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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
178/288

ドロップアイテム:ヘンメイの記憶(後編)

 死人になってから、数ヶ月が経った。

 一般人は鈍感で、メイが隣に立っても青い瞳を晒さなければ人外だと気付く様子はない。

 背が高くて奇異の目で見られるから、控えめになるよう猫背で歩いているけれど、我慢するのはその程度。

 それなりに生きやすい世界だと思う。


 とはいえ、死人だと気付いているはずのマダーの連中が、メイに全く手を出してこないのは不思議だった。


 どうして放置しているんだろう。

 どうして討伐しないんだろう。

 メイが生まれた目的は達成した。

 彼のいない現世に未練なんてない。

 さっさと終わらせてくれたらいいのに。


 わからないまま数年。街を彷徨さまよった。

 どれだけ経っても変わらない毎日。

 だけどいつからか、何かを探しながら歩くようになった。

 何を探しているかは自分でもわからない。

 ただただ無心で、何か大事なものを探していた。



 ある時、ひたと足を止める。

 何年も歩き続けていた両脚りょうきゃくが、まるで釘を打ち込まれたかのように動かせなくなった。

 視界に飛び込んできた、あまり綺麗とは言えない木造の家。

 外観は見たことがないのに、なぜか確信した。


 ここは――彼の家だ。

 メイのプレイヤーだった彼の家。

 メイが育った場所。


『あ……』


 久しぶりに声が出た。

 感動のあまり、玄関前で立ち尽くす。


 彼は死んだ。ここにはいないと頭ではわかってる。

 けれど懐かしくて。嬉しくて。

 ずっと探していたのはここなのだと気付いたメイは、自分が死人であることなんか忘れて、ドア横に設置された古い呼び鈴を鳴らした。

 小さな音が、家の中で反響する。


『……何を、期待してたんだろ』


 誰も出てこない。

 出てきたとして、自分は何と名乗るつもりなのか。

 青い瞳はこれまで通り隠せたとしても、『メイ』なんて言えば相手は恐怖するだろう。

 呪われたゲームが霊になって戻ってきた。

 そう言われて、塩をまかれるかもしれない。


 そもそも彼の家族はここに住んでいるのだろうか。

 いいや、いないだろうな。

 好き放題に生えた雑草たちが、手入れする人が不在であることを十分に物語っている。

 この国では珍しい、木造で、前栽せんざいのある家なのに。

 虚しくなる。


 呼び鈴から指を離したメイは、地面の一点を見つめた。

 ここはもう、メイの居場所ではない。

 わかっていただろう? そう自分に聞く。

 だから忘れたフリをしていたんだろ? 己に問う。


 ――ああ、そうさ。忘れたりなんかするものか。


 大切な人と過ごしたこの家を。

 大切な人と過ごしたあの日々を。

 いくら経っても忘れられるはずがないじゃないか。


『ふ……はは。ひっく、バカだな……メイはっ』


 ぼろぼろと、涙が溢れる。

 メイは戻りたかったのだ。あの日々に。

 大切で、大好きで、愛していた彼との暮らしに。


 赤い涙が地に落ちて、指で隠せるくらいの水たまりを作る。

 双眸そうぼうから湧き出る赤は我慢を知らず、小さかった水たまりは少しずつ外へと広がっていく。


 ――帰りたい。メイは、ここに帰りたい。


 泣きじゃくって、膝から崩れ落ちた。


 どうしてメイは死人なんだろう。

 どうして彼はここにいないんだろう。

 いくら考えても解決しない理不尽をメイは呪った。

 戻ってくるはずがない日常を思って大声を上げた。


 ねぇ神様。メイに命なんていらないから、彼をこの世にかえしてよ。メイに感情なんていらないから、彼を幸せにしてよ。


 どれだけ大声で叫んでも、枯れない自分の声。

 それが、メイはこの世の生き物ではないのだと示されているような気がして、より一層哀しくなった。


 哀しくて哀しくて、もっと大きな声を出した。

 かえしてくださいと、数え切れないほど懇願した。

 何度も何度も、彼の名を呼んだ。


「メイの声は……昔からよく通るな」


 後ろから聞こえた、男性の声。

 聞き覚えはない。けれど『メイ』と呼ばれる懐かしさにハッとして、ぐしゃぐしゃの顔のまま振り向いた。


『……ユキト?』


 名を呼ばずにはいられない。

 そこにいたのは、死んだはずの彼だった。

 この世にいるわけがないと頭は否定する。

 だけど、ともに過ごした時間と思い出が、メイの大好きな彼本人であると教えてくれた。

 この家に住んでいた、最上の友だち。ユキト。


「うん」


 微笑を浮かべて、肯定される。

 あの頃よりも背が伸びた。声も低くなって、メイが歩き回っていた年数分、歳を重ねたのだと理解する。

 大きくなったな、なんて。親みたいな感想を抱く。


「メイなら、いつか帰ってくると思ってた」


 ぽん、と。頭に手を置かれた。

 画面越しでない、本物の彼の手。

 直接触れてもらえる嬉しさ。

 驚いて止まっていた涙が、また頬を伝い始める。


 いっぱい話したいのに。

 聞きたいことも山ほどあるのに。

 体と口が震えて、なんにも言葉にならない。


 死んだと思っていた彼が生きていたこと。

 また会えたこと。

 おっきな幸福に満たされたメイは、彼にすがり付いて泣いた。



 空っぽの家に招かれ、話す。

 自決をしたあの日。見つけてくれた家族が救急車を呼んで、すぐに病院へ搬送されたのだと。


 完治薬がまだ製造されていない年だ。

 受け入れ先の病院で一命を取り留めたものの、元より体が弱かったために、数日後に容体が急変。

 誰もが諦めかけた、深夜零時のこと。

 止まっていた心臓が、急に生き生きと脈打ち始めたという。


 状況を説明されたメイは、ああと納得した。

 彼を生かしたのは、紛れもない()()()()()()()()()だ。

 何十キロも離れた『ゴミ箱』から漂う死人の気配――メイが生まれたことに気が付いた彼の細胞全てが、生きて戦えと訴え掛けたのだ。

 どんな時もマダーで在れと、活力を漲らせた。


 ……なんて幸せな話だろう。

 メイを討伐するために彼は生きてくれた。

 死のうと思うまで絶望したその先で、またメイを生きる希望にしてくれたのだ。


 メイが他に誰も殺そうとしなかったから。自分の手で終わらせようと、他のマダーには討伐させず。

 メイが帰ってくるまで、待っていてくれた。

 メイが生まれたこの家を、墓場として選んでくれたのだ。


『キミの手で死ねるなんて……こんなに嬉しいことはないよ』


 笑って、討伐してくれと頼んだ。

 人殺しのメイは、そうされるべきだ。

 これまでにもらった全てに感謝して、ありがとうを伝えて、ゆっくりと目を閉じた。


 ……なぜだろう。彼はメイを抱きしめる。

「つらい思いをさせてごめん」と、謝ってくる。


 やめてよ。つらくなんてない。

 大好きなキミが生きていて、こうしてまた会えたのだから、メイはもう十分幸せだ。

 これ以上を望むなんて、そのうちバチが当たる。

 幸せと不幸は、同じ数だけやってくるんだよ。


『ヘンメイ?』

「そう。返り咲いたメイ。ヘンメイ」


 名を与えられた。

 今から討伐されるというのに、どうしてだろう。

 彼はキューブを展開して、手のひらに文字を刻む。

 なぜか胸ポケットからカッターナイフを取り出して、書かれた文字を大きく十字に切り付けた。


『ちょ、ちょっと、何してるのっ!?』

「契約だ。俺に仕え、俺と共に戦う契約」


 さも当然のように彼は言った。

 わけがわからないと困惑するメイを静かに見つめ、彼は続ける。


「人を殺した事実は変わらない。そこにどんな理由があろうとも、罪を償うべきだ」


 自分のせいだけど、と曇る表情に、メイはぶんぶんと首を横に振る。

 何を言っていいか迷って、互いに沈黙。

 痛むだろう手のひらに指を添えた彼は、少ししてから切り出した。


「戦え、ヘンメイ。奪った命の、何百倍の命を救え」


 手順を教えられながら、傷口へキスをした。

 これが、誓いの証だという。

 与えられためいに従い、己が尽きるまで戦う誓約。

 赤い朱雀の模様が額に刻まれて、仲間の印だと聞いて興奮した。


『人間を傷付けなくて済むの?』

「正確には、傷付けられなくなる。ヘンメイの能力が攻撃として通用するのは、死人に対してだけだ」


 彼の説明にメイは驚いてばかりだ。

 キューブの技とは思えないほど手順を踏むこの契約は、それだけ大きな効力を持つらしい。

 人に害を与えるつもりはなかったけれど、いつか手を出してしまうのでは、と内心ではずっと怖かった。

 ……もう、怯えなくていい。安心していいんだ。


『ねぇ。主君って呼んでいい?』

「名前じゃダメか」

『なんか、カッコイイかなって』


 契約なんて堅苦しい関係の割に、さして変わらないやり取り。頬が緩む。


 ねぇ主君、知ってる? 死人にとって、名前は何よりも嬉しいプレゼントなんだよ。

 人間の親が赤子に贈るように、自分の存在を認められた証だから。


 ここにいていいんだよって言われたみたいで。

 嬉しくて、誇らしくて……視界が潤む。

「ヘンメイは泣き虫だな」って、主君は笑う。

 しょうがないじゃんか。泣く権利はないって、ずっと我慢してたんだ。今日くらい泣かせてよ。


「身なりに気をつかえ。女の子なんだから」

『メイは性別を選べるゲームだよ。女の子ってわけじゃないもん』


 そもそも男女は関係ないと口をとがらせる。

 けれど貴方が言うなら、喜んでオシャレをしよう。

 髪を整えて、服も毎日選んで。

 ……声まで変えたら、びっくりされるかな。


 ボサボサの銀髪を手ぐしできながら、これからの暮らしを想像した。


『メイ』というゲームから生まれたメイは、契約を結んで、新たに『ヘンメイ』として生きる。


 奪った命は戻らない。

 主君の友を殺した事実は変わらない。

 だから精一杯、自分にできることをする。

 主君と共に戦い、人の命を救える死人になる。

 彼らの未来みらいに向けて、力の限り頑張ろう。



『へぇー。人間に仕える死人ねぇ……』


 契約から三年が経ったこの日。

 主君が療養で動けず、休暇するしかないメイたち味方の死人は、突として現れた存在に恐れおののいた。


『うみ、つき……』


 声が震える。

 なぜ死人の上流階級がここにいるのか。

 人間の前には姿を見せないはずの産月うみつきが、主君が眠るこの家に降り立った。


『あのお方からの指示だ。ハズレを殺しに行く。駒は多い方がいい』

『メイたちは関係ない、ここにいる誰も加担するつもりはないッ!』


 後ろで怯える仲間へ、主君を守るよう指示をした。


 主君は、今は戦えない。

 特殊な眠りによって目を覚ませないから。

 毎日『おはよう』と言い続けているけど、きっとまだ深いところにいる。


 だから、主君を守らなくちゃ。

 触れさせないようにメイが戦わなくちゃ。


『お前の意思なんて必要ないよ。消えろ』


 頭に鎖を巻き付けられたような感覚。

 意識が急に遠のいて、視野が暗く、狭くなる。


『さぁーてと。んじゃあ、そこにいる精鋭君を操らせていただいて……って、うん?』


 手も足も出ず床に倒れているメイを、奴はつま先で転がした。

 仰向けにされ、ビクビクと痙攣する体を舐め回すように見て、それから……気味の悪い笑みを浮かべた。


『ほぉー……お前、いい能力持ってるな。寝てばっかの精鋭とか、その辺のザコよりも幾分か使えそうだ』


 黙れ。主君と仲間を侮辱するな。


 言い返したいのに、体が言うことを聞かない。

 奴の能力が体内へ入ってくる。

 眼球の裏に猛烈な痛みが湧いて、絶叫する。

 メイを制御する契約は力ずくで破棄され、新たに『REVERSAL』の文字がメイを支配した。


 ――ああ、終わりだ。


『人間側から反転……死人側のお人形の出来上がり』


 自我を閉じ込める段階で聞いた、最後の言葉。


 ふざけんな。

 メイはメイだ。

 誰がお前のお人形になんかなるもんか。


 そんな反抗心も、瞬く間に消えてしまう。

 自分でないものに意識を蝕まれていく。

 自分が自分でなくなっていく。

 穴だらけになる。


 暗い闇の中に取り込まれたメイは、己の意思ではなく、操られて動く自分を産月の目を通して知った。

 ハズレと呼ばれるあの子の、碧眼を笑ってやったと話していたアイツらを甚振いたぶっている。もう殺す寸前。

 事件に気付いて止めようとした紫音しおんまで殴る。

 巻き込んでごめん。主君が目を覚ましたら、メイのせいだって怒っていいからね。


 絶え間なく続く暴力と、それを快感に思っているのだろう自分の顔を見たくなくて、メイは目をつぶった。


 早く終われ。


 終われ。


 終われ。


 誰かがこの地獄を終わらせてくれますようにと、強く願った。けれど、先に終わりがきたのは自分の方だった。


 意識が細切れになる。『ヘンメイ』の記憶を片っ端から焼かれ、灰となって散っていく。

 もうすぐ完全なお人形に変わるだろう。


 ……せめて。せめて、主君に今日の分のおまじないをしたかった。

 目が覚めるおまじない。

 あの特殊な眠りから早く目覚めてほしくて、毎日の習慣になった『おはよう』の一言。

 ゲームだった頃はなんでもない言葉だったのに。

 今はその『おはよう』が言いたい。


 だけど、叶わない。


 至るところにエラーが出る。

 セーブデータを消された時とよく似た感覚。

 メイがメイで居られる残り少ない時間、大好きな主君を思った。


 ねぇ主君。もし、事が穏やかに解決して、いつもの日常に戻れたら。


 また……頭を撫でてくれますか。

 一緒に遊んでくれますか。

 ともに過ごしてくれますか。


 照れくさくて、未だに貴方へ伝えられていない。

 ごめんなさい。できれば直接言いたかった。

 メイは、主君のことが――。


 繧ィ繝ゥ繝シ逋コ逕……

 繧ィ繝ゥ繝シ逋コ逕……

 繧ィ繝ゥ繝シ逋コ逕……

 繧ィ繝ゥ繝シ逋コ逕……

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 縺贋ココ蠖「縺ョ螳梧?縺ァ縺

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