱するかもしれない。

 質問して答えてもらってを繰り返す。

 何度かのやり取りを経て、完全に知識として落とし込んだ加藤は息を呑んだ。


「その、好まれる必要がなくなったっちゅーことは。キューブには選ばれんかったワシでもマダーになれるってことか?」


「おうっ」


「マジかっ!?」


「マジ。でも、危険を伴う仕事だからさ。戦場に出るかどうかは事前にきちんと考えてほしい。恩恵があっても怪我はするし、死んじゃう可能性だってある。護身のために国全体に配るっていう手もあるけど……そうなると、心配になるのは犯罪に使われないかどうか。その辺をまた会議にかけるから、どちらにせよもう少し先の話だな」


「素体での怪我はこれまで通り気をつけてもらわなきゃだし」と、心配事を並べる斎。

 考える事柄はまだまだあるらしいけど……その表情はとても晴れやか。やっぱり雲の上の存在だ。


「ほんっとに凄いなぁ、お主は……」

「ははっ、ありがと」

「いやマジで。谷川のみことって呼ぼうか」

「よせって。そんな偉いもんじゃない、神様だってちゃんと別にいるから」


 照れ笑いしながらひらひらと手を振る斎。

 反対の手に握られたダイスがぼんやり光っているように見えた。まるで人の声に反応してるみたいに、会話が弾むにつれて微かに虹色の光を放つ。


「ねぇ谷川君? 谷川君は、神様がいるって信じてるの?」


 話を聞きながらその光景を眺めていると、阿部が不思議そうに尋ねた。

 その問いに興味を引かれる。


「そういやさっきも言ってたな。人間の域を出ることを神は許さない、神様の領域には踏み入らないって」


 勝手だけど、斎は神様とか霊魂は信じてないと思ってた。研究者だし、両親を含め、周りにはたくさんの研究員がいる。

 科学的根拠を求める環境にいるのだから、スピリチュアルは何より先に排除すべきじゃないのか。


「意外か?」


 にんまりと笑って聞き返される。

 阿部は大きく頷く。

 俺も首を縦に振ると、そっか、と相槌を打った斎は秀に視線を投げた。


「なに?」


 斎以上に泣いていた秀の目は真っ赤で、あんまり見るなと言いたげ。だけどその視線には何か意味があるようで、斎はずっと秀を見つめている。

 誰も何も聞かない。斎でさえ、何も言わない。

 場に沈黙が落ちた。


「……例の話なら、僕は信じてないよ」


 秀の口が動く。


「確たる証拠があるのに?」

「本体そのものはね。でも斎の頭の中を見たわけじゃないから、僕は未だに信じられない」


 その答えに肩を竦めるも、斎は不敵な笑みを浮かべた。持っているダイスと自分のキューブを机に置いて、じっと見据える。


「神は……いるよ」


 熱のこもった声。


宇宙そらから落ちた球体を、俺が掻き回して出来たガラクタ。それが――キューブだから」

【第一七九回 豆知識の彼女】

『斎』は神に仕えること、仕える人を指す漢字。


神に仕えるべしという意味でご両親が名付けたわけではありませんが、知識ある斎は自分の名前に誇りを持っています。神は存在する、神の意思を実現する。自分に与えられた指名である気がするそうです。


実はメインキャラほとんどに名前の由来があるのですが(未来、斎、秀、凛子、加奈子、凪、一応優にも)なぜかりゅーちゃんだけないです。りゅーちゃんはなぜか、最初から「土屋隆一郎」でした。全く迷わなかったのなんでだろう……未だに不思議です。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 星のまたたき》

キューブの中身について。どんな経緯で生まれ、人間にできないはずの力をどうやって作り出しているか触れていきます。

序盤に幼い頃の斎視点が入ります。

よろしくお願いいたします。

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