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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
175/290

第一七一話 バグ搭載

前回、未来に怒られた隆一郎。父からおにぎりを渡されました。

 挿絵(By みてみん)


「……ありがと」

「健闘を祈る」

「うす!」

 

 足についた砂や土を拭いて、タイミングがあれば母さんにもありがとうって伝えてとお願いをする。

 腹が減っては戦ができぬ。地下へ続く階段を下りながら、熱々のおにぎりを一つ食べた。


 大きな怪我はできない。素体じゃキューブで治してもらうのは不可能だし、鍛錬で使い過ぎたから手持ちの薬はゼロ。あんな高いもんぼったくるわけにいかないから、さっき未来に使わせちゃった分はお小遣いが入り次第返すと決める。

 鍛錬場の前に筆記具と携帯を置いて、もう一つのおにぎりはズボンのポケットに。

 準備運動を念入りに行って、大きく深呼吸をしてから扉を開けた。


「ですよねっ!!」


 飛んでくる。ロボ凪さんの長いながーい脚が。

 いきなり戦闘に入るところ、おししょーさま本人にそっくりだ。

 狙いは俺の頭。咄嗟にしゃがんでやり過ごす。

 風が頭上を通った。


「とりあえずっ、中へ入らせてください!」


 体当たりでロボ凪さんを奥へと押し返す。

 せっかくの防音設備も閉め切らなきゃ意味がない。

 未来にバレたくないから入ってすぐに扉を閉める。

 けれど鍵をする時間はくれないらしい。ロボ凪さんが襲いかかってきた。


「しゃーねぇ……!」


 施錠は諦めて応戦、集中する。

 僅かな遅れが命取りになるような連撃を、時折ぞわりとしながら躱して、守って、反撃に出る。


 ――急げよ、俺。抜け出したのバレたら丸一日ベッドに拘束されてもおかしくない。母さんが引き止めてくれてる間に、なんとか!


 ただ、それができるなら初めから苦労しないというもの。


「ふがっ……!」


 ダサい声。拳を腹に受けて、前かがみになった瞬間を逃さず追加の蹴りを受ける。

 体勢を崩された。


 ――考えるな。感じろ。


 鍛錬でよく言われる言葉が脳に響く。

 次にやられるのは膝か(すね)のどちらかだろう。

 傾いた重心を利用してバク転。攻撃される前に範囲外へ出る。


 ――次、顔面まっすぐ……いや!


 もう一歩だけ後ろへ。

 間を置かず殴りかかってきた拳は、俺の顔があった位置で急に軌道を変える。天に向かって突き上げられた。


「首が飛ぶ、か。なるほどね」


 目が捉えた空気の渦動(かどう)に、じわりと汗がにじむ。

 今やられたのは、今朝の鍛錬を切り上げるきっかけになった拳。当たれば俺の首がもげるかもしれないほど強力で、それだけはダメだと、未来が止めてくれた一撃だ。

 あの時は目前まできてもその危険性がわからなかったけど……二回目を見れば、あいつが必死だった理由もよくわかる。

 ありがとな、未来。

 おかげで俺は生きてます。


「隙が無いなら、作るべしッ!!」


 幾度となく打ち込まれる拳と蹴りの中で、俺の肩めがけて突き出された一つを利用。躱してロボ凪さんの腕を掴み、流れのまま後方へ投げ飛ばす。

 助走をつけて、蹴る!


 ――いい音!


 狙いは腹部だったが、さすがロボ凪さん。考えを読み取ってガードされる。

 でも体が浮いた状態では踏ん張りがきかない。衝撃に耐えられずふっ飛んだ体が壁に激突。

 マテリアル製特有の甲高い音が響き渡った。


「ふー……」


 呼吸が乱れないように、細く息を吐く。

 ここでもう一度突っ込むのは危険。立て直しが早いロボ凪さんだから、無理に追撃するとかえってやられる可能性の方が高い。

 急ぎたいのは山々だけど、そのせいでこちらが不利になることは避けるべき。つまり逃げじゃなくて、勝つための待機時間のつもりだった。だけど、


 ――なんの、音だ。


 聞き慣れない音がする。

 キリキリ、ミチミチ。

 キューブを展開する時とも違う、不安を掻き立てるような音。発生源らしいロボ凪さんが、ゆらりと動く。

 こちらを見る虚無の瞳。真一文字に結ばれた口。その両方が、微かに笑ったように見えた。


「ぐっ……!?」


 突如、火傷みたいな痛み。

 視界の端に血が映る。


 ――なんだ今の。何をされた!?


 一瞬で距離を詰めて攻撃してきたロボ凪さん。

 もう遅いが後ろへ跳んで距離をとる。

 状況を把握すべく痛む右肩に目を向けた。


「……は」


 言葉にならない。

 ざっくりと、大きく横に切れている。ナイフで襲われたかのような鋭利な切り口。

 服が徐々に赤く染まっていく。

 殴られて頬が切れるってのは前にあったけど……こんな刃物じみた攻撃、どうやって?


 記憶を辿(たど)っても答えが見つからない。

 キューブ無しの体術戦だからほぼ殴り合いになるし、それこそ鍛錬場にある物を武器として使うくらいしか。

 ……武器?


「うわっ!?」


 仰け反る。眉間を狙って突きつけられた物をイナバウアー状態になってよけた。

 俺の鼻先にある、()()()()()をした鋭利な物体。


 ――これ、マテリアルの破片!?


 両腕をついて後ろに転回、危険から離れる。

 間違いない。ロボ凪さんが使っているのはこの国最強の素材、マテリアルだ。

 まさかと思って見てみれば、ロボ凪さんがさっきぶつかった位置に妙な跡がある。(のり)で貼り付けた紙を無理やり剥がしたみたいな、一部分だけデコボコの壁。

 視界に入ったロボ凪さんは、指が真っ赤になっていて。ピンときた。


「未来の皮膚剥がしなんて……これに比べりゃ、可愛いもんだな」


 恐怖。笑いが込み上げてくる。

 つまりロボ凪さんは強硬手段に出たのだ。

 ほとんど物が無い鍛錬場の中で、俺をダウンさせられるような強い武器を作るため。

 ()()()()()()()()()()()なんていう、常人には不可能な行動に出た!


「卑怯だぞロボ凪さん! 体ひとつでやる課題だろ!?」


 反抗するも彼は武器を捨てない。むしろこれもよけてみろとばかりに振り回してくる。

 キューブは使ってないんだからいいでしょ? そんな声まで聞こえてきそうだ。


「いッ……!」


 右腕、さっきやられた肩の数センチ下に痛み。

 利き腕を潰されそうになる。


 ――次は腹か? それともまた腕……っ!


 予想が外れる。狙いは、顎。

 ガァンッ!!

 直撃した。

 よけようにも見切れない。

 どこに何をされるのかがわからない。

 一ヶ月かけてようやくまともなやり合いができるようになったのに、たった一つ攻撃手段が増えただけでまるで読めなくなった。

 着々と積み上げてきたものが目の前で崩壊していく感じ。


「く、そが……ッ!」


 どうにか応戦し続ける。

 幸い意識は飛ばなかった。けど顎を殴られて正常でいられるはずがない。ふらついて、寝不足も相まって目が回る。

 休んでって言われたのに聞かなかったんだから、後者については自業自得だ。


 体にアザが増えていく。切り傷も多くなる。

 受け身を取れない俺はズタボロに。

 意図せず、無茶をした六時間の二の舞になった。


 ――足音。


 誰かが家の中を走る気配。ギョッとする。

 実際に音が聞こえるわけじゃない。扉は閉めてるし、防音効果のおかげで中からはもちろん外の音も入ってこないから。

 けど、わかる。あいつに気づかれたこと。

 ロボ凪さんを捉えるだけに集中していた俺の五感が、広い空間を認識し始める。

 母さんのマシンガントークを掻い潜って、父さんとも一悶着起こして、全力で走ってるあいつが。

 三階からここに向かう未来の姿が、鮮明に見える。


「バグったか、俺」


 お前の負けだとばかりに殴られて、現在倒れ込んだ状態の俺。意識をロボ凪さんに向ける。

 不思議な感覚は変わらない。見えるはずがないものが見える。

 怪我のしすぎでおかしくなったのか。ロボ凪さんの動き、一つひとつのコンマ数秒先が。


 予測ではなく、()()()ような気がした。



 ――カツン!



 音を鳴らして、この国最強の素材が床に落ちた。

 俺を殺しにかかっていたロボ凪さんが驚いた顔をする。かくいう俺も、自分で自分に驚いていた。


 バグを起こした脳を信じて、見た通りにロボ凪さんが動くと仮定。どうしたら切り抜けられるかと一瞬だけ思考して、ロボ凪さんの手首を殴ることで回避しようとしたのだ。


 そしたら、想像ではなく本当に俺の脳天めがけて武器が振り下ろされて。考えた通りに手首を横向きに殴った。

 勢いでロボ凪さんの手からマテリアルが吹っ飛ぶ。鍛錬場の端に落ちて、思い通りにいかなかったロボ凪さんが目を見開いて硬直、今に至る。はず。


 ――なんだこの不思議現象……いや、それよりも。


 大きく飛び退いたロボ凪さんを見て、単純だけどありかもしれない策を思いついた。

 ポーカーフェイスが崩れ、今までにはなかった困惑や焦りが漏れ出すロボ凪さん。

 動かなくなった彼とは対照的に、未来が一階へ移動する気配。足音が近付いてきた。


「好き勝手しておいて……やられっぱなしのダサい姿なんて見せたくねぇよな」


 痛みを無視して立ち上がり、片手を前に出す。

 指を手前に引いて、自信ありげに笑ってみせた。


「来いよ。ロボ凪さん」


 見るからに挑発的な態度で。

 (かん)に障っただろうロボ凪さんの目がつり上がる。

 再度俺に襲いかかってきた。


 ――予想通り!


 上手くいったと喜ぶ暇はない。凄まじい暴力の連続で、一発でも当たったら気絶することは容易に想像がつく。

 けれどさっきまでとは違い、ロボ凪さんの動きに雑さが生まれてよけやすくなったのも事実。

 ヘンメイに阿部を殺されたと思い込んだあの時の俺と同じ。感情が行動を乱している状態。


 応戦しながら反撃の機会を待つ。

 武器を失った今、攻撃手段は大まかに分けて殴るか蹴る、手刀の三択。


 バグは消えた。不思議現象にはもう頼れない。

 けれど、細かな動きの違い、関節の向き、纏う空気の流れ。視覚を筆頭に、聴覚と触覚が空気越しに教えてくれる。

 どこを狙われるか、何が飛んでくるか。

 身を守るためにどう対処すべきか。

 これまでにないほどハッキリと識別できた。


「僕を倒してごらん……か。意地悪な課題」


 重心を低くして、拳を握る。

 これで決めると体ごと腕を突き出したロボ凪さんがハッとして、慌てて止まろうとした。でも、もう遅い。

 頭を傾けるだけで難無く躱す。

 近接したロボ凪さんの顔――中心より下に狙いを定め、空気が渦巻く殴り方を鮮明に思い出した。


 これからやるのは、ただの()()()()。本物じゃないし、頑丈なロボ凪さんだからきっと首は飛ばないだろう。

 飛んだ場合はグロい結果になるけど……その時はその時ってことで。


「ロボ凪さん! 一ヶ月間、どうもありがとうございましたッ!!」


 大声で礼を告げ、殴る。真正面に突き出した拳を、顔に当たった瞬間ひねり上げるように。

 見よう見まねでやったのは、ロボ凪さん必殺・首飛ばしの拳。

 ロボ凪さんが盛大に宙へ飛ぶ。ああ良かった、見た目はグロくない。だけど痛そうな音がした。

 残念なことに俺の腕も痛い。どうして怪我の少ない左手を使わなかったのか、血だらけの右腕を庇って少し後悔する。


 落ちてくるロボ凪さんを目で追いながら、本物の師匠を思った。

 凪さんだったら、例え驚いたとしても止まらない。こんなわかりやすい挑発になんて乗らない。

『隙を一寸でも見せるな』そう最初から俺に教えているのだから。

 例え全く予想していなかった動きを俺がしても。

 心の中では動揺していたとしても。

 俺が尊敬する、無慈悲で大人げない師匠なら。こんなやり方は通用しない。


「ちょっと、隆!? なんでここにいるの、休んでって私さっき言ったでっ……」


 バンッ! と扉を開ける大きな音と同時に放たれた未来の怒声。途中で言葉が切れる。

 代わりにロボ凪さんが墜落した振動と、パッパラパーラーラーなんて大袈裟な音楽が鳴り始める。

 凪さんが楽しそうに設定していた、おめでとうの曲。課題クリアの証拠。


 くるりと未来の方へ振り返る。

 全身痛いし、疲れや眠気も尋常じゃない。

 けれど、目をまん丸にしてこちらを見る未来へ、にひっと笑ってやる。高く高く、ガッツポーズをした。


「勝った」


 それだけ言って。


「……勝ったの?」

「おう」

「今?」

「うん」

「いつから?」

「いつ……時計は見てなかったな。けど、おにぎりが冷めてないくらいの時間」


 後で食べようと思ってポケットに突っ込んでいた、二つ目のおにぎりを未来へ渡す。

 まだ温かい。一つ目ほど熱々ではないけど、土屋家秘伝の味が堪能できるくらいのジャスト温度。口に入れたら幸せが訪れる、美味しい美味しい塩にぎり。


 自分で言って不思議に思う。最長で五時間粘っても倒せなかったのに、今回はなんで? と。

 急いでいたこと、煽りによってロボ凪さんが乱れた点も大きいだろう。でもそれとは別に、空間丸ごと把握して、相手の動きを正確に予測できた現象。あんなの初めてだった。


 ――昨日から怪我してばっかだし、身を守るために周囲を認識しようって意識が働いた? いや、だとしてもなぁ……。


 通常の戦法でもかなり時間を食ったのに、もっとキツい武器ありモードをそう簡単に見切れるとは思えない。現にあの瞬間までは全く読めなかったんだし。


 でも、前向きに考えるなら。

 見るより体験する方が早く本質を理解できるとして、取り込んだ情報に百パーセント対処するために第六感が働いたとすれば。それがあのバグの世界に繋がっているとしたら。


 当たりをつけた俺は、おにぎりを無言で見つめている未来に声をかける。「食べてもいいぞ」と伝えてから、真面目な顔で提案した。


「あえて怪我する戦法、俺向いてるかも」

「やめなさい」

「でも」

「私は反対」


 言われながらも考えていると。

 そりゃそうだよな、未来のお怒りに触れた。


「ごご、ごめん! しないから忘れてくれ、なっ?」

「皮膚より痛い何かを考えなきゃ……」

「考えないでくれ!?」


 なんか変なモノ取り憑いてないか未来さん。なんか、なんかお前のバックに黒いモヤモヤが見えるけど。気のせいだよな。気のせいと思っていいんだよな?


 ある種の恐怖に怯えていると、俺を座らせた未来が手当てを始めてくれた。

 相変わらず不器用。止血はできたものの克復軟膏は塗りすぎるし、ガーゼを固定するための包帯はゆるゆるで、さすがにまずいと思ったのか何度も巻き直す。

 顔いっぱいに怒ってますと書いて、口もいてくれそうにない。だけど、俺に触れる手はこれ以上ないほど優しくて。


 思いやりと丁寧さに安心して、ありがとうを伝えた俺はそのまま眠りに落ちたらしい。


 父さんが部屋へ運んでくれて、夕方になるまで全く起きず、最終的に家族全員が心配していたというのは晩ご飯中に聞いた話。

 凪さんが遠征から帰ってきて、昼ごろに一度顔を出していたことも。思い出したように未来に教えられて、その時初めて知った俺だった。

【第一七一回 豆知識の彼女】

隆一郎のお小遣いが残ってないのは薬を買いすぎたから。


りゅーちゃん、ロボ凪さんとの鍛錬に奮闘するあまりお薬爆買い案件です。高品質なものは相応に高いのです……


これにて第二章、完結とさせていただきます。

次話では本編中に語られなかった小話と、一章&二章で出てきました能力一覧を表記しております。

その後に掲載する二つ目の番外編も楽しんでいただけたら嬉しいです。


ここまでお読みいただき、本当に本当にありがとうございました!

足を運んでくださる読者様や、心温まる感想とレビュー、いいねに評価からも元気とやる気を頂いております。

どうぞこれからも、【碧眼の彼女】略して【碧カノ】をよろしくお願い致します!


また三章で会えることを祈って。

2023.3.19 さんれんぼくろ


《次回 番外編・裏話Ⅱ》

《次々回 ドロップアイテム:ヘンメイの記憶》

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