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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第一七二話 再来の夢

第三章にも足を運んでくださった読者様、まことにありがとうございます。こうしてまたお会いできたこと、とても嬉しく思います。本当に本当に、ありがとうございます!


それでは、第三章 雪の降る街。

どうか楽しんでいただけますように。

またのんびりとお付き合いくださいませ!

 挿絵(By みてみん)


 そこは、洞窟のような場所だった。

 いくつもある青光りした水晶が、辺りをぼんやりと照らしている。

 岩壁がんぺきに埋め込まれた小さなガラス玉が、青い光を反射して煌めく神秘的な空間。

 その中央で、大小の生き物がこそこそと話をしていた。


 植物と獣が混ざったような、十一名の人ではないモノたち。独特な声。

 間違いなく、死人しびとのそれである。


『――?』

『――――!』


 何を話しているかは聞き取れない。

 どこか遠い上空からその者たちを見ているようで、声どころか顔の詳細すらわからない。


 ただ、なんとなく察する。

 ここは現実の世界ではないのだと。

 自分が住んでいる国、外国のどこを探してもおそらく辿り着けない。天国とか地獄とか、生者は届かない精神的な空間に近いと思う。

 しかし一つだけ、あちらとこちらを繋ぐものがある。

 チッ……チッ……と、同じリズムで刻む音。

 自室にある青い目覚まし時計の秒針が、世界の狭間で木霊こだまする。


 ――ピチョン。


 岩肌を撫でるようにして、雫が一滴、水晶に落ちた。


華弥かやが死したと』


 発された言葉が、今までと違いハッキリと聞こえた。

 老爺ろうやのようなしわがれた声。

 今まで聞こえていたはずの時計の音が遠くなる。

 声が近くなる。


『相手は。ハズレか』

『いや、弥重みかさなぎだったらしい』


 問いを投げた若い男の声は、出てきた名を聞くなり『はっ』と笑った。


『所詮は《楽しみ》。あの男に勝てるはずねーな』

『よさんか。同胞の死を笑うなど、産月うみつきのすることではない』

『そう言うオッサンだって、心のどっかでは思ってんだろ? たかが《楽しみ》風情、師走しわす抜擢ばってきされたからって調子に乗んなって……』

『よせと言っている!』


 老爺が口調を強めて遮った。


如月きさらぎ、お前は言葉が過ぎる。少し自重しろ』

『へーへー、頑張りますよっと。……つっても、惜しかったとはオレも思ってるさ』

『なに?』

『あと少しで《喜び》になるところだった。だから弥重凪を性的な目で見ることができた。人間に欲情するなんざオレには理解できねぇが、その段階までいったことは褒めてやってもいい』


 老爺の冷めた目が男に向けられる。

 褒めたいなど微塵も思っていない、そうバレているのだろう。


『オッサンは鋭いねぇ。まあいいじゃないか、あんな変態女のことは』

『如月っ!』

『それもそうだね。産月うみつきが揃ってる限り何も問題は無いのだから』


 彼らのそばにいた別の生き物が、興味なさげにそう言った。

 不毛な話は聞きたくない。そんな意図をちらつかせながら。


『なんだぁ、卯月うづき。お前もどうでもいいってタチか?』

『平和に過ごせるならそれでいい。産月を使わない師走しわすの采配は正しいと、ぼくは思う』


 抑揚のない静かな声で答え、卯月と呼ばれた生き物は口を閉じる。

 青く光る地面に正座をした。


『その師走はどこにいるのだ。あのお方の呼び出しに応じぬなど、産月としてあるまじき行為……』

『知らねーよ。普段からあのお方に付きっきりなんだ、自由にしてやれ』

『しっ。御成だよ』


 会話を遮るハスキーな女性の声。

 そこにいる十一の生き物全てが口を閉ざす。

 頭を地面につける。


『騒ぐな、我が分身たちよ』


 奥から現れたモノの声は、口からではなく直接脳に響く。

 その言葉を全身で受け止めるかの如く、誰もその者を見ようとしない。

 天井から光景を見ている自分の目も、声の主を認識できない。とても大きな生き物ではあるが、黒い何かに塗り潰されている。


『しかし――様、師走へ確認せずによいのですか』


 誰かが尋ねた。

 けれど一部聞こえない。

 姿と同じように、名前を教えるつもりはないらしい。


『師走は、そのうち折り合いをつける。そろそろだ。好機がやってくる』

『好機、ですか』

『ああ。あと一週間程だ』


 老爺の問い返しに答えた生き物は、一拍置いて『卯月うづき』と呼ぶ。

 指名された彼は『は』と短く返事をして顔を上げた。


『今回はお前に任せよう。近々行くがいい』

『承知いたしました。必ずや、相沢あいざわ未来みくの首を獲って帰還いたします』


 命令には逆らえない。逆らうことなど許さない。

 声に含まれるドス黒いものを体に浴びた卯月は、意思とは関係なくそう答えた。

 もう一度頭を地面につける。

 強く唇を結ぶ。

 体が、小刻みに震えていた。



 ――ガチャンッ!


 目覚まし時計が落ちた。

 針が示す時刻は四時ジャスト。

 ジリリと鳴るタイプの俺の目覚まし時計は、()()()と同じように、音を鳴らした瞬間ボタンを押されてサイドテーブルから落下した。


「今の……夢っ」


 布団を蹴り飛ばす。

 時計も拾わず自室を飛び出した。

 向かう先は、俺の隣の部屋。『未来』と書かれた木目調のプレートが掛けられた扉を、ノックもせずに勢いよく開けた。


未来みくッ!」


「ひゃっ」と声が上がる。

 彼女の無事を確認した俺は、崩れ落ちそうになりながら中へ入る。

 今から着替えようとしていたのだろう、はだけた未来を抱き寄せた。


「ちょっと、りゅう! なに寝ぼけて……っ!」


 そこまで言った未来は、体を強ばらせたまま言葉を切った。いや、苦しかったのかもしれない。

 小柄な体は俺にすっぽりと覆われて身動きひとつしない。

 何も言われないのをいいことに、俺は説明もせずに黙り込んだ。


 少し前に見た、あの夢。

 今俺が見ていたのは、模擬大会中に未来が危ないと知った、予知夢みたいな現象を起こしたあの夢だった。

 前回と違って会話の内容がよくわかったし、出てきた名前も一人を除いて全部聞けた。前みたいに膜が張っているような感覚は起こらなかった。


 ――なんだ……なんなんだよ、いったい。


 聞いた名が頭の中でぐるぐると回る。


 華弥かや師走しわす如月きさらぎ……卯月うづき


 未来を抱きしめたまま夢の内容を思い出そうとする。

 だけど頑張らなくても、頭が全く同じ光景を再生し始めた。

 まるで、忘れるなと言うように。

 絶対に必要な時が来るから、それまで忘れるなと命令されるかのように。

 脳にこびりついて離れない。


隆一郎りゅういちろう


 未来の声がする。

 いつもは『りゅう』とあだ名で呼ぶ未来が、こうしてちゃんと呼ぶ時は、『聞け』というサインだ。

 力を抜いて、少しだけ体を離す。

 俺を見上げる未来の顔は、真っ赤だった。


「着替え中、です」


 ……そうですね。


「ご――」


 めん、と続ける暇もなく。渾身の蹴りにあった。


「いっだぁあああああっ!!」

「ノックぐらいしてや、もう! 何があったか知らんけど、この時間に起き出すの知ってるやろ!? いきなり開けんといて!!」


 バンッ! 扉を閉められる。

 そうだな、今回は俺がわるい。

 ほんっとにごめんなさい。

 反省します。ごめんなさい。


「隆。ちゃんと聞く。私なら大丈夫やから、心配せんでええよ」

「……」

「隆も先に着替えておいで。朝ごはん食べて、落ち着いてからゆっくり話そう」

「……ああ」


 俺が必死だった理由はお見通しなんだろう。日課になっている朝イチの鍛錬を未来は話し合いの時間に変えてくれた。


 俺の返事を聞いたあいつは今の騒動で起こしてしまったおキクを宥めに行ったらしい。ごめんねと謝る声がする。

 扉越しに二人のやり取りを聞きながら、俺は視線を落とした。

 パジャマに素足。手には俺の能力源である『炎』のキューブが握られている。無意識で持ったんだろう。今の今まで気付かなかった。


 ――『喜びの死人だから』。ヘンメイは、そう言ったんだね?


 自室に戻ると、昨日の凪さんとの会話を思い出した。


 ――はい。喜びの死人だから、ケトはまじないの影響を受けず全てを話せる。そう言われました。


 操られたヘンメイと戦ったのが、三日前の土曜日。

 翌日遠征から帰還した凪さんは、本部に報告をして、夜はこの家に泊まっていた。

 多分、時間が時間だったから聞かないでいてくれたんだろう。楽しい雑談をしてから川の字になって寝て、朝イチで死人関連の話し合いになった。


 夜のゴミ箱当番で、死人の数が異常に増えたこと。ヘンメイや産月という組織の存在、未来がハズレと呼ばれていたこと。

 凪さんがいなかった一ヶ月間に起きた事柄を、ほぼ半日かけて俺と未来は話した。


 未来が模擬大会の時に会ったという、碧眼の男。

 国生こくしょう先生の知りたいものを知れる技【る】を使っても、国のどこにいるかはわからなかったって話も、会話の流れで俺は知った。


 ――鍵を握っている子は……まだ起きそうにないね。

 ――ごめんなさい。私が加減を間違えたから……。

 ――ううん。今のうちに本部に話をしてくるよ。僕こそごめんね、学校休ませちゃって。


 ありがとう、助かった。そう言ってキューブを展開した凪さんは、外に出た瞬間に消えてしまった。

 光の速さで空を駆ける【光速(こうそく)】。

 勢いで発生した風は、夏の暑さで生温かった。


「ケト。朝だぞ」


 部屋着になった俺は、ベッドで寝ているケトに声をかける。

 模擬大会の観賞で騒ぎすぎたケトとおキクを鎮めるために使った、【葉脈(ようみゃく)】ブレーキモード。

 おキクはすぐに目を覚ましたけど、個体差なのか、ケトは未だに起きる気配がない。すーすーと寝息を立てるだけ。

 死人は呼吸を必要としないから、寝言っていう方が近いだろうか。


「ケト」


 もう一度呼びかけながら、バスケットボールのてっぺんに手を添えて、何度か撫でてやる。

 目は開かない。

 きょろきょろと動く可愛らしい単眼は、どうやら今朝も見られないらしい。


「……なぁ。お前は、全部わかるのか? 死人のことも、産月のことも」


 返ってくる言葉はなくても聞いてしまう。

 死人のこと、産月のこと。

 ケトは……喜びの死人とは何なのか。

 未来が狙われているのはどうしてなのか。

 俺が見たあの夢の世界に、何か意味はあるのか。


「ハズレって……何なんだよ」


 未来を指す名称の意味もわからずに、俺はただ、返事のない問いかけを続けていた。

【第一七二回 豆知識の彼女】

起こされたおキクは未来のなでなでによって機嫌復活。


すやすやタイムを邪魔されたおキクでしたが、大好きな主人のなでなでによって幸せな二度寝の旅に出たようです。優しい夢を見たそうな。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 総理》

会話には出ても実際のやり取りはしていなかった、政府とのお話。凪視点でお送りします。よろしくお願いします。

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