第一六五話 帰還と夢の声
前回、ヘンメイを討伐しました。
ヘンメイを討伐したことで、能力で入れ替えられていた部屋が元に戻り始めた。
華やかだった天井は暗い空に変わり、壁は取り払われて、大小の火山がいくつも見える。三日月が周囲を照らしてはいるが、ほかに明かりとなるものは無い暗いエリア。
今までの華やかさは消えて、独特な怖さを感じる。
「未来。お前、元気そうだけど体は? 治ったのか」
初めて見る火山エリアの全貌に圧倒されながら、改めて未来の体調を聞いた。
「うん、もう平気。足引っ張ってごめんね」
「それはいいよ。ずっと頑張ってもらってたし、結局最後だって助けられたからさ」
少ししょげてしまいそうな未来を元気づける。
実際、俺ひとりじゃヘンメイを討伐できなかった。罪悪感とか申し訳なさで、心臓を壊せるほどの力は【炎神】に込められなかったと思う。
花の力を借りて、未来に同じように祈ってもらわなければ、きっと今も戦闘中だった。
「ありがとな。手伝ってくれて」
少し間を置いて、景色を眺めたまま感謝を伝える。
俺が顔を見せられなかった理由はすぐにバレたらしい。「うん」と返事をした未来は、自然な動きで俺に背を向けた。
「情報共有したいんだけど、歩きながらでもいい? 巡回を終えたら早めに戻ってくるよう、あいか先生に言われてるから」
「ああ、頼む」
目を強くこすってから立ち上がる。
火山エリアを回りながら、俺が戦いやら会話やらをしていた時のみんなの話を聞いた。
未来が言うには、現実へ戻った斎と秀が機械越しに探りを入れて、ゲームの中に死人がいないのはわかっているとのこと。街も本部の人に総出で調べてもらって、安全を確認済み。
なら産月はどこへ逃げたのか。その把握に司令官は追われている。
未来は未来で、何かしらの痕跡がないか見てくるよう指示をされたらしい。
「このエリア以外は模擬大会に参加してたマダーに回らせるから、任せて大丈夫だって」
「凪さんが避難させてくれた人たちだな? 近くにいたのか」
「うん、施設内で待機って命令だったらしい。でね、凛ちゃんと加奈子はもう一度ゲームに入ろうとしたんだけど、『エラーが発生しています』って表示が出て弾かれたんだって。だから私が動けるようにできないかって考えてくれて」
エラーは多分、産月による時間の操作があったからだろう。ゲーム全てに影響を及ぼす力がどれだけ莫大なものなのか。考えるだけでゾッとする。
「バグは直せなかったけど、私が入ってるクマを範囲指定して、加奈子に【精神の解放】を掛けてもらったって言ってた」
「【精神の解放】……ああ、斎と秀が研究の時に使ってるやつ?」
「そう。要はゲームのし過ぎで気持ち悪くなった状態だから、現実の体をリラックスさせてやればなんとかなるんじゃないかって提案だったみたい」
「早口で説明を受けて、その後で隆を探しに行って」と、俺と合流するまでの流れを知る。
普段は研究所の空気を軽くするために使ってる【精神の解放】。まさかこんな形で助けてくれるとは思わなかった。
どう対処したらいいかすぐに考えつくのは長谷川の凄いところだし、素直に尊敬する。
「凛ちゃん怒ってたよ。『つっちーのくせに、何度呼びかけても応答しない』って」
「俺のくせにって……しょうがねぇだろ。途中で通信機壊れちまったんだからさ」
いつからかはわからないが、小さな砂嵐の音を出している通信機を耳から取って、未来に渡す。
ピッタリサイズで作られてるからよっぽどでなければ外れないものの、耐久力はイマイチな精密機器。
イザって時に使いものにならなきゃ意味ないだろ、とは思うけど、これでもかなり衝撃に強い素材らしい。小さすぎてマテリアルじゃ作れないんだって、斎か秀のどちらかがボヤいていた。
「……何も無かったな」
話の整理を終えたところで、出発地点まで戻ってきた。
ゲームの特性上、ヘンメイと戦った跡だけはきちんと保たれていたが、産月の痕跡は一つも無かった。
もちろん、産月自身も見つからず。
「他のエリアか、もしかしたらゲームの外にいたのかも。操るだけ操って、戦闘が終わるのをどこかで待ってたんじゃないかな」
「だとしたらすげぇヤな奴だな。性根が腐ってやがる」
「やり方としては賢いかもしれないけど、だからって許容できるわけじゃ……ん?」
未来も怒りをあらわにするが、何かあったのか急に通常運転になる。その場にしゃがんで地面を凝視した。
「どうした?」
「あ、うん。これ」
声をかけても俺の顔を見ようとはしない。代わりにその何かを指さした。
「……ドロップアイテムか。消えちゃったんだな」
気づかいをありがたく思いながら隣にしゃがんで、同じものを見る。
未来が凝視していたのは、でこぼこの地面に表示されたお知らせの文字だった。《時間切れにより消失:ヘンメイの記憶》と書かれた、見落としそうなほど小さな白いパネル。
「いつのまにドロップしてたんだろう。討伐した時かな?」
「さぁな。けど、拾わなくて良かったと俺は思うよ」
使用した効果が名前に関係するものだとしたら、ヘンメイの過去を知れるアイテムだったはず。
どんな理由で死人になったのか、正気に戻りかけたあの時、何を伝えたかったのか、ゲームが教えてくれたのかもしれない。
だけど俺は、使いたいとは思わなかった。
そこにはきっと、主君さんとの暮らしもいっぱい詰まっているだろうから。
主君との思い出があれば幸せだと、自分の身を捧げてまで敵を知る方法を教えてくれたヘンメイ。あの誠意を踏みにじるようなことはしたくなかった。
俺の答えに、未来は微笑する。「そうだね」と大きく頷いてから、ゆっくりと空を見上げた。
「じゃあ……帰ろうか」
「ああ」
短く返事をして、体力ゲージの左下にあるメニュー欄を開き、《帰還》と書かれた文字に触る。
出てきた《本当に帰還しますか?》に対する選択肢、《はい》と《いいえ》。《はい》をタッチして、現実へ戻るとDeath gameに示した。
《帰還申請を受け付けました。リアルワールドへ接続中。このままお待ち下さい》
いつもならこんな注意書き無しで現実世界に直行だけど、空間がまだ不安定だからか時間がかかるらしい。こればかりはしょうがない。
「ごめん未来。帰れるようになるまで寝かせてくれ。ちょっと、疲れた」
地面に腰を下ろして、重ねた腕に頭を乗せる。三角座りの体勢で安定した。
「……信念をねじ曲げるのって、つらいよね」
隣に座ったのか、未来の声が近くなる。
「寝てて。ひとりごとだから」なんてよくわからない補足をされて、静かな言葉が続いた。
「いっぱい悩んで考えて、苦しんだ末に出した結論。今まではそれで良くて、特に問題なんて起きなかったのに、実際その場に立ってみるとさ。……選ぶしかないんだもん。残酷だなって、経験するたびに思うよ」
小さな手が、俺の背中にそっと触れる。
ぽんぽんと叩くか上下にさするかで悩んでいるようで、動きには迷いがあるけど、温かさは伝わってくる。
「選ぶ人は苦しい。選ばれた相手はきっと、私たちが想像できないほど悲しくてつらい。でもマダーっていう役割を与えられたからには、命の選別をして、未来をつくっていく義務がある」
それが仲間の死人でも、これから先、人の命を天秤にかけられたとしても。
鼻をすする俺を、みんな同じなのだと未来は諭す。
「隠さなくていいよ。泣きたい気持ちも、今持ってる悔しさも。全部これからの糧にして、自分の考えを貫く原動力にすればいい。私も……一緒に頑張るからさ」
優しいひとりごとが終わっても、未来は俺の背中から手を離さなかった。
しばらく時間を置いて、俺が落ち着いたのを確認した後。「討伐してくれて、おおきに」と言うまでは。
「おい。そこは『ありがとう』じゃねぇのか」
「元気出るかなと思って。ほら、私が方言に戻ると隆は大概ツッコミを入れるから」
「今はそんな気分じゃ……ああ、どちらにせよツッコんでたな」
「でしょ? 私の勝ち」
「勝ちってなんだよ」
「ツッコんじゃった隆の負け。かんにんな」
「お前……普段は言わねぇ言葉ばっか。合ってんのか? その使い方」
「え、どうやろ。私もようわからん」
「急に素に戻るな」
『かんにん』について本気で考え始める未来。その表情があまりにも真剣で、俺はつい笑ってしまった。吹き出したという方が正しいかもしれない。
「今のは笑わせようとしたんじゃないんだけどね」
軽く拗ねたような口振りで未来は仰向けに寝転んだ。笑いを抑えつつ一応ごめんと謝って、俺も横になる。
「未来に慰められんのさ、いつぶりかな」
「どうだろう。私はぎゅってしてもらうのが増えた」
「半分くらい無意識ですごめんなさい」
「謝らないで。私は嬉しかったから」
守ってくれてありがとう、とだけ言って、未来はそっぽを向いた。もう喋るつもりはないらしい。何を言っても返ってこなかった。
「……ありがとな」
しばらく温かさを感じたくて、もう一度感謝を伝えてから目を閉じる。
だけど、そんな俺の気持ちを邪魔する長いカウントダウンの音。
チッ……チッ……と。現実へ戻るまで続くそのリズムが、家の自室にある目覚まし時計の秒針の音と重なる。
あの日見た夢の内容を、勝手に呼び起こす。
――ウヅキ。今回はお前に任せよう。近々ゆくがいい。
――承知しました。必ずや、相沢未来の首を獲って帰還いたします。
火山エリアに入った時に思い出した、夢の会話の一部分。相変わらず膜が張ったような違和感があってよく思い出せないけど、その話し声だけはハッキリとした。
未来を殺しにきたヘンメイ。だけど実際に操っていたのは、産月っていう組織の一人。
ウヅキと呼ばれていた、あの死人がそうなんだろうか? 未来を殺せと命令を受けて、ヘンメイに自分の能力を与えて代わりに殺させようとした?
いや、ただの夢だった可能性だってある。
初めて聞いた名前だし、予知夢なんて経験したこともない。なんとなく未来が危ない気がして、本能がお告げのように夢に出した。それだけかも。
――ダメだ……今は考えたくない。
カウントダウンが0になって、体が現実へと向かい始める。
疲労が溜まった頭では纏められないし、未来のおかげで前向きになった思考を邪魔されたくもない。
凪さんが帰ってきたら今回の件も含めて夢の話をしようと決めて、とりあえず脳内から追い払った。
そうして待つこと、三十秒ほど。光の量が変わる。
ゆっくりと瞼を開けて見えたのは、所定の位置に置かれた俺のキューブ。革製の椅子の感触と、慣れ親しんだ狭くて暗い空間。頭はクマ耳のカチューシャが存在感を放つ。
「……おかえり、俺」
外から聞こえる未来の声と、帰りを喜んでいるみんなの騒がしさに安心した俺は、どうやらそこで意識を手放したらしい。
次に目を開けたのは、恵子おばちゃんが働く売店の長椅子の上だった。
【第一六五回 豆知識の彼女】
ひとのことを言えないくらい隆一郎も泣き虫。
隆は未来を泣き虫だと言いますが、自分も泣きかけや実際泣いていることも多いです。自覚があるようで、見られないよう顔を向けずにいたものの、聡い未来さんは気付いてしまいました。
改めて、お疲れ様でした少年少女たち。よしよしよーし。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 メシ》
タイトルがすべてを物語る。よろしくお願いします。