第一六一話 斬撃と油分の弾丸
前回、ヘンメイに遊ぼうと誘われました。
乾いた音が何度か響く。
駒を動かす音。その後に広がる槍と剣の攻防。
周りを一瞥する。
チビヘンメイとみんなはずっと乱闘状態。なのに、俺のそばには一人も寄ってこない。
ヘンメイ自身が来るなと言っているようにも見えた。
――ナイト君。俺への呼び方も戻ったな。
戦いながら、彼女の小さな変化を見落とさないよう集中する。
多分、かなり近いんだろう。
正気だった頃のヘンメイが、もうかなり近くにいる。
けど、
『やだよナイトくんっ! やだのー!!』
「んな簡単じゃねぇよなぁ……っ!」
ここにきて、彼女は駄々っ子モードに入ったらしい。
さっきまでは俺たちの掛け合いを見て笑ってくれたのに、今では話を聞く体勢にならない。というか、笑わせようとしたら拗ねてくる。
イヤイヤ期の子どもみたいに、俺たちがすること全てに不満をぶつけ出す。
チビヘンメイも見かけ以上に強いらしい。
未来が刀で斬っても、長谷川が風で引き裂いても、斎と秀が銃と剣でバラバラにしても。
阿部の【融解】でさえ、完全には倒せない。ダメージを与えたところからすぐに再生が始まる。
こんなのどう対処しろってんだ!
「【火炎の剣】!」
もう一度心臓を斬れば状況を変えられるかもしれない。【大賢の槍】で粘っていたところを、攻め重視の剣に切り替える。
未だにヘンメイのスピードについていけない俺は、残念ながら槍の補助がないと攻撃を躱せない。
動いたと思った時にはもう《ヒット》のパネル。体力ゲージが削られている。
殴られるのも斬られるのも痛いけど、そこは辛抱。
できるだけ周囲の駒を使いながらヘンメイへ近寄って、飛びかかる。剣を振り下ろす。
『ふフ〜! ナイトくん、ね〜ナイトくーん!』
「いっ……! お前、それは甘噛みか!?」
刀身は空を切る。
ヘンメイが視界から消えて、どこに行ったと頭を振った瞬間、耳をかぷり。噛まれた。いや、そんな可愛らしいもんじゃない。噛みちぎられるかと思った、痛かった。
「げ、現場から速報です! スタジオの秋月君っ、土屋君がモテています〜!」
「は、おい阿部!?」
「それは衝撃ですね。現場の阿部さん、写真に収めておいてください。あとでスクープにします」
「秀までノリノリじゃねぇか!!」
チビヘンメイと戦いながらピースをする二人。
さあ考えよう。今のは笑わせるためのノリか、それとも弄りか。
「「モテると言えば、未来ちー聞いて〜。つっちーってば、さっき美味しそうなチョコ貰ってたのよ?」」
「チョコ?」
「「そう、茜っちからハート型のチョコ! もしかして茜っちはー、つっちーのことぉ!」」
「「ひゅ〜!」」風でチビヘンメイを攻撃しながら、二人の長谷川が口笛を吹く。
何が言いたいかはわかる。そしてオチも予想がつく俺は、敢えて会話には参加せずヘンメイとの剣の打ち合いを続ける。
長谷川の意外そうな視線を目の端で捉えていると、その結末に繋がる一言が、未来の口から出てきた。
「いいなぁ、私もチョコ欲しい。あとで茜ちゃんに貰いに行こうかな?」
ほれみろ。予想通りだ。
「「へっ……? あ、いや、ごめんあの、そういう意味じゃなくて!」」
「くださいって言ったら貰えるかなあ?」
刀を振りつつ目を輝かせる未来。
食欲と鍛錬バカの未来がヤキモチなんて焼くはずないし、ひゅーっ! なんてノリよく言うとも思えない。残念だったな長谷川。
「「残念だったな長谷川。みたいな顔してんじゃないわよ! つっちーの代わりにアタシが言ってあげてもいいのよ? つっちーはぁ、未来ちーのことがぁ!」」
「ざけんなアホ! おくちチャック!!」
言葉を大声で遮る。
やめろ勝手に言うな。ちゃんと俺が言うから。
もっといっぱい鍛錬して、強い奴も倒して、呪いの根源をどうにかできたらちゃんと自分の言葉で伝えるから!
『んーっ、んー!』
「おわっ! ごめん、お前にとっては何の関係もないもんな!?」
剣を投げられた。
側転して別の駒に移動。避ける。
笑いは起こせなかったが、とにかくヘンメイの心臓をもう一回斬ろうと【花火】を足に起こす。
スピードを増して【火炎の剣】を力いっぱい振り抜いた。
ガッ……ギィン!
スッキリしない、無理やり斬ったような音。
気付く。硬くなっていると。
初めに斬った時と攻撃方法は同じで、阿部の【アビリティ】でパワーも上がっているはずなのに、あの時ほど綺麗には決まらない。
再生スピードが落ちたぶん、強度が上がった?
いや、それとも。
『ああああああっ!!』
「ぐっ……!」
心臓の治癒を待たず、体の裂け目から出てきたゼリーが拳の形になってぶたれる。
大砲の出現割合が減ったと思ったら、今度は肉体の変形かよ。マジで何でもありだな。
「んっ……!? マズイ、コイツら心臓が出来てきてる!」
斎の驚嘆。
殴られて外れた肩を、感覚を頼りに治した俺はその光景を見て戦慄した。
チビヘンメイの体の一部に光が集まって、微細な青い欠片にゆっくり変化している。
あれは紛れもなく、死人の心臓。
固有の死人になりかけている瞬間だ。
――マズイどころじゃない、最悪だ!
胸騒ぎ。額に汗がにじむ。
もしチビヘンメイ一人ひとりに完璧な心臓が出来上がったとして、強度が本物と等しいくらい強かったら?
斬れば斬るほど硬くなる性質を、あいつらも持っていたとしたら?
数え切れない量のチビたち。それを一人ずつ粒子レベルまで粉砕するなんて不可能に近い!
「だめ、不完全な間に止める! 斎、私に向けて【ジェット】を撃って!」
「ダメだよ相沢。手を翻すだけで死人化される、大きな技は使うなって言ったのは自分でしょう!?」
「大丈夫、隆が心臓を斬ってくれた。治癒に集中してる今ならいける!」
秀の反対を押し切って、全員へフォローを頼む未来。解決の糸口を見つけてくれたらしい。さすがの一言だ。
「【熱線】!」
追撃してきたゼリーの拳をすんでのところで躱し、灼熱の温度を纏った金属線を指先から作り出す。
最初に心臓を斬った後に出した【炎神】。あれが死人化されなかったのを考えると、未来の言っていることは正しいと思う。
なら少しでも長く復活を遅らせようと、既に半分くらいがひっついてしまっているヘンメイの心臓の裂け目へ、【熱線】を割り込ませた。
「――ありがとう、隆」
斬れも治りもしない、膠着状態の中。
阿部の【アビリティ】を最大限にする声、長谷川が全員へ【風壁】を施す仕草。秀の【凍結】がチビヘンメイの動きを止めさせる。
そして、圧縮した螺旋状の水流、【ジェット】が、未来へ向かって放出された。
「【椿オイル】」
技名を聞いた俺は、驚く。
未来の手に黄金色の艶やかな液が纏って、斎から放たれた水流を力いっぱい殴った。
ドォッ! と衝突の音を鳴らして、金の液体が【ジェット】を細かく分割。勢いは強いまま四方八方へと爆ぜる。
狙いは定められない。味方への被弾は長谷川が風の盾で守ってくれて、チビヘンメイだけを青い欠片ごと吹き飛ばす。
金の液体を纏った小さな螺旋状の水が、チビヘンメイを一人残らず消し去った。
【第一六一回 豆知識の彼女】
一六〇話と一六一話、考えていたサブタイトルは《トワに続けろ漫才合戦!!》だった。
あの、ヘンメイを笑わせよう作戦ということで、彼らに頑張って漫才をしてもらっていました。でも残念ながら没案に。かなり隆が可哀想でした。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 トモダチのトモダチ》
正気に戻りつつあるヘンメイ。けれど、その前に。
よろしくお願いいたします。