第一五四話 ハズレ⑦
前回、隆一郎が死人の心臓を切りました。
前方にある木の壁。
それを見た瞬間、また拒絶されたのかと思った。
来るなと、言われたのかと思った。
だけど違う。
最初に木の壁を作り出した時とは違って、今度はわかりやすい位置に樹木の繋ぎ目があった。
すぐ俺が見つけられるように、わざわざ色まで変えて。
未来は拒絶していなかった。
敵に悟られないための工夫をしただけ。
俺が盾を突き破って飛び込むと信じて、そうしてくれた。
今思えば、あのらしくない戦闘中の大きな音や振動もそうだろう。
作り出された広大なエリアの中で、自分がどこにいるかを未来は無意識に教えていた。
出ていけと言いながら、本当はそんなこと全く思っていない。
『助けて』と声に出して言えない未来からの、精一杯のSOS。
未来は、俺たちの助けを求めてくれていた。
◇
「……隆」
後ろから声をかけられる。
安心したような、喉を詰まらせたような声だった。
俺の前に仰向けになって倒れている死人は、体ごと心臓を斬られて沈黙していた。
時間が経てば、いつも通りガラス玉へと変わるだろう。
未来の方へ体を向ける。
改の【木刀】を消して【朝顔】の蔓だけになった未来は、俺を見て、泣きそうな笑顔を浮かべていた。
……らしくない。
初めてだった。怪我だらけの未来を見たのは。
そこらかしこにできた痣や擦り傷、色が変わって腫れ上がった頬が、ここでどんな戦いがあったのかを容易に想像させる。
未来に気付かれない程度に歯を食いしばった。
どれだけ強く殴られたんだろう。痛かっただろう。
もっと早く来られたらと、自分の不甲斐なさが嫌になる。
だけど、声をまたちゃんと聞けたことが嬉しくて、色んなものが込み上げてきて。
許可も取らず、最近制御ができなくなっていることも自覚しつつ、目の前の大事な存在を優しく抱きしめた。
「……助けてって素直に言えるようになれ、バカ」
そう簡単にできないのはわかってる。ゆっくりでいいからと付け加えると、未来は少ししてから頷いた。
泣いているのを知られたくないんだろう。俺の胸に顔を埋めたまま、潤んだ声で「ありがとう」と続けた。
「つっちーこらぁあああああ! 運搬役っ! 途中で放棄すんなぁああ!!」
「あー、うるさいやつが来た……」
盾の奥から叫び声。
なぁ長谷川さん、俺と未来のしんみりタイムを邪魔しないでいただけますか。
「あっ、未来ちーもいた……ん? え? 倒した?」
「おー。未来が隙を作ってくれてなんとか、ってあっ! 長谷川後ろ!」
俺が空けた穴からひょっこり。風を使って飛んできた長谷川が、驚いてその場から動かなくなる。
後ろから斎と秀が来てるのに。
【バシリスク】と【氷河】で、長谷川と同じスピードで来てるのに。
「ぐはっ!」
ドンガラガッシャン。マジでそんな音出るんだ、なんて率直な感想を口にしそうになる。
長谷川の背中に二人が体当たりして、それぞれ悲鳴を上げて顔から着地。
でかい将棋の駒みたいな物が吹っ飛んでいく。
「急に止まったらさぁ、そりゃ交通事故も起こるよな」
「ふふ……うん」
面白おかしく言ってみると、未来はほんの少しだけ笑ってくれた。
俺の腕から抜けて、うるさい三人に歩み寄る。
謝ってはいるが大丈夫かとは聞かない斎と秀、淡白すぎると文句を垂れる長谷川の前に、正座をした。
「凛ちゃん……斎、秀。あの――」
「いらない。やめて」
ピシャリ。未来が頭を下げて謝ろうとするのを見て、長谷川が言葉で止めた。
「許さないから。土下座して謝っても」
「おい長谷川……」
「男は喋るな」
仲裁に入ろうとする斎まで黙らせる。
邪魔しない方がいいんだろう。俺も静かに寄る。
さすがに秀も言うのを躊躇ったか、俺と顔を合わせるだけにしていた。
「アタシさ。ここに来るまで、未来ちー見つけたら殴ってやろうって思ってたの。アタシらの意見無視して、なに勝手に決めてんだって」
今までの明るさとは打って変わって、未来の前に座り直した長谷川の表情は怖い。
でも未来は目を逸らさなかった。
「けど殴れないじゃん、こんなにボロボロじゃ。だから許せない」
「……うん」
「未来が誰も失いたくないって言ったように、アタシらだって未来を失いたくない、大事なのよ。ここにはいないけど、加奈や加藤だって絶対そう思ってる。わかるよね」
「……うん」
説教を重ねるごとに、未来の声が小さくなる。
ただ、返事をするだけで言い返しはしない未来へ、長谷川は「なんか言いなよ」と詰め寄った。
「未来はいつもそう。誰のことも否定しないし、怒らない。そのくせヤバいと思ったらアタシらは置いてけぼりで、全部自分でどうにかしようとする。それがしょうがないのはわかってるし、未来自身ちゃんと強いのも知ってる。そりゃ、アタシらは……足でまといかもっ、しれないけどさ」
「え……凛ちゃん?」
未来が驚く。
強気だった長谷川の目から、涙が零れていた。
「おんなじ気持ちだって、ひっく、なんで気付けないのよ! このバカぁああっ!」
「んぐっ! ご、ごめん凛ちゃん! ごめんね!?」
号泣して抱きつく長谷川へ未来は全力で謝った。
俺たちも慌てて助っ人に入る。
だけど止まらない。
未来の体から文字通り悲鳴が上がる。ギリギリ耐えていたのだろうどこかの骨が折れる音がした。
「い、いたぃです……」
「やめろ長谷川!? 冗談抜きで未来が死ぬ!!」
「そうだよ長谷川っ、やるならDeath gameから出た後でっ……」
秀と斎も落ち着けようとしてくれた時だった。
背後から、ぞくりとくる氷点下の殺気を浴びた。
『うざい……うざい、ウザいッ、ウザイッ!! 馴れ合いミたいな友情モ、馬鹿馬鹿しい正義感モ!!』
もう話さないはずの生き物が声を出す。
振り向けば、倒れたままの死人が、散らばったゼリーを手で掻き集めて胴体を繋ぎ始めていた。
――心臓を斬ったのに、まだ生きて……っ!? いや、それよりも!
「【炎神】!!」
驚いている場合じゃない。再生を止めようと龍を模した炎を放った。
しかし動かせない動体に変わって、変形させたゼリーと四肢が体を持ち上げる。仰向けの四つん這い状態で後ろへ跳んで回避された。
「待ってくれ、気持ち悪い……」
「斎はキモいもんに対してもっと耐性をつけろ!」
わかるよ。斎の言いたい気持ちはスッゲェわかるよ。
見た目気持ち悪いもん、蜘蛛を逆さにしてカサカサ歩いてるようにしか見えねぇもん。けど!
「どうにかするぞ、【弓火】!」
「うん! 【落ちて、三ノ矢】!」
【朝顔】の力を借りて弓を射る未来と同時に、炎を纏った矢を大量に放つ。
逃げ場はほぼないはずだが奴は四肢をぐねらせて避けてきた。
「しつこい、話の邪魔すんな! 【鎌鼬】!!」
「【氷柱】!」
泣きながら生み出した風の斬撃と、鋭い氷が全方位から襲う。
けれどそれも躱される。
『か、カカカ、ピ、キキ……』
「キモイからマジで止めてくれぇっ! 【水銃】!」
斎が撃った水の弾丸に合わせて全員で追撃した。
だけど、カチ。
まるで今まではしっかりはまっていなかった蓋が、きっちりと閉まったように。やけに静かな、けれどハッキリとした音が鳴って、分裂していた胴体が繋がるのが見えた。
空間が歪んで銀の扉が生成される。
攻撃は全て亜空間に飲み込まれてしまった。
「やば……退避っ!」
『オソ、ィ』
未来の決断を嗤いながら、正気を失った死人の白目がぐるんと裏返った。
その目に書かれた『REVERSAL』の文字が、赤く光る。
刹那、煌びやかだった部屋の色が消えて、白と黒が敷き詰められた。
「……ぁ!」
片膝をつく。
突然苦しくなって、声も満足に出せず胸を掴んだ。
おかしい。できるはずの息ができない。心臓の動きも手に伝わってこない。
すぐに脳が訴える。止まっていると。
心臓と呼吸が、色の消失に合わせて止められてしまったのだと、命の危険を脳は反射的に理解した。
――バイバイ少年少女。ハズレもろとも、生と死が逆になる世界へ……生きることを許さぬ絶対の死の世界へ、行ってらっしゃい。
体を握りつぶされるような苦しさの中、正常だった頃の死人の声が頭に響く。
その言葉の意味まで理解する余裕はない。
苦しいながら目を開けて、解決の糸口を見出そうとした。
――なんだ、あれ……!?
同じように口を押さえている未来の髪の一部、丁度結っている辺りが青く光っているのを視認する。
「いっ……うっ!」
ダサい。なんて言ってる場合でもない。
何かはわからないがとにかくそれを未来に伝えようと、死を意味する体力ゲージが減る音を聞きながら必死に叫ぶ。
肺に残るわずかな空気で出したダサい声に、未来が気付く。みんなも気付く。
言うことを聞けと、動かせなくなってきた自分の腕に命令して、未来の頭を指さした。
「む……っ!? ふむ、むーっ!」
右手に巻いていた【朝顔】が、未来の渾身の叫びによって伸びる。
必死にもがいても俺たちにはどうすることもできない。
体力ゲージだけが勝手に減っていく中、望みを託した朝顔の蔓が、光る何かを弾き飛ばす。
床に落ちて、それが小さな白い花だと知った直後。
モノクロに塗りつぶされた世界に、神秘的な青色が広がった。
【第一五四回 豆知識の彼女】
蜘蛛さんはいい子。
Gを食べてくれるらしいので、家の中で見かけた蜘蛛さんは外に逃がすかそのままにしています。
息ができなくて心臓も止まってる中で叫べるか?という疑問は次回で解説です。
心臓は自分の意思で止められないので、実際にできるかどうかはわかりません。
隆「おい作者ぁああ!!」
ほくろ「ごめんなさぁあああい!!」
《次回 ハズレ⑧》
青い部屋で再バトルです!
お読みいただきありがとうございました。
またよろしくお願いします!