第一五二話 ハズレ⑤
前回、死人がキレました。
未来を追いかけている最中。斎が「ん」と声を出して、【バシリスク】はそのまま急に足を止めた。
「どうした?」
「いや、道がさ。ほら」
走るのが速すぎて少し目が回っている俺たちの意識が、斎の指さした前方に向けられる。
今までずっと真っ直ぐだった道が、さぁ考えろとばかりに二つに分かれていた。
「ほんとね。未来ちーどっちに行ったんだろ」
斎の背中から降りた長谷川が通路を見比べる。
俺も続くが見た目に違いはない。相変わらず眩しいライトがチカチカ光っているだけで、奥の方に何があるかはよくわからなかった。
ズン――。
遠くの音を耳が拾う。
「……悩んでる場合じゃねぇな」
「ん? 土屋、なにか言った?」
秀に聞かれるが返事はしない。
答えを体現すべく通路の横にある壁を見据え、手に炎を生み出して後ろへ引いた。
「ちょ、待って土屋! 何するつもり!?」
「壊す」
「こわ……はぁ!? 建物崩れたら元も子もないのよ!?」
「大丈夫。力加減だけ、すればッ!」
反対を押し切って【炎拳】を壁にぶちかました。
ドッゴォンッ!!
激しい響きとともに壁に大穴が空く。
新たな道を腕力で作り出した。
「ま、マジでやりやがった……」
「長谷川じゃないけど、早く髪ぐしゃぐしゃにしてやんなきゃ気が済まねぇんだよ。行くぞ!」
そろそろ斎の腕と肩も限界だろう。代わりに俺が【花火】で三人を抱えて連れていく。
「やり返しがお子ちゃまなのよアンタは……」
そんなちっちゃな呟きは、聞こえないフリをした。
◇
音が聞こえた。
よく知っている、隆一郎の炎の音が。
「――集中」
盤上を走る。
一直線に駆けながらガラス玉の力を一つ使い、未来が踏んだ箇所へ植物の芽を生やす。
急成長させて歪な樹木をいくつも作り出した。
『ふん、冷静だね。元から死人の力を使えばメイに死人化される恐れはない、この短時間でよく気付いたじゃないか』
「舌を噛むよ」
敵の間合いに入り、刀を大振りする。
勢いの乗った重い攻撃は死人が持つ剣に難なく相殺されるが、一発では終わらせない。
弾かれたこちらの武器をしっかりと握り、速さを重視して畳み掛ける。
連続して縦へ横へと切りながら、逆に相手の武器を取り払おうとした。しかし。
『メイはおしゃべりだからさ。そんな心配はいらない、よッ!』
上手くあしらわれ、反撃がくる。
右から左へと振られた剣を体を反らしてなんとか凌ぐ。
服の一部がスパッと切れた。
――数ミリ! あと少しでも近かったら斬られてた。
思った以上に攻撃範囲が広い。
おそらく体格のせいだろう。
敵は大人の男性以上に高さがあり、腕も長い。その先に武器が握られているのだから、近付きすぎると深手を負わされる可能性は十分にあった。
「んッ、ぐ……!」
打撃。死人の拳が未来の腹に的中、更に剣の柄でこめかみを殴られる。
視界から死人の姿は消えていた。
『ごめんねー、ガチになったメイは人間の視力じゃ見えないよ?』
殴打。殴打。殴打。
透明人間がいるようだった。
敵の姿は認められないのに体に痛みが増えていく。
顔と腹部、腕も狙うのが好きらしい。攻撃の八割以上を上半身に受ける。
「ふ……ッ、つ、ぎき!!」
足で盤を一度踏み、歪な植物を作り出す。
拳を視認できないなら防御することも叶わない。
植物から別の植物へ移動できる【接木】を使って戦線を離脱。先程走りながら作った樹木の一つへ逃げる。
『はん、瞬間移動? 残念、みーつけた』
視界いっぱいに映る死人の青い瞳。
休む暇もない。居場所はすぐに割り出され、剣が振り下ろされた。
「【接木】!」
また未来の体は消える。
新たな場所へ瞬時に移動して攻撃を回避。
将棋の駒に乗ってしまえばこちらに自由はない。
相手の速さと組み合わせて攻撃されては何もできなくなる。
『うーららぃ!!』
ギィンッ!!
剣が飛んでくる。
また空間をねじ曲げて新たに作り上げたのだろう、体を屈めて躱す。
木に突き刺さる音がいくつも鳴った。
そこで、やらかしたと未来は顔を青くする。
未来への攻撃に混じって、いくつかの剣が周りの木に刺さり、倒れ始めていた。
奴の狙いは未来ではない。移動手段の消失だ。
『もう一回作る? いや、作らせないよ』
不敵な笑みを携えて、今度は死人が直接切り込みにくる。
痛む腕は無視。改の【木刀】で勢いを弱めるも、流しきれずに木の枝から足を滑らせた。
――やばい……っ!
落ちるだろう場所の駒を急いで確認。
真下にあるのは、《角行》。
『手札、剣士!』
死人の両手に剣が作られる。
未来の片足が《角行》に着いた瞬間、振り落とされそうな強さで動き出した。
何マスも右斜め前、左斜め後ろへ。
顔を上へ向ける。
数え切れないほどの剣に空中から狙われていた。
「【種皮】!」
植物の種を包む皮でできた、半球状の盾を生成。
未来に向かって飛んできた剣の半分をガード、しかし《角行》によって左斜め前へ三マス進む。
防御できるはずだったあと半分の剣が未来を追うように降ってきた。
「育てっ!」
体に纏っていたガラス玉の二つ目の能力、両腕に巻きついた草花から種を数メートル先へ飛ばす。
盤に落ちて木に育ち、【接木】で移動して回避した。
『ルール違反だって言ったよね?』
ミシッ、と未来のいる樹木が揺れる。
真下にいる死人が持つ剣で、まるで斧のように切り落とそうとしているのが見えた。
『まだルールがわからないなら、体に覚えさせるしかないよねっ!!』
「【羽状複葉】、ソテツ!」
切られる直前、葉っぱの羽を生やして飛ぶ。
上空から見える部屋の光景は悲惨だった。
樹木は剣で穴だらけになって倒れ、枝や葉っぱ、木の実が飛散した将棋の盤。刺した跡がある《飛車》と、それ以外の駒は最初にあった位置から全て移動している。
将棋の作法などまるでわからないが、それでも《王将》と書かれた駒を相手に取られたら負けということくらいなら未来も知っている。
だからこそ不思議だった。
この盤には《王将》も、同じ働きを持つ《玉将》もない。
なぜだろう? ルール、ルールと言う割には勝敗を決められる要素がないじゃないか。
『さっさと降りてきなー、ッよ!!』
死人が笑って、黒い大砲を作り出す。
急速に充填された銀のエネルギー弾が未来へ放出された。
「【蒸散】」
バレないよう小声で技名を言って、迫る弾を部屋の壁に沿うように飛んで回避。
狙いは外れ、壁に着弾して部屋を揺らす。
直接当たれば命はない。
受けないよう細心の注意を払い、躱しきってから急降下。
ついさっき【蒸散】で生み出した水が、倒れた樹木の穴に溜まっていた。
「ふっ!」
小さな手を拳にして、自分の全体重を乗せて上から叩きつける。
水を殴った状態。本来ならただ周りに飛び散るだけだろうその行為は、未来が髪から手に移していた特性によって、弾丸の勢いで死人へ放たれる。
『あははっ! すっごいねそれ、何したの?』
しかし余裕を見せる死人はそれらを剣の側面で打ち返してきた。
器用。感心にも似た衝撃が走る。
返ってきた水の弾丸を未来は手のひらに当てて軽く払い、部屋の壁に打ち付ける。
またしても部屋は揺れた。
劣勢のまま何度も立ち向かう。
自分の命が削れていく音を時々聞きながら、追加でガラス玉を割った。
「……張って」
身に纏った三つ目の元死人へ、お願いを。
腕に巻きついた蔓の長さを何十倍、何百倍にも伸ばし、蜘蛛の巣を思わせるほど部屋に張り巡らせる。
蔓を変化させ、見えないほど小さな樹木をできるだけ多く作り出した。
「【接木】」
盤を一度蹴り、足元に生やした木から小さな木へ何度も移動して死人を攪乱。
【玄翁】を振りかぶって投げた。
『ムダなのがわからないかなあ』
音か空気の波を感じ取るのか、攻撃を捉えた死人がぐるんと首を回し、手のひらを向ける。
出してくるのは銀の扉だろう。守護者と呼んでいた、なんでも吸い込んでしまうブラックホールのような空間の歪み。
『手札、守護者!』
予想通りの動きをした死人を欺く、更なる攻撃。
【玄翁】を吸い込む扉をすぐに消失させないように、オヤマボクチの花から【光線】を放つ。
扉で相手の視界が狭まる中、未来は一気に距離を詰めた。
「らぁっ!!」
【玄翁】と【光線】を吸い込んで、消えた扉。
その向こう側から既に赤い武器を横薙ぎしている未来を見た、死人の顔に映る驚き。
今現在その攻撃に気付いた死人は、ちっ、と舌打ちをした。
――ズリュッ!
弾力のあるゼリーに、刀が深く入る音が響いた。
【第一五二回 豆知識の彼女】
死人の体内がゼリーなもので、さんれんぼくろの頭の中には色んな種類のゼリーが浮かんでいた。
真面目なバトルの後なんだから他にも書くことがあるだろう。と自分でツッコミながら、書かずにはいられませんでした。
でも商品名が思い出せないゼリーがひとつあるんです。あれなんだろう?色んな色があって、プリンみたいに台形で、上から見ると花みたいに見えるあれ……なんてゼリーだったんだろう。ふへ。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 ハズレ⑥》
未来さん視点、続きます。切られたゼリーのその後。
よろしくお願いいたします。