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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第一七〇話 お怒り

前回、産月についての大人の会話。凪さんとあいか先生が親子でした。

 挿絵(By みてみん)


 帰宅した直後、母さんと父さんに謝った。水道代の件、俺の勘違いで意味を成すものではありませんでしたと。

 絶対怒られると覚悟していたのだが、母さんから返ってきたのは怒りの言葉ではなくて。


「良かったじゃないの。日常にあるものが戦いにも使えるってわかったんだからさ」


 にっと歯を見せて、それより無事に帰ってきてくれて良かったと頭を撫でられた。

 夜遅くまで待っててくれた二人は限界がきたらしく、寝室に入ってすぐにいびきをかき始める。

 それが妙に安心して、課題をクリアするために未来と上機嫌で鍛錬場へ向かった。……までは、良かったのだけど。


「ごめん! ごめんって未来!」

「何度謝ってもあかんもんはあかん! 言うこときき!」

「だぁああああっ!!」


 ベリベリベリッ!! 違うな、メリリリリッ!!

 めちゃくちゃ怒ってる未来に左腕の皮膚を剥がされる。

 なぁ、誰か嘘だと言ってくれ。未来もキューブを展開してるとはいえ、人間の力で前腕丸ごと皮膚を取られるなんて思わないだろ。素手だぞ。誰かこの恐怖をともに味わってくれ!


「ほれみい! こんな簡単にキューブ取れるくらい疲れてんや、集中なんてできるわけないやろ!!」

「キューブじゃねぇ! お前が引っ張ったのは皮膚だ!!」

「どっちでも一緒や、あほ!」


 一緒なわけあるか!

 最後の方に悪口が聞こえた気がするが、今はなんでもいい。

 俺を鍛錬場から追い出そうとする未来に、「嫌だ、嫌だ!」と駄々をこねる。

 けれど、体に巻きついた【朝顔(あさがお)】が行動を許してくれるはずもない。

 足が勝手に動く。姿勢良く一定のリズムで階段を上らされる。

 鍛錬場がある地下から一階、二階、三階へ。廊下を渡って右向け右。自室の扉を陽気に開けて三歩ほど進めば……ああ、もう。ベッドが目の前だ。


「なぁっ、ごめんって! あとちょっとでいいから付き合ってくれ!?」

「嫌や! これ以上怪我させたぁないし見んのも治すのももうたくさん! ちょっと頭冷やしてきぃ、あほ!」


 バン!! 扉、閉めてくれてありがとう。

 母さんが洗濯してくれたのか、いい香りのする布団へ意思に反して飛び込んだ。

 残念ながら【朝顔(あさがお)】の蔓は付けられたまま。要するに、動くな。未来が言いたいのはこの一言だろう。


「くそ……あいつ、キューブ持ったまま逃げやがったな」


 未来が怒るのも当然だとは思う。今回は俺がわるい。絶対いっぱい怪我するから、全部【治癒(ノコギリソウ)】で治してくれなんて頼んだ俺がわるい。


 ――ノコギリソウの花言葉……治癒だったか。あいつ、阿部ほどじゃなくても怪我は治せるのに、なんで戦場じゃ使いたがらねぇんだろ。


 治療の技は想像が難しいと聞く。理由がそれなら、余裕があれば使うんだろうか。

 突っ伏してぼんやり考えていると。コン、コン。

 ノックの音がした。


「入るよ」

「隆一郎は不在です。扉は開きません」

「声が聞こえます、居留守を使わないでください」


 ふてくされた冗談にも返答してくれる未来。ちょっとは怒りが収まったんだろうか?

 扉が開いて後ろに気配がくる。

 ベッドに対して斜めに寝転んだ俺の横へ、未来は静かに座った。途端。


「あぁあああああっ!!」


 悲鳴を上げる、俺。


「未来!! なんっ、なんで、完治薬(かんちやく)……っ! いってぇ……!!」

「言ったでしょ、もう治すのはたくさんだって。薬の効果を受けてください」

「嫌がらせかよ!?」

「違う。なんで薬での治療を優先するか、きちんと考えて」


 激痛と引き換えに、全身にあった怪我が急激に修復されていく。

 ロボ凪さんの殴打にあって機能をほぼ失った右目。ズタボロだっただろう内臓、腕や足の骨。未来が剥いだ左腕の皮膚。

 気付く。未来がさっき【朝顔(あさがお)】で俺を陽気に歩かせたのは、治す場所を把握するためだったのだと。

 動きの悪いところを視認して、未来が判断するために。


「……一個ずつ治療する【治癒(ノコギリソウ)】じゃ、手に負えないくらいの怪我でした」

「正解。じゃあ次。私が無理やりロボ凪さんとの鍛錬を切り上げさせたのは、どうしてだと思いますか?」


朝顔(あさがお)】の蔓が離れていく。二つの意味できちんと動くようになった体を起き上がらせて、未来の横に正座。

 反省の色をこれでもかと見せた。


「課題をクリアするために、ロボ凪さんの攻撃を全部実際に体験するとかいうバカな思い付きに至った俺に呆れた、とか」

「あほ」

「またあほって言った……」


 なんだろうこの気持ちは。関西人のあほなんて可愛い罵りじゃないか。結構誰でも言うような言葉じゃないか。

 未来だからか? 未来だからこんなにダメージ受けてんのか、俺? 悲しすぎるんだけど。


「……昨日の隆の提案。『わかってるつもりでいた凪さんの戦い方を、きちんと理解するために実際に攻撃を受けてみる。一つずつ慣れて、奪えるものを全部奪って自分の物にする』だったね。奪うというより習得に近いけど、たしかに良案かもって私も思った」


 意外にも前向きな言葉から入った未来は、「でも」と否定で繋ぐ。

 青色の目が鋭くなった。


「帰ってきて、今の方法を始めてもう六時間。朝だよ? 怪我しても大丈夫って思いながら戦うのは危ないし、私が治してなかったら隆は今ごろ死んでる。こんなやり方でしかクリアできない課題なんて、凪さんが出すわけない」


 ハッとする。当たり前なのに忘れていた。

 一度の攻撃が致命傷になり得る実戦で、こんなやり方は通用しない。相手を知るために自ら怪我をしに行くなんて、敵からすれば美味しい餌でしかないのだ。

 治療を前提として戦うのは危険。多分それが、未来が戦場で【治癒(ノコギリソウ)】を使いたがらない理由の大部分。


「とにかく休んで。昨日も寝てないんだし、隆が思ってる以上に体は負担だらけなんだから」


 鍛錬場に置いていた俺の携帯を渡される。キューブは返してもらえなかったが、無理やり取り上げたこと、皮膚の件も重ねて謝られた。

 部屋を出ていく未来を、俺は多分、情けない顔で見ていたと思う。

 あまりにもバカだった自分に自分で呆れて、視線が下を向いた。


「……新着メール」


 携帯に表示された『一件の新着メール』と『師匠』の文字に目が留まる。

 邪魔したくなくて返信不要と書いたはずなのに、相変わらず律儀な人だ。


「そっか。凪さん、俺のこと心配してくれたのか」


 頬が緩む。伝えたい言葉だけが入力された、凪さんらしいメッセージに。



 件名:Re: ヘンメイ討伐の報告と共有事項


 おかえり。

 自分が決めた在り方を大事にしなさい。



 短いけど、思いのこもったアドバイス。

 大丈夫ですと伝えたくて普段から持ち歩いてるノートのおもてを写真に撮る。返信と一緒に送って、安心させられたらいいなと考えながら俺も表紙を見た。


 ・未来を守る

 ・呪いの根源を見つけてどうにかする

 ・仲間を失わないために強くなる

 ・選択肢がひとつにならないようにする


 大きな文字で箇条書きした、増え続ける俺の目標。四つ目は昨日Death game(デスゲーム)から戻ってきて、晩ご飯前に書いた新しい項目だ。

 討伐する以外に方法はないなんて、もう思わなくていいように。選択肢を増やせるように。

 どうして強くなりたいのか。何を守りたいのか。

 改めて頭に刻み込んだ。


「休んで……か。もう、ごめんとしか言えねぇな」


 ペンと携帯をポケットに突っ込んで、ノートは脇に挟む。

 鍛錬場へ行くには一階の玄関前にある階段を使うしかない。問題は部屋を出て通常通り向かおうとすると、未来の部屋の前とキッチンの両方を通る点。

 どうやら母さんも起きてるみたいだし、未来のことだ。俺が出てきたら戻れって言うよう頼んでるだろう。


「かくなる上は……」


 窓を開ける。明るい景色に朝だと教えられながら、体を乗り出すようにして隣にある未来の部屋を確認した。


 ――カーテンは閉まってる。いけるか。


 窓からそっと出て、外壁にあるパイプや小さな屋根を利用しながら移動する。

 気配を殺して極力音を立てないように。だけど見つかりたくないから若干急ぎ気味で。

 キッチンがある二階を突破して、一階の玄関前。

 路地に入って小窓から中の様子を覗き込むと、


「ひっ……!」


 バリィイイイインッ!!

 枠組みごと窓ガラスが砕け散った。


「未来ーっ? 何の音、大丈夫〜?」

「由香さん、ごめんなさーい! 視線を感じてつい。すぐ直すー!」


 ついってなんだ、ついって。

 自室じゃなくて一階にいた未来とその場にいないらしい母さんの会話に心臓がバクバクする。

 咄嗟に顔を引っ込めたのもあるが、多分未来がコントロールしたんだろう。全部外ではなく家の中に飛んだから怪我はしなかった。

 宣言通り【再生(ユーカリ)】によって修繕されていく。


 ――心臓に悪い……つか、キューブ乱用すんなよな。


 人のこと言えねぇけど。

 とにかく未来が他の部屋へ移動するのを待つべく腰を下ろす。

 持ってきたノートを開いて、さっきまで受けていたロボ凪さんの攻撃を脳内で再生しながら気付いた点を書き連ねた。

 痛かったなぁっていう感想よりも、気付きの方が多い。未来には怒られたけど、それだけの価値はあったように思う。


 ノートのページがいくらか進んで、空を見上げながらこの後のイメージを膨らませる。

 それぞれの攻撃にどう対応しようかと考えていると……ズボンの右ポケット。携帯からバイブ音が鳴った。


 ――斎?


 画面に表示されていたのは電話なんか滅多にしてこない人物で。

 声を出したらさすがにバレそうだけど、急用かもしれないから迷いなく電話を取った。


「もしも……」

『できたぁあああっ!!』

「うおっ!?」

『土屋っ! 俺、できた! できたぞー!!』


 開口一番、大声の『できた』に驚くが、すぐに内容を理解する。

 斎と秀がずっと頑張っていた新しいキューブの完成報告だ。


「できた!? すっげ、お疲れおめでとう!」

『おーよーっ!! 報告したいことは色々あるんだけど! 今から挨拶回り行ってくるからまた明日学校で話すなー!』


『とりあえず伝えたかった!』と元気よく締めて、すぐに通話終了の音がやってくる。

 時間にして七秒。ほんとに必要最低限の電話だったらしい。


「こりゃ、負けてらんねぇな」


 携帯をポケットにしまって立ち上がる。

 未来を呼ぶ母さんの声と階段を駆け上がる音で、一階に人がいなくなったと判断。

 いざ鍛錬場へ行くべく玄関のドアを開けた。


「母親は、父より我が子、知っている」


 質問。どうしてここにいるんですか父さん。

 俺が来るとわかっていたように仁王立ちして妙な俳句を詠んだ父さんは、硬直した俺をじーっと見る。

 顔を凝視、ノートを凝視、最後に俺の裸足を凝視して。ふっ、と笑った。


「伝言。未来をお喋りに付き合わせるから、その間にやりなさいって母さんから」

「えっ」

「あと差し入れ。ほい」


 ラップに包んだ塩にぎりを二つ渡される。ついでのように濡れタオルも床に敷かれた。

 つまり、足を拭けと。どこまで俺の行動を把握してるんだ。


「若い間は無茶をしてもいい。ただ、悲しませないように頑張りなさい」


「これくらいになるまではな」と笑いながら、ちょび髭を愛おしそうに撫でる父さん。でもその髭、高校生で生えたって言ってなかったか。

【第一七〇回 豆知識の彼女】

隆一郎の行動を予測していた母・由香は語る。

「だって父さんの若い頃にそっくりなんだもん」


隆一郎父・克明の学生時代は元気いっぱいだったようです。そんなDNAを受け継ぐりゅーちゃん。あと数年後にはお髭が生えてるかもしれません。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 バグ搭載》

二章最終話です。

一七〇で区切りよく締めたかったです。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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