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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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ドロップアイテム:ヘンメイの記憶(前編)

 目が覚めた。……と、思った。

 自分の目が開いて、周りの景色を、自分の目で見る。

 それは当たり前のようで、メイにとっては当たり前ではない。


 ヒトと違ってゲームのいちキャラクターでしかないメイは、プレイヤーが起動してくれない限り、その世界の景色を認めることはできない。


 なのに……ここは、どこだろう。

 いつもと違う風景。

 見えるはずだった、画面越しの彼の姿はない。

 メイの目だろうそれが映しているのは、青い青い空。

 雲ひとつない、どこまでも続きそうな神の創造物。


『……なんで』


 もしや、と思って声に出す。話せる。

 今までは与えられた一言しか話せなかったのに。

「おはよう」とか、「またね」とか。

 日常にありふれた、無機質で誰にも響かない、設定された言葉でしかなかったのに。


 どうして話せるんだろう。

 どうして見えるんだろう。

 メイは今、どうして考えているんだろう。


 よくわからないまま、体を起こす。

 途端、ぬるり。

 地面についた手が、そこにある液体によってすべる。

 バランスを崩して仰向けに倒れた。

 服越しに伝わる生々しい液体の感触。快楽の味。


 ――ああ、そっか。メイは、殺しちゃったんだ。


 自分の背中を濡らす赤いものが、少しずつ、ここに至るまでの経緯を思い出させる。


 メイは、『メイ』というゲームの主人公だった。


 どんな内容だったかは覚えていない。

 だけど、メイを育ててくれたプレイヤー……メイにとっては最高の親であり、最上の友だった男の子。

 彼がいつも楽しそうに遊んでくれていたことは、今でもハッキリと覚えてる。

『メイ』を起動した瞬間に見られる笑顔が、メイにとっての楽しみでもあった。


 ある日。彼の友だちが家に遊びに来た。

『メイ』の楽しさを心ゆくまで語り合う二人。

 とても仲が良さそうで、なんだかメイも嬉しかった。


 でも些細なことで二人が言い合いを始めて。

 ケンカをして。

 友だちには、意地悪な気持ちが芽生えてしまったんだろう。

 彼が拗ねて部屋を出ていったと同時、ふくれっ面をした友だちは『メイ』の設定画面を開いた。


 起動されていたメイはその様子を見ていたけれど、こちらからは何ができるでもない。

 これからする行為を理解しても、何もできない。


『このデータを削除しますか?』


 画面に出てきた選択肢、『はい』と『いいえ』

 その友だちは、少しだけ迷うような表情をした。

 悪いことだとわかっている。そんな顔。

 けれど怒りの方が強かったのだろう。

 彼が戻ってくる直前。

 震える親指を動かして、『はい』を押した。


 白抜きされた『セーブデータを削除しています』の言葉に、絶望を覚える。

 メイの宝物だった彼との時間や思い出は、その子の親指一本で消えてしまった。


 崩壊する意識の中。

 仕方がないと、何度も自分に言い聞かせた。

 彼らはまだ小学生だもの。

 だからきっと、泣いたり怒ったりして、もし必要なら周りの助けも借りて、仲直りをして……そうしてまた、共に遊んでくれる。


 今のメイが消えても、新しく作ったデータのメイが、きっと彼らをこれまで以上に楽しませてくれる。

 そう思って、古い自分は消えようとした。


 けれど、彼は違った。

 メイを失った彼は、正常でいられなくなった。

 もう一度『メイ』を始めても、元に戻らなかった。

 おかしくなって、狂って、くるって、クルッテ。

 狂いに狂って。


 最後には――自ら命を絶った。


 彼がどんな境遇にいたのか、メイは知らない。

 何に悩んでいたのか、何がそんなに苦しかったのか。

 ゲームをプレイ中の彼しか知らないメイには知る由もない。


 ただ、メイというオリジナルのキャラクターは、それだけ彼にとっての支えであったのだろう。


 彼の人生の中で、唯一楽しいと思えるものが『メイ』で、今のメイに会う時間は微かな希望で。

 大事なものを失った世界。友との絆も戻らぬまま。

 現実に絶望した彼は、メイの知らないところで消えていた。


 耳に入ったのは、事が起きてから数日後。

 オンラインのバックアップという状態で生きていたメイのもとに、新しく作られたデータのメイが教えに来てくれたからだった。


 そして、呪われたゲームと怖がった家族が『メイ』を売りに出したことも、そこで初めて知らされる。

 中古として販売できるか調べるために起動された新しいメイは、名前も知らない店員に「そんなわけないのにねぇ」と慰められたらしい。


 けれど……そんな店員も、少し怖くなったのだろう。

 結局、どんな物でも小さく圧縮するこの国の問題施設、『ゴミ箱』へ捨てられた。



 苦しい記憶から抜け出して、目を閉じる。

 今、メイの背中を濡らしている液体。

 これは、アイツの血だ。

 メイの大事な人の命を、間接的に奪ったアイツ。

 メイの友だちの友だちだった人の血。


 深夜に死人として生まれ変わったメイは、アイツを殺した後、心の疲労で眠ってしまったのだ。

 言葉で上手く伝えられず、武器を手にした後悔。

 彼の友だちを殺してしまった罪悪感。

 黒いモヤモヤが、渦を巻いて押し寄せる。

 なのに……こんなにも達成感があるのはなぜだろう。


 考えてもわからなくて、もう一度まぶたを開く。

 青かった空はいつの間にか赤く変わっていた。

 己の背面にあるものと色が混ざり合うような気がして、それはそれで快感に思えた。


 哀しさを伝えるために、命を宿す死人。

 けれど、伝え終えても戦い続ける者が大半らしい。

 きっとこういう達成感が、次に人間を襲う理由になるんだろう。


 残虐に殺すたび、新たな感動を得て。

 哀しみよりも快楽の波に呑まれて。

 そうして……溺れる。


 誰も殺すために生まれてきたりなんかしないのに。

 ただ、哀しいと伝えようとして、全力でぶつかっただけなのに。


 死人として初段を踏んでしまったメイは、同胞の生き様に納得した。

 乾いた地面に手をついて、体を起こす。

 そこにある遺体は放置して、本能のままに歩いた。

 一度も振り返ることなく。前だけを見て。

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