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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第一五三話 ハズレ⑥

前回、未来の刀が死人の体を切りました。

 挿絵(By みてみん)


 手応えがあった。しっかりと、奴の体を真っ二つにできると確信したほどに。


「……」


 自分は今、何か声に出しただろうかと疑問に思えるほど小さな動揺。

 手が震えた。恐怖でも痛みでもなく、振り抜けるはずだった(かい)の【木刀(ぼくとう)】が、敵の腹の中心で止まっていたせいで。


 ――うそだ……通らないなんて。


 力を入れても、押しても引いても変わらない。

 邪気の根源である青い心臓を狙った刀は、アクセルモードで強化されているにも関わらず、鋼鉄のような硬さによって傷一つ付けられなかった。


『残念だったね、ハズレ』


 敵は未来を不快な顔で見下ろして、一応足を開いて立ってはいたが、余裕であることはすぐにわかった。


『良かったよ? 今の動き。メイに反応させないなんてすごいじゃないか』

「いっ……!」


 死人の手が未来の震える手首を掴む。

 刀から強引に外され、握力に物を言わせて締め上げられた。


『倒せると思っただろうに、ごめんね? 硬くて。()()からもらった力がこんなにも強いなんて、メイも知らなかったよ』

「ウミ……ツキ? あっ、ぐっ……!」


 ゴキン。

 出したくもない小さな悲鳴が漏れる。

 右手首の骨を折られた。


『ほんっとにもう、不快。まさかこんなにも早くやられるかって、ちょっとだけゾクッとしたさ』


 死人は未来を捕まえたまま腹の刀を抜く。

 傷口が再生するのも待たず、虫を見るような目で足蹴(あしげ)にしてきた。

 蹴って、ボールを扱うように遠くへ蹴り飛ばされて、将棋の駒に乗せられる。

 動き出す。自分を勝手に動かしているのは《桂馬(けいま)》。

 なんて奇怪な動きをするのだろう。一マス前に進んだかと思えば右斜め前へ更に一マス進む。右だけじゃない、左に進む場合もあるらしい。

 そうして上手く死人のもとへ帰ってくる。

 殴られ、また遠くへ飛ぶ。


 一連の動作は何度も繰り返された。

 いつになったらスッキリするのか、わざわざ腹や腕を狙って暴力。そして必ず死人の前に来るように動かされ、駒がどんどん集まってくる。

 気がつけば、怒りで横に引っ張られていた死人の口端が上向きに変わっていた。


 ――ああ、そういうこと。


 理解する。死人が上半身ばかりを狙う理由を。

 つまるところ、優越感がほしいのだ、この子は。

 己が相手を支配している、己よりも弱い者が抵抗できず痛みに耐える様を見て楽しんでいるわけだ。


 だけど決まって足にはほとんど何もしてこないのは、どうにかして逃げようとする無様な姿を見たいから。

 足があれば最悪、腕が無くなっても逃げられる。

 逃げ切れるかどうかは関係ない。

 ただそうして、自分の命に執着する人間の滑稽さに快感を覚えているのだ。


 茶番。それしかこの状況を表す言葉が出てこない。

 転がされているわけだ、自分も。手のひらの上で。

 耳ごと側頭部に剣の柄を受ける。

 ほらね、刀身で斬ってしまえば楽に殺せるだろうに。そう考え出すまで時間はかからなかった。


 ――彼らに必要なのは会話ではありません。力による教育です。束縛です。恐怖です。わたしたちが上に立たずに統制をとらぬのなら、共存などありはしないのですよ。


 あいかに言われた言葉が、なぜか今さらフラッシュバックする。

 死人から『わかりあうことなどありえない』とはっきり言われたせいだろうか?


 ――間違ってるのかな……やっぱり、私の方が。


 締めのように殴られて、床に倒れこむ。

 片方の耳は聞こえにくい。

 脳も考えることを放棄し始めた。

 もう、寄り添おうとする努力もやめてしまおうか。


「……炎の、音」


 近付いてきたその音がどちらから聞こえるのか、機能している左の耳を重たい頭ごと動かして確かめた。

 誰もいない。

 だが聞き慣れたあの力強い炎を、未来が間違えるはずはなかった。


「はは……言うこと、聞かないんだから」


 ぼやけた思考を叩き起こす。

 使うのは二つ目のガラス玉の能力。種を飛ばして急成長、部屋の壁全てに、誰も入れないよう樹木の盾を作り上げた。


『いいのー? そんなことして。ハズレを助けに来てくれたんじゃないの?』

「そうかもね。みんな、仲間思いだから」


 同情するように聞いてくる死人へ、未来は素直に肯定した。

 そう自分で言いながら、それは未来自身にも当てはまるのだろうかと少し考える。


 ――いや……違うな。私はただ、怖いだけだ。


 残念ながら、仲間思いではない。

 ただただ、大好きな人たちが自分のせいで死んでしまうかもしれないという事実に、酷く怯えているだけだった。


『なに笑ってるの?』

「ふふ、別に。仲間が死んでいくのが当たり前だと思っていた自分が、誰も失いたくない、なんて……言う日がくるとは思わなくて」


 隆一郎の考え方を隣で見ているからか。

 それとも、友だちの温かさに触れすぎたのか。

 成長か衰退か。良いか悪いかもわからない。

 自身を知り、途端に流暢になった未来を死人は『ふぅん』と興味なさげに蹴った。

 体力ゲージが減る音を聞きながら、心の声に耳を傾ける。


 本当は、みんなと一緒に過ごしていたかった。

 本当は、離れたくなんてなかった。

 拒絶される悲しさや苦しみを、誰よりも知っているはずなのに。

 どんな理由があってもすべきではないと、わかっているはずなのに。

 ならやっぱり、きちんと謝ろう。

 この死線をくぐり抜けて、本音を打ち明けよう。

 怒られてもいい。許されなくてもいい。

 でも叶うならば、もう一度あの温かさを感じたい。


「……わがままだなぁ、私も」


 自嘲の笑みを浮かべ、足に力を入れる。

 気力を頼りに立ち上がった。

 表示された体力ゲージは残り三分の一。

 全身の痛み、さらに死人の能力を使いながら戦っていたせいで、立つだけで息が乱れそうになる。それでも。


「【木刀(ぼくとう)(かい)】」


 両手のひらに新たな刀を作り出す。

 力が入らない右手には【朝顔(あさがお)】の蔓を巻き、無理やり柄を握らせた。


『はーん……ユー、それが一番強い武器なんだ? じゃあ絶対メイには勝てないねー』


『刃が通らないんだもん』と嘲笑う死人を見つめ、未来は否定することなく「そうかもね」と呟いた。


「私の力じゃ、あなたの心臓は斬れないみたい。……だけど」


 意味ありげに置いた一呼吸。

 未来は、微笑んだ。


「私の幼なじみは、強いよ?」


 そう告げた瞬間、(しめ)し合わせたかのように木の壁に大穴が空く。

 眉目(びもく)を釣り上げた隆一郎が、木片とともに部屋へ飛び込んできた。


「【火炎(かえん)(つるぎ)】ッ!!」


 手に持った剣の炎を倍増させ、足に仕込んだ【花火(はなび)】でスピードを増して振り下ろす。

 まさか増援が来るなんて死人は夢にも思わなかっただろう。えっ、と声を出し、目を見開くだけで動かなかった。


 無理もない。

 未来はガラス玉の能力を使って、強靭な盾を作り出していたのだから。

 来るなとハッキリ拒絶してみせたのだから。

 (かい)の【木刀(ぼくとう)】を作り出した時点で、この部屋で一対一のまま戦って、あわよくば相打ちで終わらせるつもりだろう、そう考えたに違いない。


 死人は知らないのだ。彼の性格を。

 優しく、正義感に溢れ、人の命を大事に思う彼を。

 未来がどんなに泣いて願っても。

 拒み、離れようとしても。

 いつだって未来のそばにいてくれた、隆一郎の過去としぶとさを。


「ありがとう……隆」


 目をつぶり、大好きな幼なじみへ心からの感謝を述べる。

 信頼が繋いだ無言の作戦と、隆一郎のパワーを最大限に活かす炎の剣が、今度こそ、死人の心臓を真っ二つに斬り裂いた。

【第一五三回 豆知識の彼女】

東京に引っ越す前までは、隆一郎は常に未来のそばにいた。


未来さんの過去、隆や凪さんとの関係は第三章で明らかになる……予定です。寄り道しなければ。

新たなワード『産月(うみつき)』も出てきました。

スローペースですが進んできた感があります。よかった。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 ハズレ⑦》

隆一郎、みんなも未来と合流です。

よろしくお願いいたします。

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