第一六〇話 自我へ導くのは
前回、ヘンメイが未来を睨みました。
「え……っと。ヘンメイ、さん?」
『お、マ……』
俺がどうしたのかと聞こうとしたその瞬間。逆上したような、耳をつんざく咆哮。轟き。
「未来、危ねぇ!」
忘れかけていた大砲の攻撃――銀色のエネルギーが未来に向かって射出されて、そばにいた長谷川がギリギリで未来を押し倒し回避させた。
「あ、ありがとう凛ちゃん! びっくりしたっ」
「ちょっと! 未来ちーさ、誰かからの命令とか関係なく、単純にヘンメイから嫌われてない?」
「あ、あの……心当たりが」
「あるの!?」
「はい……」
ずいと顔を寄せる長谷川から、目を泳がせた未来。
そんな未来を見下ろすように視線を向けたヘンメイは、駒に乗ったまま少しずつ二人へ近付いていく。
大砲を亜空間へしまって、ビシッと、未来に人差し指を向けた。
『コイツ、きら、イ。ルール破る、コロす』
「ご、ごめんっ! ごめんなさい! 知らないものは怖くてつい!」
「わるいヘンメイ! よくわかんねぇけど、多分未来も悪気はなかったんだ! 許してやってくれ、なっ?」
『ヤダ』
「即答!?」
おいおい、未来のやついったい何やらかしたんだ?
何をしたらあの短時間でこんなに嫌われるんだよ!?
『ン、ン、ン。死!!』
「ごめん、【氷剣】!」
ヘンメイの手が振り上げられる。
対抗するように氷の剣が飛ばされ拳に直撃。肘までぱっくりと裂けた腕が未来の両頬を掠めた。
『キライ。ルール破る、嫌イ!!』
ドンドンドン! 何度も大きな地団駄を踏んで、しまいにバキィッと盛大な音を鳴らしたヘンメイは、自分の乗っていた《香車》に穴を空ける。
腕を治癒させ、再度未来に殴りかかった。
「ごっ、ごめんなさい! ルール、きちんと守るから! もう怖がらずに乗るからっ!」
長谷川を押し飛ばし、ヘンメイの動きを見切って躱した未来は隣の駒へ飛び乗ってわびる。
いや、ダメだその駒は。
その駒には乗っちゃダメだ!
『メイのだソレはぁアアア!』
「ひゃっ!?」
ヘンメイから剣が突き出される。なんとか【種皮】で防御するも、衝撃に押し負けた未来が俺の横までふっ飛んできた。
「な……なんでっ?」
「未来。将棋のルール上、相手の駒は使っちゃダメだ! 駒のとんがってるとこがこっちに向いてるやつは全部ヘンメイのもんだから!」
「そうなんですか……」
軽くトラウマになってるのか、敬語で俯く未来。
今のは反則だと急いで伝えた俺は、ふとヘンメイの言葉を脳内でリピートした。
『メイ』。間違いなく、彼女は今そう言った。
正気だった頃に呼んでいた一人称。己の名前の一部分。
――もしかして。
声を小さくして、通信機越しにみんなへ頼む。ヘンメイをもう一度笑わせてくれと。
ただの予想に過ぎないが、もしかしたら、ヘンメイはヘンメイなりに頑張っているのかもしれない。
これは本来の自分ではないと、少しずつ気付き始めているのかもしれない。
一度笑ったあとから話が通じだしたのも、己の気持ちを言葉にできたのも。
自然体の時のヘンメイが、心の底から楽しいことが好きだったからじゃないだろうか。
――名前を呼んであげてください。全力で戦って、笑わせてあげてください。
自分の名前と戦い、笑うこと。それが、ヘンメイの大好物。先生はそう言ったつもりだったんじゃないだろうか?
「わかった。でさぁ、つっちー? いつになったらツインテールしてくれるの?」
「話を蒸し返すなぁああ!!」
「はぁ!? じゃあどうしろってゆーのよ!?」
俺にガンを飛ばしてくる長谷川。
すまん。真面目に考えていた手前、キレそうになった。
若干の怒りとさっき言われた『ダサい』を頭の隅に追いやって、今考えていた予想もとりあえず保留に。
ヘンメイを笑顔にすることだけを考えて、一度降りた《銀将》に足を置く。
念じれば行き先はルールの範囲で選べるらしい。
横と真後ろ以外に一マス進める《銀将》へ、右斜め前へ進めと、心の中で指示を出す。長谷川に少し近付いた。
「しないからな? 絶対しないからな、二つ結びなんて!!」
「『土屋はツインテールを経験済み』っと」
「はっ? お前どこからその情報っ!?」
振り向いた先には、にやつく秀。
笑いを誘うためのハッタリか?
幼稚園の頃よく母さんに遊ばれてやられて家に写真だってあるけど、秀には見せてないはずだぞ!?
「もちろん土屋の表情からです。読み取らせていただきました」
「ぜひそのスキャナーをぶっ壊させてください、お願いします!」
腰を九十度に折って懇願する。
そうだった、秀のやつ相手の表情から思考を読み取る訓練をしてるんだった。絶対敵に回したくねぇ。
『ふ、ふふっ! きゃははっ!』
ヘンメイが笑う。面白そうに。
姿勢を戻して彼女の様子を見る。
俺は全く面白くないんだけど、反応を見る限り上々ではあるらしい。
目が糸になるほど大笑いの顔で、俺をバカにするように指さしていた。
「う……ッぐ!」
腹に衝撃。
急にヘンメイが駒から跳んだのが見えて、蹴りを入れられると判断した時にはもう膝が肋骨にめり込んだあと。
骨がやられる嫌な音に次いで、ゲーム特有の高い音とパネルが出現する。
《クリティカルヒット・ダメージ2倍》
いらねぇよ。将棋か格闘技、どっちかにしてくれ。
「土屋、大丈夫か!?」
「斎! 隆なら絶対大丈夫だから攻撃に集中して! 笑いを取る方も!」
俺に向いた斎の意識を、未来が即座に戻させる。
必死な声に何事かと思って、受け身を取りながら二人の方を見た。
――なんだよ、これ!?
今の一瞬で何が起きたのか。
将棋盤が――床の半分が、見えなくなるほどに。俺の胸元くらいの大きさのヘンメイが、数えられないくらいに増えていた。
「未来、どうした。何があった!?」
「ヘンメイが自分で体を引き裂いて、ちぎった部分を投げて再生、分裂した! 隆の前にいるのは本物、こっちは偽物!!」
着地した俺へ、早口での説明。
自陣の駒を慎重に使いながら、未来は『改』の【木刀】で力任せに薙ぎ倒していく。
駒一つに対して小さなヘンメイが一人乗った状態で、更に床にいるヘンメイもみんなへランダムに襲いかかっていた。
『『『『『きゃはははは!』』』』』
「あぁーもう! どう戦ったらいいの、この子たち! 【双子】!!」
長谷川がキレ気味に喚く。
相手の数に対してこちら側が圧倒的に少ない。
自分と同じ動きをしてくれる第二の長谷川を作り出す技、【双子】が、《歩》の駒から生み出される。木製の長谷川が戦闘に参加した。
「土屋君、お腹? 【痛み無し】!」
「あっ、サンキュ阿部!」
骨折した部分を阿部に治してもらう。
隠れながら【融解】も使ってくれているようで、広範囲ではないが端の方にいる偽物のヘンメイが溶けだした。
『きゃはははっ!』
「おぉ……っ!」
大きなヘンメイ――つまり本物から、蹴りがくる。
腕を重ねてガードするも勢いは殺せない。
再度ぶっ飛ばされる。
「い……やべっ!」
着地した駒は運良く味方側のもの。未来みたいに怒られなくて済むが、それでもちょっと厄介な駒だった。
『うん、ウンウン!!』
「がっ!」
殴られる。視認できない速さで。
俺が乗った厄介な駒は、赤文字で書かれた《龍馬》。《角行》の裏表がひっくり返った駒だった。
うろ覚えだけど、確か『成る』って呼ばれてるやつ。敵陣に入ったら駒を裏返していい将棋のルールが適用されたもの。
裏には表側と異なる文字が書かれていて、動ける範囲が変わるんだ。
――油断した。今は陣地とか関係なくひっくり返ってんだから、もっと警戒すべきだった!
斜めなら何マスでも、そして前後左右は一マス動ける圧倒的な機動力を持つ《龍馬》。
右斜めに二マス、左斜めへ四マス。さらに前方へ一マス動いてヘンメイの前へ届けられて、今殴られた。
その間、一秒もなかったと思う。
抵抗する余地もない。しかも指示をしないとすげぇ速さで動くときた。
くそやろう。
『あそ、ぼ? アソぼ。ナイトくん』
後ろにある《歩》へ飛び移ると、前へ一マス進む。
どうやら俺に完全マークをしたらしく、他のやつへ攻撃する素振りは見せない。
笑いの種になるからか、随分気に入られちまったみたいだ。
「ああ。遊ぼうぜ」
急速に自我へ近付くヘンメイ。
好物の力ってのは、凄いな。
【第一六〇回 豆知識の彼女】
龍馬と竜馬。表記は二通りある。
記憶の中では角の裏は龍馬だったなぁと思いつつ書いていたのですが、間違ってたらいけないと思って調べました。
どうやら通常よく見る将棋では龍馬。日本将棋連盟では常用漢字の竜馬で表記するのが正式としているようです。こちらは知らなかったのですが、りゅうめとも読むそうですね。奥が深い。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 斬撃と油分の弾丸》
「げ、現場から速報です! スタジオの秋月君っ、土屋君がモテています〜!」
よろしくお願いいたします。