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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第一七四話 権力ある大人が、子どものためにできること

前回、政府とマダーが話し合いを始めました。

 挿絵(By みてみん)


「――国民は、死人と暮らすことに納得しない。拒否反応を起こすと、一般人である私は考えます」


 当然の返答。

 まあそうだよね、と凪も頷きそうになる。

 日本各地を飛び回っている凪でなくても、彼が言わんとしていることは想像できるはずだ。


 死人によって、家族を失った者がいる。

 たくさんの犠牲が出ている。

 奴らは人間を襲う化け物で、殲滅すべき相手。その認識が変わるとは思えない。総理はそう言いたいのだ。

 彼だけでなく、ここにいる政府関係者の総意でもある。


「ちなみにですが、国生さん。死人との平和な関係とは、どのような経緯で手に入れるおつもりですか?」


「はい。その経緯を知るというのが、このプロジェクトの役割です。現在はまだ確立しておりません」


「そうでしたね。ではプロジェクトが上手く軌道に乗り、死人との争いがなくなったと仮定しましょう」


 一度言葉を切った総理は、糸目に近い双眸を大きくする。

 ぴく、とあいかの肩が揺れた。


「マダーの皆さんは、今まで命懸けで戦っていた相手を、可愛い・・・と思えますか?」

「……可愛い、ですか?」

「はい。争いがなくなった将来で、あなたたちマダーは死人を愛してやまない。しかも一部ではなく全ての死人を。そんな未来みらいが想像できますか?」


 あいかはフリーズする。

 顔は総理に向いたまま、しかしその瞳はどこか違うところを見ているようで、彼らの視線は交わらない。

 可愛いと思えるか。その問いに考えあぐねている。


 ――無理だ。この人には。


 可愛いとは思えない。少なくとも凪からすればそう見える。

 死人と心を通わせ、共存を目指す未来と彼女は違う。同じプロジェクトの一員であっても双方の考え方は真逆。死人を服従させての共存を彼女は良しとしているのだから。

 返事に詰まったあいかを、総理は見逃さない。


「ご遺族の気持ちはお考えですか。死人に家族を殺された方々が、毎年墓へ赴いては奴らへ恨みの感情を抱く。そうは思いませんか」


「……それは」


「産月についても、共に在れると思いますか」


「それも、まだ」


「わかりませんね。正体不明な組織であり、何の目的で結成されたかも知れないのですから」


 穴だらけの提案を、総理は一つずつ丁寧に指摘する。

 珍しくあいかが口ごもる。


「MCミッションを否定しているわけではありません。戦争の時代と同じように、終戦して、時間をかけて新たに絆を結ぶ道もあるかもしれない。私がお伝えしたいのは、奴らと戦わなくていいという根拠もなしに一般市民へ広めてはならない。この場での話にとどめておくべきだ、ということです」


 敗北だ。彼女の。

 間違いなく総理の考えが正しい。

 副総理もなにやら満足気に首を縦に振っている。まるで小さな子どもが親に同調するかのよう。


 ――頭ごなしに否定したくせに。


「弥重。顔に出すんじゃない」


 思った瞬間、小声の指摘が飛んできた。


「ごめんなさい。出てました?」

「出てる。珍しくな」


 口角を上げろ、と自分の頬に指を当てる司令官。

 その仕草が妙に可愛らしく見えた凪は、つい数秒前まであった苛立ちを見事に放り投げてしまう。

 くす、と笑いが漏れた。


「おいそこ! 何をへらへら笑ってる、意見があるなら挙手をしろ!」

「副総理。優しい言葉でお願いいたします」

「ふ、ふふっ……!」


 即座にたしなめる総理に凪は笑ってしまった。

 周りがギョッとしてこちらを見る。


「こら弥重……」

「ごめ、司令官。僕、もう……無理っ」


 我慢しようにも内側から湧き出てくる。

 凪はとうとう大笑いになった。

 司令官が額に手を当てる。縮こまっていたあいかも表情に苦いものを映す。

 議員たちはあからさまに引いていた。


「……楽しそうですね、弥重君」

「あははっ! すみません、総理。悪気はないんです。ただちょっと……可笑しくてっ」


 凪の返答に総理は当惑する。ちょうど鳩が豆鉄砲を食ったような顔だ。

 彼の気持ちは十分にわかる。とても真面目な話をしていたはずなのに、緊張感はどこへ行ったのだろう。息を乱して笑うほど面白いものがあっただろうか、そんな感じだ。


 凪だって思う。

 命のこと、将来のこと、死人だけでなく正体不明の組織に頭を抱えているというのに、どうしてこんなにも笑えるのだろう。何がそんなにおかしいのだろう。


 わからない。わからないけど、どこか楽しいのだ。


 一頻り笑った凪は深呼吸をする。

 周りはだんまりを決め込んで、こちらを凝視している。気持ち悪いものを見るかのように。


 ――ああそうだ。僕はきっと、おかしいんだ。


 にやけながら、自分で自分をおかしいと思う。

 そんな思考すら面白く思えた。


「……総理、こやつの無礼を許してくれ。長期遠征に行って以来、頭のネジがぶっ飛んでるみたいでな」

「あははっ、司令官。僕の大事なネジを探してきてください……っ」

「もう黙れ。つらいなら先に帰って寝ろ」


 ほら、と栄養ドリンク代と思しきお金を渡される。

 その優しさにまた笑ってしまう凪だったが、さすがに受け取れず断った。

 大事な御国おくにの話。退席するわけにはいかない。


「失礼しました。前任の会議とはまるで正反対で……つい、緩んでしまって」


 姿勢を正す。

 訝しげな表情を浮かべる総理へもう一度謝罪しようとするも、あちらの口が先に動いた。


「以前の会議は……どのような雰囲気だったのですか」

「酷いものでした。こちらの話には耳を貸そうとしない。特に僕みたいな学生の言葉は知らぬ存ぜぬといった様子で」


 そう、酷いものだった。

 国を統治する立場にあるはずなのに、彼らは凪の話を聞こうとしない。最前線で戦っている者の意見を蔑ろにし、自分たちが信じる空想の世界に浸る。


 こうすればきっと、この国は平和になる。

 ああすればきっと、死人なんてものはいなくなる。

 もっとこうして、ダメならああして。


 幾度となく聞いた、国を窮地に追いやる施策。

 その内の一つが、例の偽キューブだった。

 おかげさまでマダーの数は増えた。キューブに好まれなくても、戦場に出たいと願う者は誰でも偽キューブによってマダーとなれた。


 ――恩恵を受けられず、身体能力の向上が見込めない。扱える技の範囲も正式なマダーと違って圧倒的に狭い。そんな状態で戦うなんて危険すぎる、今すぐやめさせるべきだ。


 凪がどれだけ訴えても、彼らは聞きやしなかった。


「国生さんの話には、僕も急ぎ足すぎると思いました。けれど、谷総理大臣のお心というか、どんな思いで国民(僕ら)に向き合ってくださっているのか、おかげでよくわかった。面白いよりは……そうですね。嬉しかったという方が正しいです」


 今思い返してみれば、前任の政府関係者も必死に国を守ろうとしていたのだろう。

 正規のマダーがあまり増えない現実。対して強くなり続ける死人たち。

 恐怖と焦燥の中で、どうにか国を守ろうと奮闘した。

 ならば話を聞け、とはやはり思うけれど。


 部屋の中が、しん……と静まり返る。

 総理だけではない。批判のが強かった副総理や騒ぐばかりの議員たちも、何も言葉にできない。

 これまでの集会を知っている凪たち三人だけが、好きではない記憶に触れている。


「……我々に、できることがあるなら。言ってくれ」


 突として声が発せられる。副総理だ。


「前の総理が辞め、副総理も辞め……くっついていた議員たちも、逃げるように消えていった。新しいこの場をどうにか収めねばと、どうも……気を張りすぎていたらしい」


 バッと、副総理がスーツのジャケットを荒々しく脱ぐ。何事かと驚くこちらは知らん振り、ネクタイを緩め、シャツの袖をまくった。


「形から入ろう。皆リラックスして、今後についての話し合いができるように。総理もどうか、気楽になさって――」

「冷房の風が寒いので、私はこのままで……」


 ぷるぷる。既に冷えてきているとみえる。

 腕に手を当てた総理は首を横に振っていた。


「凪くんの方が……こういう場をまとめるのは向いている気がしますねぇ」

「暴走しやすいからな、お前は。止めても無駄だろうと思った」

「どうにか止めてくださいよぉ司令官……凪くんも」

「現状を見ればわかるでしょ? 大した成果もないのに周知しようなんて、よく思えましたね」

「これまた……キツい物言いですねぇ」


 あは……とあいかは項垂れる。

 背中を丸め、全身で居心地の悪さを表現した。


「では、改めて話をしよう」


 司令官もスーツを脱ぐ。中に着ていた普段着になった彼は、幾分か気持ちが楽になったらしい。声に張りが増す。


「我々が言いたかったのは、MCミッションについて広く知らせることでも、弥重がおかしいことでもない。報告に上げたケトについてだ」


 机に置いた資料の一枚を司令官は取り上げる。

『研究番号17』と題されたそこには、MCミッションのために捕まえた死人の生体――ケトについて記録されている。


「産月について知る手がかりが、今のところケトである旨は先ほど述べた。しかし例のトラブルによって今は眠っている。いつ起きるかもわからん」


 司令官は話す。本部に保存している死人、研究番号1から16へ、あいかの【る】を使ったと。

 もし『喜びの死人』がケト以外にいるのなら起きるまで待つ必要はない。何かしら情報を掴めるのでは。そんな期待があった。


「しかしながら、全員なにかを喋る前に『まじない』の影響を受けて朽ちた。『喜びの死人』でなければ体にヒビを生み、粉々に砕け散る。ガラス玉に変わることもない」


 ケトがすぐにでも目を覚ますなら、こんな提案はしなくても良かった。

 本当は凪も嫌だと言いたい。

 アイツ・・・を外に出すなど考えたくもない。

 未来の件があって以降、もう会わないつもりでいた。

 けれど――待っている時間が惜しい。


「もうひとり、まじないに侵されない可能性を持つ者がいる。この国で唯一、雪の降る街。北海道の端に捕縛しておる、だ」


「……なるほど。その生き物については、前任から話を引き継いでいます。とても、悲惨な事件でした」


 総理が眉間のシワを深くする。


「あれから、もう少しで一年半が経ちますか。被害に遭われた相沢さんは、今はどうしていますか」

「元気にしています。遠距離攻撃の照準が合わないと言っていたので、右腕のケアは必要ですが」


 凪の返答に、総理は悲しげに笑った。


「その者へ技を掛けるということは、拘束を解くおつもりですね」

「無論、そのとおりだ」

「あのような事件を、引き起こさないと約束できますか」

「約束いたします。暴れようとするなら、僕が容赦なく切り伏せます」


 二度と、あの子に消えない傷痕は作らせない。

 あの惨劇を繰り返させはしない。

 凪はそう心に決めているのだ。


 全員の意思を受け取った総理は、わかりましたと肯定の言葉で返す。北海道あちらへ連絡して、凪たちがスムーズに面会できるよう動くと約束してくれた。


「総理。あなたが話のわかる人と信じ、もう一つお願いしたいのだが」


 そんな司令官の声に、総理は糸目をカッと開く。

「私にできるでしょうか?」と嬉しそうに聞き返す総理へ、司令官は「ああ」と力強く答えた。


「権力ある大人が、子どものためにできること。――谷総理大臣。あなたにしかできない頼みだ」

【第一七四回 豆知識の彼女】

未来が右腕に傷を負った事件の詳細を、谷総理は知っている。


前任からの引き継ぎもありますが、悲惨な事件として記憶にしっかり刻まれています。

未来はまだ周囲には伝えていないので、凛子たちは知らないままです。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 チョイス》

隆一郎視点に戻ります。この話……一章の大型推敲後に『まだ出しちゃいけない内容でした』と消去されたあのお話です。覚えのある方は笑ってください。初めて読んでくださる方は、一回出したけどおバカ作者のせいで消された話として笑ってください。ちょこちょこ修正はしてます!

どうぞよろしくお願いいたします。

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