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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第一七八話 グラジオラス

前回、斎と合流しました。

 挿絵(By みてみん)


 未来が濡らしてしまった隆一郎の服は、彼の技【蒸発(じょうはつ)】によってすっかり乾いていた。

 夕暮れの光が差し込む廊下。何度来ても家の中とは思えない広さに「ほぅ……」と息を漏らしながら、六人ぞろぞろと、斎の後ろをついていく。


 本来なら『鉄壁の守り兵』を倒した時点で案内表が下りてくるのだが、今回は少し待っても出てこなかった。

 必要以上に部屋を荒らしたためにシステムが作動しなかったのだと、未来が抱えているコウモリ人形が説明する。


 まだしょぼくれている隆一郎にどうして連れてきたのかと問われる。けれど未来は「可愛いから」としか答えられない。実際それ以外に理由はないのだ。

 初めて来た日も連れ込んでしまって、斎に同じ問いをかけられたなと懐かしく思う。


 話しながらエレベーターへ乗り込んで、三階まで上昇。扉がゆっくりと開き、前方にある景色が広がっていく。


 ドラマに出てくるオフィスみたいと表現する凛子に未来は微笑んで相槌を打った。

 向かい合わせで並ぶ長机。白い蛍光灯。半透明の青いタッチパネルをポンポンと小さな音を鳴らして操作する姿は、最近のテレビではお馴染みの光景だ。


 違うのは切羽せっぱ詰まった空気を感じないところだろうか。わいわいと話しながら頑張る研究員たちに、作り物の世界とはまた異なる印象を受ける。


 改めて周りを見回すと、少し離れた位置に座る男性と目が合った。谷川哲郎てつろう博士。斎のお父さんだ。

 いつ見ても優しそうな人だな、と心の中で感想を述べ、ぺこりと会釈だけを交わし、おいていかれないよう足を速める。

 賑やかな職場を突っ切って、一番奥にある斎の研究室兼自室へと招かれた。


「おうち丸ごと……縮小システム?」


 そこで明かされたこの家の秘密を、隆一郎が難しい顔で復唱する。飼い主に怒られた子犬のような目で、シュークリームをちびちびと食べながら。


「そー。キューブの貯蔵と経由機能あるだろ? おキクの家とか、みんなが輸血パックを入れてるキューブ内の空間。あれと同じのをこの家にも使ってる。言わばあの玄関がキューブの入口で、中に入ったら人間も道具も全部小さくなってるってわけ」


 おかげで場所を取らずに研究できるんだけど、と斎は笑顔で補足を入れる。


「要はさ。あの部屋でどれだけ暴れようが、家も周辺も大して影響を受けないってこと。だからあんま気にすんなよ」


「いや、そう言われても……俺からすりゃキューブの作りだってよくわかんねぇし、そのわかんねぇ作用が自分にも起きて、体が小さくなってるとか周りに影響ないとか、急に言われてもちょっと信じらんないし……」


 説明しろとずらずら言葉を並べるも、隆一郎はふと顎先へ指を置く。

 熟考じゅっこうするように黙り込んだ後、あぁーと声を出した。


「斎の常識を理解しようなんざ、俺には無理だったんだ……」

けなしてる?」

「褒めてる。……多分」


「多分かよ」と斎の明るいツッコミが入り、勢いを増してこの家についての話が続いていく。

 監視カメラの代わりに手のひらサイズの模型があって、それが現実の家の状態と連動していること。異常が起きても何がどうなっているか一目でわかるのだと説明されて、初めて来た三人は目をしばたたかせる。

 実際に見せられた白い模型は、『鉄壁の守り兵』が落ちてくる部屋に爆発の焦げ目を浮かび上がらせていた。


「その部屋もさ、土屋が来る前は真っ白だったんだぞ。今は焦げてるけど」

「俺だけのせいじゃない……」

「アタシは風を作っただけだもーん」


 意地悪く舌を出す凛子。

 いつかボッコボコにしてやる……と隆一郎の怨念じみた独り言を陽気に払い除け、風を作っただけだと再度主張する。


 彼女は途中からわかっていたのだろう。あんな攻撃でこの家は潰れないと。


 ここで起きた爆発など現実で見れば小さなキャンプファイヤーでしかない。

 バケツ一つで鎮火できる小さな火災なら、己の全力を出して倒してやろうという思考はいかにも凛子らしい。これぞDeath game(デスゲーム)王者。微笑ましく思う。


 ――会えてからしばらく経つけど……みんな、多分忘れてるな。どうしてここに来たのか。


 会話には入らずシュークリームを堪能していた未来は、窓越しにオレンジ色の円光えんこうを見つめた。

 五月の終わり。日が長くなってきてまだ沈まないが、土屋家の門限は変わらず六時なので長居はできない。


 大事な友人へ視線を戻す。

 一連の騒動で憔悴しょうすいしている隆一郎、すぐる。二人をからかう凛子はともかく、秀と加奈子は久しぶりの防衛システムが楽しかったようで、隣に座って初めての日と今日の違いを語り合っている。

 ヘンメイとの戦いがあった後、一緒に病院へ行ってからだろうか。鈍感だと自覚する未来にもわかるほど彼女らの距離は縮まっている。なにより秀の表情が柔らかい。


 そんなみんなを太陽を思わせる笑顔で束ねる斎。

 ほうっておけば散り散りになりそうなメンバーを支えている努力家へ、未来の青い瞳が吸い寄せられる。


 今、言うべきではないのかもしれない。

 カスタードのシュークリームを幸せそうに食べて談笑する斎を、もう少し和やかに見ていたい気持ちもある。

 だがどうしても、未来は今日この日に伝えたいのだ。

 彼の――斎の、向き合い続けた九年の功績へ。


「【(はぐく)生命(いのち)よ】」


 こっそり両手の指を合わせ、手の中に一つの葉っぱを作り出す。

 それがどんどん数を増して大きくなっていく。

 わずか数秒後、葉の群れが桃色の花弁に変わり、未来の腕いっぱいに、スラリと長いグラジオラスの花が咲いた。


「あ……」


 隆一郎がこちらに気付いた。

 はっとしたような顔で、不器用で手間取る未来を手伝いに来る。


「ありがとう」


 小声で伝え、ひそやかに続ける。

 端材はざいを紙に変える【パルプ】で作った、シンプルかつ美しい包装紙。花の顔が正面になるよう隆一郎に支えてもらい、心を込めて、グラジオラスを丁寧に包みあげた。


「斎」


 シュークリームを食べ終えた斎へ声をかける。

「ん?」と優しい笑顔が未来へ向けられ、未来が持っている花束の存在を認めたその目が、微かに見開かれる。

 気付いたみんなの口が小さく開く。

 注目を浴びて少し照れるけれど、花束を斎に差し出した未来は、自分にできる最高の笑顔で伝えた。


「キューブ完成、おめでとう」


 誰よりも、何よりも。今日届けたかった言葉を。

 斎の目が更に大きくなる。

 慣れない祝福に未来の手は震える。

 緊張を受け継ぐ花束も小刻みに揺れて、貰い手に渡る時を待つ。

 斎の腕に収まった桃色の花は、峠を越えて安心したように見えた。


「俺も、言えてなかった。まずはおめでとうだよな」


 自嘲的に笑い、萎んでいた隆一郎も祝いを贈る。

 新キューブ完成おめでとう。

 声に含まれる尊敬と憧れの気持ちを、斎は驚き顔で受け取った。


「……ピンク色の、グラジオラス。花言葉は……確か」


 花束と未来を交互に見る目から、ぽろっ……と、涙がこぼれた。

 未来の肩が跳ねる。

 泣いた。泣かせてしまった。

 どうしてだろう、なにか失礼なことをしただろうか。

 わからない。


 慌てて隣の隆一郎を見上げる。しかし彼は微笑むだけでその答えを教えてはくれない。


 動揺して何度も聞く。

 どうしたのと。苦手な花だったかと。

 斎は首を横に振る。透明の粒が数を増していく。

 未来はどうしていいかわからず視線をさ迷わせた。


「っ、がと」


 湿った声に、鼓膜が揺れる。


「ありっ、がと。ありがと、相沢……っ」


 贈り物を胸へ寄せ、斎は必死に言葉を紡いだ。

 濡れた頬はりんごのように赤く、涙声なみだごえが心からの感謝を伝える。

 溢れる気持ちを精一杯、語彙へと乗せる。


「……頑張ったもんね」


 秀が眼鏡の奥で瞳を潤ませた。

 花束ごと斎を抱きしめて、背中を優しくさする。

 雫が落ちる。


 ――ありがとう。秀のおかげだ。

 ――うん。ありがとう。


 泣いて、頷いて。

 ともに頑張った彼らは九年分の感謝を伝え合う。

 どちらからともなくしゃくり上げ、子どものように泣く二人の背中を、この場にいる全員が静かに見守っていた。

【第一七八回 豆知識の彼女】

二章で一度公開して消した《グラジオラス》が、この話と次回に跨っています。


以前は花束を作って渡して、斎が泣いた理由まで隆一郎視点で話を進めていましたが、ストーリーが変わったため前半は未来視点になりました。

次回は隆一郎視点に戻り、グラジオラスの後半を。

そこでようやっと一章大型推敲後のわちゃわちゃがしっかり繋がります……ほんとご迷惑をおかけしました。

元々の《グラジオラス》についてはパラレルワールドの彼女の方で残しています。非公開になっているので、もし興味を持っていただきましたら碧眼の彼女シリーズから飛んでくださると幸いです。※次話のネタバレを含みます


キューブの作り、いわゆる構造について今まで触れていなかったのですが、三章になってやっと説明が出てきます。次回か、次の次か、次の次の次か……谷川家にいる間に語られる予定。よろしくお願いします。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 神》

グラジオラスの花言葉と、新キューブお披露目です。

またどうぞよろしくお願いいたします。

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