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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
155/289

第一五一話 ハズレ④

前回、未来はひとりで戦いに向かいました。

 挿絵(By みてみん)


「【葉脈(ようみゃく)】、アクセルモード」


 鎌状の武器が赤く染まる。

 強化した【木製銃(もくせいじゅう)】・(やいば)を手に、死人から放たれる攻撃を上下左右くるくると跳んで回って、斬って走る。


『ふふっ、嫌なんだよねぇユーは。植物を壊されるのがさぁ』


 いやらしく笑いながら、死人の手が翻された。


『なら、自分で壊しなぁ!』


 周りの樹木に青くて丸いものが浮かび上がる。

 目だ。未来が生み出していた数多の植物たちに青い目が張り付いて、未来へ襲いかかってきた。

 死人化している。攻撃の主導権を奪われた。


「……ごめんね」


 (やいば)を上空へ投げ上げる。

 緑いっぱいの土地で両腕を広げ、手のひらを上へ。両手に紫色の花を作り出した。


「【過度を慎め(サフラン)】」


 空間が紫に光り、樹木と草花を一掃。

 ガラス玉と化した元死人の花たちを、生命を作り出す技【(はぐく)生命(いのち)よ】で『種』に変換した未来は、土へ撒いて第二の人生を歩ませる。


『ねー、どうしてそんなことするのさ? 殺した死人なんて放置しておけばいいでしょう?』

「私には私の信念がある。死人だって生きてるんだ、蔑ろになんてしない」


 上から舞い戻る鎌を手に、旋回して死人の両腕を斬り落とす。


「あなたにだってあるでしょう。譲れないものが」

『ふはっ、知らないね』


 切り口から見えるゼリーを思わせる体内が、もぞりと動く。内側から生えるようにして死人の腕が再生した。


『そもそもユーがおかしいんだよ、死人を助けようとするユーが。悪意あるモノは徹底的に排除する。それがマダーの役割でしょ?』


「違う! 私たちマダーは、悪意があっても元に戻せる限りは尽力する。あなたたちの哀しみをわかりたくて、いつだって必死だ!」


 武器を弾こうとする腕を避け、後ろに回り込む。


「排除するのは、人を守るため。命を奪わせないため。あなたの認識とは違う!」


 赤い刃で切りつけながら死人に懇願した。話せるなら力じゃなくて言葉を使え、生まれた意味を見失うなと。


 未来は己だけではなく、死人にとっても良い結果になる戦い方を選んでいた。

 どうにかして青い心臓を露出させることができれば。

 ケトを捕獲した時のように死人の核へ直接ダメージを与えられたら、この驚異的な再生力を一気に落とすことができる。

 そうすれば声が届くかもしれない。

 もう原型が無くても、人の形になるまで哀しみを持って育ってしまっていても。

 心から願えば、きっと――。


『ユー、何に怒ってるの?』


 眉を下げた青目が、妙なものを見るように覗き込んできた。


『メイが回復持ちに手をかけたから怒ってたんじゃないの? メイが回復持ちを殺そうとしたから怒ってるんじゃないの? メイの生き方に対して怒ってるの? なんで? なんで? 怒るべき対象が違うんじゃないの?』


 今度は落ちそうな程に両目が開く。

 未来へ顔を寄せ、刃を回せなくなる手のひら一枚分の距離まで死人は詰めた。


『哀しみをわかりたいだって? ならどうしてメイたちは減らない。なぜお前たちに変わる様子が見られない。なにゆえ生まれ、その度に殺されないといけない?』

「あっ……!」

『何度殺されてもメイたちの哀しみが尽きることはないのに。お前たちにだって届かないのに。……ねぇ、違う?』


 死角になる真下から、死人の手が未来の首を掴んでいた。

 声に現れる強い怒りと絶望。

 力へ変換するには十分すぎた。

 首が締まる。

 苦しくて(やいば)の【木製銃(もくせいじゅう)】が手から滑り落ちる。

 無意識に振りほどこうとした瞬間、抵抗するなと言わんばかりに壁へ押し付けられた。


『現実を見ろよハズレ。メイたちがわかりあうことなどありえない。無理な話だ』


 冷めた瞳。

 そんなわけがあるかと、何ひとつ信用していない軽蔑の目を、未来は霞む視界で捉える。

 奥に潜む哀しみの色を、見逃さないように。


「それ、でもっ……私は、あなたをわかりたい。あなたの哀しみを、理解したいと、思うっ!」


 酸素が足りず思考が纏まらない中、必死に伝えた。

 だけど急に視界が歪んだ。

 殴られた。そう理解した時にはもう地面に叩きつけられている。

 左の頬が熱い。体力ゲージが減る。

 急に息ができるようになって()せる未来の隣で、『馬鹿の一つ覚えだね』と嘲りの声がした。


『ステージ変更』


 地面が光る。

 乾いた土だったはずの地が床に変わる。

 黒い線がいくつも交差して引かれ、達筆が印字された五角形の木が浮き出てくる。

 刹那、ぐわん。未来の真下にある《歩》と書かれた五角形が、未来の体を乗せたまま動き出した。


 ――これは……!?


 急いで立ち上がり、前進する物体から飛び移る。

 しかし着地した場所でもまた同様に動く。今度は真っ直ぐ前へではなく斜め右へ。動く方向は一定ではないらしい。


将棋(しょうぎ)のルールは知ってるかな? 現代っ子のハズレさんは』

「将棋……っ!」


 未来は目を見開いた。なるほど、将棋か、と。

 顔を動かさずに周りを見てみれば、確かに床が将棋盤に変わっている。縦横九マスずつ、動く五角形は将棋の駒。

 死人が「ルール」と言うからには、駒を動かせる範囲は実際に将棋を指す時と同じなのだろう。

 しかし未来は将棋をよく知らない。駒の動かし方、文字の読み方だってわからない。

 ならば駒に乗らないようにと、【羽状複葉(うじょうふくよう)】を使おうとした。


「うぁっ……!!」

『ダメだよ、ルールは守らなきゃ』


 背中に生やした羽をもがれ、頭部を殴られた。

 受身を取ることもままならない。

 勢いよく転倒していくつか駒の上を跳ねる。

 脇腹が角に引っかかり、鋭い痛みとともに未来の体が止まったかと思うと、またクンッと動き出した。

 現在の駒は、《飛車(ひしゃ)》。


『はーい、ちくっとしますよー』


 前へ右へ、マス目の数は関係なく動いたのち急ブレーキ。死人が待ち構える場所へ送られた未来に、奴が持つ剣が振り下ろされる。


「んっ……!」


 横に転んでなんとか躱す。

 体が落下して、剣は駒に突き刺さる。

 《飛車(ひしゃ)》に深い穴ができた。


「【(はぐく)生命(いのち)よ】!」


 駒が乗っていない盤上へ、隙間なく植物を生やす。

 駒をどうにかできないなら動けなくさせてしまえばいい。敵の戦いやすい環境にしないことが鉄則。だが。


『ダメダメ。させないよ?』


 死人の手のひらが翻される。

 未来は青い瞳を再度大きくした。

 先と同じように、未来が生み出した植物たちに青い瞳が現れている。

 死人化した彼らは未来の命令には従わない。

 動く駒に乗って進路を開き、思いもしない方向から襲いかかってきた。


「許して……【過度を慎め(サフラン)】!」


 紫の花が一つ、未来の手に咲いて、散る。

 なぜだろう。

 未来が生み出しているのは毒の花でも害虫を呼ぶ花でもないのに、死人の手に落ちたためなのか全て技の対象となってしまう。


「嫌だ……」


 ガラス玉が散乱する床を見て、未来は呟いた。


過度を慎め(サフラン)】。ある一定の強さ――花言葉通り、命令して屈服できる程度までの悪意を滅するこの技は、実は未来への負担が大きい。

 詳細は、哀しい気持ちを人間に伝えたいから襲ってくるのだと、そう信じている未来の心を抉るから。

 大抵はこの紫の花によってガラス玉へと変わってしまう。つまり、悪意を持っているとその都度、頭に刻み込まれる。

 自分の信念と希望を代償に、周囲を守る力なのだ。


『……なに、してるの?』


 眉尻を下げた情けない顔で、落ちているガラス玉を拾い集め、抱える未来の姿に死人が(おのの)いた。

 戦闘中にするような行為ではない。

 《飛車(ひしゃ)》の駒に刺さった剣を抜いて背後から刺せば簡単に殺せる。そう断言できるほどに、今の未来は無防備にも程があった。


『ユー、どうしてメイたちに固執するの? ユーは今、メイに殺されそうになってるんだよ? わかってる?』


 死人の理解できないといった様子に、小さな声でわかってるよと答えた未来は、駒を避けて歩きだす。

 抱えていたガラス玉を部屋の端にそっと置いて、そのうちの三つを取り上げた。


「私もわからない。友だちに手をかけられて、自分も命を狙われているはずなのに、どうしてあなたを憎めないのか。どうしてこんなにもあなたたちが大事なのか」


 死人の方へ向き直り、持ったガラス玉のうち二つを地面へ投げる。パリンと割れて、未来の体に草花が巻きついた。


「わからないけど、信じてるよ。哀しさから生まれたあなたたちのこと。正面からぶつかればきっと、わかりあえる日がくるって」

『……気持ち悪い。その考え方も、死人と戦うために人間自身が死人の力を使うのもっ!』


 元死人だった植物の力を纏って見つめてくる未来へ、死人は犬歯が見えるほど大きく口を開けて叫ぶ。

 刺さった剣を力任せに引き抜いた。


『お遊びは終わりだ。ここからは本気でいくよ』


 死の宣告。

 やはり加減をされていたかと、未来は納得した。

 この程度なら加奈子に怪我をさせないで済んだだろう。守れたはずだった。

 ごめんねと内心で謝りながら、からまりの一切ない自分の髪を()く。その()()を手に移すために。


「【木刀(ぼくとう)】……【(かい)】」


 拳の側面を突き合わせ、抜刀するように木刀を作り出す。日本刀を思わせる無駄のない刀身、その切っ先を死人へ向けて構えた。

 こちらも本気でないとすぐに殺られる。死人の殺気を感じている肌がそう告げている。


「みんな……力を貸して」


 纏った元死人へ柔らかに語りかける。

 使い慣れた武器の柄を、ぎゅっと握った。

 最後にガラス玉を使って戦ったのは、自分が今の学校へ転校してきた日。

 凛子と衝突した真夜中を懐かしく思う余裕はない。

 目の前の死人を討伐すべく、アクセルモードを使って刀を赤く染め上げた。

【第一五一回 豆知識の彼女】

作者さんれんぼくろの学生時代は将棋部。


いえ……名前だけの部活でした。将棋はほとんどしてなかったなぁ、あははは。

でも楽しいので、みんなに将棋を指していただきたいなと思います。相手を欺く瞬間はなかなか爽快ですよ。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 ハズレ⑤》

一旦隆一郎視点へ、その後未来視点へ戻ります。またよろしくお願いします。

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