第一七五話 チョイス
前回、政府とマダーの相互理解。隆一郎視点に戻ります。
「いらっしゃいませー! ご注文はお決まりですかー?」
店員さんってのは、いわゆる笑顔の達人だと思う。
どんなに忙しくてもニコニコと笑うこの人たちは、仕事というのもあるだろうが決して嫌な顔をしない。常に完璧な店員さんスマイルで接してくる。
そんな素晴らしきプロとは逆に、俺は楽しい時は笑う、楽しくなければスンとしているらしく、良くも悪くも素直すぎるそうだ。
顔を見たら何考えてるかわかるよ、というのは未来の談。
なら表情チェックをしてみよう。
店員さんと俺の間に並ぶ、完成されたシュークリームへ顔を寄せてみる。
それらが入っているガラスの箱――正確にはショーケースに映る自分と睨めっこして、感情を視覚で確かめた。
――ああ、そうだな。すっげぇわかりやすい。
半開きの目に逆さUの字の口。ガラスの中にいる俺は『不機嫌』そのものだった。
じゃあなんで機嫌が悪いのか。誰かが聞いてくれるなら、俺は半目のまま答えるだろう。
わいわい楽しそうなこいつらのせいです、ってな。
「んんー……迷うな。王道カスタードかクリームとの二層仕立て、抹茶にチョコレート、ストロベリー……どうしよう。決められない。ねぇ相沢、相沢ならどれにする?」
「うーん、カスタードかな。好きそうじゃない? 斎」
「えっ、アタシ的にはイチゴのイメージなんだけど。ほらこれとか、期間限定。イチゴが塊で入ってるってさ」
「イチゴが好きなのは僕だよ。あぁでも、食べてたら一口くれって言う時もあるなぁ」
たくさんの選択肢に秀は決めかねる。
未来と長谷川の意見を聞いても「むぅ」と唸り、黒縁メガネを掛け直してはもう一度見比べる。
また悩む声を出す。
「加奈子は? 斎が好きなの、何味だと思う?」
「待って未来ちー。加奈が何を選ぶか当ててあげる。どぅるるるるるっ、じゃん! チョコレート!」
「凛ちゃんせいか〜い! 美味しいよねぇ、どうしてわかったの〜?」
「へっへん。アタクシ、凛子様には全てお見通しなのですよー」
どやっ! なんて付け加えそうな顔。自信に満ち溢れたいい笑顔だ。
「ちょっと阿部、単純に自分が好きなの選んだだけじゃ……あーでも、チョコ自体はよく食べてるなぁ。特にナッツ入りのやつ、たまにほっぺについてて可愛いんだよね」
どんなシーンを想像したんだろう。秀の口元が緩む。
チョコ味を見つめてにやにや、にやにや。正直に言おう、気持ち悪い。イケメンが台無しだ。
「なぁ秀さんよ、そろそろ……」
「ちなみに加藤君は? 加藤君ならどれにする?」
そろそろ決めてくれ、と言おうとしたけど遮られた。
わざとじゃなかったと思う。顔が真剣に戻ってる。
「ワシはスイカ味が気になるけどなぁ。期間限定ってフレーズはずるいと思わんか?」
「スイカ味かぁ……」
やめとけ。聞いたことない組み合わせだぞ。
自分で食べるならまだしも今回はプレゼントなんだ、挑戦するんじゃない。
「やめとけって誰かに諭された気がする……」
「神のお告げか?」
「天の声なら仕方ないよね。スイカ以外ならどう?」
「ならストロベリー……いや、抹茶かのう。見ろ秋月、茶菓子メーカーとコラボしちょる。今日までじゃって」
「どうしても限定品がいいんだね」
とりあえずこの場にいる全員の(なぜか俺は聞かれない)意見を聞いた秀は順々に比較。カスタード、ストロベリー、チョコレート……抹茶。途中で「カスタード&クリームもいいなぁ」とボヤいたのも秀だ。
「ダメだ、全部おいしそう。僕には決められない……」
「じゃあ多数決とってみる? せーので指さしてみようよ」
「いいねそれ。言い出しっぺ相沢、お願いしていい?」
「うん。じゃあいくよ? せーの!」
びしっ!
俺が空気でも楽しそうな五人。長谷川はいつもだし悩み中の秀は良しとして、心配性の阿部や面倒見のいい加藤までこのとおり。未来だけは、たまにこちらを見ては会話に戻るをしてくれてる。
そんな人情ある幼なじみの合図で、俺以外のみんなは一斉にシュークリームを指さした……はいいんだけど。
「……被らないね」
「そりゃそうだろ」
きょとんとする未来に思わず突っ込んだ。
お前ら全員違う意見だったんだから、改めて指さしたって選ぶ物は変わらない。それぞれの味に一票だ。
「おかしいなぁ……」
「おかしくねぇよ」
何もおかしくねぇよ。
本当にこいつのボケっぷりはわけわからん。昼夜で印象が違いすぎる。
秀も秀だ。いつものお前なら「馬鹿なのか」の一言で終わらせただろ。悩みすぎたか。らしくないぞ。
「頑張ったご褒美だし、僕としては喜ぶものをあげたいんだけどね」
……まぁ、それについては同感だ。
ここ、洋菓子専門店に俺たちが入り浸ってる理由。それが、今ここにはいない斎のためなのだ。
先日完成した『新キューブ』の報告や試験のために、一人でお偉いさんのところへ行ってる斎。
秀曰く、国への登録や全国に配るためのあれやこれやが必要で、俺たちが使ってるキューブと同じ手順なら一日では終わらないとのこと。
そんなわけで、俺や未来だけじゃなく一緒に頑張った秀も一昨日から斎に会えていない。
今朝やっと終わったと連絡が入り、かつ今日は短縮授業で早く帰れる日。じゃあ斎の好きなものを買って放課後お祝いに行こうよ。という話が出た時は、いいじゃないかと俺も思った。
けど。店に入ってから早一時間。未だに決まる気配がない。
しかもここに来る前に長谷川、阿部コンビがオススメの甘い物をどっさり買い込んできたから、当初の予定より土産がかなり多い。
こっそり胃薬を買っておいたぐらいだ。
――限度を知らねぇっつーか……。自分で持てなくなるまで買うんじゃねぇよ、マジで。
購入した物すべてを俺に押し付け、談笑する二人。
荷物持ちで腕力つけろってか?
機嫌悪くなってもいいよな。なぁ? ガラスに映る俺よ。
「少し持つよ、隆」
さすがに重くて置き場所を探そうとすると、未来が苦笑いで一部を持ってくれた。ありがたい。
「隆は何がいいと思う? 斎の食べたいの」
「……あー」
聞かれて考える。
こいつらさっき全種類言ってたんだよな。
出てないのはシュー生地だけで、クリームの味はどれも既出。何を選んでも絶対誰かと被る。
つまり俺の答えが購入対象になるわけで。……責任重大すぎんだろ、これ。
「なぁ秀。お前、斎の好物とか知らないのか。いつも一緒にいるだろ?」
ヒントを得るべく秀に振ってみる。
なぜか反応に困ったような顔をされた。
「ん……とね。知らないわけじゃないんだよ? ただちょっと、その……独特というか」
「独特?」
いったい何が好きなのか。
俄然興味が湧いた俺はそれを聞き返す。
「あー……その、ね。バロット、とか」
……おぉ。
「ばろっと? なにそれ」
長谷川は知らないらしい。秀に問いかける。
だけど秀はその質問に答えたくないようで、「ええっと……」とか「その……ねぇ」など言って答えから逃れようとする。
わからんでもない。あれは結構、説明するにも勇気がいる。
「あー、長谷川。孵化する前の、アヒルのゆで卵」
しゃーなしでフォローに入ってやると、秀は明らかにホッとした。だけどそのわずか数秒後、
「これ?」
一気に顔面蒼白へと移り変わった。
長谷川。やめてやれ。
秀の顔色をよく見てくれ。秀が、秀が可哀想だ。
確認のためなのか携帯で画像検索をした長谷川。そこに映し出されたなんともグロテスクな料理の写真が秀に向けられて、見てしまったあいつは石みたく固まった。
すまん秀。今のフォローはさすがに厳しかった。
「でも斎って、昆虫食はダメだよね? 少し前に聞いたけど、私が食べたの見て青ざめてたって……」
「お、おい、未来っ!」
未来が思い出すように上を見る。
俺は嫌な予感がする。
「未来ちー……その件についてはマジでごめんなさい」
「えっ、なんで謝るの? 美味しかったよ。見た目はあれだけど、食感はパリパリしてて、香ばしい匂いと味がして、それこそアーモンドみたいな――」
「あーーーー未来!! カスタード! カスタードにしよう、カスタードにッ!!」
的中だ。それ以上言うな。
お前にとってはすごく美味しかったんだろうが、みんながみんな受け入れられるわけじゃないんだ。バロットと一緒。普段食べてない人からすりゃ、かなりデリケートな話だ。
特にここは飲食スペースも兼ねてるんだからな。
「やっぱり隆もカスタードだって思った? 一緒だね」
こちらを振り返った未来は、ふわりと微笑んだ。
目を細めて、口角が優しく上がって。
溢れんばかりの『嬉しい』の顔。
……その笑顔は反則だ。
「美味いからな」
ついぶっきらぼうに返した。
そうじゃないと変なことを言ってしまいそうで。最近暴走しがちだし、どうにか自分を律さないと。
「ていうかさ。みんなで行くんだから、全種類買ってけばよくない? 谷川本人に選んでもらって、残った分はアタシらで食べたらいいじゃん」
「……盲点だった」
長谷川が人差し指を立てて言ったそれで秀が復活、満場一致。
提案通りに全種類一つずつと、俺と未来で意見が被ったカスタードを追加。
計七つのシュークリームを買って店を出た時にはもう、入店から二時間近くが経過していた。
店員さん。長々とすみませんでした。
【第一七五回 豆知識の彼女】
夏のみ販売。スイカ味のシュークリーム
・正式名称『店長激推し☆期間限定スイカ味!』
・推しポイント スイカ味のクリーム
シャリシャリあまーいスイカ入り
・考案 店長
・試作 店長
・試食 店長
・販売決定権 店長
・売上 ???
お読みいただきありがとうございました。
《次回 谷川家の秘密①》
いざ斎君にご対面……というわけにはいかないようで?
またどうぞ、よろしくお願いします!