第一五六話 朱雀
前回、通信機からお呼び出し。
「ナンバー、四十一。土屋です」
『あらぁ〜土屋くん。良かったです、気付いていただけてぇ』
おっとりとした話し方。
連絡をくれたのは、本部の特別部隊の一人で俺たちの学校の保健室担当、国生あいか先生だった。
『ごめんなさいねぇ遅くなってしまって。死人の探知は既にできていたのですけれど、ちょーっと対応に困りまして、凪くんや司令官と相談していたんですぅ』
「いえ……凪さんにも?」
早いに越したことはないが、正直動いてもらえるだけでありがたい。通信機を耳に固定して同じ言葉で問いかける。
「はい〜」と変わらず間延びしたように言う先生は、みんなも通信機を装着していることを確認、動けない未来も長谷川に頼んで右耳に着けてもらうのを待った。
『えぇっとですねぇ、単刀直入に言いますとぉ……そこにいる死人。まさかまさかの、わたしたちの仲間なんですね〜』
……は?
「国生先生? すんません、もう一回言ってもらえますか?」
『はい〜。そこにいる死人〜、わたしたち人間側の死人ですぅ。仲間です〜』
延ばして延ばして、同じ言葉が繰り返される。
そこにいる死人、仲間。
わたしたちの、仲間。
人間側の、仲間。
……なかま。
ナカ……マ?
「「「「はぁっ!?」」」」
『あはは〜、皆さんいい反応しますねぇ』
「あ、あいか先生っ! ごめんなさい、あの、今は冗談無しでお願いします!」
『ごめんなさいねぇ未来ちゃん、本当なんです〜』
唖然とする俺たちに、「トラブルで敵になってしまったみたいで〜」と先生は笑う。
いや、笑ってないでもう少し説明してくれ。もっと淡々と話してくれ!?
『焦らなくても大丈夫ですよぉ。音の波長からして、今は銀の攻撃を受けているんでしょう? 彼は……いえ。彼女、ですかね? ふふ。空間を歪ませている間はその場から離れられないので〜』
「性別はどちらでも構わないので要点に入ってください先生。とにかく、今はこれ以上攻撃されることはない。そう思っていいですね?」
秀のやつ、ちょっと苛立ち始めてる。
そんな秀を察したのかご名答ですと答えた先生は、こほん。一度咳払いをした。
『とまぁ、そんなわけで。皆さんが耐えられそうなら、このまま細かい説明をさせていただきたいのですが……よろしいでしょうかぁ』
「未来、どうだ。いけるかっ?」
守られてる側の俺たちには決められない。負荷を一身に受けている未来へ聞く。
未来の額には変わらず汗があるものの、【木製銃】を増やして吸引力が二倍になったのは、かなり大きいのかもしれない。
エネルギーから来る衝撃に髪と服をはためかせながら、にっと笑った。
「大丈夫。お願いします、あいか先生!」
『ありがとうございます〜。では皆さん、よく聞いてくださいね』
国生先生の声色がほんの少しだけ真面目になる。
聞き逃さないよう通信機を手で覆った。
『そこにいる死人の名前は、ヘンメイ。捨てられたセーブデータから生まれた、ゲームの死人です』
先生は説明する。
あの死人……ヘンメイは、精鋭部隊所属のとある人の持ち物で、使い魔的存在なのだと。
主に死人を倒した際にできるガラス玉をキューブの能力でまた死人に戻して、操って戦っているらしい。
直接自分の能力としてガラス玉を使える未来とは少し違うみたいだ。
『そのためにガラス玉をいつも本部に送っていただいているのですが、戦い方に賛否があるため公にはしていません。額にある赤い朱雀の模様が仲間の印だと思っていただいて結構です』
ヘンメイの技はゲームに因んだもので、世間に出回っているゲームなら何でも能力として使えるという。
カードゲームを元にした【手札】が主な戦法。
攻撃のためのカードが今の大砲や剣、防御をイメージしたカードが守護者。
エリアの内装や容姿を変えるのも育成ゲームでできるから、何も特別なことでもないらしい。『将棋のステージでまだ良かったですね』と、先生はいたずらっぽく笑った。
「先生、他にも。相沢が見ていますが、奴はこっちの技を死人に変えるそうです。反転の能力を使って、ついさっきは全員まとめて殺されそうになりました!」
『それがキーです、谷川くん。オセロという酷似した技にはわたしも覚えがありますが、あまりに危険すぎるためこちらの研究員が能力、記憶共に消去させている……現在の彼女は使えないはずの技なのですよ』
「けどあいかセンセー、アイツ使えたよっ? 能力戻ってきたんじゃないの!?」
『ええ、長谷川さん。それも考えました。しかし谷川くんの今のお話と、わたしが観ていた彼女の言動を照らし合わせてみればその可能性は薄いでしょう。性格こそいつものヘンメイでしたが、一部一部、裏に誰かがいるような話し方をしていましたから。反転の技を含めて……ヘンメイ自身、何者かに操られている線が濃厚と思われます』
「観ていたってどうやって? この部屋の中は観られないと加藤君が言ってましたけど」
どうしても質問だらけになる。
その話をしていた時に秀はいなかったけど、やっぱり他のDeath game参加者にも加藤の声は聞こえていたらしい。
『ふふ、こんなのでもマダーですからねぇ。やり方なんていくらでもありますよぉ』
「……そうですか」
『はい〜。ちなみにですが、土屋くん。斬るではなく心臓を潰したとしても、ヘンメイは死にませんよ』
「えっ?」
『粒子程度まで破壊しない限り、永遠に再生し続けます。仲間にした際、結衣博士がそういうふうに作り替えていますぅ』
ごめんなさいね〜と通話を始めた頃と同じくらい明るい声になる先生。
やり方についてを上手く躱されたような気がしなくもないが……結衣博士? 俺が知っている中でその名前の人物はたった一人なんだけど。
いや、まさか。まさかな。
ちらっと斎を見てみる。……残念、どうやら正解らしい。
顔が真っ青になっていた。
「ごめん土屋、みんな……犯人、俺の母親です……」
「ど、ドンマイ斎」
顔を手で覆って完全に下を向く斎を慰める。
粒子か。そりゃ一回斬った程度じゃ再生するよな。
『けれど、結局死人の弱点が心臓であることに変わりはありません。一撃を加えてくれたおかげでヘンメイの再生スピードも随分落ちました。ですから……ありがとうございます』
「えあっ、はい!」
声が裏返る。
考えないようにしてたけど、俺が失敗したせいだと思っていたから礼を言われるのは想定外。肩が跳ねた。
『ヘンメイについてはこの辺りで大丈夫でしょう。あとは……と、あら? ……はい。あぁ、一旦代わりましょうか? ええ。もちろんですよぉ』
いざ作戦会議かと思いきや、先生の声が遠くなった。
誰かと何か話してるっぽい? 話し声の代わりに、今まではなかった戦闘の音が聞こえた。
『――弥重です』
すっ、とみんなの空気が締まる。
思いもよらない人物の、とても静かで厳かな声に、背筋がしゃんと伸びた気がした。
『こちらの不手際で君たちを危険に巻き込んでいること、本当に申し訳ない。本来なら死人の使用者、もしくは精鋭部隊に対処させるべきだけど、本人はわけあって今は音信不通。みんなも任務に出ていてすぐには応援に行けそうもない。本当にごめん』
「み、弥重先輩が謝ることじゃっ……」
『いや。使用者のミスは、僕の指導不足だから。同じことだよ』
尊敬する人に謝られたら違うと言いたくなるんだろう。斎が否定しようとするも凪さんの姿勢は変わらなかった。
もちろん凪さんが悪いわけじゃないけど、上に立つ者の務めなのかもしれないな。
『個々の能力を鑑みて、ゲーム内にいた他のマダーは撤退させてもらった。申し訳ないけど、少々足を引っ張りそうだったからね』
「あ、ありがとう凪さん。できれば死の訓練場にいたみんなもっ」
『大丈夫。未来の友だちや売店の人たちもちゃんと避難してる。司令官が動いてくれてるから、周りのことは心配しなくていい』
大丈夫だよと、みんなを安心させるように凪さんは再度伝えてくれた。
そうだった。未来を追いかけるのに必死で、みんなを退出させろって言われたの忘れてた。……忘れてた、で済んで良かった。大事にならなくて。
【第一五六回 豆知識の彼女】
ヘンメイの名前には由来がある。
やっとこさお名前と何から生まれたのかが出てきました。
正気だったころのヘンメイは、自分のことを「メイ」と呼んでいました。
日常モードではない、マダーとして話す時の凪さんは空気をビシッとしてくれます。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 ありったけの癒し》
知りたいあの子の現状と、HPが0になっても死なないという未来の仮説に答え、です。
またよろしくお願いします!