第一六七話 模擬大会の結果と伝え忘れ①
【Death game 模擬大会ルール】
・体力ゲージの三分の一を削れたら10ポイント、半分まで削れたら40ポイント。倒し切ったら100ポイント。合計150ポイントが付与される。
・戦闘の途中で離脱して、一キロ以上相手から距離を取れたら体力を回復できる。
・ポイントを既に持ってる人と殺り合って勝利した場合、倒した分の150ポイントに加え、その人が保有していたポイントの半分が勝利側に移動する。
・最初の一時間はタッグを組める。二人で倒した場合、獲得したポイントは半分こ。
・他の模擬大会をしているプレイヤーのPKでも同様にポイントが入る。
前回、メシ!! でした。
閉店の曲が流れる売店。あたたかくて、ほわ〜っとしていて、ゆったりとした穏やかな旋律。まるでお日様に照らされているような安心感と、余韻を残す深いメロディー。
言葉に例えるならば、これは……そう。子守唄。
「未来ぅ……腹いっぱいだなぁ……」
「ねー……しあわせ……このまま寝たいなぁ……」
「いいぞぉ……俺が許可するー」
「やったぁ……おやすみぃ、りゅー……」
「こんの、食欲バカコンビは……ちょっとー! 家帰って寝なさい、風邪引くよ!」
「凛ちゃんもねよー……」
「もぉおっ! おーきーろー!」
ぐいいぃっと頬を引っ張られる。けれど、そんなことはどうでもいいのだ。
ウトウトしてる未来の頭が俺の右肩に、俺の頭は椅子の背もたれに。脱力して目を閉じればもう幸せで、どれだけ頬が痛くても気にならない。今の俺は無敵だ。
「最近思うんだけどさ、長谷川ってお母さん感あるよね」
「やめてやれ秀。同い年だぞ」
「でもわかるよ〜。夜の当番があるからほぼ毎日一緒にいるけど、私もお世話になりっぱなしだもん」
「寒い時期は毛布を持ってきてくれたり、夏は塩飴とかアイスも買ってくれるんだよ〜」と続ける阿部。
当の本人は現在、俺の足を思いっきり踏んで蹴ってを繰り返しているが、阿部の説明と秀のイメージを聞けば、なるほど。ちょっと乱暴なお母さんに思えてくる。
いいぞ長谷川。足蹴にするくらい俺は許してやる。
なんせ無敵だからな。
「でもあと一分で店じまいだから、私も起きてほしいかなー」
ごめんねーと続きそうな瀬戸の声を聞いた瞬間。肩から温もりが消える。
さすが未来。眠くても動きは俊敏だ。
「ほれ、土屋も起きろ。ギリギリまで待ってくれとったんじゃ、さっさと出んと」
「わかってる、わかってっけど……あと五分……」
ゲシッ。俺の切なる願いを聞いてもらえるはずもなく。
長谷川の全力の蹴りによって、左足は見事にオワリを迎えたのでした。
◇
「出た瞬間シャキッとしたのう。びっくりじゃよ」
「おー。外だし、風もあるからな」
起こそうと頑張ってくれた長谷川にはわるいけど、売店で止まらなかったあくびはもう出ない。初夏とはいえ夜遅くになるとやっぱり冷え込んでくるらしく、暖かさと満腹でぼんやりしていた頭がマトモになった。
「加藤、今日ありがとな。食べるの遅くさせちゃってわるい」
「それはかまわんよ。メシ抜きになったらまぁ、はっ倒しとったけど、瀬戸から礼のチョコも貰ったしな」
ほんのり苦くて大人の味だったという感想を聞くに、多分俺にくれたチョコと同じものだろう。
瀬戸やおばちゃんにもお礼を言いたかったけど、俺がギリギリまで居座ったために後片付けが遅れているらしく、厨房に入ったっきり出てこられなかったのだ。マジで申しわけない。
一応「ごちそうさまでした」と叫ぶだけ叫んで、また改めて顔を出すことにした。瀬戸には学校で。明日は日曜で休みだから、明後日になるけど。
「遅いぞつっちー! みんな揃わなきゃ楽しみ半減するんだから、早くこーい!」
出入口付近で喋っていると、長谷川の声が飛んできた。ハガキサイズの物体を持ってぶんぶんと上下に振っている。
「何持ってんだ? あいつ」
「さあ、なんじゃろな。よくわからんが行った方が良さそうじゃのう」
残りは俺と加藤だけらしく、斎と阿部、秀まで早く早くとジェスチャーをする。未来だけなぜか俯いているが、とりあえず急ぎ足で合流した。
「えー、大変長らくお待たせいたしました! みなさん心の準備はよろしいでしょうかー?」
「おい待て。心の準備って……」
「模擬大会の結果に決まってんでしょー! つっちーが起きてからにしようって話になって、でもご飯食べたらまた寝ちゃったからずっとタイミング逃してたのよ。早く知りたくてみんなウズウズしてたんだからね?」
なんのことだ、と聞く前に全部説明してくれた。
納得。待たせていたのはご飯だけじゃなかったらしい。
「僕はまったく期待してないけどね」
「とか言いつつ顔が楽しそうなのよねぇ」
「うるさいな……勝負事は嫌いじゃないってだけだよ」
言葉と正反対の表情をしている秀は、それなりに自信があるらしい。【双子】で作ったニセガワに乗っかられて死んで、斎に撃たれて死んで、という記憶が鮮明なのだが、それまでにしっかり稼いでいたんだろう。
自信なさげなのは斎と阿部。長谷川は一位を取る気満々といった様子。未来は下を向いていてよくわからない。
抱えるような姿勢でいるからどうしたのかと覗いてみると、びっくり。とぐろを巻いたおキクが、未来を威嚇していた。
「珍しいな、怒ってんのか?」
「ん……騒ぎすぎた自覚はあるだろうけど、無理やり寝かしつけたことに腹が立ってるみたい」
持ち前の小さな牙を見せつけて、本当は怖いんだぞ、とアピールするおキク。大好きな頭なでなでをされても機嫌が直らないとなると、相当拗ねてるようだ。
「うーん……参ったな。ちょっとふたりで話してくるよ。もうしないって約束したら戻るから、みんなは先に見てて?」
鞄を俺に預けた未来は、落ち着いて話せる場所を探す。近くの自販機横にあるベンチが目に入ったらしく、そちらへ歩いていった。
「今度は未来ちゃんがいなくなっちゃったね〜」
「だなー。まあ相沢の言う通り、結果は後で伝えたらいいんじゃないか? おキクの方がずっと大事だろうからさ」
斎の提案に異議はない。全員が体を長谷川に向ける。
遠目ではよくわからなかった彼女が手に持っている物。赤色で『模擬大会順位表』と書かれた二つ折りの黒い用紙が、みんなに見えるように突き出された。
「では結果発表です。記載は本来の大会と同じ、一位から十位まであるらしい。誰が何位でも恨みっこなしだからね!」
一番文句を垂れそうなやつが何を、と返したくなるがここは我慢。十位から見ていけるように長谷川が手をかざして、器用に紙が開かれる。
あんまり下の方じゃありませんように。そう祈りながら順位を追っていくと、
「……意外かも」
俺の言いたかった言葉を長谷川が代弁した。
《十位》阿部 加奈子
《九位》秋月 秀
《八位》谷川 斎
他にも参加者がいたから、上位十人に入ること自体とても喜ばしいと思う。ただみんな強いと俺は確信していただけに、この三人の上に未来や長谷川以外の誰かがいるというのはあまりにも予想外。
斎と秀も同じ気持ちなんだろう。顔を見合わせて首をひねる。
阿部は思っていたより上だったのか、ふー、と息を吐いた。
「七位……六位、五位。知らない名前ばっかりね。そんなにみんな強かったの?」
「どうだろ。林の辺りで割と大人数相手にしたけど、俺一人でもどうにかなったぞ」
倒したのは【爆破】による爆発だったから、至近距離だとどうかはわからないけど。
困惑しつつ長谷川の手が上へスライドされて、見えた次の名前。
《四位》長谷川 凛子
「待って、四位!? 三位にも入ってないの? 大会で常に優勝してきたこのアタシが!?」
「おおお落ち着こう凛ちゃん!」
「落ち着けるわけないでしょー!? 誰よ、未来ちー以外でアタシの上に立つヤツは!?」
名前を隠していた手が勢いよく退けられる。三位から一位が纏めて目に入った途端、長谷川の怒りに火がついた。
《一位》土屋 隆一郎
《二位》相沢 未来
《三位》朱雀 紫音
「誰なの朱雀なんちゃらってコイツはぁああっ!!」
「落ち着こう凛ちゃん! ねっ、落ち着こう!? えっと、すざく、すざく……ぅ、うう〜わかんない! 下の名前なんて読むの!?」
「しおんだな。朱雀紫音。ほら、秀がヘンメイの腹から助け出した『譲』の文字を持つ男の子だよ」
「うそ、あの子? どう見ても長谷川より強いとは思えなかったけど」
「当然でしょう!? 大会でも見たことないし名前だってアタシ聞いたことないもん!!」
「少年・赤紫」なんてあだ名を付け始めた長谷川に落ち着けと言いたいが、驚きすぎて俺は言葉にできない。
朱雀紫音。面識はあったものの名前は知らず、秀に尋ねてもわからなかった年下のマダー。
キューブの創造者だけあって、斎はきちんと把握していたらしい。
「のう、みんな。三位の子についてはよく知らんが、その上だってかなり意外じゃとワシは思うぞ?」
騒いでいたみんながピタリと止まって、もう一度順位に視線が向けられる。
《一位》土屋 隆一郎
《二位》相沢 未来
《三位》朱雀 紫音
……ほう。そうですかそうですか、俺が優勝ですか。それはなんと光栄なことでしょう。加藤の言う通りとても意外で言葉になりませんね。ええ、とってもありがたいですよこの結果は。うん。嬉しいですね。お祝いですね。うんうん。なんて素敵なお話で……うん。……ん? んー……えっと?
「なんか言いなさいよ!!」
「優勝して嬉しいですっ!?」
脅されて反射的に言うも意味がわからない。
なんで俺? なんで未来じゃなくて俺が一位になってるんですかDeath gameさん!?
「ヘンメイを討伐したのがポイントとして加算されたんだろ? ほら、俺ら途中でやられちゃったからさ」
「あ〜! そっか、負けたら持ってるポイントの半分が相手に移動する、あのルールが働いたんだね?」
「そうそう。阿部正解。それを視野に入れたら俺が秀の上になったりとか、みんなの上によく知らない人がいるのもおかしくないし」
なんとなく察したらしい斎が説明してくれる。
斎と長谷川、秀、阿部の四人。正確には阿部が二回の計五人が持っていたポイントの半分が、ゲームオーバーにされた時にヘンメイへ移動。
ヘンメイが大量にポイントをゲットした後も残っていたのが俺と未来。でも未来はぐったりしてたから戦闘には参加してなくて、実際に討伐したのは俺。
ヘンメイが保有していたポイントの半分が、今度は俺に移動する。
さらに、倒した際にもらえる固定の百五十ポイントも追加で俺に付与される。
さらにさらに、何度も攻撃しては再生されてを繰り返していたから、体力を削るたびに十とか四十とか入ってたはず。
塵も積もれば山となる。全部足せば、稼ぎまくっていた未来を上回る超特大ポイントになるだろうと。
「待ってよ! そもそも二時間設定だったはずじゃない、模擬大会は! 未来ちーの体調が悪くなったのがゲームに入って四時間が経った頃! だから関係ないはずよ!?」
「あっ、凛ちゃんここに書いてるよ〜! 『正式な大会ではないため、外に出ない限り延長戦扱いになります』だって〜」
「はぁあああっ!?」
長谷川の怒りは収まらない。阿部が指さした箇所を凝視してはまた発狂して、顔を上げたらギロリ。俺を睨めつける。
「ずるい……ずるすぎる! こんなの無効よ!!」
「どうしたの? 凛ちゃん」
「どうしたもこうしたもっ……! って。ああんもう、未来ちぃ〜っ!」
もうしないと約束できたのか、襟巻き状態になったおキクと一緒に戻ってきた未来へ、長谷川は泣きついた。
事情を知らない未来はとりあえず長谷川を抱きしめる。「どうしたの?」と優しく声をかけ、今の経緯をうんうんと相槌を打ちながら聞く。
とても早口で穴だらけの説明だから、たまに秀が補足を入れて理解を促して。
聞き終わった未来は「そっかぁ」と頷いて、おキクとの会話の名残なのか、長谷川の頭を撫でた。
「でも……隆が優勝なら私は嬉しいかな」
「うそぉ! 未来ちー、悔しくないの? 本来なら未来ちーの勝ちなんだよ!?」
「えへへ。みんなでわいわいするの楽しかったから、自分の順位はあんまり気にならないかなぁ。心残りがあるとすれば、凛ちゃんとの勝負がつかなかったことくらいかも」
俺とニセガワ、長谷川と未来の一対一になった後半の戦い。途中で阿部が復活したり、タガが外れた斎の強襲にあったりで決着まで漕ぎ着けなかったが、確かに普段はやり合わない相手。機会としては惜しかったかもしれない。
「だから今度やってみよう? 順位じゃなくて、単純な力比べとして」
怒りも悲しみもどうでもよくなるような、柔らかい未来の笑顔。
また戦いたいという誘いによって、あんなにも暴れまくっていた長谷川が徐々に落ち着いていく。むしろポジティブになったのか、阿部を巻き込んだ女子三人で抱きしめ合った。
「未来の包容力って……たまにすごいよな」
「うん。僕も見習いたい」
「秋月はそのままでいいと思うぞ? お主のツンって性格が好きなヤツがおるんじゃから」
「なにそれ、あんまり好かれたくないところなんだけど?」
秀の切り返しに加藤は笑う。
本人は不本意らしいが、俺も同意見だから助け舟は出さない。むしろトゲトゲしてるくらいがちょうどいいよ、お前は。
【第一六七回 豆知識の彼女】
黒地に赤文字の順位表は、Death game内で表示できる現在順位のパネルを模したもの。(第一四四話 髪飾り 参照)
随分引っ張りましたがようやく『譲』の子の名前が出てきました。朱雀紫音くんです。
隆は中一くらいかな? という印象。秀には凛子より絶対弱いという確信。凛子様からは「少年・赤紫」のあだ名をいただきました。
斎は彼について認知していましたが、マダーのリストには文字以外の記載がなく、本部には申請していないだろうと以前秀が話しています。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 模擬大会の結果と伝え忘れ②》
改めまして、未来さんが伝え忘れたこと。追加でみんなの今晩の予定と、凪さんからもらった隆の課題について触れます。
よろしくお願いいたします。