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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第一七三話 総理

前回、隆は不思議な夢を見ました。

 挿絵(By みてみん)


 東京都いしずえ区。

 死人死滅協議会しびとしめつきょうぎかい本部と同じく、首都の中央に位置する横に長い建物。

 爆破しても壊れないと謳う建築素材『マテリアル』を更に精製、増強した『超強化マテリアル』で建てられたそこは、威厳を保つためなのか、見た目は煉瓦れんが造りになっている。


 そんな仰々しい建物の一室。大人たちは苦悶くもんの表情を浮かべていた。

 特に上座にいる六十代男性、政府のちょう

 総理大臣と皆が呼ぶ人物。


 彼の名前に、なぎは興味がない。

 つい数ヶ月前にかわったその新しい総理大臣を、凪は覚えようとはしていない。

 理由は明白。この人もすぐ辞めるだろうと思っているからだ。


 死人しびとという脅威を前にして、逃げたり、自殺を図ったり。国の一部が滅ぶたび、彼らは責任の重さに耐えきれず辞任しようとする。

 任期なんてものは言葉だけ。

 死人が現れた二〇三〇年以降、もう何代目の首相かすら不明だ。


 ゆえに覚えない。

 悩んでいるように見せかけて、結局本部と現場に出るマダーに丸投げの国のトップなど、尊敬するに値しない。

 凪が心の底から信じ、ついていくと決めているのは、今隣にいる司令官。四十万谷しじまや悠吾ゆうごなのだから。


「以上。弥重みかさなぎを筆頭とした九州遠征、組織産月うみつきについての報告を終了する」


 厳かな声で締めた司令官は、一礼して席に座った。


「……死者数は不明。間に合った方々は四国や中部へ移動、産月の詳細は特定できず……ですか。承知いたしました。死人の殲滅と報告、感謝いたします」


 なんと答えていいかわからない。そう言いたげに総理は頭を下げる。


「その、『ケト』というのは。何者だ」


 総理の隣、副総理が胡散臭そうな顔で尋ねた。

 死人対策会議と掲げられたこの集まりは、総理と副総理、その他政府の関係者とマダーの議論の場。

 総理か副総理の指名、または挙手によって発言権を得る。


 円滑に話すためと彼らは言うが、司令官が指名されることはほとんどない。大抵は彼の隣にいる女性、国生こくしょうあいかに答えさせる。


 政府のやり方――マダーを増やすために作った量産型のキューブによって、多くの者が命を散らしている現実を責められたくないからだ。


「ケトさんは、ジーニアス中学のバスケットボールから生まれた死人です。わたしたちが目指すもののために、未来みくさんが密かに育てている死人」


 議員たちがどよめいた。

 総理は口をぽかんと開け、副総理は「な……」と困惑を前面に出す。

 ガタン、と音を出して立ち上がったのは、副総理の方だった。


「どういうことだ。死人を育てるなど、いつからそんなことを」

「昨年八月です。右腕のリハビリを終えた未来さんが、今の学校に転入し、養護教諭のわたしと話をしてから始めました」


「提案自体は彼女が大阪にいた頃に出したもので……」と、あいかは当たり前のように続ける。


 政府の連中は言葉を失うばかり。

 当然だろう。プロジェクトの邪魔をされないために、できる限り隠してきたのだから。

 政府のみならず、この話はほとんどのマダーが知らないこと。未来のそばにいる隆一郎でさえ、いつ始めたか知らないのだから。


 青い顔をした副総理はなぜ、なぜと繰り返す。

 対して総理は開いた口を元に戻し、唾をごくりと飲む。より真剣な面持ちとなった。


「あなた方が目指しているもの、とは……なんですか」


 総理の視線があいかから外れ、ゆっくりと動く。

 司令官、凪、再度あいかへ。

 回答権は変わらず彼女にあった。


mutual(相互) coexistenc(共存)eの関係……『MCミッション』。わたしたちは、死人と共に暮らす未来みらいを目指しています」


 ダンッ!! 激しい勢いで机が叩かれた。


「何を言っているんだ貴様は!? 奴らは人を襲う、殺す! 国民を皆殺しにするつもりか!?」


「まあまあ、落ち着いてください副総理」


「これが落ち着いてなどいられますか!? 総理っ、あなたは彼らが何をしようとしているのか、何を言ったのかしかとおわかりですか!?」


「君こそ、彼らが何をしようとしているか本当にわかっていますか? 断片だけ聞いてね除けるのではなく、きちんと理解した上で意見すべきだと、私は思いますがね」


 総理の制止に副総理が沈黙した。

 彼の言うことが正しい。混乱した頭でもそれだけは理解できたのだろう。


 ――今回の総理は……少し、話が通じそうだ。


 過去の首相と違い、聞く姿勢を感じ取った凪は、彼の卓上名札に目を向ける。


 内閣総理大臣 谷 陽介


「こちらの者が失礼いたしました。国生さん、説明を続けていただけますか?」

「……続けてよいのですか」

「ええ。ぜひ、お願いします」


 穏やかな口調にあいかは目を見張る。彼女も凪と同様に、今までとは違う何かを感じたようだ。


「では……失礼して」


 口端くちはに笑みが見えた。

 立ち上がり、流れるように『知』のキューブへ手を伸ばす。

 カリカリ、チキチキと鳴る展開音に、一部の議員が身構えた。


「【通知つうち】」


 刹那、部屋が群青ぐんじょう色に染まる。

 驚きの声を上げる彼らへ、あいかはにこやかに笑ってみせた。


「ご安心ください。攻撃用の技ではありませんので」


 その言葉を体現するかの如く、あいかの手元にあった筆記具の一つが動き出す。

 宙に浮かんだペンが光を放ち、群青の世界に金色の文字を書き連ねる。誰も何もしていないのに、MCミッションについての概要から現在の成果までが――あいかの頭の中にある全てが、この部屋を彩っていく。


「こちらとしては、準備ができるまで内密にしておくつもりでした。話せば混乱を招く、そうわかっていましたので」


 ペンが踊り終わったのを確認して、あいかは書かれた文字の補足に入る。彼女の声を聞きながら、凪もプロジェクトの概要だけを目で追った。



《MCミッション》

 死人を殺さず、共に生きる未来を目指すプロジェクト


 第一人者 相沢未来

 研究者  谷川結衣

 補佐   四十万谷悠吾、谷川哲郎、国生あいか

 構成員  弥重凪、杵島流星、小山内湊、土屋隆一郎


 施設 死人死滅協議会本部、最上階

 対象 新種の死人(現在は主にケト)


 流れ 生捕り、もしくはガラス玉として新種を捕獲。一度退化したのち成長させ、能力の変化や感情の移り変わりを記録。ヒトとの平和な関わりを見出す。



 ――ああ、そうだ。こういうの好きだったな、この人は。


 性格が出る。凪なら全部言葉で説明していた。


「先にも言ったとおり、内密にしておくつもりでした。しかしながら……産月などという存在を知ってしまった以上、黙っているわけにもいきません。相手を知るために、こちらが提示できる唯一の手がかりですので」


 部屋の群青が消えていく。

 それらにまた驚く議員たちは放置して、あいかは総理を真っ直ぐに見る。


 たに総理大臣、と強くはっきり名を呼んだ。


「私たちが目指すこの政策とケトさんについて。全国民……一般人、マダー全てに、周知していただきたい」


 また独断を。

 相変わらず己が信じる方へ突っ走る人だ、周りに相談しない悪癖は直してほしい。


「止めますか」


 小声で司令官に問いかけるも、彼は腕を組むだけで何も言わない。黙ってやり取りを聞いていた。


「周知ですか。マダーだけでなく、一般の方々にも?」

「はい。でなければ彼らへの風当たりが強くなる。いずれ来る平和のために、早い段階で国全体に伝えるべきだと、わたしは思います。それに……」


 ちらっと、視線が凪に向けられる。

 気付いた凪も条件反射でそちらを見るが、目が合った瞬間彼女は気まずそうに顔を背けてきた。


「失礼しました。今のは、わたしのエゴです。忘れてください」


 ぺこ、と礼をして俯くあいか。

 表情は横髪に隠れてよく見えない。けれど母親として、凪を心配しているのだろうことは雰囲気でわかった。

 ……何を今更、なんて思わなくもないが。


「ありがとうございます。意見しても?」

「もちろんです、総理」


 しばしの沈黙の後切り出した総理へ、あいかは深く礼をする。

 着席して言葉を待った。

【第一七三回 豆知識の彼女】

一章で一度だけ出た『超強化マテリアル』は、学校の体育館、避難所、死人死滅協議会本部、国の重要施設に使用されている。


マテリアル自体はほとんどの建物に使われていますが、こちらは高度な技術や材料が必要で、そうもいかないそう。

一章(51話)では死人の襲撃で崩壊寸前な校舎に対し、超強化マテリアルで建てられた体育館は傷一つありませんでした。強い。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 権力ある大人が、子どものためにできること》

凪視点続きます。総理の意見とは。

どうぞよろしくお願いいたします。

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