第十四話 谷川斎③
前回、キューブの説明がありました。
今回は、とある場所へと隆一郎が未来を連れていきます。グロ注意です。
「今日は秋月君なんだね」
未来が小さい声で一枚の紙を見ながら呟いた。
普通の声の大きさで話そうとしないのは、今いる場所がそうすることをさせない重苦しい感じがするからだと思う。
ここは都内中心にある死人死滅協議会本部。
名前だけではなく、ここにいる全ての人が疲労困憊というか、この建物自体が何か死を連想させるような雰囲気を醸し出している。
実際疲れもあるんだろう。もう夜の十一時だからな。
東京の中心と言っても全く人が近寄らない隔離された場所で、平地ではなく、上へ上へと続く電車で片道六時間の距離にあるから普段来ることなどないが――そもそも来る理由もないし――今回は未来を夜のシフトに入れてもらうためにヘトヘトになりながら来た。
しかも平日しか運営していないとあって、下校したその足で。
当たり前なのだろうけど、申請してもどの日に誰と入るかはその場では決められず、一旦俺と同じ日に討伐に出るのを継続。結果はまた後日知らされることになった。
「秀は最近マダーとしてキューブに選ばれてな、シフトに入ったばかりなんだよ。だからほら、チームの人数が多いだろ」
本来は多くても四人ぐらい。だけど秀がいるチームは阿部を含む六人体制で構成されていた。
シフト表をまじまじと見る未来は俺の名前を見つけたらしく、こっちと紙とを交互に見た。
「隆、今一人なの? メンバーは?」
何をしているのかと思えば、どうやら俺が入る日のシフトにほかの名前がないことに気付いたらしい。
マダーはチームを作ってゴミ箱周りの巡回と死人の討伐に出るのが基本。だけど、うちのクラスは何でか異様に多いが、全体で見ると東京はマダーが少なすぎてどうしても作れない場合があるんだそうだ。
そのせいで、単独でどうにかできるやつは今はメンバーなしで、誰かのフォローに入ったり独立して戦っていたりする。
かく言う俺もその一人。
「信頼されてるんだね」
「まあそう思ってもらえてるなら嬉しいけど、一人はぶっちゃけしんどいよ。昨日みたいに流れで誰かのヘルプが入るのは稀だし、どれだけ相手が多くても相性が悪くても、全部自分でどうにかしなくちゃならないんだからさ」
現状、嫌だなんて言えないけど。
「未来がまたチームメートになってくれたら俺は嬉しいんだけどな」
「そうだね、私も隆と一緒がいいなあ」
本部を出て暗い夜道を駅まで歩きながら、俺たちは笑って理想論を口にした。
未来は一人でも余裕だろう。想像力があるし、何より努力家。今までに苦手とされる敵の相性は特になかったはずだ。
大阪での実績を調べられたら、きっと一緒に組めることはないと思う。
「お熱いねぇ二人とも」
話している最中に聞き慣れた声が後ろからして振り向いた。すると驚いたことに、大荷物を持ち重さに耐えながらニヤニヤしている斎がいた。
頭の上と手と背中に異様なほどの荷物を持つその姿は、芸を披露しているピエロそのものだ。
「斎、お前どうしたこんなところで」
今にも倒れそうなぐらい積み重ねている荷物を上から取ってやる。未来も斎が頭に乗っけている大きな袋を持ってくれた。
「やー、本部にね。研究費の上乗せを要求しに行ってたんだよ。そしたら要らないガラクタを沢山くれてさー」
研究費って……ああ。最近、根詰めてるもんな。
大分楽になったのか、斎はふぅー。と深呼吸をした。
「相沢さん、足は大丈夫?」
何のことか未来に聞かれたくないのか、早々に話題が切り替えられる。未来はその質問にこくこくと頷いて、巻いていた包帯をするりと取った。
――おお、さすがだ。
薬の効果はやはり凄まじく、痛々しかった怪我はもう綺麗に消えている。さらに大丈夫だと体現するように、未来は五回ほど軽くジャンプしてみせた。
「ははっ、元気だね。良かった」
目尻を下げる斎に帰る方向一緒だよなと確認を取ってから、俺たちは仲良く歩幅を合わせて並んで歩いた。
本部から駅までも長いのに、またさらに長い電車に乗ると思うとうんざりだよなと話しながら。
「なんで移動にキューブ使っちゃいけないんだろなー。こんな辺鄙な所に本部作るぐらいなら、ここに来るときぐらい使ってもいいようにしてくれねぇかな」
「そりゃみんな平等に生活するためだろ? 俺も同じように本部に来てるけどさ。土屋と相沢さんは大して時間かけずにここまで来られるのに、俺は何時間もかけないとダメってかなり理不尽だもん」
「あー……そっか」
斎の返答に至極納得。未来もそれに頷きながら続く。
「大阪もそうだけど、協議会の人って一般人ばかりじゃない? 元々マダーって中高生が大半だし、谷川君が言ったことはほとんどみんなに当てはまっちゃうから、しょうがないよ」
「ああ、それもそう……あー、いや。じゃあせめてさ、土日も運営してくれねぇかな。学生が平日の学校帰りに来るのはしんどすぎるって」
文句を垂れるのをやめない俺に、斎はふっと笑った。
「それは俺も同意。一応公務員になるらしいから、平日が基本なのはわかるけどさ。今から帰ったら寝る時間なんてもうほとんどないもんな」
「電車の中で仮眠を取るしかないよね」
いつもどおりのノリで変に気遣うことなく話す斎だからだろうか。未来はクラスメートと話すときよりも、ほんの少しリラックスしているように見えた。
明るいやつだし、ムードメーカー的存在だから特にそう思うのかもしれない。
その後もしばらく他愛のない会話をして、やっとこさ駅に着いた俺たちは、もうすぐ電車が来る時間だからと急いで改札を通ろうとした。
だけど、いつもの機械ではなく駅員による運行情報の放送がされているのが耳に入って、ぴたりと足を止める。
『電車をご利用のお客様にご案内致します。山森市で濃い霧が発生している為、山森市行きは現在、運行を見合わせております。塩崎駅からの振替輸送を行っておりますので――』
山森市って言ったか? それは俺たちが住んでるところなんだけど。
「霧って、こんな都会に?」
未来の声に俺もなんとも言えない違和感を覚えた。時計を見てみると、向こうで居座りすぎたか、零時を過ぎていた。何だろう、嫌な予感がする。
「秀に連絡取ってみるよ」
斎も妙な感覚がしたのか、手に持った携帯から鳥の鳴き声に設定された呼出音を鳴らす。
ぴよぴよ ぴよぴよ ぴよぴよ ぴよぴよ ぴよぴよ ぴよぴプツッ!
少し聞こえた鳴き声以外の音。
切れた? いや違う、微かに何かが聞こえる。
そのままだと聞こえにくいからと、斎はスピーカーにしてくれた。砂嵐の音に紛れた何人かの声、多分キューブを使っている音。戦闘が始まっているようだし携帯は何かの拍子に電話をとるボタンが押されたんだろう。
ザーーーーーー。
砂嵐の音が鳴り続ける。
ザーーーーーーザーザーーーーーー。
よく聞き取れない。
ザーーーーーーザーザーザーーザーーーーーーザーーーーーーザーザザーザーーーー。
やっぱり、ほとんど何も聞こえない。スピーカーでも電話越しじゃ向こうの様子はわからないか。
パァンッ!
「……え」
今の音は……何だ?
銃声にしてはもっと重い、鈍い感じのする音。
三人で顔を合わせた。青い顔をした未来と目が合う。
「未来……」
「ひとり」
「え?」
パァンッ! パァンッ!!
また連続で音が鳴る。音の最後に何かが撒き散るような、何とも言い表せない何かも聞こえる。
「ふたり、さんにん……」
「え、相沢さん!?」
何か呟きながら未来はキューブを展開させ、手のひらに『樹』の文字が浮かび上がる前に、一番近い場所にある桜の木に向かって走り始めた。
「【接木】!」
「ええっ、消えた……!」
未来が桜の木に手をついた瞬間、その小柄な体がふっと消えた。何事もなかったかのように木はそこに立っていて、俺たち二人はこの場に取り残されてしまう。
「未来の移動手段だよ。木と木の間を移動して、多分もう既にゴミ箱付近の木から出てきてると思う」
接木っていうのは木の枝を他の木にくっつけて殖やす方法で、その『くっつける』ところからの連想なんだそうだ。
「便利すぎか……」
全くだよ、本当に。
「斎、わるい。一緒に来てくれるか」
斎はマダーじゃないから俺としてはあんまり戦場に連れて行きたくはないけど、電車が真っ直ぐ家のほうまで向かってくれない以上、死人に襲われる可能性があるのに一人置いていくなんてできない。
ちょっと見た目が良くないがぴたっとくっついてもらって斎を抱きしめ、キューブを展開する。
「【花火】」
足裏に火薬を作り、打ち上げ花火の要領で空気を切り裂きながら飛ぶ。
未来の【接木】にはもちろん適わないけど、これもかなりのハイスピードだ。六時間かかった道が恐らく五分あれば着くぐらいの。
俺が庇っていなければ体がもげてしまうその速さに、斎は何度か悲鳴を上げた。
「な、なあ土屋! 相沢さんは何かさっきの音で気付いたっぽかったけど!?」
斎は振り落とされないようさらに力を込めた。
「そうだな。きっと考えたくない何かが起こってるんだと思う」
「秀は、大丈夫かな!?」
「……大丈夫だと信じたいな」
ああ、俺、自分でもわかるぐらい余裕ない。状況を想像できない斎のほうが不安だろうに、ごめん。
未来。頼む、間に合ってくれ。
ほどなくして、俺たちの住まう町から少し離れた場所にある、『ゴミ箱』の真上に着いた。
「降りるぞ」
斎に一声かけ、バンッと音を鳴らして空から地上に結構な勢いで落ち、着地した。普通の人間なら死ぬような高さだが、キューブを使っている間だけは恩恵により身体能力が強化されているから、これぐらいは雑作もない。だけど。
「連日か」
そこに広がる光景に胸が痛む。
真っ黒な液体が飛散したように辺り一面へ広がり、さらに黒っぽい霧の合間から、何か柔らかそうな物体が大量にぶちまけられているのが見えた。それらにも黒い液体がねっとりと付いていて、未だポタポタと、地面に滴っている。
「……斎」
嘔吐く斎の背中をさする。これは一般人が見て平気でいられる光景じゃない。俺も目の前に広がる大量の内臓に吐き気を堪えながら、斎の目に手を当てて見えないようにした。
「斎。道、作るから建物内に避難しろ。あとできるだけ息をするな。この霧、やっぱ普通のやつじゃない」
俺は腕で口と鼻を覆って、マテリアルでできたゴミ箱の操作室までの道を、両脇に炎の壁を作って安全にする。
ふらつきながら歩く斎に気をつけろよと言われ、小さく頷いた。
「ごめん、ばらすな」
近くにある臓器、腸だろうか、手を合わせる。まだ温かく弾力があって手に吸い付くようにブニュブニュしている外の皮を剥ぎ、中身を抉り出す。ピチャ、ぐちゃ。耳に残るグロい音がして、内容物が溢れて手に、地面に、ぽたんぽたんと流れ、滴る。
――マダーは死体も平気でいじるんだとよ。
そんなわけ、ねぇだろ。
「げぇっ……ぇッ!」
気持ち悪い。気持ち悪い、気持ち悪いッ!!
同じ人間のモノとは思えないぐちゃぐちゃなそれから出てきたものは、相手を知るには十分な証拠。
その上から吐物をかけてしまったことが、遺体の主へ何より申し訳なかった。
「未来、秀……!」
ここにいない二人が無事か、不安になる。口元を拭い、まだ胃の中身が出てきそうな状態で全力で走った。
解剖した中身から出てきたのは、黒い液体だった。
固体なんて何もない。全て、黒い液体だった。
【第十四回 豆知識の彼女】
本部の中に詳しく触れるのはもう少し先。しかし何かしらの危険があるらしく、給料が高い。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 谷川斎④》
黒い霧の正体。彼女たちの安否は。
どうぞよろしくお願いいたします。