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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
173/286

第一六九話 ラストスパート

前回、帰路につきました。

 挿絵(By みてみん)


 深夜一時を回った頃。生き物の絶命する声、勝利したマダーの雄叫びが聞こえる。

 それらは決して気持ちの良いものではなく、体に染み付いた日常だから受け容れられるだけ。元より死人を屠ることに快感など覚えてはいないが、しかし何も思わず殲滅できるようになったのはいつからだろう。


 凪は考える。最初はそうじゃなかったと。


 いつの間にか、敵は全て消し去るものと解釈して、時として仲間の命を諦めねばならないと理解した。

 マダーを統括する四十万谷(しじまや)司令官も同じ意向を示している。幼かった未来やほかのマダーたちも、それが必要であるからと、誰ひとり疑念を抱きはしなかった。


「聞いていますか? 凪くん」


 あいかは尋ねる。

 今回のヘンメイとの戦い。産月(うみつき)やハズレという名称、そして、その名称を知っていたらしい少年についての話し中だったのだが、携帯を見たまま黙って動かなくなった凪を不審に思ったのだろう。怪訝な表情を浮べた。


「ええ、聞いています。ただ……帰宅したと、あの子たちから連絡がきたものですから。おかえりって言ってあげたくて」


 あいかへ答えながら、隆一郎と未来へ一言ずつメッセージを送る。その後読み返した。

 隆一郎からは、戻りましたという一報の後に、凪と九州の心配や、情報共有すべき事柄が大量に。ヘンメイを討伐したこと、今度持ち主に会わせてくださいとの願い、『返事は不要です』と締められている。

 未来からは端的に『かえりました。』とひらがなで。相変わらずメールが苦手らしい。


 二人の差にくすっと笑った凪は、脳を巡るモヤモヤへ鍵をかけた。

 隆一郎は、例え死人であっても仲間を殺さない。いや、できないと思っていた想念に。


「おまたせしました。念のため、もう一度話を聞いてもいいですか?」


 ようやく顔を上げて、自分よりも少し下にあるあいかの目を見る。

 すらりとした、女性にしては高めの身長。比例して長い腕が持つ大量の資料を預かった。


「国生さんの【()る】をもってしても、産月の痕跡、産月自体のどちらも見つけられなかった。司令官が各都道府県統括者に連絡を取って情報共有、都外のマダー全員に知らせるも状況は変わらず。要するに……お手上げ状態、ですね」


「はい。しかしお手上げでは許されません。今こうしている間にも、どこで同じことが起きてもおかしくないのです」


「一刻も早く見つけださなければ」そう眉間にシワを寄せるあいかへ、凪は真剣な表情で頷く。


 脅威となる敵が現れた場合、司令官は主に凪と連絡を取る。確実に対処できる者へ託し、被害を最小限に抑えるためだ。もちろん凪も承知している。

 しかし今回は敵の正体を掴めず、どこにいるかもわからない。ゆえに彼からではなく、あいかを通しての情報共有となった。

 国のために動いている司令官の、代理人として。


「模擬大会中に未来が会ったという、青い瞳の男の子。その子は『ハズレ』という呼び名を最初から知っていたと」


「ええ。ヘンメイが襲ってきた理由に未来さんがあまり驚かなかったのはそのためでしょう。彼女曰く、人であることは間違いないそうです。ただ……胡散(うさん)臭い人物だなと、わたしは思いますけどね」


 凪が持った資料の中から、いくつかの紙をあいかは引っ張り出す。観戦用に撮っていた模擬大会の映像を遡り、例の少年が映っている場面を印刷したものだ。

 血色のない肌、毛先だけ青緑色をした白髪。袖にあるダイヤ柄が印象的な灰色の長い羽織と茶色のショートブーツ。忌み嫌われるものと知っているためか、碧眼を黒のカラーコンタクトで隠している。


「鈴の音……ですか。その彼についての情報、隆一郎からは送られてきていませんね」


「未来さんがまだ話していないからかもしれません。神経をすり減らした土屋くんへ、さらに負担をかけるような話をしていいものかと悩んでいたので」


 考えた結果、伝える人を厳選したのだろう。あいかに言えば司令官と凪には共有できる。

 情報が必要なのは現在動いている人であって、心の状態を優先したい未来は隆一郎には教えなかったようだ。


「ちなみにですが、その人物もわたしの【()る】では見つけられませんでした」


「不思議なものですね。国内にいない碧眼の男の子と呼び名、組織という割に拠点も存在も見つけられない産月。……謎は増えるのに、僕たちは足踏みですか。頭が痛くなる」


「今に始まった話ではありませんよ。死人が生まれて以降、この国は不可思議で溢れていますから。それが何らかの形で表面化してきているだけです」


 あいかは悟ったように言う。小さくて取りこぼしてしまいそうな情報をもとに、奴らの生体にたどり着かねばならないのだと。


「わたしたちなんてかわいいものですよ。彼らからしてみれば、ヘンメイや持ち主についても知らされていなかったわけですから。初めて知る情報の波に混乱せず、よく討伐してくださったと思います」


 何もおかしくないような言葉の中。最後の一文に、凪は静かな怒りを覚えた。


「ヘンメイを正気に戻す気なんて、初めからなかったんでしょう。あなたには」


 はっきりと言い切った凪に、あいかは少しだけ動揺する。表情が強ばりを見せた。


()()()いたはずです。楽しみや好物を与えたところで、操られたヘンメイは救い出せないと。そうとわかっていながら、あの子たちが希望を持てるような提案をしたのはなぜですか」


 感情を外に出さないよう気を付けながら、淡々とした口調で問いを重ねていく。


 隆一郎と未来は、あいかからまじないについて知らされていた。

 言葉が通じるようになってもヘンメイは元に戻らない、未来が望む『心の声を聞いた上で討伐』が叶わないと認識した頃合いを見計らって、まじないを使って討伐すると言うつもりだったのではないかと。


 あいかの【()る】があれば、ヘンメイがどれだけ嫌がろうと無理やり口を割らせることができる。ほかの死人ではまじないにおかされて朽ちるが、再生に秀でた体なら少しは耐えられるだろう。

 何かしら奴らの情報を確保しつつ、産月の手で強力になった彼女を自滅へと追い込む。勝利は簡単だったはずだ。


「死人を大事にする未来や、仲間に手をかけられない隆一郎は、あなたにとって不安要素になる。MCミッションで共にやっていくメンバーなのだから、利用できるものは利用して、在るべきマダーの形にしなければ。……そんな目論(もくろ)みがあったんじゃないですか」


 事実、単身で向かった未来は心が折れかけた。寄り添おうとしない方がいいのではと考える機会が二度もあれば、さすがの彼女も認識が変わるかもしれない。

 隆一郎には現実を見せつけて、考えが子どもなのだと自覚させる。今回は死人相手だったからまだ良かったものの、対象が人間で、もしもよく知る人だったらどうなっていた。間違いなくトラウマだ。


 声が荒くなる。


 凪の考えが正しいとして、そんな未来(みらい)を二人の友達である秀が最善と思うはずがない。【可視化(アイスコンタクト)】を使っていた彼は止めようとしただろう。

 しかしまじないを知らない秀がその光景を映し出せるはずもなく、元のヘンメイに()()()()を最善とするならあいかの提案で事足りる。

 実際に元には戻せなくても、近いところまではいけるその戦略を、最善を見せる瞳が実行しろと命じるのは当たり前だ。


 あいかだけが見える、彼女の中での最善。

 隆一郎が《解錠(かいじょう)》を使用できなければ、『戦略家』と呼ばれるに相応しい結果になっていた。


「答えるつもりはなさそうですね」


 質問と考えを述べても黙秘を貫くあいか。

 怒りを鎮めようと呼吸に意識を向けるも、隠し切れずに凪は目を吊り上げた。


「国生さん。この国を考えての計画、どうもありがとうございます。けれど、あの子たちを。未来と隆一郎を傷付けるなら、僕はあなたを許しませんよ」


 資料の一部が変形する。これ以上は時間の無駄、任務に差し支えると判断し、力の入った手を緩めることなく立ち去ろうとした。


「わたしが嫌いですか?」


 質問を投げられる。明るい声色で。

 戦いの場へ私情を持ち込むなど言語道断なのに、これ以上乱されては堪らない。

 ぴたりと足を止めた凪は、背を向けたまま「いいえ」と言い放った。


「実の母親ですから。嫌いになどなりません」

「嘘が下手ですね。本当に、あの頃から変わらない」


 真後ろから羽音が鳴る。

 ハッとして振り返った瞬間、大きな青い四つ目に視界を覆われた。己の焦燥が映るその瞳。凪を喰うか殺すかの二択に絞った悪魔を思わせる死人の口が、ネチャリと笑った。


「【知恵(ちえ)()】」


 あいかの声。凪が【(いと)】で引き裂く前に、死人の真っ黒な羽と四肢、首がバラける。

 それは、取れそうで取れないリング状のパズルが、ある時するりと抜けるように。くっついていたはずの、取れるはずもない関節が取れて、抜けて、バラバラになって崩れ落ちる。

 コツコツと足音を鳴らして胴体に歩み寄ったあいかは、心臓がある位置を的確に見抜き、躊躇なくピンヒールで踏み抜いた。


「先ほどの質問ですが。誤解を生みそうなので一つ補足させていただきたい」

「……どうぞ」


 あまりの剣幕に凪は言葉を選べない。話していいと許可を受けたあいかは、一変して柔らかな笑顔を見せた。


「わたしは、産月ではありませんよ。あなたが勘繰る理由は非常によくわかりますが……それだけは、忘れないでください」


 当たり前だ。敵だと本気で思うなら、こんな言い合いなどせずに殺している。

 心の中で反論するも、声には出さなかった。

 喧嘩をしたいわけじゃない。やり方が気に食わないと言いたかっただけなのだ。

 互いに無言になって数秒。

 討伐された死人が霧状になって、集積を始める。

 ガラス玉に形成されるまでのわずかな時間は、凪の頭を冷やすには十分だった。


「お帰りください。ここは前線です、長居しないで」

「ええ、そうさせていただきます。あなたのお荷物にはなりたくありませんから」


 持っていた数枚の資料を戻したあいかは、寂しそうに笑った。

 来た方へ歩いていく母親を、凪は無言で見送る。

 どうやって九州まで来たのかは知らない。能力を使ったのか、一般人よろしく交通機関を使用したのか。

 しかしどうでもいい。理解しようとも思わない。


「弥重。終わったか」


 しばらくぼんやりとしていた凪は、様子を見にきた流星(りゅうせい)に問われて頷く。

 あいかとの事情を聞いている彼は特に何も聞かず、「落としてたぞ」とポケットから何かを取り出した。


「ヘンメイからの預かりもんだろ。無くすんじゃねぇよ」

「……ごめん。探してたんだ、ありがとう」


 渡された木製の五角形に、凪は心底ほっとした。

 将棋の駒、王将。無事に戻ってこられるようにと、遠征へ出る前にヘンメイから渡されたお守りだ。


「帰ったら再戦するって、約束してたのにね」

「仕方ねぇよ。切り替えろ」


 資料の半分を持つ流星。重さも半分になる。

「他人に渡したら自分の能力にだって影響するのに、押し付けるんだから」と話していると、青色の血をふんだんに浴びた(みなと)が笑顔で駆け寄ってきた。


「きったねぇな。拭けよ、バカ湊」

「あははー、どうせまた汚れるからいいよ。それより凪。紫音(しおん)が来てるよ」


 凪が持つ残りの資料を取り上げて、客人を顎で示す湊。

 帽子を深く被り、休憩中のマダーに見つからないよう家の影に隠れている朱雀紫音は、ぺこりと一礼した。


「隊長……あの、ごめんなさい。ヘンメイが急に暴走して、信者を殺そうとしたから、止めようとして……でも、自分も捕まって。お弟子さんや、ほかの人たちにも、その、迷惑、かけて……」


 近寄るや否や、せき止めていたものが溢れ出す。

 今回犠牲となった大学生の話をしているのだろう。ヘンメイの持ち主に惚れ込み、従える死人を増やすべく死人自体を生み出そうとしていた妄信者。

 凪が何度やめろと言っても変わらなかったが、因果応報。最後は死人に殺された。


「大丈夫。ちゃんと収束したから、気にせず隣に付いていてあげて」


 泣き続ける紫音へ、「報告ありがとう」とお礼を言って送り出す。

 持ち主は現在療養中。世話をしている紫音とはたまにこうして顔を合わせるが、持ち主本人と連絡が取れるまでは、今までの傾向からみて残り三日前後といったところ。

 それまでには東京へ帰りたいし、隆一郎たちから直接話を聞きたい。

 今回で色々とボロを出してしまったから、高校生マダーと本部の人だけで共有していた秘密も明かすべきだろう。


「……帰ったら、忙しくなるよ。やらなきゃいけないことが山積みだ」


 数えるのを途中で諦めた凪は、流星と湊へ顔を向ける。二人は嫌な表情など一切せず、むしろ誇らしげに笑った。


「忙しいのはいつもだろ。大して休暇もくれねぇブラック企業なんだからさ」

「あははー。賃金が発生しないから余計にブラックなんだよねぇ」

「ふふ。タダ働きも悪くないよ。学校より二人といる方が僕は楽しい」


 礼を伝え、なんだか可笑しいと笑い合う。血なまぐさい土地が楽しいなんて、彼らがいなければ思うはずがないのだから。

 和気あいあいと円陣を組む。

 みんな揃って帰れるように。

 誰ひとり欠けないように。


「じゃあ、改めて。九州地方奪還計画、ラスト! 気を抜かないでいくよ!」

「うぃーす」

「おーっ!」

【第一六九回 豆知識の彼女】

『無傷の先導者』弥重凪

『戦略家』国生あいか


苗字は違いますが正真正銘の親子です。

ギスギスしている理由はまた今度。『お母さん』とは呼びません。


そして、夜の当番や遠征に行くからといって報酬は出ません。つらい。こちらは三章で説明の予定です。よろしくお願いします。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 お怒り》

あと二話で第二章終わりです。隆一郎の課題、結果はいかに。

よろしくお願いいたします。

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