第一五八話 俺たちのわがまま
前回、阿部ちゃんと合流しました。
『あらあら……ヘンメイが穴だらけ。バフの効果は素敵ですねぇ、わたしも欲しいものです』
羨ましがる先生の声。ハッとして通信機を耳に押し当てる。
「先生、凪さんは!?」
『ふふ。皆さんが楽しんでいる間に戦場へ戻りましたよぉ? お忙しいですからねぇ、彼は』
代わりにことづてを頼まれたと教えられる。
こちらが片付いたら改めて使用者の教育と、迷惑をかけたお詫びをさせてください。全員の無事を祈っています。とのこと。
凪さんも向こうで大変なのに……わざわざ連絡くれたんだよな。律儀なのは相変わらずか。
『ちなみにですが、加藤くんは司令官に連れ去られましたぁ。あと阿部さん。無理はしないようにとのことです』
「あっ、はい! 了解ですっ!」
『本当はあなたがいないこと前提で作戦を考えていたのですが……ふふ。なかなか楽しい戦いになりそうですねぇ』
笑い方に先生の黒い部分が見えた気がした。
マダーって裏表のあるやつ多すぎやしないか。
「あいか先生。ヘンメイ、再生し始めました」
ガキンッ! と弾切れの音を鳴らした未来が、武器を【木製銃】から【木刀・改】に切り替える。
討伐しなければならないのかと、改めて聞いた。
『ヘンメイには……その再生力と強い忠誠心から、多くの人の命を救っていただきました。人間が入るには危険な場所や死人の群れにも果敢に立ち向かう、優秀な使い魔だったのですよ』
優しい声色で、懐かしそうに話す先生。『しかし』と否定の言葉で繋げられた。
『敵となってしまったのなら話は別です。人に害を与える死人を生かしてはならない。どんな残虐な手段を使ってもいい。何が起きて今こうなっているのか、情報を全て吐き出させた上で始末。可哀想ですが、これがわたしたちの出した結論です』
実際の活躍を知っている凪さんや司令官と出した答えが、真っ向から未来へぶつけられる。
声を低くして、本部の人間らしく言った。
『未来さん、わかってくださいますね?』と。
『討伐するのが嫌だというのなら、本部に身を置く人間として、わたしはあなたを処罰しなければなりません。国と人を守るために戦う。それがわたしたちマダーの務めですからね』
これ以上の議論はさせない、そうハッキリとした意思を感じて、俺は何も言えなかった。
未来は、どう思っているんだろう。今の話を聞いても「はい」と「いいえ」のどちらでも答えなかった。
「……『ハズレを殺せ』。そう命令されたはずのあの子は、私をゲームの中でしか攻撃しませんでした」
ここで体力を0にされたとしても、その誰かからの命令は達成できない。ここにいるデータ上の未来ではなく、外にある器を潰さなければいけないのはヘンメイ自身わかっていたはずだと、未来は主張する。
「討伐は、します。上層部の出した結論が正しいのは理解できる。ここで私の感情を介入することは、亡くなられた二人やご遺族の気持ちを踏みにじることと同義。許されない」
刀の切っ先がヘンメイへ向けられる。
撃たれて幾多の大きな穴を空けていた体のゼリーが、互いの手を取り合うようにして、再生する。
頭の一部も吹き飛んだのか右目の槍は消えていて、体はほぼ完治していた。
「だけど……その前に。心臓を粒子へ分解する前に、あの子自身の話を聞きます。悪いのはあの子ではなく、その元凶。ヘンメイをここで討伐したとしても、大本が残っていては今後も同じことが起こる。そうでしょう?」
ヘンメイの死の技を恐れて、復活した目を潰すべく槍を作る俺の手を、未来の小さな手がそっと遮る。首を何度か横に振られ、視線を誘導された。
目を凝らしてよく見れば、ヘンメイの顔に【朝顔】の蔓が巻き付いていた。
対象を自在に操れる蔓は、ヘンメイの裏返っていた眼球を正常な位置に戻させる。
視点は合っていないが青い瞳が見えるようになって、代わりにREVERSALの文字が見えなくなった。
「ありがとう隆。おかげで攻略法がわかったよ」
「あ、いや……」
違う。お礼を言いたいのは俺の方。
どうすればいいかはなんとなく気付いただけで、じゃあ潰そうと単純に思ってしまった俺とお前では、心持ちがまるで違う。
悪いのはヘンメイじゃないとハッキリ意見した未来は、目に害を与えずあの能力を封じ込めてしまった。
「先生、私は納得できません。本当の敵を確保、もしくは討伐を念頭に、そしてあの子が少しでも満足できるように。情報だけではなく心の声も聴いた上で、討ちます」
「あっ、おい未来ッ!」
駆ける。床を強く踏んだ未来はヘンメイへ接近する。
刀を振りかぶって、完全回復したゼリーを刻もうとしていた。
『本当に勝手ですねぇ、あなたは』
「あいかセンセー、未来ちーに対してそういう説教が効くと思わない方がいいよ? アタシらはもう諦めてるんで!」
「そうですよ〜! 死人に関してだけはすっごくわがままなんです、未来ちゃん。こうしてまた一人で突っ走っちゃうくらいには!」
怒り気味の文句を冷やかすような言葉で宥めた長谷川が、俺より先に動く。
疾風のごとく隣を駆け抜けて、ヘンメイと斬り合いを始めた未来のフォローに入った。
「ぶっちゃけた話、勝手なのは相沢じゃなくて、相沢を取り巻く全員だけどな」
「一緒にされるのはちょっと気に食わないけど、まあそういうことだね。【氷剣】!」
秀の手に氷の粒が集う。
水では剣として形にしにくいと判断したのか二つ作ったうちの片方を斎へ。貰った剣を手に斎は秀と一緒に走っていく。
目が元に戻ったからか、急にいつも通りになったな斎のやつ。
「土屋君は? 土屋君も、勝手……する?」
俺を見上げて、にこっといつもの笑顔になる阿部。
勝手をするかしないか。
ようするに、情報を引き出してさっさと戦いを終わらせたい先生と本部に逆らって、回り道をしてでも正気に戻してヘンメイの話を聞くか、ということ。
考えるまでもない。
「する。奥に潜む哀しみを理解して、見届けるのもマダーの役割だからな」
ごめん先生、司令官。
あそこにいる死人が本当は味方で、それでいて人のために尽くしてくれたなら、俺たちとは関わりがなかったとしても感謝は伝えるべきだと思う。
ヘンメイは納得できないかもしれないけど、せめて無理やりじゃない方法できちんと送り出してやりたい。
だからもう少しだけ、俺たちのわがままに付き合ってくれ。あと少し、あとちょっとだけでいいから。
「盾!」
キィンッ!!
備えろと未来が指示した時にはもう、改の【木刀】が銀の剣とぶつかったあと。
再生はノロくなっても速度は落ちないヘンメイは、今まで戦っていた未来を除いて誰も目で追えていない。
【朝顔】の力をもってしてもヘンメイ自身は操作できないらしく、未来がみんなを守りながら戦ってる印象を受けた。
――ぞくっ。
急に走る、嫌な予感。鳥肌。
「【大賢の槍】!」
【回禄】を纏った槍を作り出した刹那、大きな衝撃。
剣と槍が衝突する若干鈍い音。
素早い剣撃で手一杯になった未来を嘲笑うかのように。無防備だった俺へ狙いを変えたヘンメイが、一思いにゲームオーバーにしてやろうと剣を押し込んでいた。
「おぉ!? さっすがつっちー、見えてんじゃん! もう慣れたんだ!?」
「なわけねぇだろ! 百パーセント感覚頼りだっつの!!」
見えたんじゃない、肌が危険を感じただけだ。
数回で慣れるほど高性能じゃねぇよ俺は!
「【炎神】!」
龍を模した炎を放つ。
目の前にいる殺気を出す存在を食いちぎるように炸裂した炎は、ヘンメイの左半分をぶっ飛ばす。
体のゼリーが遠くへ散るも、またうにょうにょと動いてくっついて、すぐに再生が始まった。
マジで早い、チートにも程がある!
「なぁ未来、闇雲にやってんじゃねぇんだよな! 策は!?」
「ない!」
「ない……ない!?」
即答された。マジかよ、こいつ何も考えずに突っ込んでたのか!?
「ない、けど! 剣を交えたら相手のことがわかるって、誰かが言ってたから!」
「なっ、バカ! そりゃ武士か漫画の中での話だ! 一介の中学生が自己流の剣で人外の奴と戦って、相手がわかりゃ苦労しねぇだろ!?」
ヘンメイの再来を槍でどうにか受け止めながら、間髪を入れずにその考えを否定する。
だけど未来は、なぜか目を大きくさせて俺を見た。
……え? こいつ、まさか。
「できない……の?」
おおっとぉ……
「できねぇよ?」
「できへんの!?」
「できねぇっつってんだろ、いい加減受け入れろ! てかマジで信じてたのかお前!?」
方言になってフリーズする未来。
刀と刀でぶつかれば敵でも理解し合える、ほんとにできると思ってたらしい。
「相沢って本当に馬鹿だよね」
「やめなさい秋月。それが未来ちーの可愛いところでしょうが」
「いやいや、それフォローでもなんでもないぞ長谷川。わかるけどさ」
「おいそこ! 俺が必死こいてる横で雑談してんじゃねぇ! 悲しいから!!」
つい声が大きくなる。すると――くすくす。
俺に剣を振るい続けていたヘンメイが、今までとは違う子どもみたいな声で笑った。
『ふふ……予想通りといったところでしょうか。ありがとうございます、みなさん。ご協力いただいて』
【第一五八回 豆知識の彼女】
モノクロの世界にはならないが、死人化させる技は健在。
リバーサルの文字が赤く光ると呼吸と心臓を止められました。しかしその前から使われていた死人化させる技は、文字の明暗とは関係なく手を翻すだけで行われていたので未来さんは止められていません。
引き続き、大きな技は使わずに参ります。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 戦略家は笑う。》
通話を始めてからいったい何回笑ったやら。
彼女はまだ笑い続けます。
よろしくお願いいたします。